壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第78話

 

 

 

 

 「そこまで!勝者、黒鉄一輝!!」

 

 これ以上の続行は有り得ない。

 リングに倒れ伏した天音の出血量を見て主審は即座に試合終了と勝者の名を告げ、観客席からは歓喜の喝采が上がる。

 違法と呼べないだけの方法で大会を勝ち上がり、尚且つ「大会を辞退してイッキくんの優勝を願う」と戦いに懸ける全ての想いを踏みにじるような真似をした彼を真っ向から下した一輝に対する快哉だった。

 

 『歓声に沸く会場! 困惑の声も見られますがそれもそうでしょう! 混迷を極めると思われた《凶運(バッドラック)》対《無冠の剣王(アナザーワン)》の戦いが蓋を開ければほぼ一方的な完全試合でした!

 限界以上に研ぎ澄まされた体技があってこそのこの勝利は彼だからこその「必然」だったのでしょう!』

 

 「すごい! すごいわ一輝! あんな滅茶苦茶な力を相手に完全試合なんて!」

 

 この結果に観客席の有栖院も手を打って喜ぶ。

 天音はそんな華々しいスポットライトから切り離された自らの血溜まりの中にいた。

 薄れゆく意識の中で遠く耳朶に響く審判の声が、この受け入れ難い現実を既に確定した過去にする。

 紫乃宮天音は、《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》は今ここに敗北したのだと。

 

 (この程度のものだったのか?)

 

 意識を失おうとしている今ですら信じられない。

 叶わない願いなど無かったこの力がただ諦めの悪いだけのFランクに敗れるなんて。息も乱さず傷も負わず、切り札の《一刀修羅(いっとうしゅら)》すら使わずに。

 

 (あいつの言葉は、正しかったのか?)

 

 努力し続けた奴には全員同じ事が出来る。

 じゃあ今まで自分がしてきた事は何だったのか。

 あの時自分が諦めたものは何だったのか。

 その程度のものに自分は全てを奪われたのか?

 

 ─────幸せになろうね。シオンちゃん。

 ───だから、これからは父さんを愛してくれよ。

 

 自分の全てを壊されても、これだけ絶対的な力があっても仕方無いことだ。

 そう納得すれば少しだけ楽だったのに。

 そのどうしようもなさだけが救いだったのに。

 

 

 「──────邪魔だな。お前」

 

 天音の全身から黒い炎のような、目視できる程に濃い魔力光が噴き上がる。たちまち幾多の腕の形をとったそれは倒れ伏す天音の容態を確認しようとしていた主審の首元めがけ蛇のように伸びた。

 

 「危ないッッッ!!!」

 

 引き攣るような悲鳴を上げた彼をいち早く反応した一輝が彼を突き飛ばすように庇い迫る黒炎の腕から守る。試合終了後に審判に対しての加害という非常事態に実況は声を上げ、隣で解説をしていた西京寧音も驚愕の表情で立ち上がる。

 

 朽ちているのだ。

 黒い腕が爪を立てたリングの一部分が、風化したようにボロボロと崩れて風に散っていく。

 

 能力の使い方が変わった。

 ほとんど垂れ流しで使っていた《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》の力を目視できるまでに収束し、結果に至る過程すら必要としない程に強制力を高めている。

 そして彼がいま自らの力に込める想いは純粋な殺意、すなわち─────

 

 『う、うわあああああ!!??』

 

 『きゃああぁああああああ!!』

 

 『な、何だこれ・・・・・・!』

 

 スタッフ達の迅速な対応により黒い腕が人に当たる事は無かったが、床やフェンスに突き刺さったそれらの一部が同じような崩壊をもたらす。

 リングに刻まれた『死』は止まる事なく滲むように広まっていき、ゆらりと幽鬼の如く立ち上がった天音は呪うような声で呟いた。

 

 「どいつもこいつも踏み躙ってくれやがって・・・・・・。念入りに言い訳の余地を潰しやがって、上から目線で正論垂れやがって・・・・・・!!

