壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第79話

 

 

 

 

 紫乃宮天音の妄執は断ち切られた。

 リングの上で意識を手放す彼の最後の表情を見て一真はそう確信した。

 全てを諦めていた天音にとって努力で這い上がってきた一輝は不倶戴天の敵であり、何より直視すら出来ないまでに輝く憧れ。そんな相手に進むべき背中を示されてもなお蹲っていられるほどの腑抜けではないだろう。ありったけの負の想いをあそこまで形にできる執念を持つ人間がそもそも弱かろうはずもない。

 まして、怒りを向ける相手がいるのなら尚更。

 

 自分は何も出来ていないと一真は思う。

 自分はただ発破を掛けただけ。

 そこで腐らず再び立ち上がったのは紛れもなく天音の強さで、そして火種に火を送って再び燃え上がらせたのは一輝だ。

 だから念の為に医務室に向かったという彼に礼を言うためにこうして医務室までやってきたのだが、そこで妙なものを見た。

 閉められたドアの前で、ドアを開けるでもなく佇んでいるサラ・ブラッドリリーである。

 

 「・・・・・・何やってんだ?」

 

 「ん。タイミングが悪かった」

 

 「タイミング」

 

 「イッキが来ると思って医務室で待ち伏せしようとしたらステラ皇女に見抜かれてて縛り上げられて捕まって、おしっこが漏れそうになったところでようやく解放されて今トイレから戻ってきた」

 

 「もうちょっと早く来てたらそのおもしろシーン目撃できたのになァ」

 

 「それで今なんだか込み入った話が始まったみたいだから外で待ってる」

 

 「俺もその気配りが欲しかったなァ・・・・・・」

 

 『ふざけんじゃないわよッッ!』

 

 中途半端に正常を保っていたサラのTPOに一真が肩を落とすと同時に、ドアの向こうからパイプ椅子と思しき物が倒れる音とステラ・ヴァーミリオンの怒声が同時に飛んできた。そこに込められた激情の熱量に、てっきり一輝とステラがイチャついているのだと思っていた一真は思わず身体を引く。

 一輝とステラの前に誰がいるのか、誰が何を言えば彼女をああまで切れさせるのかと戸惑う一真だが、続いて聞こえてきた叫びに彼は心の動きを止めた。

 

 

 『バカだった・・・・・・! ちょっとでも話せる人かもなんて思ったアタシがバカだったわ! アンタ、それでも人の親なのッッ!?』

 

 

 それに対する答えは聞こえない。

 ドア越しの室外には届かないほど低く静かな声だ。

 ざわりと全身の毛を波立たせた彼に危機感を抱いたサラが少しずつ後退りを始め、一真もまた数歩後ろに下がる。次に自分が取るべき行動を冷静に考えるために。脚の届く範囲の外まで離れて、再び衝動に走る事のないように。

 結論から言えば考える必要は無かった。

 彼が次に取るべき行動の選択肢が向こうから提示されたからだ。

 用件を終え病室から出てきたその男はドアを閉めた所で一真の存在に気付く。

 

 「ふむ」

 

 動揺はない。彼と一真の間に起きた出来事からすれば有り得ざる反応とであり、まさに鋼の心と表現できるだろう。

 研ぐように双眸を細めた一真を前に表情すら動かさずに様子を観察し、少なくともこの場で襲ってくることはないと判断した彼は金属音を鳴らして背を向け、促すように振り向いた。

 

 「丁度いい機会だ。少し話そう」

 

 何も変わらない。変わっていない。

 本拠地諸共(もろとも)その脚で粛清された黒鉄家の当主、黒鉄(くろがね)(いつき)は記憶通りの鉄面皮でそう言った。

 王峰一真が最も憎んだ、温もりの通わない無機質な平坦さで。

 

 

     ◆

 

 

 「随分とやってくれたな」

 

 第一声はあの時と同じ。自動販売機とベンチが並んだ簡易的な休憩所に二人はいた。

 一真からすればいつでも命に足が届く距離だが一先ずは成り行きに任せる事にした。威圧的な眼光で壁に寄りかかり厳の次の台詞を待つ。

 

 「目を覚ますと指揮系統が破壊され日本支部は機能停止、家々が責任の所在を押し付け合って立て直しの目処も立たんという有様。各国の諜報員が小躍りする様子が目に浮かぶようだ。ここから立て直すには相当に骨が折れるだろう」

 

 「ハッ、らしくねえ恨み節じゃねえか。前にもまして()()()()()()()クセに」

 

 「私は何も変わらない。だが血が流れていないというのは確かにそうかもしれん」

 

