壊尽のプリンシパル ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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第9話

     ◆

 

 「ブファ─────ッッ!!」

 

 「「「 ゆ、ユリちゃぁぁあん!?!? 」」」

 

 始業式で顔を見せた担任がいきなり吐血するというビッグイベントに、さしもの黒鉄珠雫も口元を引き攣らせた。

 さてこれは自分の能力の出番だろうかとも考えたが、どうやらあれで日常茶飯事らしい……それでなお心臓が動いているというのだから、人間の身に起こる奇跡は伐刀者(ブレイザー)だけではないようだ。

 そんな非常事態(エマージェンシー)に対して真っ先に動いたのは、まるで天上の蜜のように甘いマスクの男子生徒───最愛の兄、黒鉄一輝であった。

 さすが私の兄、他者の危機に動く速さと優しさが有象無象どもとは格が違う。

 と思っていたのだが、兄と同時に動き、共に保健室へと先生を連れていった者がいた。

 恐ろしく背の高い男子生徒である。

 なるほど()()()()()()()()()()()()()()……それは良いとして今、自分には問題がある。

 

 祝すべき兄との再会をいかに印象づけるかだ。

 

 言葉では足りない。足りなすぎる。

 最低限でもキスは不可欠だろうが、この空白の4年間を(いと)おしさで埋めるのだ。もはやセックスですら挨拶の範疇と言える。

 そう、まずは2人きりになるところから───

 そんな事を考えている内に兄ともう1人の男子生徒が帰って来た。

 新聞部を作ろうとしているらしい胸に駄肉をつけたタイプの雌に兄が絡まれているのを見て殺意が沸くが、不退の勇猛を眉目秀麗の容姿に内包する兄のことだ。虫がつくのは最早しょうがない。

 すると今度はどこからか沸いてきた小物どもが兄に絡みだした。

 兄と共に先生を連れていった生徒を見てみるも、どうやら兄を助ける気はないらしい。

 まぁ結果として助けは必要なかったが、あそこで動かないなら所詮はくだらない人間の1人。

 やはり兄の味方は私だけなのだ。

 小物どもを歯牙にもかけずあしらい更に気高さを増した兄に、称賛の拍手を贈りながら近寄る。

 少し予想外のコンタクトになったが、第一印象としては上出来だろう。

 

 「雑魚を寄せ付けない圧倒的な強さ。流石ですわ────お兄様」

 

 

 

 困ったことになった。

 溢れる想いをマウストゥマウスで口移しできたのは良い。

 だというのに、テレビで見たことのある駄肉満載の雌豚が屁理屈を捏ねて兄との逢瀬を邪魔してくるのだ。

 こちらは()()()()()説明してやっているのにあちらに理解する気がないのだからどうしようもない。しかも『俺と同じ場所で寝ろ』と命令されたとか───

 深刻だ。

 やはり4年間の空白は痛すぎた。

 最愛の兄はこの毒婦に騙されてしまったのだ。

 

 「なんでそんな嘘をつくんですかお兄様。お兄様がそんなことをするなんてあり得ません。だってお兄様は珠雫を悲しませるようなことしないものお兄様は珠雫を傷つけるようなこと言わないものそんなのお兄様じゃないもの」

 

 「あの、珠雫、さん?」

 

 「わかりましたその女に弱味を握られて無理矢理付き合わされているんですねええそうに決まっています私に心配させないためにその事実を伏せているんですよね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「いやそれはちょっと話を」

 

 「そうですお兄様は悪くないんですこの頭の弱そうな淫乱が悪いんですどうしてもこういう輩が寄って来てしまうから私がお兄様を自由にして差し上げるんです悪いのは全部この女悪いのは全部この女悪いのは全部この女飛沫(しぶ)け《(よい)時雨(しぐれ)》」

 

 『おい抜いたぞあの子!? 止めろよ誰か!』

 

 『ランクBの《深海の魔女(ローレライ)》だぞ!? 誰が止めれるってんだよ!』

 

 『てかすっげえ顔。朝の番組で見たわ。ノ◯イちゃんみたくなってる』

 

 『はーいみんな廊下に出てー。ここにいたらたぶん死ぬよー』

 

