壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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《七星剣武祭》予選編
第8話


 まだ時刻は早朝、校舎の裏手にある森の広場。

 2人分の集中力に張り詰めた空間の中に、ぜえぜえと荒っぽい喘鳴が入ってきた。

 

 「はぁー! はぁー! ゴール………ッ」

 

 「あ、おつかれさま─────うわっと!」

 

 20キロメートルのランニングを終えたステラに労いの言葉をかけた瞬間、一輝はバランスを悪くして逆立ちしていた場所から落っこちた。紙一重で釣り合っていた重心がぶれ、一輝を支えていた『足場』も同様に崩れ落ちる。

 

 「……まだまだ集中が足りないな。他所に意識をやっただけで崩れてちゃ駄目だ……ステラ、大丈夫?」

 

 「おお……。3日目にしてもう着いてくるとは」

 

 「と、当然、でしょ……っ」

 

 汗を拭く余裕もないほど疲弊しきっているくせに、彼女も見上げた根性だ。

 一輝に手渡されたスポーツドリンクのコップに何やら戸惑いつつも顔を赤くして口をつけているが、彼女が今まで己に課してきた鍛練は本物だったのだと一真は改めて理解する。

 

 ステラと一真の決闘の翌日から、ステラも2人の朝の鍛練に参加するようになっていた。

 

 彼女にとっては激動の連続であった事だろう。

 鍛練初日、一輝と一真のランニングのペースに着いてこれず、ステラは途中で倒れた。

 そしてその日の昼、彼女は改めて一輝に模擬戦を申し込み、一輝はそれを快諾。初っぱなから惜しみ無く魔法を使い全力で挑むも、一輝の()()()()()()()洞察力と剣術、そして《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》を前に敢えなく斬り伏せられる運びとなった。

 それでさらに負けん気に火が着いたか、2日目のランニングではオーバーペースでステラは吐いた。

 ………しかし、今日。

 大きく、大きく遅れてではあるが、ヘトヘトになりながらも見事ステラは走りきってみせたのだ。

 

 「ぜぇ、はぁ……けどアンタたち、本当に普段からあんなバカみたいなペースで走ってるの? これランニングなんでしょ?」

 

 「いや、最初は普通にランニングしてたんだぜ? けどある時、イッキがペースを上げて俺を追い抜いてきたのが始まりでな。何となくムッときて抜き返したらまた追い抜いてきやがったから、そっからヒートアップしてもうコレよ」

 

 「常時全力疾走って訳じゃないけど、いつの間にか競走になっちゃったんだよね。ペース配分とかコース取りとか、そういう駆け引きも生まれてきちゃってさ……」

 

 「負けず嫌いって素敵よね……。ところで、それはどういう鍛練なのかしら? アタシが来るまでイッキもやってたみたいだけど」

 

 そう言って、ステラは興味深げに一真を見る。

 説明がなければサーカスの練習か何かだと思うだろう。そのくらい奇妙な光景だった。

 1つ1つと積み上げられた、形も大きさもバラバラな石。微風が吹かなくても倒れそうな粗雑な石の塔の上に、一真は立っていた。

 片足の爪先立ちでぐらつく事もなくぴたりと姿勢を保つ、奇跡的なバランスで成り立つ曲芸だ。びっしりと浮かんだ汗を見れば、それを為すのにどれだけの体力と集中力を費やしているのかは容易に見て取れる。

 

 「魔力と身体の制御を鍛える訓練だよ。カズマが自分の戦い方(スタイル)を磨いているうちに思いついたらしい」

 

 「魔力と身体の制御を?」

 

 「そう。ああやって形や大きさがバラバラなものを積み上げて塔を作り、その上に乗るんだ。乗っている所に触れられるだけの魔力を放出しながらね。

 僅かにバランスを崩しても落っこちるし、魔力を放出する量や向きが狂っても塔が崩れて落っこちるから難易度が凄くてね。1つの欠点を除けば理想的な訓練だって彼の師匠からもお墨付きを貰っていたよ」

 

