壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第81話

 圧倒的質量にどよめく観衆。

 とにかくデカい。サイズも圧も。

 数十メートルの距離を超えて感じる圧迫感にヒリつきが増していく会場に、さらなる燃料が投下された。

 

 「・・・・・・がはは。なまら威勢がええべさ」

 

 『ああっと!? 王峰選手が加我選手に詰め寄って────睨んだ!? 真正面から額と額を合わせて超至近距離から!満面の笑みで睨んでいます!! 主審が引き剥がそうとしていますが動く気配がありません!』

 

 『王峰選手がここまで挑発するのは初めてですね。我々の知らない因縁があるのかもしれませんが、初手の戦意はこれまでで一番のようです』

 

 「オイオイどうしたんだよノリノリじゃん・・・・・・!?」

 

 逆に困惑する泡沫。

 加我も加我で拒絶しないせいでしばらく睨み合いが続き、一分ほど経ったところでようやく一真が開始位置に戻った。予想外の立ち上がりを見せた四回戦が少し疲れた様子の主審の号令で幕を開ける。

 

 『デカい!硬い!そして強い!混じり気ナシの強さが正面衝突します!規格外のサイズの戦いの軍配はどちらにら上がるのか!!いま主審が試合開始の合図を─────コールしましたァッ!!』

 

 「オォォォオオォォォオオッッ!!!!」

 

 まず動いたのは加我。ドーム全体に響く雄叫びを上げて全身に魔力を滾らせる。すると彼の肌から生物らしい血の色が失せ、光沢のある鋼に変化していった。

 これこそ彼の二つ名《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》の所以。

 肉体の全てを鋼鉄に変える伐刀絶技(ノウブルアーツ)鉄塊変化(てっかいへんげ)》である。

 ヒグマさながらの巨躯と膂力を数倍も高める重量、そして敵の攻撃をノーガードで弾く硬度。この二つの強みと相撲という攻撃特化のスタイルで圧倒する彼のアビリティを生かし切るには外せない工程だが、─────そこで終わるのは()()()()()()

 

 全身を鋼鉄化した加我がもう一度吼える。

 《鉄塊変化(てっかいへんげ)》とは異なる魔術が全身を奔り、加我の肩から新たに二本ずつ、左右合計四本の腕が生えてきたのだ。

 

 『な、なんとォ!?腕が増えたぁっっ!?』

 

 『なるほど・・・・・・、鉄ならば自由に形を成形できるのは道理。これにより手数が増え、攻撃力と防御力共に三倍に跳ね上がる!考えましたね』

 

 「がははっ!解説サンの言う通り!五年かけて生み出したこれがおらの取っておき、その名も────、《鉄塊(てっかい)阿修羅像(あしゅらぞう)》!」

 

 変化を終えた加我は身体を沈ませ蹲踞の姿勢を取る。

 そして地面に握り拳を叩きつける反動で半身を持ち上げ、巨大なリングを地面に沈めるほどの脚力で己の巨体を前へ飛ばした。

 

 「本当なら王馬に勝つための技だったが相手にとって不足はあらん!! 心して受け取れェい!!」

 

 その勢い、さながら砲弾の如し。

 その巨体からは想像もつかない速度の突進に相対する一真の応手は、彼を知る者からすればある種の様式美だった。

 

 『王峰選手動かないッ!開始線で仁王立ち!彼の膂力と質量をまるで恐れておりませんッッ!!』

 

 『流石の自負ですが、それはいくら何でも無謀ではないかと』

 

 硬く重く強い、加我の攻撃力は至ってシンプル。故に同系統の一真に最も強く作用する。直撃すればただでは済まないだろうが彼には防御の素振りもない。

 ───見くびられている。

 瞬間、全膂力と全質量、そして強い憤りを乗せた鋼鉄の張り手が一真の顔面を撃ち抜いた。インパクトと同時に大気を震わす、紛う事なき直撃。

 当然それで終わるはずがない。

 繰り出すは《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》が誇る攻防一体の奥義。百の張り手で敵の攻撃を全て弾き落としつつ同時に超重量の連打を浴びせる《百華掌(ひゃっかしょう)》。

 それを六本の腕で放つ対黒鉄王馬用の新必殺技。

 

 「《阿修羅百華掌(あしゅらひゃっかしょう)》ォォォオオ!!!」

 

 『ラッシュラッシュラッシュラッシュ!!一気に決めに行った加我選手!!もはや目で追えない速度で繰り出される鋼鉄の張り手の(つる)べ打ちだァァアッ!』

 

 初手を無抵抗に受けた一真はこのラッシュを躱せない。鉄槌の暴風圏に完全に捕まった。自らの必殺技がこれ以上ない形で決まった手応えに加我は震える。

 いける。このまま攻め切れば勝てる!!

