壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第74話

 熱せられた空気が音速で膨張する音、つまり雷鳴。

 正真の天災をその身に顕現した刀華に対して反射的に《不沈の英雄(アイアース)》を発動した判断は実に正しかった。

 ただの魔力防御でこの雷撃は到底耐えられなかっただろう。今の彼女相手にはそれだけの備えが要る。

 ステラ・ヴァーミリオンに比肩する魔力量で押し付ける『劣』の相性と(たが)が外れて何十倍にも爆増したBランクの魔力、どちらが力で勝るのか。2人を知る者ほど結論を出せなくなる問題だが、それはきっと本人にもすぐには分からないだろう。

 ただ一真の背筋と首筋に伝うものは、誤魔化しようもない冷や汗だった。

 

 「どういう事? あれってイッキの《一刀修羅(いっとうしゅら)》と同じ・・・・・・!!」

 

 「・・・・・・カズマには呼吸を合わせて動くことで一緒に戦う人の『枷』を外す《神憑ろし》っていう技がある。けどこれはカズマが刀華さんに合わせたんじゃない。刀華さんがカズマに合わせたんだ」

 

 「それって一点読みなんてレベルじゃないわよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()って事よね!?」

 

 (イカレてやがるね)

 

 天井の縁に腰かける寧音が顎を撫でた。

 彼女のやった事は例えるなら、1つの答えを導くために当て嵌められる無限に等しい量の計算式全てを網羅するような所業。KOFランキング前半一桁の彼女をして気狂いと断言する狂気の産物である。

 こんな事は世界中探し回っても誰1人として、黒鉄一輝にすらも出来はしない。

 誰よりも彼の背を追い、誰よりも彼を見続け、誰よりも彼を超える事を目指し続けた東堂刀華以外には。

 

 「かァァッッ!!!」

 

 踏み込んでの唐竹割り。

 回避は間に合わないと判断した一真は今の刀華の膂力を確かめるべく正面から迎え撃つ。一真の脚が文字通り雷のような速度で飛んできた刀身と激突し、吹き飛ばされないよう彼は全力で踏み止まる。

 力で拮抗されているのだ。一踏みで広大な学園のリングを壊滅させる、《不沈の英雄(アイアース)》の副次的な強化を以てして。

 戦慄する暇もなく次の刹那には次の太刀が来る。一真はそれを弾く。撒き散らされる火花と戟音は、2人を至高の一振りを打つ刀匠のように見せていた。

 

 『こっ・・・・・・れは何が起きたんだぁ!? 東堂選手が突然の覚醒!! 王峰選手を前に踏み止まって打ち合っております!!』

 

 『脳のリミッターを解除しています。ここまでの芸当をやってのけるとは、彼女は去年とは比較にならないレベルのジャンプアップを果たしています!』

 

 (これは僕も形無しだな)

 

 思わず一輝は苦笑した。

 自分が《一刀修羅(いっとうしゅら)》を使ってもああはならない。当然だ、いま数十倍にも跳ね上がっているのはFランクなどという脆弱な力ではなく、頂点の領域に近い場所に住まう者の力なのだから。

 刀華の怒涛の攻めに対して一真は力の乗る爪先や足の甲ではなく、脚を畳んで回転速度を上げた膝で対応していた。

 攻撃を凌ぐための完全な守勢だ。消極的な戦法では彼の力は活かせないが、そうせざるを得ない状況に追い込まれてしまった。

 何せ速度が黒鉄一輝を超えているのだ。

 それも一輝と同じレベルの洞察力で!!

 

 (や、っべえなコレ・・・・・・!!)

 

 刀と脚の熾烈な応酬の中で歯噛みする一真。

 自分の動きを先読みされているせいで総合的な脅威度が《比翼》と変わらない。反撃に転じる隙が無い。

 しかし癖を知っているのは自分も同じだし、癖を知られているならそれに対する嵌め方がある。

 一真は蹴りのモーションを変化・中断しないまま軸足の回転運動を利用して滑るように退がった。間合いを広げた事により充分に力の乗った回し蹴りが刀華の打ち込みを大きく弾き飛ばす。

 そして崩れればこちらのものだ。

 最初の蹴りで体勢を崩した相手に、回転運動を加速させノータイムで放つ不可避の後ろ蹴り。

 ─────それも刀華は知っている。

 いくら想定外のタイミングで差し込まれようと、自分はその連携技に幾度となく沈められてきた。

 

 「《疾風迅雷(しっぷうじんらい)》」

 