 他愛ない口喧嘩は終わりだ。

 女子生徒の案内で迅速に避難が進む教室で、燃えるような炎髪の豚も霊装(デバイス)を抜いた。

 なるほど持ち主に似合いの品のない大剣だ。

 ランクは向こうが上だが相手の能力は『炎』、こちらの能力は炎の天敵である『水』。

 問題ない。

 ()れる。

 

 「「殺すッッ!!!!」」

 

 

 

 炎纏う剛力と水流の牙が正面から激突する。

 次の一瞬にはこの1年1組の教室は木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。

 しかし、幸いにしてそこまでの惨劇には至らなかった。

 止めること叶わぬと全員が尻尾を巻いて逃げたこの激突を流石に見過ごせぬと行動に移った男がいて、そして彼にはそれに横槍を入れ抑え込むだけの力があったからだ。

 

 「《プリンケプス》ッッ!!!」

 

 霊装(デバイス)の名と共に2人の間に割り込むように振り下ろされた脚。

 漆黒の鎧を纏ったそれは最も危険な破壊力を有するステラの《妃竜の罪剣(レーヴァテイン)》を床に縫い止めると同時、拡がるはずだった爆炎と水流、撒き散らされるはずだった衝撃を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……なんだ。イッキ絡みの女はハナシ聞かねえのがデフォなのか?」

 

 「「…………ッッ!?」」

 

 うんざり顔で息を吐く一真にステラと珠雫は絶句した。

 自分達の、AランクとBランクの殺意の乗った攻撃を一撃で鎮圧されたのだ。ステラはもう身に染みて思い知っているだろうが、珠雫にしてみても仰天どころではないだろう。兄を助けようとしなかった男がここまでの力を持っていたとは……突然割って入ってきた高木のような彼の身体が、珠雫には巨大な壁のようにも見えていた。

 

 「……何のつもりよ」

 

 「こっちのセリフなんだよなァ。授業始まる前から教室吹っ飛ばされてたまるかよ。何で痴話喧嘩の割りを俺たちが食わなきゃならねえんだ」

 

 「そこの女に同意する訳ではありませんが、引っ込んでいてください。これは私たちの問題です」

 

 ───正しさや間違いでは止まらない。これは私の絶対に曲げられないものを貫くための行動なのだ。

 私の言葉を聞いた大男はしかしピクリとも動かず、顔もこちらに向けないままぽつりと呟いた。

 

 「……何ともエキセントリックになってんなァ」

 

 その言葉に兄を誑かしたヴァーミリオン皇国の皇女はハッと何かに気付いたような顔をして私と大男の顔を交互に見る。

 一体何に思い当たったというのか? 少なくとも自分はこの大男と過去に関わった(ためし)がない。

 

 「あー、積もる話はあるだろうし、まして誰を好いてるかなんてとやかく言う気はねえけどよ。もうちょい分別は付けろよ。少なくとも教室は得物を抜く場所じゃねえ」

 

 「……、」

 

 「つーかよぉ」

 

 頭を掻きながらやはりこちらに顔を向けないまま放たれたぞんざいな口調。返答する間もなくそのまま言葉を続けてきたあたり、大男は対話を求めているのではなく、ただ一方的に苛立ちをぶつけたいだけのように思えた。

 

 「公衆の面前であんな真似しでかして、その後に他ならねえ兄貴が周りからどんな目で見られるかとか考えねえか? お前、自分の兄貴がこの学園にどんな目に遭わされたか知らねえ訳じゃねえだろ。唯一の身内がこれ以上肩身を狭くしてやるんじゃねえよ」

 

 「ッ」

 

 ───兄の事情を知っているのか?

 そんな疑問も浮かんだが、ともあれ私は正論を前に言葉に詰まってしまった。

 私とてそこまで頭のネジが緩いわけではない。

 だが緩めてでも踏み込まねばならないのだ。

 兄にとっての私のポジションを妹から女にするには、再会したばかりで距離感がぼやけている今しかないのだ。

 それに、それでなくとも私にだって確固たる意思がある。

 

 「……問題ありません。誰にも理解されず、生まれ育った家を捨てるしかなかったお兄様を理解してあげられるのは、どのみち私だけですので。貴方(あなた)のいう周りなんて、どうせ自分のことしか考えていないに決まっていますから」

 

