謂わば特化された変幻自在。
一真ひとりを貫く為に揃えられた刃の数々。
だが突き立て方を間違えればその鋒は自らを裂く。
少なくともステージを空中に移した判断は不意打ち以上の効果を生まないだろう事は全員が悟っていた。
何故なら空中。
そこは依然として王峰一真の
轟音が連なる。
紫白の軌跡を残して閃光のように空間を乱反射した一真が浮かんでいた鉄球の全てを蹴り砕き、引き合う対象が消え浮力を失った刀華が空中に放り出される。
そこへ、落ちた。
爆砕した砂鉄が大地に触れるより早く一真の
脚と刀が交錯する。
着弾地点から巻き上げられた土煙や瓦礫を吹き飛ばしミサイルのように飛び出した一真の飛び蹴りを刀華は斜め下から斬り上げて逸らした。
勢いのまま逆の脚ですれ違い様に撃ち込まれた膝蹴りは首を振って躱す。
同時に刀華は後ろを向いた。
予見通りに空を足場にノータイムで背後から蹴り込まれた
それを皮切りに猛烈な打ち合いが始まった。
炸裂する稲妻、爆ぜる火花、大気を震わせ唸る紫白。嵐を数十メートルの範囲に圧縮したかのような光景がそこにあった。
『連打連打連打ぁぁああ!!! 衝撃波と轟音にフェンスが軋んでいます!! 実況や解説を挟む隙すらありません、この嵐のような激突に終わりはあるのか!?!?』
「あ〜〜〜〜〜耳痛った・・・・・・!! カズに力で張り合うって刀華も大概おかしい事やってるよね!!」
耳を塞いで頭を下げた泡沫が爆音と衝撃波に堪りかねたように呻く。
蹴りの乱打と刃の乱舞、互いに噛み合う歯車は次の瞬間にはどちらかが爆ぜて壊れるかもしれない。瞬きの間に100を超えて積み上がっていく視認すら怪しい打ち合いを、しかし強者達は火花の1つすら見逃さず分析する。
「刀華さんの鎧、目的は防御じゃないな。たぶん磁力による動きの補助だ。砂鉄を集めて固めたところでカズマ相手じゃ紙切れみたいなものだしね」
「ええ。それにしては見た目が大袈裟なのが気になるけど・・・・・・どうやらカズマが立ち直ったみたいよ」
爆ぜる魔力と衝撃波で第三者視点だと視認すら危うい激突を伶俐な眼差しで見据える一輝。
確かに動揺から抜け出したのか、そこにはもう刀華の手管に惑わされている彼はいない。圧倒的な破壊力で敵を圧し潰す破壊の化身がそこにいる。
「《
「手札を切らせる前に押し切る気だ。元々力負けなんてほとんど起こり得ない能力だけど、上回られた時の対応に迷いが無いのは西京先生や南郷先生に鍛えられてきた賜物かな。それにほら」
顔面を叩く余波の強風に目を眇めつつ一輝はリング跡地中央の爆心地を指差した。
「空中に留まったまま蹴ってる。刀という武器の特性上、あれをやられると本当にキツい」
刀という武器とその操法は同じ平面場の相手と戦う為のものだ。スイングで最も力の乗る部分をぶつけられないため、空にいる相手を倒すための有効な手段がない。
加えて魔力の全てを攻撃に回す事で強化された優劣強制の因果干渉は更に反撃を困難にする。
相手の出力が自分を超えるという彼にとっては酷く稀な状況でも判断力は迅速果断。
手を替え品を替えてくる敵の全てを正面から迎え撃つ。刀華の殺意に応えた彼の本気の遊びが始まった。