 がちゃん、と厳の足が金属音を鳴らす。

 iP S再生槽(カプセル)でも治せないほど損壊が酷かったのかそれとも発見が遅れ治療が間に合わなかったのか、キャスター付きの機械から伸びた管を何本も身体に通した厳の片腕と片脚は、金属製の義手と義足に置き換えられていた。

 日常生活を回復するための機能重視でも外見を整えるためのデザイン重視のものでもない、シルエットと可動域を金属で組み立て再現した球体関節の人形のような代物だ。

 厳の『無機物を操る力』で動かされているらしく、少なくとも日常的な動作には何の支障も(きた)していないように見える。

 

 「で? ここまで連れて来といて用件は何だ。今のセリフが吐きてえだけだったってんなら気が変わらねえ内に消え失せろ」

 

 「お前の今の状況は月影総理から聞いている。ここに来て生産性のない会話をするほど私も暇ではない」

 

 「あー。あの人テメェが生きてるの俺に黙ってやがったな。・・・・・・だから何の用件だっつってんだよ。月影さんから聞いてんなら世間に俺の罪状を突き出すって話でもねえんだろ。しょうもねえ中身ならもう一発弾くぞ」

 

 「一輝の事だ。今しがた病室で話した事だがな」

 

 

 黒鉄一輝。一真の友で彼の息子。

 肉親でありながら心身共に追い詰め転落させる手段を是とした男の口から出て来たその名前に、ぞわり、と一真の纏う空気が波打つ。

 ───黒鉄厳が生きていた事に大した驚きはない。

 あの瞬間、確かに自分は少しだけ躊躇った。

 どうしようもない屑とはいえ、最も厭悪する人種とはいえ、それでもあの優しい友が分かり合おうとした男を───自分を認めさせようとしていた父親を、本当にこの世から消し去ってよいのかと逡巡したのは間違いない。

 その結果としてこの男を殺しきれなかった。

 だからそれまで。

 信念の揺れで()り逃した命なら自分に追い討つ資格は無いとここまで脚を抑えてきたが、()()()()のなら話は別だ。

 自分ももう一度同じことを()()

 魔力を込めた爪先をそっと床から持ち上げた一真を正面から見据え、厳は鉛のように重く響く声で端的に告げた。

 一輝と黒鉄家に纏わる全ての問題に、決定的な決着をつける決定を。

 

 

 「私は、一輝と親子の縁を切ろうと考えている」

 

 

 流石に面食らった。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を丸くした一真だが、その決定に至るまでの理由は容易に察する事が出来た。

 

 「・・・・・・あァ、はいはい。家に不必要なFランクにここまで登り詰められたらもうその存在を隠せねえ。だったらもう縁を切って無かった事にしちまえと、そういう事か」

 

 「そうだ。あれはもはや『無益』ではなく、この国の伐刀者(ブレイザー)の秩序にとっての『有害』だ。そして絶縁した人間の進路をいつまでも塞ぎ続けるほど私は暇でも酔狂でもない」

 

 「へえ! そりゃ結構。馬鹿は死ななきゃ治らねえとは言うが、瀕死でもある程度なら改善するみてえだな!・・・・・・で、イッキは何て?」

 

 「『すぐに返事はできない』と言っていた」

 

 そこははい喜んでと切り捨てる所だろと若干唇を尖らせそうになった一真だが、流石に自分がどうこう言う事ではないので心の内に留めた。

 ともあれこれは一輝の未来にとって大きな前進だ。

 大会が終わるまでに首を縦に振れば、それこそ『七星剣武祭で優勝すれば卒業できる』などという家からの圧力由来の条件からも解放されるかもしれない。

 だが───何故その話を自分に?

 二人のいざこざに派手な横槍を入れたりはしたが、その提案と選択に自分は無関係のはずだ。

 

 「・・・・・・選択を急かすつもりはないとは伝えた。これから息子は大きな決断をする。だからお前には頼みたい事がある」

 

 「・・・・・・?」

 

 

 「王峰一真。これからも息子を宜しく頼む」

 

 

 ただそれだけを言い残し厳は踵を返す。

 義足とキャスターで床を鳴らして遠ざかっていく彼の背中を、壁を蹴り飛ばす轟音が追いかけるように殴りつけた。

 彼の心に沸いた怒りと苛立ちを、痛みに代えて突き刺すように。

 

 

 

 思わず行動に移した破壊衝動の結末を係員に自白した所、一真は無罪放免となった。元より多くの伐刀者(ブレイザー)や様々な立場の者が集まる祭典なのでこの程度のアクシデントは織り込み済みらしい。

 しかし施設内で一人で行われる破壊行動など敗退した腹いせによる八つ当たりがほとんどなので、結果的にそれと同じ行動をしてしまった事に彼はひどく恥じ入る羽目になった。

 ・・・・・・そして一輝に礼を言う期を逸した。

 こんな悪い方向に渦巻いた心持ちでありがとうを言う気にもなれずホテルの自室に戻っている道中でふと引っ掛かった。

 

 (・・・・・・何で俺はこんなイラついてんだ?)