 「…………、」

 

 だけど自分だけは裏切らない。

 兄を想う気持ちは永遠だと今ここで誓える。

 だからこそ強く苛立った。

 ここまでの力を持ちながら所詮兄を助けようとしなかった人間のくせに、知ったような口をきくこの大男に。

 

 「なので貴方にどうこう言われる筋合いなどありません。孤独の痛みと苦しみを知りもしないくせに口を挟まないでください。

 ………()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 何かが軋む音が聞こえた気がした。

 大男が纏っていた苛立ちと何か形容しがたい感情に揺れる空気が一気に凪いでいくのを感じる。

 幼いころからの家庭環境のお陰で、私は人の悪意には敏感な方だ。

 だから理解(わか)る。

 自分は今、特級の地雷を踏み抜いたのだと。

 

 

 「……どこの誰ですか、ね」

 

 

 低く、平坦な、冷たい声。

 極低温のフラットが私の脳をノックする。

 

 「他者を顧みることもなく、世界にあるのは自分だけ。唯一大切に想う人間に対しても独善的、踏みにじった人間に至っちゃ覚えてすらいねえとは。わかっちゃいたが良い御身分だ」

 

 「なにを、いって───」

 

 「知ったこっちゃねえってか? わかんねえなら結構だが、聞かれた事には答えとこう。思えばあん時も自己紹介なんざしてなかったし、この際だから名乗ろうか」

 

 大男はここで初めて私の顔を見た。

 憤怒か憎悪か、敵意か殺意か。様々な感情が噴き出した加法混色のような無表情は、私の記憶に過酷な答え合わせを強要する。

 ───ああ、そうだ。人は本気で怒った時、こんな顔をするのではなかったか。

 四肢の感覚が震えと共に失われていく中、私はふとそんな事を思い出していた。

 

 

 「()()()()()()()()()()何時(いつ)ぞやはお世話になりました。自分は王峰家の()長男、王峰一真です。……以後、お見知りおきを」

 

 

 足元が崩れていくようだった。

 それだけ言って王峰は立ち去り、自分の様子を心配した皇女と兄が声をかけてきたが、多分まともに返事は出来ていなかっただろう。

 その後、自分がどこでどうしていたのかの記憶は定かではない。

 気が付いたら自分は兄の手で自室まで送り届けられ、ベッドに座り込んで俯いた背中をルームメイトに擦られていた。

 ほとんど見ず知らずの人間に触れられているが、それを振り払う気力などない。事情は聞かないまま労るような優しい手つきを背に受けながら、私はただ自分の膝小僧に目を落としている。

 

 『過』ぎ『去』るとは名ばかりの罪の楔。

 言葉も行動も、清算するにはあまりにも遅すぎる時の流れの果てに。

 『過去』は、私の未来に先回ってきた。

 

 

     ◆

 

 

 灯りに照らされた夜の闇に男は踊っていた。

 観客はいない。端末から大音量で流れる曲に合わせ、彼はただ1人で音に乗る。

 だが曲目はバレエのそれではなく、ダンスの型もバレエと呼ぶには破天荒。好きな曲に合わせて自身のインスピレーションを自由に盛り込んだ即興の舞は、既存のどれにも当てはまらない彼だけの舞踏だ。

 そんな1人きりのダンスホールにローファーの靴音が近付いてくる。

 やがてリズムを吐き出す端末の側で立ち止まった彼女は停止ボタンを押し、何の躊躇いもなく曲を中断してしまった。

 いきなり空間が無音になり、男の動きも止まる。

 

 「カズくん。何してるの」

 

 「……刀華か。……別に、いつもの日課だよ。動作のメンテナンスだ」

 

 「いつものメンテナンスって、カズくんそれ、基準を作った方がわかりやすいからっていつも決まった曲でやってるよね。今みたいに好きな曲で即興で踊るのは嫌なことや忘れたいことがある時だよ」

 

 「………、」

 

 「()()()()()から聞いたよ。今朝のこと」

 

 もう見透かす以前の話だ。全て理解した上で、彼女は自分を心配してここまで探しに来た。

 嘘や誤魔化しなんて通じない。

 じっと自分の姿を写す栗色の瞳に、一真は全てを吐き出すしか(すべ)がないことを理解する。

 

