己を変える出会いがある。
己を焼く程に焦がれる願いがある。
どれ程の人間がその煮え滾る熱を実感として理解できるだろう。そしてその炎で己を焼け死ぬ寸前まで焼き尽くせる人間がどれだけいるだろう。
全身の骨を折り血の小便を垂らし、今までの自分を死に追いやるような───己の魂の結晶たる
《七星剣武祭》第四回戦。
そいつに勝てれば後の全てはどうでもいい。
その夢はいま潰えようとしている。
蒼光を纏い大気すら断ち切る速度で間合いを潰すや、太刀筋すら捉えることの敵わない一閃が倉敷蔵人の胸を深々と斬り裂いた。
「ぐ、ぁあぁああああああっっ!!!」
『倉敷選手防戦一方! 手が出ない! このまま押し切られてしまうのか・・・・・・っ!』
『これは厳しいですね。彼の《
本来なら《
─────しかし、やはり《比翼の剣》は強過ぎる。反応速度ではまだ上回っていますが、《比翼の剣》の瞬間最大加速に《
「はあぁぁあああっっっ!!!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」
押し切られる。そう牟呂渡が解説するよりも早く状況は動く。黒い閃光の如き《
姿を変えて一刀流から二刀流になった伸縮自在の刀の
そもそも剣の間合いの外から始まる試合でリングの全てを射程圏内に収める《
故に黒鉄一輝が選んだのは速攻。
初手からの《
リング中央、舞い散る鮮血。
黒鉄一輝が《
その現実に蔵人は奥歯を軋むほど噛み締めた。
(オレはまた、負けるのか・・・・・・っ! オレは───こいつに、勝てねェのかよォ・・・・・・っ!)
悔しさに心が折れそうになる。《
そんな蔵人の脳裏を、一人の男の声が掠めた。
『今いろいろと面倒が重なっててさァ。他所のチンピラにまでアイツに絡んで欲しくねえんだわ』
凄腕の剣士の噂を確かめるために破軍学園に乗り込んだ時、当時の生徒会長を務めていた男のセリフ。
まあ幾度となく学園から物理的に蹴り出された。それだけで百回首を落とすに足る理由だがそんなものはどうでもよかった。これ程の怪物と対等に渡り合う剣士と戦わなければ気が済まなかった。
終いに根負けした大男の仲介により黒鉄一輝との決闘は成立し─────そして、敗北。
技術的な奥行きの圧倒的な差を刻み込まれ、破軍を去ったその脚で《綾辻一刀流》の道場の扉を叩いた。
『何がお前をそこまで駆り立てる?』
綾辻海斗は大傷の治療すら後回しにした血達磨の身体で弟子入りを懇願する自分にそう問い、自分は口から血飛沫を飛ばして叫んだ。
『決まってんだろそんなモン・・・・・・! 負けっぱなしじゃ気が済まねェ、煮えた
血を失い過ぎた身体。
砕ける膝。落ちる腰。
どれだけ反抗の炎を燃やしても現実は淡々と非情だった。そしてついに身体すらリングに沈み込み、とどめの太刀を入れるべく黒鉄一輝が
自分より遥かに早く綾辻海斗に師事していた、よく知る姉弟子の声だった。
「負けるなーーーーっ!! 蔵人ーーーーっ!!」
「舐めてンじゃねェぞ綾瀬ェェェエッッ!!!」
怒りと憎悪で視界が染まる。
頼りないと看做された自分とそう看做した者に対する激情が蔵人に無双の活力を取り戻させた。
肉体を凌駕した精神が魅せる業、一瞬の後には失われる泡沫の夢。しかし彼にはそれで充分。
─────蔵人が吼えた。
神速の体捌きを以て瞬間八連斬を成す我流剣技《
戦いの天才として産まれた彼が至った極限の今。
それは《
ゼロから百への急激なストップ&ゴーこそが強みの《比翼の剣》は、急な減速や方向転換ができないのだから。