 「1つの欠点って?」

 

 「まずああして石を積めるようになるための訓練が必要なこと」

 

 「ああ……」

 

 「最初のコツは手に持った時の形と重さの感覚だな。パッと見で重心のある位置を見極める目を養えば大して難しくねえよ」

 

 僕は3ヶ月くらいかかったけどね、と苦笑いを浮かべる一輝の前で難しさの権化みたいなことを言いながら一真は石の塔から降りる。

 しかし彼が乗っていた石の塔は依然としてバランスを保ったまま。つまり彼は今の動作においても全く無駄な力を入れてはいなかったのだ。彼の巨躯では一輝よりもバランスを取るのに要する技術がずっと大きく求められるはずだ。

 発案した側と後から教わった者の差か、魔力と身体の制御に限れば一真に一日の長があるようだった。

 

 (アタシもこれをやれるようになれば……)

 

 「そう、それとな、皇女様。短いけど、ちょっとあんたに言わなきゃならん事がある」

 

 「アタシに? 何よ」

 

 「理事長室での事だ」

 

 ぴくり、とステラの眉が動く。

 空気が俄に剣呑さを帯びるが、またいつかのように戦いの火蓋が落とされるようなことはない。

 あるいは戦いの前に友に受けた忠告の通り───遅れながらも一真は、ステラに頭を下げた。

 

 「言うタイミングを逃してたんだが……悪かったな。あん時、あんたの故郷を馬鹿にするような事を言って」

 

 「……お互い様よ。水に流しましょ」

 

 そのやり取りを見た一輝は心から安堵した。

 自分にとってはどちらも大切な友人だから2人にも仲良くあってほしいというのも勿論だが、実力と鍛練が物を言う生活がこれから始まるのだ……彼ら程の実力者がどこかで反目し合ったままなんて、()()()()

 

 「さて、もうそろそろ準備した方がいいか。流石に汗まみれのまま始業式に出るのはな」

 

 「そうだね。……始業式、か」

 

 一輝はその言葉を心の中で噛み締める。

 1年目は何のチャンスも与えられないまま、全てが過ぎ去っていった。

 だが今年は違う。新理事長である黒乃のもと、全ての生徒にチャンスが与えられる。堪え忍び待ち続けようやく到来した好機なのだ、一輝にとっては感慨深いものがあるだろう。

 ───ただし。

 新たな始まりに到来したものが、皆等しく希望であるとは限らない。

 

 

 「そういや前にチラッと聞いたけど、お前の妹も入学してくるんだったよな」

 

 

 こちらに背を向けたままの何の事はない一真の言葉に、高揚しつつあった彼の心は一気に硬直した。

 

 「連絡取ったりとかはしてねえのか? お前の話を聞くかぎり、アイツはお前の唯一の家族だろ」

 

 「……いや、実家を飛び出したきりご無沙汰だよ。まして去年は色々とあり過ぎたから心配させるのも悪いと思ってね……勘のいい子だから、もう色々と察しはついてるだろうけど」

 

 「まァそうでなくとも先に入学したはずの兄貴が自分と同学年だったらおかしいと思うわなァ。じゃあ今年は何の心配もないってとこ見せてやんねえと」

 

 「カズマ。あの」

 

 「心配すんなって。あん時はともかく、今はもう()()()()()なんて気はねえよ……時間ってのは偉大なもんだ」

 

 何かを言おうとした一輝を遮り、先に戻ってるとだけ言い残して一真は学生寮へと戻っていった。特に説明することもなく去った一真とどこか緊迫した様子の一輝を交互に見て、ステラは何となく声のボリュームを落として一輝に訊ねる。

 

 「そういえば妹がいるって言ってたわね。アイツと知り合いなの? 随分と穏やかじゃない間柄みたいだけど……」

 

 「うん。まだ小さかった頃にカズマとひどい喧嘩をしてね。兄としてはできる限り庇ってあげたかったけど、それすら出来ないような結末になってしまった。

 それから今まで顔を合わせる事もなかったから、2人は話も出来ず終いなんだ」

 

