壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第76話

 ───あんな大怪我でも塞げるのかい。

 一真が切断された筋肉や血管を魔力で強引に圧着しているのを見て西京寧音は思う。

 単純さ故に対応できる幅が広いのか。普通なら意識さえ保てない地獄の痛みだが、脳内麻薬で溢れた脳味噌に痛覚は機能していないのだろう。

 とはいえ残された時間は少ない。

 流出した血が多過ぎるし処置が大雑把すぎる。彼の元々のタフネスを考慮に入れても一分も保つまい。

 ただし刀華の方も似たようなものだ。

 怪我こそ無いがアレは自分の全てを出し尽くす技だ。黒鉄一輝の《一刀修羅(いっとうしゅら)》を参考にするならこちらも戦えるのはあと数十秒といった所だろう。先に限界が来てしまえば後は原型も残らず潰される。

 だいたい三十秒ってところかね─────

 二人のタイムリミットにおおよその当たりを付けた寧音はドームの縁に座り直す。

 たった三十秒。何をするにも足りない時間。

 しかし、世界中のどこよりも煌めく三十秒だ。 

 

 一真が真正面から吶喊した。

 迸る魔力を撒き散らし、大気を吹き飛ばし地面を抉って突き進む傍若無人の爆進。刀華が退かずに正面から受け止めた瞬間、衝撃で爆弾のような爆風が発生した。その爆風が観客席のフェンスを軋ませるより早く力負けした刀華が水平に飛ばされて観客席の壁に着弾、間髪入れずにそこに一真の両脚が突き刺さる。

 しかし刀華は磁界を操作して寸前で自分の軌道を横へと捻じ曲げていた。そのまま円を描くように回り込んで追撃を回避された一真の背中を狙う。

 その瞬間、振り向いた一真が脚を下から上へと全力で振り上げた。

 

 大地が噴き上がった。

 序盤にも行った地面ごと相手を打ち上げる一手。読んでいた刀華も磁力で自分を地面に縫い止めようとしたが、しかし一真の出力が跳ね上がっていた。最初よりも遥かに強く深く大地を抉る力が刀華の抵抗を貫いて彼女を再び空へと吹き飛ばす。

 追撃は何で来る?また《天譴の弔砲(セパラトゥス・エールプティオ)》か?それとも自分から近付いてくる?

 予想される手に対する応手を無数に計算する刀華だが、直後に彼女を襲ったのは全てのパターンから外れた攻撃だった。

 宙に浮かんだ自分の身体に埒外の重力が落ちてきた。

 

 「《謁見の玉座(エクセドラ)》」

 

 一極集中された《踏破》の魔力が空中の刀華を撃墜する。《前夜祭》で見せた拘束用ではなく、本気で()()ための出力。しかも頭のタガが外れた一撃だ。撃発された銃弾のような勢いで落とされた刀華が凄まじい勢いで地面に叩き付けられる。

 そしてこの伐刀絶技(ノウブルアーツ)は落として終わりではない。地面に縫い止め圧し潰す技だ。菜種油を絞るように地面と魔力で擦り潰されようとしている彼女の直上に紫白の極光が炸裂する。

 溢れた魔力を翼のように従えた彼が、両脚を揃えて落ちてきた。

 

 「《万象捩じ伏す暴王の鉄槌(フリーギドゥム・メテオリシス)》!!!」

  

 一瞬、全てが消し飛んだ。

 大地が捲れて空を舞う、天地が逆転したかのような光景。観客を守る為の防壁に黒乃や寧音も参加せねばならない程の破壊力だった。リングなど跡形も残っておらず、どこからを場外と判定するかも分からない。

 間違いなく勝負を決する一撃だった。

 一真の足の下に刀華の死体はない。

 それは跡形もなく飛び散ったからではなく、シンプルに命中していなかったからだ。

 

 一真の背後の地中から《建御名方神(タケミナカタ)》を纏った刀華が飛び出してきた。

 墜落の瞬間に地面から砂鉄を引き出しクッション代わりにして、そのままドリルのように回転流動させて地面を掘り進むことで一真の蹴りを地中に回避していたのだ。

 そして背後から飛び出してドリルにしていた砂鉄をそのまま身に纏ったという訳だ。

 そして放つ技は決まっている。

 その為の準備などとうに地中で済ませてある。

 