 「……大丈夫だと、思ってたんだ」

 

 そうして、彼は沈んだ声でそう語りだした。

 

 「そりゃしんどい事も多かったし、許せねえとも思ってた。けどお前や皆との暮らしはそれでも楽しくて大切な時間だったし、イッキの奴も……いざ話したら、すげえ良い奴だったからさ。

 そんな奴らと逢えたから、俺の人生はこれで良かったんだって……アイツが来るって知った時も別に問題はないって、本気でそう思ったんだ」

 

 「───、……」

 

 「でも、蓋を開けたらこれだ。冷静でいられると本気で確信してこのザマだ。過ぎた事だと割り切れもしねえで、俺はこれから、どんな顔でイッキに向き合えばいい」

 

 それが彼の心に残った楔。

 1度口にすればもう止まらなかった。

 溜まった血を吐き出すように、一真は悔しさを眼前の彼女にぶつけていた。

 

 

 「なァ、刀華。俺は結局───あの日に囚われたままなのか?」

 

 

 「……そんなに自分ばかり責めちゃ駄目だよ」

 

 自分の器量は自分で思っていたよりもずっと小さくて。

 友に義理を通すことも出来ず。

 行動に移してしまった衝動で『これでいい』と肯定したはずのこれまですらも否定してしまったと思い込む彼を、刀華は同じくらい辛そうに見ていた。

 今にも泣き出しそうに顔を歪める大男が刀華には随分と小さな男の子に見えて、刀華は一真の大きな掌を自分の両手で包み込む。

 

 「カズくんは何も間違ってない。両親からも家からも引き剥がされて、そんな仕打ちを忘れられる訳ないよ。君の傷の深さは君だけのものなんだから。それを無理に割り切れって言う方が残酷だと私は思う」

 

 「……けど、これからはアイツも同じ学年で、しかも同じクラスなんだ。せめて普通に接するようにならねえと、イッキだけじゃなくて他の奴にもずっと迷惑をかけちまう」

 

 「そんなのゆっくりでいいんだよ。辛かったらいつでも吐き出してくれていいから。……それにきっともうすぐ、気持ちに区切りを付けるチャンスが来るから」

 

 「チャンス?」

 

 「《七星剣武祭》だよ」

 

 あ、と刀華の言いたいことを理解した一真が頓狂な声を挙げる。

 

 「妹さんもきっと予選にエントリーする。カズくんも出場すれば、予選でも本選でも、きっとどこかで当たると思うから」

 

 「……そこでブッ倒しちまえって?」

 

 うん、と真剣な顔で頷いた刀華に、一真は思わず笑みがこぼれた。

 彼女もやはり戦いに生きる人種。その母性には昔から世話と苦労をかけてきたが、やはり浮かんでくる解決策が腕っぷしなのだ。

 だけどそう言われてみれば、確かにこれでいい。友好なんて欠片もない歪んだ間柄だ。

 ここから重ねるにしても、マイナスから始めるより、1度叩き壊して更地(ノーサイド)にした方が簡単に決まっている。

 

 どんなに長く続いたケンカも、殴り合えば決着が付いてお終いだ。

 

 「くくッ、ははははは!……いいな、名案だ。乗ったぜ、それ」

 

 「うん、そうこなくっちゃ。だけど本選までいけるかはわからないよ? 私だってカズくんと本気で戦いたいんだから」

 

 「そりゃマジで油断できねえな。俺も追い込み掛けなきゃ駄目そうだ」

 

 「当然だよ。──さ、帰ろう。明日も早いよ」

 

 そう言って刀華は踵を返す。

 嘘のように重圧がとれた両肩を回しながら、一真は刀華の背中を見た。

 また助けられてしまった。

 小さい頃から今に至るまで、彼女の優しさ無くして今の自分は存在しなかっただろう。

 彼女と戦いたい。今なら心から強く思える。

 強ささえあれば、ではない。彼女が超えたいと願う自分であることを示し、彼女の優しさに全力で応えたいから。

 

 ──────ありがとな。

 

 呟いた感謝が彼女に届いたかはわからない。

 自分の前を歩いている刀華が、少しだけスキップをしたような気がした。




 いつの間にかしおり100突破してました。
 ありがとうございます。
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