壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第7話

 「…………、」

 

 「上を目指したくてここに来たのなら、まずは黒鉄の背中を全力で追いかけてみろ。きっとお前の人生において無駄にはならないはずだ」

 

 「アイツじゃなくて、ですか?」

 

 「王峰はいつか乗り越えるべき壁、といったところかな。苦い敗北や屈辱を知らなかっただろうお前に初めてそれを与えた男だ。今よりももっと強くなってから、熨斗でもつけて返してやれ」

 

 黒乃の促すような言い回しに明確な答えを返せないステラだが、その理由を理解できている黒乃はそれ以上何かを言うことはしない。

 彼女の道だ。彼女が決めるべき事だ。

 

 「……とはいえ、お前はまだ黒鉄を知らない。せっかく同じ部屋なんだ、自分で確かめてみるといい。……その後でそれでも相部屋が嫌だというなら私に言え。VIP待遇で特別に1人部屋を用意してやる」

 

 そう告げると、黒乃はその場から去った。

 戦っていた2人も既に退場しており、観客たちは今の試合の感想を話しつつ三々五々に散っていく。

 ……まずは話そう。そして、黒鉄一輝という男を知ろう。

 かくして少女は、己の望み通りに世界の広さを知る。誰もいなくなったリングを見つめるステラの心は、確かに高鳴っていた。

 

 

     ◆

 

 

 (……アタシは、決して弱くない)

 

 寮への帰路を歩きつつステラは考える。

 流石に世界で1番強いなどと自惚れてはいないが、並みの強者程度に圧倒されるほど弱いとも思っていない。

 つまりはそれだけ王峰一真が圧倒的で……そして、黒鉄一輝も同じくらいに強い。

 理事長先生が黒鉄を追いかけてみろと言った理由がわかった気がした。

 言ってみれば王峰一真の強さは才能と努力……つまりは自分と同じ方向性の強さだ。

 しかし、黒鉄一輝のそれは違う。

 才能はない。そしてあれは努力なんてものじゃない。地獄の鬼が泣いて逃げるような狂気の責め苦であったはずだ。

 だからこそ、気になる。

 あらゆる理不尽に屈さず、自分を信じ続けられる強さの根源が知りたい。

 

 「……クロガネ、イッキ」

 

 そんな事を考えている内に、ステラは先に一輝が帰っているはずの自室の入口に辿り着く。

 何故かこみ上げてくる緊張を振り払い、ステラは黒乃の能力によって壊れる前まで()()()()ドアの鍵を開こうとして……

 

 (あれ、ドアが開きっぱなし)

 

 ドアが完全に閉まりきっていないことに気付いた。

 やはり先に帰ってきているようだが流石に心身ともに疲弊しきっているのだろう、どうやらドアを閉めきれなかったことに気付いていないようだ。

 これは話を聞くのは明日にした方が良いだろうかと思案しながらステラはドアを開き部屋に上がる。ワンルームに繋がる廊下の先にあるドアはきちんと閉じられており、

 

 その先では、黒鉄一輝が着替えていた。

 

 「~~~~~~っっっ!?」

 

 思わず叫びそうになった口を慌てて閉じる。

 ワンルームに繋がるドアには縦に細長い窓が嵌め込まれているデザインで、その窓から一輝の様子が見えるのだ。それを通して彼女が目撃したのは、一輝がこちらに背を向けて部屋着に着替えようとしている瞬間だった。

 

 (えっ、これ、ど、どうすれば……)

 

 どうするもこうするも着替え終わるまで待っていればいいのだが、悲しいかな初めて家族以外の異性の半裸を目撃しテンパった彼女にそれを思いつくキャパシティは存在しない。

 目を逸らすこともできずあわあわしている内に、ステラが見ている中で一輝は制服の上を脱ぎ捨てた。

 そこから露になるのは、鍛え抜かれた男の肉体だ。

 

 「ぁっ……」

 

 か細い声がステラの喉から漏れる。

 筋骨隆々とは言えない線の細さから溢れる鋼のような力強さが、ガラスを挟んだ遠くからでも理解できた。

 でも、ここからではよく見えない───半ば無意識のままステラは足音を殺してドアのガラスへと近付いていた。

 

 (えっ、あ、アタシ何を……!?)

 

 一瞬冷静になりかけたが、直後に一輝が下着のシャツを脱ぎ捨てたことでそれもどこかに吹き飛んだ。

 筋肉が作り出す陰影が、女性である自分とはまるで別物。騎士として鍛えているからわかる、あの肉体を造り上げ維持するのは並大抵の困難ではないはずだ。こうして改めて見てみると、本当に鍛え抜かれた肉体で……

 

 ……いや待て。

 これ、言い訳できないレベルで覗きじゃないか?

