『舞い』とはリズム。リズムとは呼吸。
極めた舞踏を武術に昇華させた彼は、相手の
どのタイミングで動くのか。
どの姿勢からどう仕掛けてくるのか。
押してくるのか、引いてくるのか。
「おらぁぁぁああああっっ!!」
猛然と打ちかかる諸星。
機関銃の弾幕と大差ない密度で殺到する《
ただ最小限後ろに下がる。
鼻先に太刀風を感じるほどの髪の毛のような限界の間合いで槍を回避しても流石に迂闊に踏み込む事は出来ないのか、一真はじっと間合いの外に引き続けていく。
そして軽く踏み込んだ。
「どぁあっっ!?」
またも戟音。
脛の骨と槍の柄が激突する音を奏でて諸星が吹っ飛んだ。
人間は何も無しに激しい運動が出来る生き物ではない。効果の薄そうな無酸素運動の連撃を他の行動に切り替えるために息を入れる刹那の一区切りを狙われたのだ。
両足が宙に浮いた諸星を追うようにさらに大きく踏み込んだ一真が追撃の中段回し蹴り。脇腹を潰しにきた鉄柱を槍で防いだ諸星はわざと大きく吹き飛ばされることで距離を稼ぎ体勢を立て直す。
さっきから気に食わない事がある。
油断なく《
(さっきから弁慶の泣き所を槍で受けとんのやぞ? 少しは痛がれや。どんな骨してんねん)
「縛り有りの体術で戦うのなら部位鍛錬は基本のキさね。あたしとジジイが昔っからぶっ壊しまくってんだ、カズ坊の脚の骨はもう現生人類のそれじゃねーよ」
どことなくしてやった笑みを浮かべる西京寧音。
開いたドームの縁に腰掛ける彼女の眼下で2人はさらに激しく激突していく。
脚を中心に突きをばら撒いて機動力を縛り付けようとする諸星に呼吸の間隙を突いて反撃する一真。そこにもはや素手と武器のハンデはなく、真に武器と武器の戦いの様相を呈していた。
そしてジリジリと後退しているのは諸星の方。
「
「体格による錯覚だね。カズマは並外れて身体が大きいから、相手は彼が実際の距離よりも近いところにいるように感じてしまう。
有体に言えば
リーチによる制圧力という槍の強み。
それが奇しくも同じ強みを持つ一真の脚によって相殺されている。
一真がほんの少し踏み込めば諸星は脚の射程範囲に収まるのだ。加えて一真は諸星の呼吸を暴き、前へ出るタイミングを理解している。
とはいえそもそものリーチは諸星に利がある上に魔力による防御は無意味なので一真が有利という話でもない。
一撃。当てた方が流れを持っていく。
「しぃっ!」
《
命中すれば片足の破壊は免れない一撃を諸星は足を下げて回避、その動きで構えの左右を
それを一真は回転しつつ大きく身体を傾けて回避。
軸足ごと回転軸を傾けた一真の後ろ回し蹴りが異次元の距離と角度から飛来する。
(どんっ・・・・・・な体幹してんねん!?)