 ふざけるなよ・・・・・・、()()()()()が、()()()()が知ったような事言いやがってさあ・・・・・・!!!」

 

 偽りのない憎悪の本音を受け止める。

 天音の辛さと孤独は誰より理解できる。

 自分を諦めそうになった時、自分は黒鉄龍馬と出会った。折れそうになった時にステラがいた。

 しかし天音には誰もいなかった。

 自分がどこにもない世界を幽霊のように彷徨うことがどれだけ辛いか、黒鉄一輝は知っている。

 

 「認めない・・・・・・。認めてたまるか・・・・・・! 無敵の力だから自分を諦められたのに・・・・・・!! ()()()()()()()()()()()()・・・・・・ッッッ!!!」

 

 「先生方はどうか観客席を守っていてください。彼は僕が止めますから」

 

 勝負はついた、勝利したお前がそこまでする必要はない。天音を鎮圧しようとする黒乃の言葉を制して一輝は剣を構える。

 ずっと龍馬のようになりたいと願ってきた。自分の可能性を信じられず膝を下している誰かに勇気を与えられる人間になるために己が騎士道を歩んできた。

 ならば己の為すべきことは決まっている。

 そしてそれはこの男も同じ─────

 

 「さて。他所にいく分は俺が引き受けねえとな」

 

 《プリンケプス》を鳴らして王峰一真が立ち上がり、自らの存在を誇示するように観客席の手摺りの上に飛び乗った。

 当然、天音は彼を見つける。

 憎悪がさらに噴き上がる。

 暴力の鬼に努力の鬼、対極なれど二人とも己の全てを否定する不倶戴天の敵。

 自分を良しとするために、否定せねばならない敵。

 

 「よお天音ぇ!! ついでに俺もいっとくかァ!? 好き放題当たり散らすよりかは腹立つ奴をブン殴った方がスッキリするんじゃねえかなァ!!!」

 

 「う゛あ゛ぁぁ゛ぁあ゛あ゛あ゛っ!!!!!」

 

 喉を引き千切るような咆哮と共に黒い魔力光が勢いを増した。

 地獄の炎が現世に侵略してきたかのような悪夢の光景。周囲にも無差別に襲いかかっていた黒い腕が幾重にも互いに絡んで折り重なっていき、瞬く間に二つの意味ある形を造り出す。

 輪郭線のない黒が形作る立体的な影絵のような二つのそれは、男性と女性の巨大な上半身だった。

 その二体に顔は無い。もちろん表情も無い。なのに心臓を鷲掴みにしてくるような悪意と醜さを感じる。

 理解した。

 あれが『女神』の本質。

 天音自身が思い描く、自分の人生を破壊した諦めと憎悪の具現だ。

 

 「・・・・・・ようやく、いい顔になってきたじゃないか。天音くん」

 

 『死』そのものを前にして一輝は笑う。

 あれこそ偽りだらけだった彼の本音だからだ。

 だから迎え討つ。受け止めて勝つ。

 それが示すべき自分の姿!!

 

 「僕が気に入らないんだろう。許せないんだろう。ならその憎しみの全てを込めてかかってこい!

 僕の最弱(さいきょう)を以て、君の諦めを打ち壊す!」

 

 お前の挑戦を受けてやると力強く告げるや一輝は切り札の《一刀修羅(いっとうしゅら)》を発動、蒼光を纏い天音に向かって踏み込んだ。

 引き攣った悲鳴を上げた天音に呼応するように『女』の方が動く。

 腹にあたると思われる部分が観音開きに口を開け、中からぶち撒けるような勢いで溢れ出した無数の死神の腕がヒステリックなまでの苛烈さで一輝に襲いかかる。

 その全てを斬り払い突き進む彼の後ろで王峰一真にも死が覆い被さろうとしていた。

 ナメクジのような軌跡を宙に残して宙を(ぬめ)るように踊りかかってきた『男』が、その両腕で抱き締めるように一真に襲いかかる。

 掠るだけで即死に至る抱擁を前に彼は一歩も動かない。全方位から自分を包み込む死を、彼は真っ向から受け止めた。

 

 「カズ坊!!」

 

 死の抱擁を受けた一真に寧音が叫ぶ。

 しかし彼の命脈は絶たれていない。《踏破》を纏った魔力防御が死神の指先を拒絶しているからだ。

 戦闘中に止められた心臓をマニュアルで動かした一輝とは違うが、そもそも一真も前日に天音からの「死ね」という願いを踏み越えている。そこで格付けが済んでしまった以上、強制力を高めようと彼の魔力防御を破るのは不可能なのだ。

