壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第71話

 iP S再生槽(カプセル)から出てシャワーを浴び、身体を濡らす液体を洗い流す。

 四肢の切断程度なら10分程度で再生を完了させる医療機器も引き裂かれた腹部と大小無数の血管の再生と複雑な結合にはやや手間取ったのか、時計を見ればもう日が暮れようかという時間だった。

 ─────《解放軍(リベリオン)》。

 《暁学園》のメンバーにそれが混ざっているのは仕方ない。蹴り潰すかどうかの判断は保留。有栖院のような訳有りかもしれないし、そもそもテロリストの自分だって似たようなものだ。

 ただ明らかにしなければならない問題がある。

 スマホを手に取って耳に当てる。相手はまるで予期していたかのようにワンコールで応じた。

 知らねばならない。行動する前に。

 努めて冷静に話したつもりでいたがそれでも処理できないままの怒りが声に滲んだのを一真は自覚した。

 

 「月影さん。聞きたい事がある」

 

 そしてここはホテルの側の公園、大会中の選手の自主訓練場として限定的に魔力使用が許可された場所。

 明日の三回戦で天音と戦うために《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》の因果改変に備えるべく不眠で過ごすつもりでいた一輝の元に、良く知った顔のロマンスグレーが現れた。

 1つ話したい事がある、と彼は言った。

 紫乃宮天音の力がどう作用するか分からない状況で敵方の長の誘いには乗れない、と一輝は答えた。

 それに対して月影は「その心配は不要だ」と返す。

 

 「なぜなら君が紫乃宮君と戦う事は、今のままではあり得ないからね」

 

 「それは僕が不戦敗になるということですか?」

 

 「そうじゃない。彼は()()()()()()()()()()()。君が考えている以上に彼の憎悪は深いのだから。そして私の話とは・・・・・・他でも無い、そんな紫乃宮君の事だ。どうだい、興味が湧いてきただろう?」

 

 「・・・・・・分かりました。お話を伺います」

 

 「ありがとう。では彼と一緒に聞いてもらっても構わないかな」

 

 「え?」

 

 「もう1人いるのだよ。紫乃宮君の事を知りたいという者がね」

 

 そうしてその『もう1人』が姿を現した。

 こちらもよく知った仲の丈高き男だった。

 そして2人は知る事となる。

 紫乃宮天音という少年の、憎しみと諦めの足跡を。

 

 

     ◆

 

 

 明日は三回戦。選手達の過ごし方は様々だ。

 一輝のようにギリギリまで鍛錬をする者、対戦相手に対する戦略のシミュレーションに余念がない者、平素と変わらずホテルで就寝しようとする者。

 そして寝ようと思った矢先に巨人が訪ねてきた者。

 ノックをされて誰だろうとドアを開けた天音の視界に映ったのは、肩どころか胸から上が派手に見切れている王峰一真だった。

 そこらのホラーより圧迫感を煽ってくるシチュエーションに天音が思わず硬直する。

 

 「・・・・・・・・・妖怪?」

 

 「俺だよバカ」

 

 慄いて後ずさる彼に合わせるように扉を屈んで潜り抜けた一真が室内に侵入する。

 随分と強引な訪問だった。俄に危機感を募らせる天音に、険を寄せた眉間で口を開く。

 

 「何であんな事をした?」

 

 端的に一真はそう聞いた。

 それを受けた天音ははぐらかすようにキョトンとした顔で首を傾げる。

 

 「何のこと?」

 

 「(とぼ)けてんじゃねえ黒鉄の事だ。なんであそこまでやった?」

 

 「そんなこと言われても、大会に関係ない立場で奇襲してきたのは向こうじゃないか。それに僕の能力はもう知ってるでしょ? あれは僕が具体的にああしようと思った訳じゃ」

 

 「()()()()

 