「「─────────ッッ!!!」」
雄叫びすら掻き消す爆風と戟音。
その場に縫い止めて回避も許さず圧し潰さんとする彼の背後から黒い槍が迫る。
超高速で振動する砂鉄の槍だ。
一真がほぼ全ての魔力を攻撃に回している今ならこの攻撃は容易く彼を貫くだろう。
対する一真は振り向きもしなかった。
高々と掲げた蹴り足に一際強く魔力を練り上げ、そしてそのまま振り下ろす。
爆発した。
荒れ狂った破壊の余波が花火のように拡がり、周囲の地形を砂鉄ごと吹き飛ばす。
しかし刀華はそこにいない。既に被害の及ばない場所まで退避している。
動く余裕のある圧は与えていなかったはずと内心で首を傾げた一真だが、その疑問が明確な像を結ぶ前に彼は答えを察した。
(あー、磁力で動いたか)
さっきも刀華は砂鉄の鎧に磁力で干渉する事で上方向への斬撃の威力減衰をカバーしていた。同じように自分を安全圏まで磁力で引っ張ったのだろう。
だが逃げる相手を追い討つのは彼の十八番。即座に肉薄せんと低く身を沈めた一真を、地面から飛び出してきた砂鉄の槍衾がカウンターで迎え撃つ。
普段ならどうという事もない攻撃、しかし攻撃に全てのリソースを回しているこのタイミングでは死の津波だ。
───だからどうした。突破は容易い。
安い選択に口角を吊り上げて自分の身体を穴だらけにせんと迫る黒い壁に向けて大地を蹴ろうとした。
その瞬間。
無数の雷が咆哮と共に一真の身体を貫いた。
種は彼の後方に気取られぬよう密かに突き出た砂鉄の柱。それと前方の槍衾の頂点を放電が結んだのだ。
一撃でも痛打となる雷撃が、肺が潰れるような轟音を引き連れて数十発。《
獰猛な電圧に侵され硬直した一真に向けて刀華が一気に踏み込んだ。
今の彼女の速度域にとって感電による硬直など100回斬って余りある、隙と呼ぶにも馬鹿らしい
雷の弾幕と砂鉄の槍衾、その間隙から閃光のように刀華が駆ける。
自身の持つ力全てを使った波状攻撃の中を疾駆する彼女は正に嵐を切り裂く稲妻だった。
時間にすればコンマ何秒を満たすかどうか、遠間の彼に肉薄するまでの距離がおよそ半分を切った時。
彼が予想を遥かに上回る早さで感電から復帰した。
同じ手は二度も食わない。
最初から読んでいたのだ。
手を替え品を替えようと、自分の命に届く攻撃は結局彼女自身の剣術のみ。他の攻撃は近付いて斬る隙を生み出すための囮でしかない。
ならば防御を解いた自分に命中すれば格好の隙を生み出せる雷撃を狙ってくるはずだ。
目に見えて防御されたと分かる障壁ではなく、身体の内側を魔力で満たす事でダメージの侵害を防いだ。
結果、雷撃が通ったと勘違いした刀華は真っ直ぐに突っ込んできて、そして一真は攻撃を始めている。
それは雷の束も砂鉄の槍衾も、全てを力の圧だけで吹き飛ばす紫白の砲弾。
「《
直線で迎え撃った。
超高密度に圧縮された《踏破》の魔力で出来た珠がサッカーボールのように蹴り出され、進行方向とその周囲にあるもの全てを消し飛ばしながら刀華に迫る。
敵の攻勢をさらに圧倒的な攻勢で突破する、それが王峰一真だ。
しかし回避はされたらしい。雷も砂鉄の槍衾も消失して急激に開けた視界から砂鉄の甲冑が迫る。
────まだ来るか!!