 それを悟った『男』が蠕動するように震えてそのシルエットを一気に凝縮、巨人のようなサイズから平均的な成人男性程度の体躯まで小型化した。

 殺意に導かれたその変化の目的は、魔力強度の増加。

 

 ガリガリゴリガリ!!!と鉄を穿つような音を立てて一真の魔力障壁が削られていく。

 魔力強度が増した事で強制力が底上げされたのだ。

 ゆっくりだがしかし確実ににじり寄ってくる死神の指。天音の殺意の顕現である顔のない『男』が顔も無いのに嗤っているように見えた。

 しかし一真は動かない。

 嬉々として魔力障壁を侵していく『男』を前に、彼は片頬の肉皮を曲げるように吊り上げる。

 

 「・・・・・・クソみてえなツラしてんなァ」

 

 『男』と『女』は天音の殺意の具現、その姿の輪郭は無から生まれたものではない。

 つまり()()は天音が殺意という感情に抱いているイメージが色濃く反映された姿と言えるだろう。月影から聞いた天音の過去を思えば、男女の姿を(かたど)った()()()が何を土台にしているかは想像に難くない。

 ならばそれは唾棄すべき敵。

 己が最も嫌悪するもの。

 ゆっくりと見せつけるように持ち上げられた踵が『男』の頭頂部にあたるだろう場所に置かれる。

 『男』の首にあたるだろう部分が戸惑うように傾く。自分に歯向かってくるとはまるで考えていなかったようにも見える様子だった。

 殺意をベースとした意志があるのかそれとも土台となった天音のイメージに基づいた機械的反応なのかはわからないが、どのみち直後の運命は決まっている。

 眼前の死に負けず劣らずのドス黒い殺意を滲ませて、彼は掲げた脚に力を込める。

 

 「いい加減消えろやゴミ野郎」

 

 潰した。

 一際強く輝いた紫白が振り下ろされ、抵抗すら出来なかった『男』が観客席からその下のリング場外まで羽虫のように叩き落とされた。

 叩き潰されたそれが原型も残さず霧散したのを確認した一真がリングの方を見遣ると、丁度そちらも決着がついた所だった。

 

 

 「第二秘剣─────《裂甲(れっこう)》」

 

 自らの幸運を以て幾度となくなぞった太刀筋と体捌きをトレースした自分自身の剣術(オリジナル)。一輝も予期しなかった反撃と前進は、最後の気力と共に断ち切られた。

 同時に天音の身体から沸き上がったいた『死』の象徴たる色をした魔力で模られた『女』が霞のように消えていく。

 一輝の追撃はなく、天音も動かない。

 この落ちた膝が再び持ち上がる事はないと共に分かっていたのだ。

 

 (・・・・・・いつ以来だろう。こんなにも自分の無力を悔しいと思ったのは・・・・・・)

 

 自分を誤魔化し諦めて、終ぞ捨てられなかった渇望。自分の人生を狂わせ続けた女神でも齎せなかった勝利。

 それが手の平からすり抜けるこの感覚は、口内を満たす血の味よりも苦かった。

 

 「悔しいかい?」

 

 「・・・・・・うん、そうだね。・・・・・・くやしいよ」

 

 「その悔しさを捨てちゃ駄目だ。それは天音くんが自分を諦めていない証だから」

 

 まるで自分の葛藤を見透かすような言葉に、天音は項垂れた視線を持ち上げる。

 

 「ずっと昔、君と同じように自分を嘆いていた時に、ある人にそう言われたんだ。・・・・・・だから、今度はその言葉を僕から君に贈るよ。

 悔しいと思うなら何度だって僕に挑みかかってくればいい。君の力でも叶えられなかった僕への勝利を手にできたのなら、それは君自身の力で勝ち取った、君だけの栄光だ」

 

 「・・・・・・・・・・・・ぁ」

 

 

 「僕も必ず、君の目標に恥じない男になって─────君の挑戦を受けて立つ」

 

 