 バチン、と彼女の姿が消える。

 電気の力による身体能力強化の瞬発力で強引に動いた刀華が一瞬で一真の背後を取った。

 引き絞られるは刀と鞘の二振り。一真は外れた後ろ蹴りをそのまま()()に使った前蹴りを叩き込んだ。

 そして、激突。

 

 「「はぁぁぁあああっっ!!!」」

 

 轟音。リングが縦に揺れた。

 既に砕かれたリングが浮き上がり瓦礫が宙を舞う。

 渾身の太刀と渾身の蹴り、互いの全力を叩き付けた答え合わせは──────

 

 『東堂選手競り勝ったぁぁあああ!! あの王峰選手がよもやの力負けぇぇえ!!!』

 

 一瞬遅れて撒き散らされた衝撃波と共に刀華が後ろに弾かれ、一真がそれ以上の距離を吹き飛んだ。

 圧倒的な破壊を振り撒いていた彼が膂力に劣るはずの彼女に正面から弾かれるある種の逆転劇とすら言えるその光景に観客達が沸き上がる。

 ────いや、()()()()()()()()

 一真が吹き飛んだ角度から寧音はそう見た。

 ここでは具合が悪いとみた一真が力負けに見せかけて自ら仕切り直しを図ったのだ。

 それだけでもかなり珍しい光景だが、しかしこの戦いにおいて一真から距離を空けることが何を意味するかはとうに示されている。

 遠くなっていく間合い、彼女からすれば一息で踏み込める距離を前に刀華は悠々と《鳴神》を納刀した。

 そして来る。

 限界を超えた身体と魔力による《雷切》。

 一振りだけなら《比翼》すら凌駕する、輝く雲すら届かない神域の一閃──────

 

 「《雷切──────」

 

 「───来ると思った」

 

 相手の癖を知り尽くしているのは一真も同じ。空中を蹴って後ろに一回転した彼がその勢いのまま脚を振り上げた。

 蹴り上げられたリングをちゃぶ台のように捲り上げ、無数の瓦礫が空高く舞い上がる。

 蹴りそのものは直撃していないがそれでいい。

 彼の狙いはカウンターではなく、距離を詰めてくるだろう刀華を空に打ち上げることだ。

 

 「!!」

 

 光のような疾さで肉薄しようとしていた刀華が地面ごと空中に飛ばされた。

 刀華にはここから打つ手が無い。磁力で引き合えるものが近くにない以上、空中で移動する術を持たないからだ。

 可能性があるとすればカウンターか? 彼の接近に《雷切》を合わせれば反撃の目はあるか? どれも駄目だ。そんな選択の余地など彼が許すはずがない。

 わざわざ空中に出向かずとも、既に彼の右脚には終わりの一撃が装填されている。

 《踏破》の魔力に形を与えないまま前方への指向性だけを与え、魔力量と出力に任せて思い切りブッ放す遠距離砲。

 

 「(しま)いだオラァッッ!!!」

 

 《天譴の弔砲(セパラトゥス・エールプティオ)》。

 問答無用の破壊力が極大の光線になって刀華のいる空中を一直線に呑み込んだ。突き破られた大気が観客達の悲鳴すら塗り潰して荒れ狂う。

 純粋な破壊力で言えばこの伐刀絶技(ノウブルアーツ)は彼の切り札に近い。まともに喰らえばまず()()()

 とはいえ脳のリミッターを外した状態での魔力防御ならもしかしたら(ながら)えているかもしれないが・・・・・・少なくともこれに吹き飛ばされてからリングに戻るだけの力など残ってはいるまい。

 

 なんて、それは当たっていればの話。

 切り札を放つ直前に彼は見ていた。

 砕けきった地面から噴出する大量の黒い何かを。

 

 「────《積乱雲(せきらんうん)》」

 

 刀華の声に合わせて『それ』は現れた。

 ()()()

 触手のように地面から伸びてきた砂鉄が刀華を捕まえ、命中する直前に《天譴の弔砲(セパラトゥス・エールプティオ)》の範囲外へと引っ張り出した。

 それだけではない。四方八方から現れた砂鉄の束が槍となって一真に襲いかかり、同時に膜のように広がって視界を遮ったのだ。

 

 「あっ・・・・・・!?」

 

 寧音が思わず口を手で覆った。

 あの砂鉄を操る伐刀絶技(ノウブルアーツ)の欠点として挙げた要素である『戦略的に有効な量の砂鉄の調達が不可能に近い』点が解決されていたからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、なおかつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これならば問題なく戦術に活かせる!