 「《十握剣(とつかのつるぎ)》!!!」

 

 《雷切》の完成系、極みの一閃。

 しかしタガが外れて極限の集中(ゾーン)に至った彼は二度目のそれに対応してみせた。

 居合い抜かれた《鳴神》の鞘に渾身の膝蹴り《天衝角(イグニフェル)》をぶち当てる。威力を相殺されて生まれた一瞬の硬直を狙って一真は刀華の腕を掴んだ。

 そして振り回す。

 諸星雄大との戦いで見せたあの『投げ』だ。

 ただし全力の身体強化の上に、タガの外れた《踏破》の力まで乗っているため破壊力の次元が違う。

 掴まれている部分の《建御名方神(タケミナカタ)》を解除してスペースを作り彼の手から逃れようとした刀華だがそれは叶わなかった。

 摂理を疑うような力で分厚い砂鉄の鎧ごと中の腕を握り締められていたからだ。

 

 「《迫投鷲(トニトルス)》」

 

 叩き付けられた。

 瓦礫すら残っていない地面が爆裂し、人間を幾度殺しても有り余る途方もない衝撃が刀華の体内を蹂躙した。吐き出した呼気には大量の血が混じり、掴まれた腕は丸めた割り箸の包み紙のようにグシャグシャになっている。

 だが一真にそこで止める道理はない。掴んだ手はそのままに転がった身体を上下に分かたんと腹部を狙った踏み付けが刀華に振り下ろされる。

 しかし外れた。

 腕はそのままに刀華が消えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 紙屑のように折られ使い物にならなくなった腕をトカゲの尻尾として切り捨て、隻腕になる事と引き換えに彼女は一真の腕から逃れた。

 ────元々《鳴神》が刀と鞘の一対の霊装(デバイス)故に常に片手で剣を振っていたため、剣の技量は失われていないだろう。

 しかし片腕では切り札の《雷切(らいきり)》は使えない!!

 果断ながら悪足掻きと断じた一真が舌舐めずりして離脱した刀華に突撃する。

 左腕を失った刀華はそれでも《鳴神》を後ろに引き絞り、迫り来る彼を引き付けるように待ち構えた。

 《鳴神》の刀身が彼から見えないように。

 その刀身を覆う砂鉄に気付かれないように。

 

 必要なのは鞘ではない。

 刀身を打ち出すためのレールだ。

 ()()()()()()()()()()()

 《建御名方神(タケミナカタ)》から分かれた砂鉄が刀身を覆い、電磁力による推力を与える。

 二度目は対応された《雷切真打(らいきりしんうち)十握剣(とつかのつるぎ)》は、三度目にして完全な不意打ちとして一真の虚を突いた。

 

 一真がその斬撃が抜き放たれた時、ようやく自分が不意打ちを喰らおうとしている事に気付いた。

 これを貰えばもう終わる。

 しかしこんな時にどうすればいいか彼の細胞は知っている。

 ただ一回で深々と刻まれた経験を、彼の本能は思考を介さずに出力した。

 

 まずは全身から魔力を放出、攻撃の威力を僅かに殺す。防がずともよい、その出力に達するまでに自分の首は落とされるからだ。

 次に回る。斬撃の方向に逆らわずに身体を回転させて()()のように刃を身体の表面に滑らせる。耳などの出っ張った部分が切り落とされるがそれでよい、防御を最低限にする事によって反撃の時間が確保できるからだ。

 そして、蹴る。

 攻撃が終わらない内に差し込まれる回転の威力を乗せた蹴りは痛烈なカウンターとなる。

 

 「《懲罰の振り子(ペンドゥリポエナ)》」

 

 

 蹴り潰した。

 刀華の体内の主要なモノがいくつも潰れた。

 

 

 終わった。全員がそう思った。

 刀華に一真ほどのタフネスはない。あれを喰らって立つ事など精神以前に肉体的に不可能だ。

 それは刀華自身も悟っていた。

 完全にやられた。駆け引きに敗北した。

 もう指の一本も動かせない。

 だが、動かせなくていい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刀華は飛んだ。

 ひしゃげた身体を磁力で宙に舞い上げ、その後を夥しい砂鉄が追従。木偶人形となった彼女の身体を覆っていく。

 ────いや、覆っていくだけではない。

 ()()()()()()