のけぞって踵を頬に掠らせつつ目を剥く諸星。
無理な姿勢での大振りの蹴りを回避されたはずの一真は、しかし次の瞬間には元の姿勢に戻っている。
一真の蹴りを回避しにくい理由がこれだ。
上・中・下段、そして正面。
激しく動く並外れた長身を転ばさず安定させる埒外の体幹が可能とする彼の蹴りは、相手と呼吸を合わせる事でさらに対応が困難なものとなる。
それこそ、槍のリーチがあってようやく
「っ!?」
とその時、想定外の動きが起きる。
《ほうき星》を警戒して常に後ろに回避していた一真が、《
当然一真を追いかけていく刃の穂先。
しかし彼は《
右手で槍を逸らした一真はそのまま回転しながら左腕を伸ばす。
身長相応の長い腕が諸星の後頭部を手のひらで掴み、勢いに乗せて顔面から地面に投げ倒した。
咄嗟に受け身を取って石のリングにキスする事だけは拒絶した諸星はその刹那、自分の上から莫大な殺気を感じた。
何かが来る。
自分を一撃で屠り去るナニかが。
金切り声で泣き叫ぶ第六感が命じるままに、うつ伏せに倒れた諸星は無我夢中で横に転がった。
「《
ゴドンッッッ!!!!と。
例えるならボーリングの球を思い切りレーンに投げ落としたような、そんな音。
最大まで振り上げて渾身の勁力を込めた
蜘蛛の巣のように広がるリングのヒビ。
ギリギリで回避したその一撃の破壊力を前に、冷や汗は一瞬遅れて噴き出した。
(何や、今のは───、
夢中で立ち上がり、後ろに引いて構え直す。
分かってはいた。しかし改めて理解する。
奴の攻撃は食らってはならない。
一発でも貰えばそこで終わる!!
『危機一髪ぅぅぅううう!!! あわや決着!! 恐るべき破壊力です、石のリングを踏み砕いてしまいました!!』
『蹴り一本と思われた王峰選手のスタイルですが、ここに来て複合的な技術を見せてきましたね。これは諸星選手にとって辛い展開になりそうです』
そもそものスタイルがバレエをベースとする故に忘れられがちだが、舞踏とは1人で行うもののみにあらず。相手の手を取り呼吸を合わせるのがダンスであれば、そこから相手を制する事も彼の領分だ。
搦め手まで選択肢にある事を知り警戒を高める諸星に、流れをものにせんと一真は一気に前に出る。
『さあ躱す躱す躱す、ついさっきまで身体を掠めていたはずの槍に最早引かない王峰選手!! くるくると踊るように回りながら《
「何であんなデケェ奴に当たらねえんだ!? あの突きを素手で捌いてるのかよ!?」
「まるで台風の目だ、あいつの周りだけ槍の雨が寄り付かねえ!!」
「『
刀華が思わず拳を握る。
呼吸を合わせた彼の厄介さは身に染みていた。
腕で肘で手のひらで、回転する動きに合わせて《
こうなると諸星は後ろに退がる他無い。
槍の間合いは遠いが近い敵には無力、体格で勝てない相手に入り込まれたら押し返すのは至難だからだ。
そして一真の回転する
彼の回避や防御は回転運動を軸に組み立てられており、また『蹴る』という動きは回転運動と密接な関わりがある。
つまり彼のスタイルは、相手の攻撃に対するカウンターに恐ろしく長けている事になる。
「つぅっ・・・・・・!!」
《
一真の脚の長さ故にギリギリの回避が出来ないため、どうしても大きな動きを要求されるのだ。すると必然的に攻撃の姿勢に戻るのが遅れ、段々と一真の攻勢が長引くようになる。
その負のループに歯噛みする諸星だが、そこでふと気が付いた。
(待てよ。
《ほうき星》は回避する相手を追いかけて貫く技。
確かに今のように弾くなり押し退けられたりなどして避けられなければ『ただの突き』だが、鍛え抜かれた彼の槍術には『戻り』の隙など無いに等しい。
本気のラッシュの前にはよほど強く大きく弾かねば踏み込む隙など存在し得ないのだ。
なのに遅れている。
一真の行動に対して出遅れが生じ始めている。
となれば考えられるのは自分自身のエラー。
しかしそれを引き起こしているのは─────
「おどれの仕業かぁッッッ!!!」
裂帛。一閃。