 

 (お、おあいこよ、おあいこ……! こいつだって、アタシの下着姿を許可なく見たんだから……!)

 

 まさかの覗き続行である。

 そして最後まで冷静な意見を投げつけてくれたなけなしの自制心も今、一輝が制服の下を脱いだことで吹き消されてしまった。

 奇しくも今朝とは立場が逆転している今、もしかしたら彼もこんな気持ちだったのだろうかとステラは思う。

 心臓の音がうるさい。身体が熱い。下腹に感じたことのない疼きを感じる。

 知りたい。触りたい。

 彼の志が結晶化したような、あの肉体に触れてみたい。

 

 (ハァ、ァ……アタシ、どうしちゃったんだろ……)

 

 背中や腿の裏だけでなく、いっそこちらを向いて腹や胸板も見せてはくれまいか。

 茹だる脳味噌は意味ある思考を成してくれない。

 手を伸ばせば届くんじゃないか、とステラはそっとドアのガラスに指先で触れ────

 

 きぃ、と後ろから小さく軋む音が鳴った。

 一応は疚しいことをしている自覚があったステラはそれに敏感に反応、戦闘中と同レベルの反射で背後を振り向いた。

 

 

 王峰一真が、そこにいた。

 

 

 ドアのガラスに張り付いているステラを目撃して、規格外の長身を屈めて入口を潜ろうとしている姿勢で動きが止まっている。手に持っているビニール袋の中身はなんだろうか? もしかしたら一輝に差し入れでもしに来たのかもしれない。

 そして彼の身長ならば見えているはずだ。

 ドアに嵌め込まれた細長い窓の向こう、ステラの身体に遮られていない上部分のガラス越しに、一輝が着替えている姿が。

 そして察したはずだ。彼女がそこに張り付いて、何を見ていたのかも────

 

 「「……………、……」」

 

 時間が、止まった。

 ステラを見つめる一真の顔は、完全な『無』。

 呆れるでも糾弾するでも理由を問うでもない、ただ見る側が己の心情を投影して相手が抱いている感情を勝手に判断するような、鏡のような『無の表情』だった。

 熱に浮かされた心身に氷水をぶっかけられたステラの顔がみるみる青ざめていく。

 一真は最後まで何も言わなかった。

 ただ彼は無の表情を浮かべたまま、持ってきたビニール袋をそっとその場に置いて─────

 ───ぱたん、と静かに玄関のドアを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 「か、カズくん!? 今さっき何か絹を裂くような悲鳴が聞こえたけど何があったの!?」

 

 「知らん。もう知らん」

 

 自室に戻って早々に厄介事の心配をしてきた()()()()()()に投げ遣りな返事をしつつ、一真はどかりとベッドに腰を下ろす。しかし相手はそれで引き下がるような性格ではない。ひどくうんざりしたような彼の顔を覗き込み、尚も彼女は詰め寄った。

 

 「ほら、やっぱり何かあったんだね? 正直に話してみて。私は怒らないから」

 

 「………皇女様の弱味を握った」

 

 「(なん)ばしよっとね!?!?!?」

 

 「怒らないっつったじゃん!!!」

 

 子供の親が頻繁に用いるトラップに綺麗に引っ掛かる一真。

 昔から母親気質だったが、やらかしが多い自分に対してはさらに心配性なのだ……言い訳なぞ出来るはずもない身の上なれど、事あるごとにこの調子なのはそろそろやめて頂きたい。

 それに皇女様の名誉のために詳しい説明を省いたという良心的な配慮も考慮してほしいところだ。

 

 (……にしてもなァ)

 

 ステラとの模擬戦の後で明らかになったことだ。

 “実力の近い者同士で男女関係なく相部屋にする“という黒乃の取り決めは、当然ながら一真にも当てはまる。

 ランクだけで考えるならステラと同室になるのが自然なのだが、彼女は黒乃の考えで一輝とペアになっている。

 となると校内序列1位である彼とペアになるのは必然的に彼らを除いた実力者、つまり『2番手』である訳で………

 

 「……まさかここに来てお前と同室になろうとは……」

 

 「ふふ、私もびっくりしちゃった。何だか昔を思い出すね」

 

