壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第77話

 

 

     ◆

 

 

 三回戦Cブロック第一回戦、凄絶な決着を迎えた一真と刀華の試合は大きな反響を呼んだ。

 頸と腹を斬られて尚も災害のような暴れ方をした一真に大きな畏怖が集まったが、策を巡らせ針穴のような勝ち筋を手繰り寄せた刀華を讃える声も大きい。最後まで立っていた一真に軍配が上がりはしたが、あれは両者共に勝者であると人々は口々に賞賛した。

 さてその敗者なき戦いを終えた2人だが、両者共に死亡していた。

 比喩ではなく、文字通りの絶命。

 片や頸動脈と胴体を断たれ片脚の消失、片や内臓の多数破裂に加えて半身の消失なのでまあ順当な結末なのだが、そこで力を発揮したのが破軍学園理事長・新宮寺黒乃だ。

 時間を操る彼女の能力によって二人の状態は巻き戻され、三途の川を渡ったはずの魂は此岸へと帰還を果たしたのである。

 彼女曰く人体に対する時間遡行は極めて負担が大きく数十秒が限界。しかしその数十秒で一真は頸動脈を断たれた時点、刀華に至っては無傷の状態にまで復活したという事は、彼らの戦いが短い時間でどれだけ途方もない密度で決着したかを物語っていた。

 そして現在。

 リングの修繕により延長された次戦までのインターバルで、東堂刀華は仲の良い面子から質問攻めに遭っていた。

 

 「かいちょーかいちょー、これについてコメントをどうぞ!」

 

 「いや、その、ええと・・・・・・」

 

 顔を逸らそうとする刀華に兎丸がズイッと突きつけているのは先の試合のアーカイブ、そのラストシーン。具体的に言えば臓物をエプロンのようにぶら下げた一真が体積が半分になった刀華にキスをしているシーンだ。これが会場内で、そして番組を見た者らが集うネット上で大きな話題となっているのだ。

 同門にして同郷、そこから破軍と暁で袂を分かった2人がこの大舞台で再び向かい合うという物語性に一真の行動が火を着けた形になる。

 流石に音声までは拾われていないようだったが、一真が刀華に何かを囁いたのをしっかりと見ていた親しい者らに隠し立ては出来ない。聞き出された所有物宣言を皮切りに今まで散々やきもきさせられてきた女性陣の尋問が始まった。

 

 「とうとう、とうとうね! 王峰くんからアツいメッセージとキッスがあったワケだけども! どう!? どんな味だった!? 血の味はナシね!」

 

 「しっ、知りません覚えてません! 私死んでましたから!意識とかありませんでしたから!」

 

 「本当に? あの時点ではまだ生きていたんですよね? 彼の腕の中でとても幸せそうな顔をしていたように見えましたけど?」

 

 「覚えてません!!」

 

 「まーまー、そういじめんなって。その辺はゆぅっくり聞き出せばいいさね」

 

 兎丸とカナタに追い詰められ恥じらいに染まった頬で黙秘権を主張する刀華に、同じように揶揄いに来た西京寧音が助け舟に偽った執行猶予を言い渡した。

 結局は助ける気が無さそうな事を悟った妹弟子の抗議の視線を受けながら、人の悪さを隠そうともしない姉弟子はにたりと笑って刀華に問う。

 

 「それで? どうだったよ。カズ坊との戦いは」

 

 「・・・・・・そうですね。私は全てを出し切りましたし、彼は全てを出し切ってくれました。ようやく念願が叶いました。私は今日という日を、生涯忘れる事はないでしょう」

 

 「分かるよ。ありゃあ正に満願成就だ。んで、どうするんだい? 長年患った()()は癒えたかい?」

 

 「まさか」

 

 刀華の瞳に電光が閃く。

 喜びや充実感、そして悔しさ。敗戦の想い全てを込めて、彼女の心は未だ燃えている。

 

 「さっきの戦いで『枷を外す』感覚を覚えました。後はこれからの試合で一輝くんの電気信号を見れば、恐らくは()()目処が立つ。────次は最初から全開で、首を落としてやるんです」

 