波状攻撃を破られて尚しつこく食い下がってくる刀華に、一真はふと昔の光景を思い出す。
負けん気の強い子だった。
孤児院の庭で遊んだサッカーの1on1、もう一回もう一回と何度負けても挑んできた小さな弟分。
あの時は終いに花を持たせて終わったが、この『遊び』は折れる気はない。挑んでくるだけ跳ね除ける。
鎧の身体で刀身を隠すように突っ込んでくる刀華に、一真は返す脚でローリングソバットを叩き込んだ─────
「あ・・・・・・!!」
観客席にいた一輝達だけが気付いていた。
「あ?」
術中に嵌った一真は気付けなかった。
一真の攻撃に対して何の反応も示さなかった砂鉄の甲冑が容易く爆散する。
磁力の結合を振り切りただの砂粒となって飛散した鎧の中に刀華の姿は無かった。
彼女がいたのはその更に向こう側。
甲冑の陰に隠れるように、東堂刀華は納刀した《鳴神》の柄に手をかけていた。
雷も砂鉄も有効打にならない。
そんな事は分かっている。
結局彼を斃すには直接斬る他ない。
だからこれらは全て囮。
雷撃も、槍衾も、
《
そして磁力で操られた『抜け殻』の甲冑は囮として一真にけしかけられ、彼がそれに惑わされている隙に悠々と刀華は構えを取る。
「空中でうざったく絡んで地上戦に誘導して、派手な鎧姿で見た目を印象付けて、自分の狙いが接近戦だと暴かせてから抜け殻のフェイント。よく通したモンだよ、こんな綱渡り」
刀華は全身に能力による磁力を帯びている。
そして彼女は砂鉄を操って自分のいる場所から一直線に伸びるレールを地下に敷設していた。
リミッター解除の《
そこに砂鉄のレールでより強力になった磁界による加速が加われば、彼女の一太刀は神域へと昇華する。
その瞬間、刀華は世界から切り離された。
音も光も静止した空間に、刃が鞘を滑る音だけが微かに転がる。
1秒を無限に等しい数に切り刻んだ内の1つ、刹那の一欠片で彼女は踏み込みを終えていた。
体表から溢れた放電が名残雪のように瞬く。
血液の付着すら許さない速度で振り抜かれた《鳴神》が残心の姿勢で静止した時、─────事象はようやく彼女に追いついた。
「──────《
叩き切った。
横一文字に開かれた一真の腹から夥しい量の鮮血が溢れ、その巨体がグラリと揺れる。
刀傷というよりもはや損壊の域。胴体を半ば両断する、背骨に達していないのが不思議な程の負傷。
決まりだった。
余りにも鮮やかな手際に実況の喉は絶叫の準備を整え、観客達は派手な終幕に突き上げる拳を用意する。
もう一瞬後には刀華の勝利に熱狂する大歓声が巻き起こるだろう。
しかし一部の者たちと東堂刀華は知っている。
─────王峰一真は、
「はは」
痛みの閾値などとうに超えていた。
死の危険を感じた生存本能が痛覚をカット、ただ氷を詰められたような冷たさと大きな喪失感のみが腹から伝わってくる。
しかしそれでも笑みが溢れた。
一流のシェフが極上の料理を味わった時、素材から調理の工程、その技法までが舌から感じられるように、開かれた腹に残る感触から伝わってくる。
刀華が積んできた研鑽の量と質、そして自分を斃そうという執念の痕が幾重にも重なったミルフィーユが、砂糖のように自分の身体に溶けていく。
「かはっ、ははは」
王峰一真は戦いそのものに深い意義を見出さない。
それそのものではなくそれによって意志を
だから、自分もやりたくなった。
自分への
器を丸ごとひっくり返して、技も力も想いも命も、全部全部ぶちまけてやる事に決めた。
流出した血液と同量とすら思える脳内麻薬の洪水が哄笑と共に荒れ狂う。
爆撃と見紛う勢いで噴き上がった魔力は人々に本当の戦いの始まりを嫌でも理解させた。
視線が交錯する。
もはやヒトの表情ではなくなった彼を見て、刀華の顔には万感の喜びが溢れ出た。
こうなる時をどれだけ焦がれてきただろう。
『自分への
今こそが東堂刀華の満願成就の瞬間なのだから。
「ぁあ────っっはははははははは!!!!」
お互いにしか聞こえなかったであろう笑っているように聞こえる声が二つ、爆轟の中に溶けて消えた。
果実は実り祝祭に踊る、
踊り狂えば死者となり、死して尚も舞う霊となる。
悪霊の招く手を拒む、生者の温度は此処にない。
舞台は彼岸の夜の森。二人はとうに死んでいる。
果てるまで踊れアルブレヒト。
ジゼルは未だ満ちていない。