 磨き続けた五年間が結実する実感に加我はあらん限りの渾身を爆発させる。

 

 もう少し。

 もう少し彼がのんびりしていたらその高揚が不安に変わり、そしてそうなっていく理由に加我は自分で気付けただろう。

 全ての攻撃がこれ以上ない手応えで決まって尚、王峰一真は微動だにしていないのだから。

 

 「これじゃ駄目だなァ」

 

 

 状況、一変。

 閃いたローキックが加我の両脚を吹き飛ばした。

 鉄の硬度をものともしない一撃。加我が自分の下半身に喪失感を覚えるより先に一真は彼を適当に蹴り転がした。

 六本の腕で這いつくばり虫のようなシルエットになった加我は、頭を上げて見上げた一真の姿に寒気を覚えた。

 

 (攻撃がまともに通ってねえ・・・・・・!!)

 

 「や、貶してるワケじゃなくてな。今まで()()()中じゃかなり響いた方だし。ただなァ、俺大会前にアイツを蹴ってるんだけども、今程度の攻撃じゃァまずアイツには通らねえよ」

 

 大きく硬くそして強い。互いに同じ強さを持つ騎士だが性能に圧倒的な差があった。

 確かに本当の無抵抗で受ければ無事では済まなかっただろうが、少し防御に意識を回せばこの通り。一真の魔力は加我の攻撃を容赦無く踏み越える。

 シンプルなスペックだけで自分の渾身を押しのけられた事実に歯噛みする加我に、一真は思いもよらない言葉をかけた。

 

 「けどさ。まだやれんだろ?」

 

 「・・・・・・っ?」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()。アイツに通るなら多分俺にもまあまあ通るぞ。今のは小手試しなんだろ?ホラ出せよ。出せ。出してみろ。足が()げた程度で終わるわけねえよなァ?」

 

 ニタニタと笑いながら片眉を上げる。

 からかうどころか嘲りに近い挑発的な冗句と共に一真は片脚を大きく持ち上げる。そのままぺたんと地面に足を付けて屈み両腕を広げ、舌を出すような調子で彼は言った。

 

 「ホラ。はっけよい」

 

 

 加我の顔から表情が消えた。

 これまでの、そしてこれから先の人生でこれ以上の怒りと殺意を抱く日が彼に来ることは恐らくあるまい。

 伐刀絶技(ノウブルアーツ)の応用で腕を増やせるほど熟練の使い手である彼にとって四肢を落とされる事は決め手にはなり得ない。切断面から鋼鉄の足を復元しつつ、しかしそこでは終わらない。沸き立つ殺意を最も正確に顕せる形状を《鋼鉄の荒熊(パンツァーグリズリー)》のバトルセンスが導き出す。

 復元した鋼鉄の両脚を、両腕を、首と胴体をメキメキと音を立てて膨らませる。

 ヒグマのような体格は大幅に『骨』と『筋肉』を増量したさらなる異形の巨躯に変貌、加我は己のその姿に名前を付けて認識の輪郭を確定させた。

 

 「─────《鉄塊(てっかい)不動尊(ふどうそん)》」

 

 さらにその額から太い角が生え伸びる。

 否、額だけではない。

 肩から腿から果ては胸から、鋼鉄の全身から巨大な鋼鉄の角を生やしたその姿は炎のようにも華のようにも見える。

 それらの矛先の全ては一人の敵を、一真を刺し貫くために揃えられていた。

 

 「《鉄山(てっせん)迦楼羅炎(かるらえん)》─────」

 

 王峰一真を小さく頼りないと感じたのは初めてだ。

 彼の友は後にその時の事をそう語る。

 そこに込められたのは彼の誇り。

 重ねた鍛錬と想いへの自負、そしてそれを軽んじた者への怒りと殺意。己の全てを打破する意思に変えて加我はぶちかました。

 有形無形有象無象、己と敵とを隔てる全てを貫く力と、激突するまでの時間そのものを消し飛ばすような速度で。

 

 「《金剛華厳砲(こんごうけごんほう)》ォォオオオッッッ!!!」

 

 

 リングが震えた。

 異形の巨体が消える程の速度で吶喊した加我が再び一真と正面衝突し、そして拮抗は発生しない。驀進する鋼鉄の足が石のリングを削って一直線の電車道を描き、激突した相手をそのまま貫かんと前へ前へと駆け続ける。リングを越えて観客席を貫き、会場の外に飛び出してもこの突進は止まらないだろう。貫いた相手が肉の雑巾になってこぼれ落ち、それをこの足で踏み潰すまで。

