壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第72話

 『さあ続いて赤ゲートから暁学園1年・王峰一真選手が、おっと!? 気合の入った装いでの入場です!

 魔力によって暴れた一回戦とは逆に二回戦では鮮烈な技の冴えを見せつけてきました!

 果たし合いの場で臆面もなく着飾る余裕はまだまだ底知れぬ何かを我々に感じさせてくれます!

 王たる所以は力のみに非ず! ここまでで最高ランクの相手とぶつかるこの戦いすら彼は自分のステージに変えてしまうのか!?』

 

 「うわ本当だ、パーティの時よりお洒落してる。もしかしてカズマ、デートか何かと勘違いしてます?」

 

 「それボクも同じ事聞いた。『似たようなもんだろ』って言われた」

 

 「ああ・・・・・・まあ分かりますけど」

 

 「戦闘狂どもがよ」

 

 そういえば日頃常識人なだけで一輝も『向こう側』の住人だったのを思い出した泡沫が吐き捨てた。

 ステップを刻みながら開始位置まで進んでいく一真に若干会場が戸惑っている中で、実況の紹介が対面に現れる対戦相手に移る。

 

 『そして青ゲートから現れたのは破軍学園3年・東堂刀華選手!!

 ここまで全く危なげない勝利を納めております、まだ底を見せていないのは彼女だって同じ事!

 今大会屈指の優勝候補すら断ち切ってみせるか伝家の宝刀! 去年は惜しくも届かなかった七星剣王の座を目指し、まずは最初の正念場!!』

 

 『これは良いカードですね。王峰選手と東堂選手は共に《闘神》南郷寅次郎に師事している、つまり同門同士の対決になります。恐らくはこの会場にいる誰よりもお互いの手の内を知っている。ランクの高さや技術以上に面白い展開になりそうです』

 

 『成る程、そういった意味でもこの戦いはライバルとして負けたくない一戦だと! しかし王峰選手、先程から実に楽しそうに踊っていますね。何やら酷く浮かれているようですが・・・・・・』

 

 『それはまあ、察しがつくというか、詮索は野暮というものかと。ふふっ、若さとは眩しいものですね』

 

 「カズーーーー! バレてるよーーー!!」

 

 会場が死合いの直前にあるまじき微笑ましい笑みに包まれ、入場してきた刀華がむず痒そうに身体をよじる。何を見せつけられてんだと犬の交尾を目撃した気持ちになっている一部友人達をずっと下に見下ろす場所、天井が開かれた湾岸ドームの縁に2人の姉弟子である西京(さいきょう)寧音(ねね)が腰掛けていた。

 腕組みをして見届けるは勝負の行方。

 もう少し詳しく言えば、刀華の戦いの行方だ。

 

 対策の『た』の字にもなっていない─────

 

 彼女が王峰一真を倒す為に編み出した技を見た寧音はバッサリと切り捨てた。

 電気を応用した磁力によって砂鉄を操り、変幻自在の武器とする伐刀絶技(ノウブルアーツ)

 他の伐刀者(ブレイザー)相手なら強力な手札となっただろうが、一真相手には通じない、と敬愛する姉弟子から下された容赦ないジャッジに、

 

 『はい。その通りです』

 

 あっけらかんと刀華は頷いた。

 

 『カズくんの防御を貫くにはまず火力が足りません。陽動や目眩しとして使えばまだ違うでしょうが、受けても問題ないと知れれば正面から突破してくるし、そもそも地面を石とコンクリートで覆われたリングではまず砂鉄の調達が不可能に近い』

 

 『・・・・・・・・・・・・』

 

 その通りである。寧音が見つけた欠点を刀華は全て把握していた。そもそも刀華が編み出した技なのだから欠点も知っていると言えばそうなのだが、使い物にならないと自分で分かっている技をそのまま出してくるとは寧音も思っていなかったのだ。

 言うべき事が無くなって沈黙した寧音に、刀華はにこりと笑って大前提を繰り返した。

 

 『ですが、それでもこれはカズくんへの対策になっているんですよ』

 

 

 (・・・・・・結局、詳しくは分からずじまいさね)

 

 通用しない技が対策。

 膨大な実践経験から答えを導こうとしても刀華の為さんとしている事が分からない。

 恐らく彼女は情報の流出を防ぐ為に全てを話していないのだ。あの時見せられた技は多分、意図的に規模を誤魔化すかいくつかの行程を省くかした上で発動されたものだ。

 ふん、と鼻を鳴らしてドームの縁に座り直した。

 小生意気にも自分を煙に巻いた妹弟子の戦いに、隠された答えを求めんと彼女は石のリングを見下ろす。

 

 (見せてもらおうじゃないか。自信満々に言ってのけたカズ坊への対策とやらを)

 