 遮るように月影から聞いた名を告げた。

 天音の顔から軽薄な作り笑いが消える。

 《解放軍(リベリオン)》に属した時にこの世から抹消されたはずの過去。あがき続けた日々の名前。

 なぜその名を知っているのか、その疑問をぶつける前に一真は何の躊躇いもなく自分と一輝に話を聞かせた男の名を出した。

 

 「月影さんから全部聞いた。しんどかったよなァ。俺なんかよりよっぽど悲惨な目に遭ってるよお前。

 けどありゃ駄目だ。誰かの足を引くのはやっちゃなんねえ。触れられたくないものを暴かれる辛さはお前だって分かるだろ」

 

 「あー。ハハハ。その事は誰に話した事もなかったけど、そっか。彼はそういう事が出来る伐刀者(ブレイザー)だったか。で?」

 

 「あの控え室の騒動、監視映像の音声データが何故か壊れてたって聞いた。お前が残らないようにしたんだろ? まだ間に合う、もうこういう事はやめろ。その一線を無くしたらいよいよ終わりだぞ」

 

 「だから?」

 

 「能力なんてしょうもないモンに負けてんじゃねえ! 俺だってそうだ、()()()()()()()()()()()()()()()! そこで折れなかったから俺は今ここに立ててる! お前だって努力してきただろ、前に進もうとした自分を手前(てめえ)で否定してどうすんだ!!」

 

 「あーそう、帰って。めんどくさい」

 

 そう吐き捨てて天音は背を向け、一真がこの場から消えることを願った。

 具体的な希望はない。ただこの不愉快な大男が今すぐこの場から消えるように。

 一真の大切な人に何かが起こるのか建物が崩れるのか。何が起きるかは分からないが、少なくとも自分がその何かしらに巻き込まれることはないだろう。

 

 「・・・・・・今回の件でお前は5人を怒らせた」

 

 だというのにその男はそこにいる。

 有り得ない。そんな事は起こり得ない。

 頭蓋骨を内側から引っ掻くような不快感を歯と共に剥き出して天音は振り向いた。

 

 「イッキとステラさんは当然だな。アリスもそうだし黒鉄だって言わずもがなだ。じゃああと1人は誰だと思う?」

 

 「うるっさいな出てけって言っただろ! 消えろよ! 僕が! そう願ってんだからさあ!!!」

 

 「俺だよ」

 

 

 ばきり、とか、ぐちゃり、とか。

 硬いものと少し弾力のあるものが潰れる音が顔面の中心から鼓膜に伝わり、浮いた両足が地面に投げ出された。

 後頭部まで貫通するような極太の激痛(いた)みの束。

 思考が飛んだ脳味噌が目の前の大男に鼻っ柱をブン殴られた事実に気付くまでに一瞬の時を要した。

 

 「ッッ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!?」

 

 「おーい起きろー。立って俺の話を聞けー。黒鉄に比べりゃその程度ケガの内にも入んねーぞー」

 

 「だっ、だんでっ、(だん)(ぼぐ)の゛能゛力゛がっ!!」

 

 「何でもクソもねえよ。お前が崇める女神様(アバズレ)より俺の方が強えってだけだ」

 

 のたうつ天音の襟の後ろを掴んで立たせようとする一真だが、立つ気力を根刮ぎ奪う激痛で足に力が入らないらしい。しょうがないので襟を掴んだまま片腕で吊り上げるように彼の身体を立たせた。

 

 「これが折れずに努力した結果。手前(てめえ)のチカラを死に物狂いで掌握した結果だ。別に俺が特別だからって訳じゃねえ、同じように努力し続けた奴には全員()()が出来る。妬み嫉みで足を引くしか出来ないお前にゃ想像も出来ねえかな?」

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 潰れた鼻から蛇口のように落ちる血の柱を撒き散らして叫び、天音は両手に霊装(デバイス)《アズール》を顕現。

 全てが致命傷となることを願った攻撃の群れは一真の肌に擦り傷ひとつ付けられないまま弾かれた。

 どうやっても否定できない現実に硬直する天音に、一真は普段と変わらない調子で笑いかけた。

 