 「はっはー、その意気その意気。・・・・・・けど刀華、実際あの戦略はとんでもない綱渡りだった。綺麗にハマったからよかったものの、初手で王馬の坊やあたりと当たってたらどうする気だったんだい」

 

 「そこまで考えなしだった訳ではありませんよ。確かに想いが強すぎたかもしれないのは否定できませんが、他の有力者に対する戦術は考えていました。

 ただ《暁学園》の参戦は完全に予想外だったので、もし黒鉄王馬さんとぶつかっていたら・・・・・・」

 

 「いたら?」

 

 「・・・・・・まあそうですね・・・・・・。ステラさんとの戦いを見るに素のままでは太刀打ちできないので、どうにか《晴天之霹靂(せいてんのへきれき)》に入って・・・・・・」

 

 「つまりノープランだったんだね??」

 

 迂遠な言い回しを最短距離で正された刀華が縮こまる。ただこれを彼女の落ち度というのは酷だろう。結果として寧音が言うような事態にはならなかったが、今回の七星剣武祭はあまりにもイレギュラー過ぎた。

 しかし彼女の気持ちを寧音はよく理解できた。

 焦がれてしまえば止まらない。

 一回程度じゃ終わらない。

 次の熱闘を、次の次の熱闘を。こいつを倒せれば後の全てはどうだっていいとすら思える好敵手との戦いがどれだけ心を煮え滾らせるか、自分は誰より知っている────

 

 「・・・・・・そうだ、カズ坊とは話したのかい? 衆目の前であれだけ啖呵切ったんだ、逃げてるってなるとちいっと指導しなきゃなんないねえ」

 

 「さっき後でゆっくり聞けばいいって言ってませんでしたか!?」

 

 少しだけ表情を曇らせる寧音。その変化には気付いていないカナタは、そういえば一真がこの場にいないという事に首を傾げた。

 

 「確かに。一真くんからは何の話も無かったんですか? 首の傷は再生槽(カプセル)に入らなくてもスタッフの治癒で治る程度だったんでしょう?」

 

 「終わってすぐうたくんと砕城さんに連れて行かれたので・・・・・・。とはいえ一言も無かったですね。連れ去られる(てい)で逃げたんじゃないですか」

 

 「何ちょっとムスッとしてんの」

 

 「まあまあ、男の子同士でしか出来ない話もあるんでしょう。きっと一真くんの方から口火を切ってくれますよ。命の最後に遺す想いはきっと、どうやったって偽れないほど強いんですから」

 

 「・・・・・・だといいんですけど」

 

 やっぱ覚えてるじゃんと何やら複雑な乙女心を発揮している彼女を生暖かい視線が包む。

 なんやかんやでお互いに長年憎からず思っているのは自覚していてもやはり向こうから言ってほしいという女の子らしい願望があるのだろう、簡単にあやふやに出来そうな状況で告白されそしてあやふやにされそうな現状が気に食わないらしい。

 形はどうあれ進展があっただけにここに来ての煮え切らなさに寧音達もイラッとし始めた時、ふと刀華のスマホが着信音を鳴らした。画面を見て発信元の名前を見た刀華が一瞬小さく息を止め、そして僅かに強張る指で通話を繋げた。

 もしもし?と応じた彼女に対して向こうの要件はごく短いものだったらしい。カナタ達は10秒にも満たない通話の後の彼女が変化していく様を見た。

 

 刀華の目がまん丸に見開かれていた。

 驚愕に開いた口を手で覆った。

 何度もその短い言葉を頭の中で反芻し、そしてスマホをぎゅっと両手で握り締める。

 

 「え、え? なに? 何て言われたの!?」

 

 「誰から!? 一真さんからですか!? ちょっと、私達にも聞かせて下さい! 聞かせて!」

 

 兎丸とカナタが色めき立って刀華に群がる。

 抵抗しつつももみくちゃにされている彼女を見て、どうやら最低限の男は見せたらしいと寧音は頷いた。

 まるでその電子機器そのものではなくそこを通じて伝えられた意味を刻み込むように胸に抱く彼女は、溢れ出る感情に身を任せて小躍りしながら笑っている。

 血煙に吼える戦士ではなく、年相応の少女の顔で。

 

 

     ◆

 

 

 「あ〜〜〜〜〜〜ミスったァああ・・・・・・」

 