 「それは(こじ)れてそうね……。でもアイツはもう終わった事と割り切ってるみたいだったわよ? 事情はよく分からないけど、かなり昔の話なんでしょ?そこまで気にする必要はないんじゃないかしら」

 

 「どうだろうね。確かに彼がこの事について声を荒げたのはその喧嘩の時と、それについて僕が謝った時だけだから。……だけど、折り合いを付けることと怒りを消すことは、全くの別物だ」

 

 あの事件について一輝に直接的な関わりはない。

 だが無関係だと割り切るなど出来るはずもない。あの事件は彼らの家に根を張ったある種の呪いと、()()()()()()()()()()()()により引き起こされたものなのだ。

 そんな彼の境遇にどこか共感している部分もあるのだろうか。

 彼の歩き去った方向を、一輝は哀しそうに見つめていた。

 

 「“終わった事“なんかじゃないんだよ。……カズマはそれで、その後の人生そのものを歪められてしまったんだから」

 

 

     ◆

 

 

 「じゃあみんな、これから1年、全力全開でがんばろーーーーっ! はーいみんなで一緒にえいえい・おブファ─────ッッ!!

 

 「「「 ゆ、ユリちゃぁぁあん!?!? 」」」

 

 (あーやりやがった)

 

 もはや見えていたオチに一真は片手で顔を覆う。

 《七星剣武祭》予選の説明を終え、新入生を祝うためにテンションが独走状態になっていた担任・折木(おれき)有理(ゆうり)のポンプが如き吐血で初日のホームルームはお開きとなった。

 幼い頃から吐血は1日1リットル、3度の飯より薬を喰らい、日本一の医者である薬師キリコも黙って首を横に振ったとか振らないとか……そんな人生終末期医療(ターミナルケア)でなお強者たるまで己を鍛え教壇に立つその根性には畏敬の念を禁じ得ない。

 逆風吹き荒んだ去年、教師としては唯一こちら側に経ってくれた人でもあるため、彼にとっては数少ない尊敬できる大人なのだ。

 

 「……『命に別状はない』っていう本人談は信じていいものかな?」

 

 「そこを疑いだしたらもう棺桶に叩き込むしか選択肢が無くなるぞあの人は……」

 

 生けるゾンビを保健室へと担ぎ込んだ一輝と一真はひどく微妙な顔で、また血を吐く音が聞こえた気がしなくもない保健室に後ろ髪を引かれながら教室へと戻っていく。

 

 「いよいよ始まるなァ、《七星剣武祭》予選。試合のスパンに少なくとも1日の猶予があんのはお前にゃ幸運だったな」

 

 「本当にね。《一刀(いっとう)修羅(しゅら)》は1日1回限定だからね。カズマやステラと戦う時に使えませんなんて事になったら、もう勝負にすらならない」

 

 「……つーかよ。もう帰っていいらしいって伝えたらさっさと教室出ねえ? 視線がすっげえ刺さるんだよ」

 

 「そうだね。僕らが留年生ってことももう知れ渡ってるみたいだし、どう接していいかわからないんだろうね……君の場合は間違いなく顔と身長のせいだと思うけども」

 

 そんな他愛のない会話をしながら教室に戻った時だった。

 

 「せーんぱっぎゃふん!?」

 

 「おっ?」

 

 誰かが突然進行方向に飛び出てきたが、高身長ゆえ前にいるその誰かが見えておらず、足を止めることが出来なかった一真が思い切り誰かにぶつかった。

 彼にとってはままある事。注意が足りなかったなと反省しつつ、尻餅をついて腰をさすっている女子生徒を助け起こす。

 

 「いやすまん、気付かなかった」

 

 「いえいえ、こちらこそいきなりごめんなさい……それよりもっ!」

 

 がばっ! と一真よりもかなり低い位置でその女子生徒が顔を上げる。

 日下部(くさかべ)加々美(かがみ)と名乗り、先輩がたのファンであると公言したその女子生徒に見せられたものは、一真や一輝たちの決闘の映像だった。

 これがどうやらまとめサイトにアップされお祭りになっているらしく、そしてとりわけ話題になっているのが一輝であるらしかった。

 