 

 何も悪い事はなかったはずだ。

 まだ決定した訳ではないが一輝は家の呪縛から解き放たれ、自分と家の因縁が更に悪化する事もなく、そして黒鉄厳が生きていた事もまあ、あくまでも・・・・・・あくまでも日本という国の視点で考えればプラスではあるのかもしれない。

 なのに自分の心は乱れている。

 殺し損ねていたからじゃない。

 自分は何にイラついた?

 確かあの時にも、何故その情を一輝に向けなかったと叫んだあの時にも同じ苛立ちを感じたのだ。

 そうだ、一輝を頼むと言われた時からだ。

 あの時のような不条理でも何でもない、当たり前の親の情による言葉で─────

 

 (親としての、情を、向けたから─────?)

 

 「カズくん」

 

 没頭する思考に唐突に差し込まれた言葉に、一真は思わず変な声を上げて飛び上がった。

 慌てて声のした方を振り返るとそこにいたのは東堂刀華だった。

 ここはホテルへの帰路の途中、偶然出会(でくわ)すには少々無理のある場所。自分がホテルに向けて歩いている以上、彼女が自分と顔を合わせるには彼女が自分を追いかけて来るしかない。

 

 「俺を探してたのか?」

 

 「うん。・・・・・・渡したいものがあって」

 

 そう言って差し出されたのは飾り気のない封筒だ。中に便箋が入っているのか少々の厚みがある。彼女との直前のやり取りから考えて、彼が浮ついた推測を立ててしまったのは無理なからぬ事だろう。

 

 「刀華。渡してくれるのは凄え嬉しいし貰ったら間違いなく何回も読み返すけどよ、やっぱこれは全部が終わったら俺から」

 

 「ううん手紙ではあるんだけどそれじゃなくて」

 

 しばし顔を覆ってしゃがみ込む一真。

 平静を取り戻して立ち上がり改めて彼女を見れば、彼女の様子が明らかに平常ではない事が見て取れた。

 不自然に強張った肩に縮むように狭まった立ち姿、そして何より伏目がちな視線。

 体格が大きく違う自分にすら常に目を合わせて接する刀華が目を合わせずに会話しようとしているというのは、一真にとって彼女が酷く余裕のない状況に立たされているサインだった。

 

 「どうした。何があった」

 

 「月影総理から頼まれたの。この手紙をカズくんに渡してほしいって」

 

 「月影さんからの手紙か?」

 

 「ううん。別の人からカズくんにって月影総理に預けたんだって。それで私から渡した方が彼も受け取りやすいだろうって」

 

 差し出された封筒を受け取る。

 月影ではなく別の人間から、間に不要な中継地点を二つも噛ませて届けられた手紙。

 なぜ自分に直接渡さなかった?

 直接渡す訳にはいかなかったのか?

 自分が受け取りやすくなる配慮として刀華に預けられたという事はそれだけ自分にとって重大な中身という事なのか。

 様々な疑問が脳内を巡る中ひとまず差出人が確認できないかと封筒を裏返した時、

 

 

 

 王峰一真の時間は止まった。

 

 呼吸も拍動も血流も、外界からの情報も。

 細胞の営みの全てが停止してから何分、何時間、何日も経過したように引き伸ばされた体内時計。このまま放置されればどれだけの間彼は立ち尽くす事になるのか、文明が風化し全てが更地に還ってなおそこに硬直していても不思議は無さそうだった。

 カズくん、と彼に触れる刀華の存在も遥か遠い。

 封筒に記されていた二人の差出人の名前は、彼から他の全てを忘れさせて余りある文字列で。

 

 

 『王峰(たかみね)宋真(そうま)』。

 『王峰(たかみね)一桜(ちはる)』。

 

 

 思い出す事も無くなったはずの両親の名前。

 かつて彼を捨て、そして彼が振り切った血の繋がりが、今になって自分の『今』に追い付いてきた。

 

 

 

 夜が明ける。

 《七星剣武祭》四日目。

 七日に渡る祭典も、今日で折り返しを迎えた。

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