 「もう何回言うのそれ」

 

 所変わって黒鉄一輝の部屋、頭を抱えるデカブツといい加減に鬱陶しくなってきた部屋の主。

 生徒会の男性陣に連れ去られていたはずの王峰一真がどういう訳だか一輝の部屋にいた。

 特別広い訳でもないホテルの一室をその体積と負のオーラで圧迫しつつ彼はベッドでのたうち回る。

 

 「テンション上がっちまったァ〜〜〜。もっとちゃんとした状況でやりたかったァ〜〜〜・・・・・・。どうすんだよメチャクチャ拡散されてんじゃねえかよもぉぉおお。なあおいイッキ俺こっからどう巻き返せばいいんだよぉぉおおお」

 

 「あの、ビックリするほど邪魔だから出て行ってもらっていいかな。ていうか君、泡沫さんと砕城さんに連れて行かれてたでしょ。何でここにいるの」

 

 「もう途中で逃げてきた。アイツらマジで遠慮ってモンを知らねえ」

 

 「何で言うかカズマって身内相手だと割と躊躇無く逃げるよね」

 

 「あーもーどうとでも言ってくれていいから何かアドバイスくれよアドバイス! あんな最悪な告白から挽回できる魔法の言葉! なんかあるだろ一国の皇女を落としたお前なら!」

 

 「いや知らない知らない僕に聞かないで! 無いから! 何も無いから! 勇気出したの僕じゃなくてステラの方だから!!」

 

 「いいやお前なら何とか出来る! お前はかつて『僕の最弱(さいきょう)を以て君の暴力(さいきょう)を跳ね除ける』なんて台詞を恥ずかしげもなく叫んだじゃねえか!!!」

 

 「喧嘩を売りに来たのか君は!!!?」

 

 文章に起こせば単行本一冊分くらいにはなりそうな取っ組み合いを経て一真はようやく落ち着いた。まだ試合を控えているのに何だかとっても疲れてしまった一輝は出て行けと尻を蹴るのではなく、もう大人しく相談に乗って穏便に退室していただく方針に舵を切る事にした。

 

 「・・・・・・ええと。そもそもそのカズマの告白は刀華さんには届いてるの?」

 

 「届いてる。アイツらに連れてかれる前にちょっと話したんだけどずっと『あの』とか『ええと』とか言って俯いてた」

 

 「それが『ごめんなさい』の意味じゃないかと」

 

 「そうなんだよ流石に身体半分フッ飛ばしてから言うのは印象が悪過ぎたんじゃねえかってもう」

 

 「あのねカズマ、よく聞いて。泡沫さん達が2人にあれこれ気を揉んでるのはね、そもそも君達がお互いにお互いを良く思ってるって知ってるからであって。それはうっすら君も感じてるだろ?」

 

 「・・・・・・それは・・・・・・まァ・・・・・・・・・」

 

 「立場を逆にして考えてみて」

 

 言い淀みながらも頷く一真。

 それを受けた一輝の瞳が鋭く輝く。

 抱えていた頭を思わず上げた彼に、一輝はまさに彼を懊悩させているものの真実を暴き出した。

 

 

 

 「手足が飛んで血達磨の相討ちになるような死闘の果てに、刀華さんに『カズくんの事は誰にも渡さんけん』って言われたら・・・・・・どう?」

 

 

 

 「・・・・・・!? 最高じゃねえか!!!」

 

 「だろ? だから怖がらなくていいんだよ。分かったなら早く行って。僕今日試合残ってるから」

 

 「よ、よっしゃ。考えてみりゃどんな形でも本音は吐き出しちまってんだ、後はもう進めるだけ進むだけだよな」

 

 「そうそう。そうやって開き直ってる方が君らしいよ。だから早く行って」

 

 『カズーーー! 出てこーーい!ここに逃げ込んだのは分かってるぞーーー!!』

 

 『王峰殿、副会長もこう言っておられる! いい加減覚悟を決めてはどうか!』

 

 とうとう追っ手に嗅ぎつけられたらしい。

 けたたましくノックされるドアに諧謔的に肩を竦めつつ一真はスマホを取り出し、通話ボタンをタップして耳に当てる。

 2コールもせずに相手は応じ、少しだけ硬い応答の声がスピーカーから漏れ聞こえてきた。

 