 

 とはいえこの程度では一真に傷一つ付かない。

 邪魔な目隠しを吹き飛ばした彼は更なる攻撃を加えるべく空中へと飛び上がったが、そこで想定外の攻撃に遭った。

 謎の鎧武者が斬りかかって来たのだ。

 泡を食ってその斬撃を防いだ一真は直後に戦慄した。

 その鎧武者の正体が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「《 建御名方神(タケミナカタ)》─────」

 

 砂鉄を(よろ)うその姿を彼女がそう名乗った直後、《プリンケプス》に触れた刃からリミッターの外れた電流が一真に流れ込んだ。

 感電のダメージと筋肉の硬直。弓形に固まりそうになる身体を強引に動かしてとにかく逃れようとする。

 ─────しかし刀華は追ってきた。

 身動きできない筈の空中を真っ直ぐに駆けてくる。

 どうやって!?

 その答えは自分の周りにいくらでも浮かんでいた。

 

 『これ、は、一体・・・・・・!? 宙に浮かんだいくつもの鉄球の間を東堂刀華が飛んで・・・・・・!?』

 

 『能力で空中に砂鉄の塊をいくつも浮かべて、それに磁力で引き合う事で飛んでいるようです。それにしても戦況の変化が余りにも大きすぎます。王峰選手は早急な対応が求められるかと』

 

 視界を覆ってくる砂鉄。

 それを払う時には既に別の角度から刀華が斬りかかって来ているが、対応しようとした瞬間に正体不明の電流に身体を貫かれた。

 浮かんでいた鉄球と鉄球を結ぶように迸った電気にやられたのだ。

 そこで行動が一瞬遅れ、その時には刃を受け止めざるを得ない距離にまで接近されている。

 この空中はまさに彼女の領域だった。

 

 (戦い方がまるで読めねえ)

 

 困惑と戸惑いがさらに一真の視界を狭める。

 これは自分の知る東堂刀華ではない。

 次に何をしてくるかの予想が立たない。

 リミッターの解除で純粋な魔法剣士としての力を跳ね上げて来たと思えば、同じ系統の伐刀者(ブレイザー)でもやらないような外連味の強い魔術を押し出してくる。

 思考の根幹がまるで見えてこないのだ。

 

 「何を思ってどう鍛えたらそんな突き抜け方になるんだテメェ!!!」

 

 「おかげさまで」

 

 一言だけそう返し、今度は背中に大量の砂鉄を引き連れて刀華は磁力で空を駆ける。

 そして一方、上空から弟弟子と妹弟子の対決を見守っていた西京寧音は全てを理解して大爆笑していた。

 

 「ぎゃはははははははは!!! ちょっ、おま、マジかい!? ぶふっ、そんなの普通、正気じゃっ、あーーーーっはははは!!!」

 

 腹を抱えて足を振り回し、涙すら浮かべて叫ぶように笑う。

 東堂刀華がこの《七星剣武祭》に望む姿勢が完全に常軌を逸しているからだ。

 例えば斬撃の軌道を変える《稲妻(いなずま)》に磁界を使った二刀流《電電太鼓(でんでんだいこ)》、ここいらは諸星雄大に敗れた反省として編み出した順当な対策と言えるだろう。

 しかしこの一戦で披露した伐刀絶技(ノウブルアーツ)の数々、こいつらがおかしい。

 《雷切・雲耀(うんよう)》なんかは図らずとも《比翼》と激突できた僥倖によるものだが・・・・・・

 

 一真が相手でないと発動できない《晴天之霹靂(せいてんのへきれき)》。

 

 地面を砕いて貰わねばならない上にリミッター解除前提の《積乱雲(せきらんうん)》。

 

 上の2つをクリアして使える《 建御名方神(タケミナカタ)》。

 

 こんなもの普通役に立ちはしない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに伐刀絶技(ノウブルアーツ)だって思い付いたらすぐ使えるようになる訳ではない。どんな式を組むか、どんな欠点があるか、どう使うべきかを考えるだけで少なくない苦労を要する。

 それを3つ用意したのだ。

 必要な強化に加えて彼以外には使えない技を、彼専用の戦略と共に。

 一体どれだけの労力が必要なのだ?

 どれだけの思考と実践が必要なのだ?

 どうやってそれだけの時間を確保する?

 それを可能にする答えは1つ─────

 

 「刀華のやつ!! 強えー奴らが集まるこの大会で!! 見るべき相手がごまんと揃う大会で!! 自分の首を狙う奴らが牙を研いで来る《七星剣武祭》で!! たった一人、たった一人に!!

 

 カズ坊ただ一人にガン対策(メタ)張りやがった!!!」

 

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