 浮かれる時間はここまで。

 開始位置についた瞬間、2人の(かお)が一気に変わる。

 吹き荒れた紫白の暴風が一真の両脚に絡んで漆黒の脚鎧(ブーツ)を形造り、大気を走った稲妻が刀華の手に収束して一本の刀を生み出す。

 霊装(デバイス)が顕現した瞬間に会場が一気に緊迫した。

 一真は口に浮かべた笑みはそのままに細く目を研いだ。刀華の目に自分だけが映っている。惚れた女の殺意(おもい)の全てを独占している。

 最高だ。しゃぶり尽くそう。遠慮なく─────

 

 「? ・・・・・・・・・・・・!♪」

 

 少しだけ首を傾げた一真は、歯を剥き出して笑みを深めた。

 開始位置についた刀華が妙な動きをして、そしてその動きの意味が分かったからだ。

 迷いのない動作で《鳴神》の柄に手を掛けて片足を引きつつ、クラウチングスタートでもするのかという程に低く深く身を沈めて重心を極端に前に置く。

 形そのものは居合いの構えだが、その姿は余りにも踏み込んで斬ることに特化していた。

 駆け引きの一切を捨て去った、吶喊の構え。

 

 『こ───、れは潔い! 隠す気配が全くありません! 最速で叩っ斬るという強烈な意思表示!!』

 

 『初手から全てを懸けるつもりのようですね。自分の持つ最大火力が通れば良し、通らなければ敗北。城塞の如き王峰選手が相手なら実に合理的かと』

 

 (おいおい何だよ、急ぐなよ)

 

 初手からの全力に喜ぶ反面、明確な短期決戦狙いに一真は唇を尖らせる。

 そうなってしまうとつまらない。

 すぐに終わってはここまで来た甲斐がない。

 しかし───そう来るならばそれでいい。

 懸命に考えてくれた自分との戦術(デートプラン)、全力で乗るのが正しい作法。

 

 (すぐに終わらそうってんなら楽しませてもらうぜ。頭の天辺から足の先まで!)

 

 『さあこれより第62回七星剣武祭3回戦、Cブロック第一試合! 王峰一真選手 対 東堂刀華選手の試合を開始します!! 試合開始(LET's GO AHEAD)─────!!!!』

 

 「《雷切(らいきり)雲耀(うんよう)》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 束の間、時間が止まった。

 振るわれた一閃、その一瞬をどれだけ重ねれば目瞬(まばた)きの間に届くだろう。

 彼女の一太刀は誰の意識にも認識できなかった。

 目にも映らず大気も爆ぜず、微かな風の音だけを残して頸動脈に切れ目を入れる。

 一真の首が飛ばなかったのは試合開始の刹那、かつて世界最強の剣士から受けた剣気と同じものを感じた彼の無意識が咄嗟に回避行動を取ったからだ。

 その一閃の数百倍近くの間を開けて冷や汗と鮮血が噴き出し、さらに数秒開けて会場中が絶叫した。

 

 「長々と戦うつもりは無いよ」

 

 心臓を凍らせた一真に刀華が囁く。

 デート気分で舞い上がる彼を地面まで叩き落とすように戦いの幕は開いた。

 瞳孔の開いた榛色(はしばみいろ)の眼光で一真を貫き、彼女は情愛の代わりに澄み切った殺意を言葉に乗せる。

 

 「全力で征くけん。受け止めて」

 

 《雷切(らいきり)雲耀(うんよう)》。

 全てを理解した解説が悲鳴のように叫ぶ。

 今の一太刀は間違いなく黒鉄一輝がコピーした『比翼の剣』と同じもので。

 そしてその剣速は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

     ◆

 

 

 『どう受け止めればいいんだぁあっ!? 《比翼の剣》の使い手がもう1人! さらに剣速で《比翼》を超えた!? 余りにも、余りにも恐ろしい事実!下馬評では王峰選手有利とされたこの戦いはどうなってしまうのか!?!?』

 

 「《比翼の剣》を・・・・・・!? イッキがコピーできたのは知ってるけど、何でトーカ先輩まで同じ剣が使えるのよ!?」

 

 「!! あ、の、時、か・・・・・・ッッッ!!!」

 

 「イッキ、知ってるの!?」

 

 思わず顔を覆った一輝にステラが食いついた。

 特大の失策に頭を抱える彼は苦悶の表情を浮かべながらも彼女の疑問に呻くような声で答えていく。

 

 「エーデルワイスさんの剣を模倣する時、僕は壁にぶち当たったんだ。剣を振る途中で身体の動きが止まってね。ずっと分からなかったその原因を刀華さんが解決してくれた」

 

 「トーカ先輩が? どうやって?」

 

 「《閃理眼(リバースサイト)》だよ。それを使って僕を視る事で《比翼の剣》の秘密が脳が発する超高密度の伝達信号である事を見抜き、その『戦闘用の伝達信号』に自分の身体が齟齬を起こしてることを指摘してくれたんだ」

 