 《鳴神》を鋒としてより大きく、重く、そして鋭い、神の振るう槍の穂先のような形状に。

 そして残りの砂鉄はその周囲に太い柱のように屹立した。

 ここまで来れば説明は要るまい。

 これは『レール』で、彼女は『弾丸』。

 破壊力は居合い抜きとは比較するのも愚かしい。巨大なレールはより強力な電磁力を蓄え、さらに重量と重力が加算される。

 言葉にすると弱いだろうか?

 この場に居れば分かるだろう。

 そこにいるだけで髪が焦げて皮膚が捲れる程の、今際の際の電圧が。

 

 「《建御雷神(タケミカヅチ)》・・・・・・じゃねーな、最早」

 

 西京寧音が思わず震える。

 元々あの技は強力ながら不完全だったはずだ。

 恐らくは()()が完成系。

 彼への想いただ一つで比類無き矛となった。

 眼球が役割を果たせない程の電光に、それでも一真は上を見上げる。

 ────全力でいくけん。受け止めて。

 頭上で猛る雷の神がそう言って微笑むのを、彼は確かに感じていた。

 

 そして。

 

 

 「《霣弩羅(インドラ)》ァァああああッッ!!!!!」

 

 

 雷と共に(くろがね)の矛は落ちていく。

 

 真っ直ぐに真っ直ぐにただ一つの意思を込めて。

 

 さながら罪人を捌く神の怒りであるかのように。

 

 それに対して一真は笑っていた。

 どこまでも獰猛に、どこまでも喜悦に。

 自分の全てをぶち撒けてやるのに相応しい相手だと心身を満たす想いを込めて、彼は口の中で呟いた。

 

 

 「──────《神話再演(ミュートロギア)》」

 

 

 

 

 

 

 

 全てが消えた。

 鼓膜を引き裂く雷轟も網膜を焼く雷光も、それら全てが一瞬で無くなった。

 まるで世界そのものが動きを止めたような静寂に、大量の黒い雨が降る。

 砂鉄だ。

 主の統率が消え力を失った砂鉄が重力に従い雨のようにリングの跡地に降り注ぐ。

 

 その中央に二人はいた。

 一真は片脚が《プリンケプス》ごと消失し、魔力を使い切った身体は腹部からの血と臓物の漏出を止められないでいる。

 刀華はそんな彼に抱えられていた。

 身体のほぼ半分が消失し、《鳴神》もどこへ行ったか分からない。もう数秒後に絶命が決まっている彼女はそれでも嬉しそうに笑って一真を見つめていた。

 

 「イッキ。これ決勝じゃなくて三回戦よね?」

 

 「その筈だけどね。とんでもないものを見たな」

 

 自分達も約束をした。

 共に騎士の高みへ登り、七星剣武祭の頂で戦おうと誓った。

 しかしそれが叶った時、目の前の()()以上のものを見せられるかと問われれば少し自信がない。

 それ程までに脳に焼き付く戦いだった。

 何よりも鮮烈で、何よりも凄惨で、そして何よりも熱烈な。

 

 「あァ、最高だ。やっぱお前は最高だ」

 

 もう数秒で失われる命。

 その猶予を彼は想いの吐露に使う事にした。

 既に彼岸の川を渡りつつある腕の中の彼女を見つめ返し、彼の心は尚燃える。

 

 「決めた。嫌とは言わせねえ。お前は俺のものにする。────こんな女、世界の誰にも譲るかよ」

 

 そう言って口づけた。

 重なり合った唇を介して互いの血が混ざり合う。

 きっとそれは一つの完成だったのだろう。

 好きだから触れたい。

 好きだから差し出したい。

 好きだから殺し合いたい。

 愛という感情は如何なる行動とも矛盾しないということを、二人は身を以て証明したのだから。

 

 

 逢瀬にも見えた。死闘にも見えた。

 その戦いを人々はそう語った。

 

 《七星剣武祭》三回戦。勝者、王峰一真。

 愛しい女を強く腕に抱いた彼は、最後まで倒れはしなかった。

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