 そう言って一輝は踵を返し天音に背を向け、振り返る事なくリングから立ち去る。

 追いかけてこい、と鋼のように力強い背中で語る姿に、天音は灼けるような悔しさを胸に宿した。

 

 (・・・・・・かなわないなあ)

 

 どうしたらそこまで強くなれるのだろう。

 どうしたらそこまで優しくなれるのだろう。

 自分一人すらままならない天音には理解できなかったが、この背中を追いかける先にそんな自分がいるならば───それはきっと、生涯を懸けて目指す甲斐のある目標に違いない。

 ああ、でも。

 その背中に辿り着くことが出来れば、()()()()()()()をぶん殴れるほど強くなれているかもと考えてしまうのは、自分の心の醜さだろうか。

 

 「ねえ、イッキくん。君はどう思う?」

 

 少しだけおかしそうに笑って、天音は遠ざかる背中に伸ばした手を強く握り込む。

 今はその服の袖にすら届かない。

 ───だけど、きっと、いつかは。

 錆びた刃のような決意をもう一度握り締め、天音はその場に崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 「・・・・・・イッキの奴、危ねえな。あの手、掠りでもしてたら即死だったじゃねえか」

 

 ひやりとした感覚が胃袋を滑り、一真は思わず安堵の息を吐く。

 『死』の腕を斬り進んでいた時より咄嗟に主審を突き飛ばした時が危なかった。ともあれこれで紫乃宮天音には一つの区切りがついただろう。

 自分に対する印象は間違いなく最悪の底値だが問題ない。ドン底から立ち上がるには心を強く奮わせる必要がある。

 怒りという感情は何よりも熱い。自分に向けるそれが原動力の一つになるのなら好きなだけ憎んでくれて構わない。自分が選んだのはそういう役回りだ。

 

 (にしても、良い顔してやがったな)

 

 全ての感情を剥き出しにした天音の顔、あれはとても良いものだった。

 人が溜め込んだ腹の底をぶち撒ける姿。それを受け止めて同じだけの本気で返した一輝。自分はほぼ見ているだけだったのに何とも言えずスカッとする。

 一真にとって戦いは意思を徹す以外の戦いはコミュニケーションの一つでしかなかったが、ここで彼は一つの推測に至った。

 刀華と死闘を演じた時にも感じた事だが・・・・・・、

 

 

 (死ぬ気でやる戦いって気持ちいいのか?)

 

 

 一輝と戦い続けた一年は『楽しかった』。

 刀華と戦った三回戦も最初は『楽しかった』。

 だが、そこからが違う。

 殺意と愛の濁流に溺れた戦いの後半は、無上の悦楽とすら言えた。

 

 (んー。だとするとちょいマズいぞ)

 

 全てを懸けた先にあの気持ちよさがあるのなら。

 あれを味わえるチャンスがこの大会であと三回もあるのなら、自分はそれを楽しむ方向に行ってしまいそうだ。

 一応自分は国の体制を変えるための尖兵としてこの大会に出ているというのに─────

 

 この気持ちは切り替えねばならない。

 そう冷静になろうとする彼の目元は、それでも悦楽の予感と期待に笑っていた。

 

 

 

 天音の戦いを見届けた月影が廊下を歩いている。

 控え室とも医務室とも離れた、生徒達の試合中は関係者の気配が消える場所。そこで彼はピタリと歩みを止めた。

 気配を感じた訳ではない。ただここを通れば向こうから出てくると予め知っていただけだ。

 

 「どなたかな?」

 

 既に答えを知っている問いを投げかける。

 その声に引かれておずおずと姿を現したのは一組の男性と女性だった。

 萎縮と恐縮。薬指の銀色から夫婦と分かる二人の瞳はそんな震え方をしているが、それでもなけなしの勇気を振り絞っているのがその背筋から分かる。

 緊張で回らない口が何度か発音に失敗した後、ようやく夫の方が意味のある言葉を発した。

 上等の品だと一目でわかるスーツの懐に手を入れながら。

 

 「・・・・・・差し支えなければ、少しだけよろしいでしょうか。月影総理」








 仕事は忙しいし

 AC6のランクマは楽しいし

 ハズビンホテルめっちゃ面白いし

 もー
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