 「私、実は新聞部を作ろうと思ってるんですけど! 《紅蓮の皇女》を読んで字の如く一蹴した《蹄鉄の暴王(カリギュラ)》、それと互角に渡り合った《落第騎士(Fランク)》! って感じの記事で記念すべき壁新聞の第1号を飾りたいんですよ!」

 

 「ふぅ~ん、よかったじゃない。()()()()で。取材受けてあげたら? ()()

 

 「い、いや、モテているわけでは……」

 

 「ふふ、でも先輩ってマジで今すんごい注目されてるんですよー? 特に女子に!」

 

 「ええっ、な、なんで?」

 

 「だって先輩ってすごく強いじゃないですか────」

 

 変に固くなる必要がないとわかったからか、いきなり他の女子にも絡まれ始めた一輝から一真はそっと距離を取る。女慣れしていないせいでタジタジになっているようだが()()のダシにされた一真が仲裁を入れようはずもない。同じように引き立て役にされたステラと共に事のなりゆきを白い目で見守ることにした、その時だった。

 

 「おう先輩。ちょっと俺らともお話しましょうや」

 

 不機嫌そうな男子生徒が数名ズカズカと前に出てきた。どうやら一輝が女子の注目を浴び続けているのが気に入らないらしい。彼らが大声で主張するには、一輝がステラや一真と戦ったあの映像はインチキであるそうだ。

 傍観するつもりでいたものの、そこまで言われては流石に黙ってはいられない。

 

 「オイ、そりゃお前が判断する事じゃねえだろうが。俺も皇女様も全力でカチ合ったんだ。その戦いの結末に泥を塗るんじゃねえよ」

 

 「あー先輩、いいんすよ? こんなFランクなんかに気ぃ遣ってやらなくても! 俺らは普通Aランクの人があんな事にはならねえってわかってますから!」

 

 ………ああ、こういう人種か。

 やたらと馴れ馴れしく媚びるような態度で接してくる男子生徒たちに対して、一真の心に青筋が浮かぶ。

 こいつらを黙らせ、自分が留年した理由を教えてやるのは容易い。

 だが、それでは意味がない。

 ここで自分がしゃしゃり出てしまっては、黒鉄一輝の不名誉は(すす)がれない。

 

 (……ここは我慢だ)

 

 そう思い衝動に蓋をしたのは正しかった。

 その後の何気ない一輝の一言が癇に障った彼らが霊装(デバイス)を抜いて襲いかかり、そして一輝はそれを霊装(デバイス)なしで手玉に取ったのだ。

 

 「仲良くしようよ。これから同じクラスで、一緒に勉強していくんだからさ」

 

 「………っっ!」

 

 もしかしたら一輝だと適当に自分が引き下がって終わるんじゃないかと思っていたのだが、カクカクと頷く男子生徒を見て、一真は自分の判断が正しかったことに安堵した。

 多分去年の自分なら当てはしなくとも足が出ていたと思うし、そう考えられるようになったのも進歩ではないか?

 

 (俺、成長してんなァ……)

 

 うんうん、と1人感慨深げに頷く一真。

 これならば今後も冷静に対応できるだろう。

 始業式前にもうやらかしている気がしなくもないが、多分もう大丈夫だ。

 そう、誰が相手でも─────

 

 

 ぱち、ぱち、ぱち、と拍手の音。

 誰もがその方向を振り向く中で、一真1人だけがそちらを見なかった。

 だから姿は見ていない。だけど理解できる。

 あれは、間違いなく“あの女“であると。

 

 「雑魚を寄せ付けない圧倒的な強さ。流石ですわ────お兄様」

 

 声には確かに昔の面影があった。

 思えば声はまともに聞いていない。だけど忘れられない、忘れられるはずもない。

 少女の典雅な声色は今、憎しみで刻み込まれた記憶のレコードに追想の針を落とした。

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