 

 しかしそうはならなかった。

 大地を揺るがす超重量のぶちかましがリング際で急停止。巻き上げられた大気が土埃を踊らせる。

 確かに血は流れていた。

 殺意の具現たる大角は無数に一真に突き刺さり、額の角はわざわざ額で受けたせいで頭蓋骨に食い込んでいた。

 

 それでも命を()るには到底足りず、王峰一真は変わらず立つ。

 加我の出しうる全てを受け止め、顔面に血を流しながら彼は満足そうに笑った。

 

 「土俵際いっぱい。楽しかったぜ、横綱」

 

 「押し出せなんだか・・・・・・天晴れだべ!横綱!」

 

 

 ─────終幕。

 鋼鉄の角をまとめてへし折りながら着弾した上段回し蹴りが、加我の頭部を実況席まで吹き飛ばした。

 肩から上を失った胴体が鋼鉄から生物に戻り、乱雑に千切られた断面から血を噴きながら崩れ落ちる。

 これ以上ない程の形で決着が付いた瞬間に審判が試合終了を宣言、リングに救護班が駆けつける。その中には破軍学園理事長・新宮寺黒乃の姿もあった。

 

 「二回目か。本当に手がかかるな、お前は」

 

 「すいませんね手間かけさせて」

 

 『試合終了──────ッッッ!!! 加我選手の全力を真正面から受け切る防御力!そして鋼鉄の身体をビスケットのように砕く攻撃力!!圧巻の横綱相撲を見せた王峰選手、王者の風格でリングを後にします!! 』

 

 『リングの跡を見て下さい、あのぶちかましを喰らっても王峰選手は吹っ飛ぶどころか両足がリングから離れていません。恐らくは能力で足を地面に縫いつけていたのでしょう。破壊力だけなら三回戦の東堂選手に匹敵する一撃を真正面から受けてあの程度の負傷というのは驚異的ですが、ここは似た能力同士魔力量や性質の差が顕著に現れた結果かと』

 

 黒乃の《時間凍結(クロックロック)》で時間を止められた加我がカプセルに運ばれていく。

 これで一真は五回戦、準々決勝に駒を進めた。

 順調に、あるいは順当に勝ち上がっていく彼に好敵手たちは警戒を募らせつつも武者震いを感じていた。

 

 「そうね、あのブチカマシはアタシの本気の一撃に並ぶ。面白いじゃない、それを小細工抜きで受け止めるなんて。どうやらお誂え向きの性格になったみたいだし、つくづく歯応えのある奴じゃないの」

 

 「スペックもそうだけど僕にはカズマの心境の変化がキツいよ。どうもカズマは刀華さんとの戦いを経て、死合いとしての戦いを楽しむようになったらしい。こうなると戦いに対する没入度が跳ね上がる。格下に胸を貸すような態度は望めそうにないし・・・・・・」

 

 「情けない期待をしてんじゃ・・・・・・いや結構強気な事言ってるわね・・・・・・」

 

 傲慢な、しかし期待通りの勝ち方。

 彼らしいと笑う事も出来ただろうし、観客たちも流石は彼だと笑っている。

 しかし泡沫と刀華は笑えなかった。

 笑おうとした。勘違いだと思いたかった。

 けれどそれが出来るほど、彼と共に暮らし生きてきた十数年という年月は浅いものではなくて。

 

 「・・・・・・刀華。アイツ何があった?」

 

 言葉による明確な回答はない。

 何かを答えようとした彼女はそのまま唇を噛み、席を立って走り出した。

 

 

 (こいつは変だね)

 

 一真の戦いを見た西京寧音が怪訝に目を細める。

 最初の好戦的な挑発には笑った。本当の戦いの味を初めて知った者の可愛らしい粋がりだと、()()()()味を知った男の青臭いがっつき方だと。

 ───しかしあれは違う。

 『嫌な事や忘れたい事がある時は好きな曲を即興で踊る』。昔からの彼の癖だが、一風変わっているように見えて実は『楽しい事をして嫌な事を上書きしたい』という単純な行動原理だ。

 

 つまり一真は忘れようとしている。

 死合いの愉悦という『楽しいこと』によって、降りかかってきた何かしらの『嫌なこと』を。

 彼にとって大きな責任のかかったこの大会で。

 

 「昨日の今日で何があった。カズ坊」

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