蔵人の思考を掌握した一輝は全力で身体を捻り、蔵人の剣に対して最も被害の少ない場所に身体を捩じ込んで《天衣無縫》を行う。当然凌げるわけがない。最初の五太刀で彼の上半身は最悪よりは多少マシ程度に斬り刻まれた。
それと同時に一輝は握っていられないと判断した《
この六太刀で一輝は剣士として戦う術を失った。
そして最後の七太刀は我武者羅だった。
とにかく踏み込んで身体を蔵人の懐にぶち込み、《大蛇丸》の刀身の力の乗った部分から身体を外す。
それでも身体は散々に刻まれたが死なずに済んだから正しい判断だと言えるだろう。しかし彼は継戦能力を喪失した。
一方的に斬り刻まれてからの反撃一発。
圧巻の逆転劇だった。
それは蔵人の事でもあり一輝の事でもある。
最期の一瞬まで諦めない心が生み出すものの大きさを、彼らは身を以て教えたのだ。
蔵人の身体が縦に分断された。
腹に刺さった《
蔵人の腹に刺さった《
普通なら容易く見切れた攻撃だろう。
しかしこの瞬間の彼は《
互いに全てを投げ出した刹那を、経験と生き汚なさの紙一重で黒鉄一輝が上回った。
『試合終了ォオオッ!! 血みどろの幕切れとなりました第四回戦!! 勝者は黒鉄一輝選手ですっ!!』
「我、ながら・・・・・・、強引過ぎるっ、勝ち方をしたなぁ・・・・・・っ!!」
ひどい有様だった。
両腕は欠損して頭蓋骨すら一部削られ、上半身はもう隠し包丁を入れた茄子みたいな刻まれ方をしている。蹴るために死守した下半身すら大傷が刻まれ、もう蹴るどころか立つ事すらままならない。
それでも勝負は勝負。負けは負け。
第四回戦勝者、黒鉄一輝。
どれだけ迫ってもそれが事実だ。
「うわーーーークラウド惜っしいいい!!!」
「何で今の喰らったんすか姐さん!! クラウドには《天衣無縫》があるでしょ!」
「揺らすな揺らすなお前たち! その《天衣無縫》をする余裕が無かったんだよ!出血し過ぎて鈍った身体じゃ渾身の技で逆転を狙うしかなかったんだ!」
綾辻海斗の娘にして一番弟子の綾辻綾瀬が蔵人にくっついて入門してきた《貪狼学園》の生徒に両サイドからシェイクされながら叫ぶ。
しかし惜しい。本当に薄氷、紙一重の決着だったのは間違いない。剣士に対して圧倒的な有利を取れる《
自分はどうだっただろうか。
《七星剣武祭》予選、自分は全てを尽くしてなお黒鉄一輝に届かなかった。それも峰打ちによる決着という、これ以上なく実力差を理解させられるやり方で。
どいつもこいつも先に行く。
全速力で走っても、指先すら掠らない速度で。
「・・・・・・悔しいなあ。ちくしょう」
「姐さんも悔しいスか!なんかクラウドに声掛けてやって下さいよ!」
「慰めてやって下さいよ姐さん!!」
「姐さんの役目ッスよ姐さん!!」
「やかましい!!!!!」
今ここで、ある男に追いつこうと、追い越そうとした男の夢が終わりを迎えた。
しかしそれを彼が一秒ごとに先を行く憧れに、確かに指先を届かせた確かな証でもあったと語るのは─────偽善的な行為であろうか。
◆
『試合終了──────っ!! ステラ・ヴァーミリオン選手またも圧勝瞬殺です!! 誰も彼女を止められなーーーい!!』
「・・・・・・本当に感想すら浮かばなくなってきたなー。ほぼ全試合が戦いっていうか処理だよ、もう」
「ここまで圧倒的だとクジ運の問題だと錯覚しそうになりますわね。相手も相当な実力者のはずですが、認識が狂い始めているのを感じますわ」
「勝負を一瞬で終わらせる事で自分を分析させないようにしてるね。それだけこの先で自分と当たるだろう相手を警戒してる」
ステラが臨んだ第四回戦、相変わらず『彼女が強い』以外に特筆する展開のない決着が続いていた。