 「なるほど、それで伝達信号に合わせて身体の動きを最適化(アジャスト)したのね。身体に流れる伝達信号(インパルス)を読み取る伐刀絶技(ノウブルアーツ)にそんな使い方も出来るなら、トレーニングにも色んな応用が──────、あ!?!?」

 

 「そう。その通り」

 

 正解に行き着いたステラが大声を出した。

 まるで《落第騎士(ワーストワン)》のお株を奪うように技術を盗まれ続けているが、一輝の悲鳴はまるでジェットコースターに乗っているかのようなスリルと楽しさに満ちていた。

 

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 脳からの運動命令は電気信号で行われる。

 ()()()()()()()()()()

 例えそれが普通人間が持ち合わせないようなものであっても、『電気』の能力と校内序列2位に列せられる魔力制御を以てすれば。

 

 伝達信号を自ら造り《比翼》の速度を手に入れる、伐刀絶技(ノウブルアーツ)霹靂神(ハタタカミ)》。

 それによる圧倒的スピードの踏み込みと()()から放たれる、《雷切》を超えた《雷切(らいきり)雲耀(うんよう)》。

 頸動脈に半分ほど切れ目を入れるという致命のオープニングヒットを与えた刀華だが、その程度で勝てる相手ならこんな技を習得していない。

 即座に向き直った刀華の視界を覆ったのは、黒い脚鎧(ブーツ)の靴底だった。

 

 空間が丸ごと吹っ飛んだ。

 蹴り1発の威力とは信じ難い破壊圧が前方に放たれ、観客達を守る為に運営側の伐刀者(ブレイザー)達が何重にも張った防壁が嫌な音を立てて罅割れる。

 防壁は自分が張らねばならないと新宮寺黒乃は覚悟を決め、他の者は刀華の安否が分からなくなった。

 

 『うわぁぁあああっ!? 何が起こった!?』

 

 『どんな破壊力だよ! 勝負ついたぞこれは!!』

 

 『いや、見ろ! 避けてる! 終わってない!!』

 

 刀華は斜め前に侵入するように一真の蹴りを躱し、それを受けた一真は回し蹴りで追撃。扇状に破壊が撒き散らされるも刀華は蹴りと同じ方向に旋回するように爆撃範囲から逃れた。

 そして躱した先に前蹴り。

 彼の脚の長さではやや窮屈な間合いにまで侵入した彼女は、納刀したままの《鳴神》で横から身体ごとぶち当たるように蹴りの軌道を逸らした。

 ここまで刀華は無傷。

 だがこの段階で既に石造りのリングは半壊した。

 

 『やはり強ぉぉぉおおい!! 1発1発がとにかくデカいッッ!! 掠るだけでも四肢が飛ぶような大砲を東堂選手紙一重で避けていく!!』

 

 『王峰選手の蹴りの捌き方を熟知していますね。しかし王峰選手の立て直しの早さはやはり脅威です。東堂選手としては最初のヒットから流れを持っていけなかったのは痛手かと』

 

 「うわうわうわ、2人が戦ってんの久々に見たけど怖っっっわ。あんな近距離にくっついて大丈夫なの」

 

 「いや、逆にあそこまでくっついてないと危険なんです。通常の間合いで戦ったらそれこそあの広範囲の破壊圧に呑み込まれる。カズマは長身過ぎて足元のスペースが大きいから、ハイキックとミドルキックを屈んで避けれるクロスレンジに入るのは剣士としては外せない選択です」

 

 「けどそれだけで攻略は不可能よ。あの至近距離だって充分にカズマのキルゾーンなんだから。さっきの技をもう一度打てたら話は変わるけど・・・・・・どうやらカズマがそうはさせてくれなさそうだし」

 

 

 「《天衝角(イグニフェル)》」

 

 回避された膝蹴りが空を貫き、噴火のような空震が起きた。爆裂した大気に薙ぎ倒されそうになりつつも刀華は身を低くして爆風をやり過ごす。

 膝蹴りを撃った足の裏は既に刀華を狙っている。

 次の瞬間、踏み潰すような一真の足刀蹴りと刀華の一撃は同時に行われた。

 ドゴン!!!!とリングは標的をすり抜けて粉砕され、振るった太刀は止められた。

 ステップで蹴りを回避した刀華が振るおうとした《鳴神》を掴む腕、その上腕部分を一真が手で押さえて止めたのだ。

 長身故の腕の長さがあればこその芸当である。

 

 (ヒリつかせてくれるなァ・・・・・・!!)

 

 エーデルワイス相手に死にかけ南郷のしごきで殺されかけて嫌でも習得するハメになった、傷口を微弱な《踏破》で潰して圧着する応急処置が無ければ初手で終わっていた。

 そのまま腕を掴まれる前に離脱した刀華を一真は即座に追いかける。

 中距離での制圧力で優に刀華を上回る彼が離れようとする彼女を追いかける理由は無さそうに思えるが、この状況ではそうはいかない。

 何故なら彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 (時間を与えたらまたあの《雷切》が飛んでくる)


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