 『もしもし?』

 

 「刀華。悪いけどもう少し待ってくれ。七星剣武祭が終わったら、また改めて告白するわ」

 

 端的に告げて通話を切り、一真はベッドから腰を上げる。待ち構えていた刑吏二人に大人しく確保された彼は最後に一輝に手を振ってからドアを閉めた。

 賑やかな声が壁越しに遠ざかっていくのを聞きながら、嵐が去ったような心持ちの一輝はやれやれと息を吐いた。

 

 「腹括った後の歩幅は凄いんだよね。相変わらず」

 

 

 

 

 そして質問攻めに遭いながら向かう観客席への道すがら、一つの人影が三人の行手を遮った。

 いや、彼からすれば用事があるのは一人だけなのだろう。警戒する泡沫と砕城を背に庇うように一真が一歩前に出る。

 少女のような顔立ちをぐしゃぐしゃに歪めて、紫乃宮天音が怨嗟を叫んだ。

 

 「よぉ、どうした? 俺の戦いに感動して言葉も出ねえか」

 

 「何で! 何で生きてんだよ!!何で勝ってんだよッッ!! 僕は願ったのに!! 初手で殺されろって、一番ダサい負け方をしろって!! 何度も何度も『死ね』って、ずっとそう願ってたのにッッ!!!」

 

 「なっ!? 紫乃宮天音、貴様─────!!」

 

 色をなして霊装(デバイス)を顕現しようとした砕城だが、その決意は中断された。明確に害されたはずの一真が腹を抱えて笑い始めたからだ。

 

 「あっははははははお前まだそんな事してたの!? 女神様大好きじゃねえか童貞でも捧げたか!?」

 

 「黙れ!! 僕の 《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》は絶対だ、そうでなきゃおかしいんだ!! そうじゃないなら僕は!!!」

 

 「自分で分かってんじゃねえかお前はただの下らねえ人間だよ。()()()()()()()()()()()()、そんなミソッカスが何で俺の脚を引けると思った? 自分の力に頼れねえってのは見るたび惨めなモンだなァ」

 

 「あーそう、だったらその惨めな僕に殺される奴は一体なんなのかなあ!?例えば後ろにいるそいづぉ゛ッ!?」

 

 言い終わる前に逆鱗が爆ぜた。

 巨大な掌が天音の頭を横から掴み、親指を第一中手骨ごと口内に捩じ込む。そしてそのまま自分の頭の高さまで持ち上げた。

 頭蓋ごと握り潰すような力で喉奥を圧迫され叫ぶように嘔吐(えず)く天音の耳元で噛み千切るように唸る。

 

 「次は 殺す」

 

 そのまま投げつけた。足をバタつかせて暴れていた小さな身体が壁に叩き付けられホテルの床に倒れ伏す。

 喉の肉を千切るような咳き込み方をする天音に一瞥もくれずに一真は再び二人を連れて歩き始めた。

 

 「・・・・・・カズ。あいつ・・・・・・」

 

 「あー気にすんな気にすんな、お前らがどうこうなる事はねえよ。()()にそこまでの力は無い」

 

 そう言う一真だが、泡沫と砕城が気にしているのはそこではない。

 ああいう形の侵害を受けたら王峰一真は間違いなくその人物を永久的に排除する。勿論そうしようとしたら全力で止めるが、そうならなかったという事は、天音の間には考慮に入れるべき浅からぬ何かがあるという事だ。

 何があったか聞こうとした。

 聞こうとして、やめた。

 彼は多分、叩き直そうとしている。

 背景の全てを度外視して、甘ったれた全てをかなぐり捨てる程に憎悪を煽ることで。

 

 「ま、そういう訳だから次の試合は手前が頑張れ。女神は使い物にはなんねーぞ。あのアバズレ強い奴に()()()()言わされんの大好きだからな」

 

 背後でドス黒い気配が膨れ上がる。

 二人を庇うように前に出ていた彼は今は二人より後ろを歩いている。

 あまりにも不吉な天音の激怒を自分達と遮るように立つ彼の姿は、軽い自己嫌悪すら覚える程に頼もしかった。

 

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