 「お前は俺より遥かに不幸だ。親に虐げられた上に信じられる人にも行き合えなかった。自分が惨めだと受け入れるのは身を切られるより辛いだろう。

 ()()()()()()()()()()()。人を傷付けて喜ぶ奴に許されるのはそれだけだ」

 

 顔面を血と憎悪に染めて天音は一真を睨みつける。

 しかし一真は動じない。

 襟から手を離され床に崩れ落ちる天音から視線を切り、彼は自分の意思で彼に背を向けた。

 

 「・・・・・・ま、これ以上を俺がやんのは筋違いもいいとこだ。せいぜい再生槽(カプセル)で傷を治しな。お前がどれだけ下らねえ人間か、お前がどれだけ下らねえモンに膝を折ったかは、明日イッキが嫌ってくらいに教えてくれる」

 

 興味を無くしたように欠伸をひとつ。

 用事は済んだと屈んでドアを抜け、背中越しに彼は酷く雑な言葉を残して部屋から出ていった。

 

 「気に食わねえなら俺の失格でも祈ってみるか? 信じれば叶えてくれるんだろ、それ」

 

 足音が遠ざかり残される天音。

 鼻呼吸が出来ず荒い口呼吸を繰り返し、彼は震える腕で這いつくばった身体を起こす。

 言われるまでもなかった。

 とうに視界から消えた一真に向けて、彼は心からの呪詛を祈りに乗せて女神の意思を差し向ける。

 

 「()()! 死ねっ!! 死ね、シネ、死ね! 死ね!! 死ねぇぇぇェエエエエエッッッ!!!」

 

 

 ありったけの殺意と悪意を向けられた一真はそのまま自分の部屋に戻ってシャワーを浴び直した。

 改めて明日のスケジュールを確認してストレッチ、コンディションを整える毎日のルーティーン。

 それを終えてベッドに腰掛けた一真を襲ったのは、雪崩のような消沈だった。

 

 「・・・・・・・・・ああ、もう。ミスッた。最悪だ」

 

 頭を抱えた両手が髪を乱す。

 完全に言動を誤った。

 辛い思いをしている時に『自分は頑張れたからお前も頑張れ』なんて言われて誰が頑張れるというのか。

 昔の自分はその台詞で頑張ろうと思えたか。

 自分が前を向こうと思えたのは─────東堂刀華が身体を張って人の強さと美しさを教えてくれたからではなかったのか。

 

 救えないかと思った。

 あの時彼女にしてもらった事を他の誰かに返せないかと思った。

 あの場ですぐにとはいかずとも、そうして彼女に救われた自分なら天音が抱える大きな闇を、少しでも何とかしてやれるのではないかと思ってしまった。

 ────その結果がこれだ。

 自分はいつもそうだ。

 後で事情を知ってから仇討ち紛いに排除するだけ。大団円の真似事ばかりで根本的に救えていない。

 刀華にしてもらった事を、自分は誰にも返せない。

 

 「なァ刀華、教えてくれよ。どうすりゃ俺はお前みたいになれるんだ?」

 

 

 この後悔を彼は引き摺らない。来たるべき明日の戦いに備えて然るべき心身に調整する。

 吐き捨てた唾を嗤われない姿であるために。

 必ずそこへ行くと誓った、自分が望んでやまなかった戦いのために。

 《七星剣武祭》3日目、三回戦が始まる。

 

 

     ◆

 

 

 『今、主審がステラ選手の勝利を宣言しました! 注目の一戦、A級騎士同士の怪物対決を征したのは《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン選手です!