あくまで日本国内の祭典だがヴァーミリオン皇国の皇女が参戦するため世界中から注目の的となった《七星剣武祭》だが、ここまで淡々と出番が終わっては観客や視聴者にとっては面白味に欠けるかもしれない。
財界に関わる家に生まれたため出資者達の心境に思いを巡らせてしまう貴徳原カナタだが、それよりも注目すべきは『彼』の戦いだった。
「そういう意味だとカズはかなり分析されてるんじゃない? 格闘でも魔術でも全開でやってるとこもう見せちゃったよね」
「武術的な側面はともかく、刀華ちゃんとの戦いでの魔術的な側面はもう分析という次元にはないでしょう。そもそも一真くんの《踏破》はほとんどの能力に有利を取れる力です。因果干渉系を真正面から跳ね除けるのを見た時点で全員が頭を抱えたんじゃないでしょうか」
そういう意味では魔術を完全に無効化する諸星雄大と一真限定で大爆発する刀華が彼に対する鬼札だったのだが、その二人が落とされた今、彼を阻む壁は数える程もない。《暁学園》の勝利は騎士学校として面子が立たない展開だが、既に泡沫と貴徳原は彼が優勝する可能性は大なりとして考えていた。
そしてそれは当然刀華もそうだろうと考えていたのだが、どうにも彼女の様子がおかしい。
何かを思い詰めている。
何かを不安がっている。
この状況で彼女がここまで気を揉む相手など一人しかいない。
「・・・・・・刀華、どうしたの? カズと何かあった?」
「・・・・・・ううん。大丈夫。・・・・・・きっと」
そして試合が進み、その時が来る。
『それでは続いてCブロック第四回戦第一試合!さっそく選手に入場していただきましょう!まずは青ゲートより、加我恋司選手の入場ですッ!』
その声に応じて、青ゲートの闇からのそりと大きな影が現れる。スポットライトに照らされた眩い舞台に姿を見せたのは、身の丈2メートルへ優に越える、巨大な岩石のような大男。
それこそが禄存学園、北海道の雄だった。
『北の大地からやって来た《
身長236センチ体重370キロ、ヒグマとほぼ変わらない体格と剛力を武器に戦う日本屈指のパワーファイターです!
昨年のベスト8でただ一人ここまで駒を進めた古豪は乗りに乗る新参者たちに意地を見せる事が出来るのかーっ!』
規格外の体格に相撲という独特のスタイル、そして恰幅のいい身体に負けない大らかな人柄に惹かれた熱心なファン達の喝采が観客席から巻き上がる。
普段ならそんな彼らに笑顔を返す加我だが、しかしその笑みは鋭い眼差しを伴って自分の対戦相手が出てくるゲートに向けられている。
そしてスポットライトは青ゲートから赤ゲートへ。
その集まった光の中に、またも規格外の体格の男が大股の歩幅で歩み出た。
『赤ゲートより現れました王峰一真選手!!
東堂選手との第三回戦で顕になったその本性!! 《
──────そしてそして!!
皆様すでに大注目でしょうご覧下さいリングに上がったこの二人!!
恐らくは現存する現生人類で最大のサイズであろう二人が雌雄を決するこの戦い、一体どれほどの迫力になってしまうのか!?』
「動物番組のノリだなあ・・・・・・」
率直な感想をこぼす泡沫だが、そのような実況のテンションはまあ理解できた。
デカくて、ゴツくて、その上強い。
原始的な憧れを否応なしに刺激するもの同士が、これから向かい合って殴り合うのだ。
物理的なサイズと実力による威圧感に、百メートル四方の広大なリングが急に面積を減らしたように錯覚する。
『いやマジでデッケえ・・・・・・!!二人並んだら圧が違うな・・・・・・!!』
『リングってあんな狭かったか・・・・・・!?』