地を鳴らす踏み込みと共に撃ち込まれた《
戦局の流れを断ち切る一発だった。
それはつまり、諸星が一真が仕掛けていた『何か』を見破ったという事。
ひゅう、と口笛を鳴らす一真に、諸星は突き付けるように言い放つ。
「ようやっと分かったわ。─────
「御明察。楽しくノれたろ?」
『諸星選手ようやく王峰選手を引き剥がした! どうやら王峰選手が仕掛けていた何かを見破った様子ですが
『成る程。王峰選手の攻防一体の攻めは、アグレッシブな動きの裏に隠された非常に高度な技術が隠されていたようです。
王峰選手の格闘技術の基礎は「ダンス」。彼は攻めと守りに隠した動きで、諸星選手の動きを誘導していたんです』
ダンスにおいて体幹がバランス、脚が全体の動きを作るものであるとするなら、『腕』の役割は何か。
───そう、『演出』だ。
全体の動きから手首の捻り・五指の向きに至るまで、舞の華やかさとはあらゆる意図を細部にまで行き渡らせた両手が決める。
一真がやっていたのはさらにその先。
腕や指の動きで諸星の無意識下の注意を惹きつけて、まるでパートナーをリードするように視線や動きを誘導。
ここから諸星の攻め方が変わる。
手数重視のヒット狙いから狙い澄まして撃ち抜く必殺狙いへ。
それによって一真の側に引き寄せられていた流れが再び中立に戻った─────だけではない。
「どや。自分コレやられたら嫌やろ」
「・・・・・・っ、」
攻め続けてリズムを作るからカウンターに乗せられる。
ならば自分も
余計な動きはせずに《
得物を持たぬ一真にとって、攻撃に用いる脚は太い血管の通った生身の急所だ。
リーチが長いのは言うまでもなく諸星。
戦術によって失われていたその有利は、戦術によって取り戻された。
「どうだ。ここは男らしくチマチマやらずに殴り合わねえか」
「アホ抜かせ!!」
一真は繰り返される攻撃から諸星への対処法を確立させたが、当然諸星もまた同じ事をしている。挑発するような刺突から逃れつつのたまった一真に諸星は怒鳴り返した。
武器を持つ者と持たない者の埋めがたい差。
しかし時間が経てば一真はさらに別の戦略を立てて自分を切り崩しにくるだろう。
だから諸星は挑発する事にした。
今の相手が言われたら、もっとも怒るであろう言葉で。
「さっきまでの威勢はどうしたんや王峰ぇ!! その様子やと東堂刀華と
「────────」
一真の瞳孔が開いた。
澄み切った殺意が炎のように噴き上がる。
これでいい。脅威の段階がハネ上がった一真を前に諸星は頷くように笑った。
間違いなく今までで1番苛烈な攻撃が来るだろうが、それはカウンターという最適解が適用できるパターンだ。冷静に別の策を講じられるよりずっといい。
さあ何が来る?
槍を蹴飛ばされないよう引き絞って待ち構える諸星がいくつものパターンを頭に描き出す。
上か下から左右か。
フェイントを掛けてくるにせよ、槍の射線に重なる正面なら来るのは有り得まい─────
(突っ込んでくるやと・・・・・・!?)
身体を思い切り前に倒し、リングを踏み砕く勢いで、イノシシのように愚直に前へ。
彼の顔面の直線上には、《
『真っ直ぐに行ったぁ!? 構えられた《
諸星の胸中に湧いたのは困惑を通り越した不満。
確かに彼はここまで自分の槍を捌いてきた。
だがここまで舐め切った戦術未満が通用すると考えられている事にただ憤る。
当然、彼はこれを迎撃する。
「ツマランもん見せよって。タダじゃ済まさんぞ王峰ェッッ!!」
最短最速。
相手の突撃の速度すら加算された、最早人間の反射神経では追いつかない本気の一撃だった。
回避も防御も不可能、そう謳っても偽りはない。
撃ち出された《
そして────────
「つまらねえか? 爆笑モンだと思うがなァ」
恐るべき反撃だった。
笑いながら舌を出す一真。
言葉も出さず倒れる諸星。
会場にいる全員が言葉を失い、『それ』を知っている者は何度も我が目を疑った。
避けられないはずの刺突を回避した王峰一真が見せたその技は、黒鉄一輝の《