 やはり魔力保有量世界一の記録保持者! 次元違いの圧倒的な力の差で《風の剣帝》を捩じ伏せました─────!!』

 

 降り注ぐ拍手の中、リングを立ち去るステラ。

 それを観客席から見下ろしながら、貴徳原カナタは詰まっていた息を吐き出すような溜息をついて感嘆の言葉を漏らす。

 

 「すごい戦いでしたわね・・・・・・」

 

 「うむ。この夏合宿で凄まじい開花を果たした事は知っていたが、よもや《風の剣帝》が相手にもならぬとは」

 

 「兄さんからすれば何よりの結果でしょうね」

 

 同意した砕城雷が頷きを返し、そして一輝が横から言葉を挟む。

 

 「自分にも相手にも妥協を許さない人です。世界を巡って頂点の高さを知っていた兄さんとって圧倒的な壁の存在は最高のモチベーションでしょう。自分が最強を目指し続ける過程で、それを乗り越えることに勝る喜びはありませんから」

 

 「実に・・・・・・王馬さんらしいですね」

 

 「そうですね。まあ自分の夢のためには余りに手段を選ばないのは弟として一言二言くれてやりたいところではありますが、────あのストイックさだけは昔から尊敬していますよ」

 

 今でも目を閉じれば、講師も分家の子も引き払った夕暮れの道場で剣を振るい続ける背中を思い出せる。

 あの背中から多くのものを教わり、盗んだ。そういう意味では黒鉄一輝にとって黒鉄王馬とは師のようなものである。

 そんな王馬を、ステラは危なげも無く圧倒的な力量差で捩じ伏せた。

 しかし王馬の顔に絶望はない。

 肩から脇にかけて《天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)》の光熱の斬創を刻まれ意識を無くしたにも関わらず、なおも『必ず其処に行くぞ』という意志の残滓を眼光に滲ませていた。

 ・・・・・・頭の痛いライバルだ。

 共に騎士の高みへ行こうと誓った彼女は、遥か高みに座している。

 そして次の試合は少なくとも彼女と同じステージに住まう者とその人物に挑む親しい者の試合なのだが、一名ほど完全にゲンナリしている観客がいる。

 誰あろう御祓泡沫である。

 彼にとっては酷く面白くない展開が起きているのだろう、仏頂面でスマートフォンの画面をタップしている彼に一輝はそっと問いかけた。

 

 「・・・・・・泡沫さん。どうしたんですか」

 

 「ちょっと待って話しかけないで。ボク今ウ◯娘のぱかフェスピックアップガチャ回してるから。天井叩くまでに限定◯マ娘のマツカゼが引けるかどうかの瀬戸際だから」

 

 「次の試合カズマと刀華さんですよ」

 

 「そのカズが今なにやってるか知ってる?」

 

 質問が返ってきた。

 確かにいま彼が何をしているかは知らないが、あそこまで熱望していた勝負なら諸星雄大との試合の時のようにギリギリまでウォーミングアップするなどコンディションの調整に努めているのではないか?

 そんな事を考えていた一輝だが、泡沫の答えはまるで予想を裏切るものではあったが実に一真らしいものだった。

 

 「美容院に行ってるよ。ついでに試合じゃ服装も変えるらしい。パーティで来てたスーツ着るんだって」

 

 「・・・・・・どうして?」

 

 

 「『惚れた女が殺しに来るから』だって。何言ってんのかわかんねーよ」

 

 

 実況の紹介に合わせて現れた刀華は、一真の様子を見て思わず笑ってしまった。

 赤ゲートから現れた今大会の優勝候補筆頭が、凄まじくめかし込んだ格好で現れたからだ。

 髪を整えて晴れ着を纏い、まるで渾身のプランを組み立てたデートに赴くような出で立ちで王峰一真は踊っている。

 弾む心が脚に表れているかのように高らかに革靴を鳴らして弾む。

 これから命と誇りを懸けた試合が始まるとは到底思えないその様にざわつく観客席を他所に、刀華の姿を認めた一真が深い笑みを浮かべた。

 姿勢を正して胸に手を当て、もう片方の手を差し伸べる。

 とびきりの誘いに笑顔で答えた刀華の目には、彼の背景に舞踏会の会場が見えていた。

 

 「─────shall we dance(さあ。やろうか)?」

 

 「Sure(もちろん)

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