 校内序列2位、《雷切》東堂(とうどう)(とう)()はくすりと笑う。

 学園の3年生、一真の1つ上。一真が腕っぷしではなく、なんか根本的な所で敵わないと幼い頃から常々思わされている人物だった。

 

 「ステラさんとの模擬戦見てたよ。また強くなってたね」

 

 「良くも悪くも1年間鍛練漬けだったからなァ。訓練相手にも恵まれてたし、あの位の成果は出さなきゃ嘘ってもんだ」

 

 「わかってた事だけど、後悔は無さそうだね」

 

 「そりゃな。自分で選んだ道だ」

 

 知ってるよ、と刀華は微笑む。

 やってきた事は笑い事ではないし、それについてはもう散々怒ってきたが、しかしそれでも彼が彼のままブレないことが嬉しいのだ。

 同じ場所で育ち、同じ師に習い、そしていつの間にか自分がその背中を乗り越えたいと願うようになった彼が変わらず強いままなのが、とても嬉しい。

 

 「……カズくんから見て、ステラさんってどうだった?」

 

 「ん? あァ、環境が悪かったなと思う」

 

 ステラとの戦いを思い返しつつ、一真は己の見解を述べる。

 

 「今まですげえ努力してきてんのはすぐわかったけど、やっぱ同等かそれ以上に強い奴が近くにいなきゃどうやっても伸びには限界があんだろ。もちろんナメてる訳じゃァねえけど、今のままなら……まァ何回()っても全部勝てるかな」

 

 「そっか。強かったけどカズくん的にはまだまだ、って感じなんだね」

 

 

 「………いや。正直、怖くもあった」

 

 

 低く、静かに彼は言う。

 

 「魔力のコントロールも剣術の冴えも並みじゃねえし、引っ掛からなかったとはいえ攻め方の発想もかなり良かった。加えて正面からじゃ受けれもしねえ馬鹿みてえなパワーを持っていやがる。ありゃ実力不足とはちょっと違うな、ただポテンシャルが空回ってるだけだ。

 もしここで鎬を削れる相手と学び続けて、経験値と素質がガッチリ噛み合ったとしたら………そうなりゃもう、勝てるかはわかんねえ」

 

 それを聞いて刀華は僅かに目を見開いた。

 彼にはその率直な物言いを見込んで戦った相手の批評を聞いてみることがある。彼自身が相当な強者なため内容は悪い点と良い点が大体8対2くらいなので、ここまで相手を褒めるのは珍しかったのもあるが、違う。

 初めてだったからだ。

 彼が能力や技術ではなく、相手そのものに『怖い』という表現を用いたのが。

 

 「………うん。この1年間、楽しくなりそう」

 

 そう呟き穏和な笑みを浮かべた彼女の瞳の奥に刃物のようにギラつく野蛮な光を見て、一真の背筋に戦慄が走る。

 黒鉄一輝やステラと同じ。己の強さに絶対の自信を持ち、その上でさらに上を目指す、自信と野心に溢れた光で。

 それは恐らく、自分が宿すことは無いだろう光だ。

 

 「という訳で、カズくん。改めて1年間よろしくね。今はちょっと水を開けられてるけど、私はこの最後の年でカズくんを追い抜く気でいるから覚悟しておいてほしいな」

 

 そう差し伸べられた手を握り返そうとして、ふと躊躇った。

 時折考えるのだ。

 自分は才能に恵まれたと思うし、誇ってもいいくらいには強くなったとも思う。

 だけど自分は、彼女とは違う。

 “親なしの自分たちでもすごい人間になれるんだ“と身をもって示し続けている彼女の手を……自分が育てられた場所で暮らしている子供達に笑顔と勇気を与えるために強さを志す彼女の手を、どこまでも自分1人のために強さを求めてきた自分が握り返す資格はあるのだろうか、と。

 少しの躊躇いを挟んで、一真は刀華の手をとった。

 彼女とは違い、自分の原動力は決して高潔ではない。だけど少なくとも強ささえあれば、彼女の決意に応えることはできるはずだと信じて───

 

 

 「……じゃあ1年間よろしくするためにも、とりあえず下着一丁で昼寝とかはやめてくれ。何度か見ちまった事あるけど、あれマジで目に毒なんだよ」

 

 「こっ、こん流れでなしてそげん(こつ)言えると!?」

 

 僅かに生じた胸の曇りを、最後にちょっと茶化して誤魔化した。

 

 

 かくして波乱に満ちた1日は幕を降ろし。

 始業式まで、あと3日。




生徒会長、敬語じゃないと違和感ありますねぇ
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