神都の中心街から少し離れた場所に法国六色聖典に所属する構成員や予備隊員らの居住区はある。いついかなる時も招集に対応できるようにと国から与えられた住居であるが、その造りは至って平凡だった。上に立つものが私欲にまみれた人間ではならないという自浄があるからだ。
国のため人のために身を粉にして働く事こそが当然とされ、だからこそ彼らはいくら戦果をあげようと神に尽くそうとも国から与えられる生活は変わらないのである。
「あれが法国最強部隊の漆黒聖典ねー……」
そんな居住区の一角にて、シラタマは部屋の窓枠に腰掛けひとりごちる。謁見時は守護者を前にした時のモモンガの支配者ロールの真似をしてみたが、これはなかなか疲れたとシラタマはモモンガに賛辞を送った。よくもまああれを続けられるものだと。
「あーでもさ、なんだっけ? もっと強いのがいるんだよね? たしか……ビックリバンバン?」
「番外席次ですよ……」
留守中溜まりに溜まっていた書類を片付けながらニグンが答え、全然合っていないと肩を落とす。どうもこの至高なる御方は人の名前を覚えるのが苦手らしい……。
「あーそれだそれだ」
シラタマはからからと笑い、ふと何か思う事があったのか唇に指を当てがう。
「如何なされましたか?」
「……んーいやさ、どっちが強いと思う?」
「……は」
どっちが? それは誰と誰を比べての事なのか。そう聞き返そうとして、やめた。シラタマの指す人物はその番外席次しかいないと思ったからだ。
しかしニグンは番外席次を実際に見たことはなかったし、強さも噂や神官長らの会話でしか知らない。だが何故か、はっきりと言い切ることが出来た。
「シラタマ様ですよ」
「あ、やっぱり?」
「ええ、勿論、当然です」
「余裕で?」
「余裕ですね」
「くふうっ! 照れますなあー」
シラタマは満足そうににやけ、白翼はパタパタと動いている。当たり前の事実を述べただけだというのにどうやら嬉しいらしい。
「……ところで」
「うん?」
「シラタマ様は、どうしてここへ……?」
「うん? なんで?」
「ここはその、私の私室でして……シラタマ様を持て成せるような物は」
「あーあー大丈夫、むしろ持て成しとかいらないから」
「はあ」
謁見の後こちらへどうぞとシラタマが案内された来客用の邸宅とやらは――ナザリックに遠く及ばないが――確かに満足できる豪華絢爛な部屋であった。しかしどこか余所余所しい神官たちに居心地の悪さを感じ、部屋に通されて速攻あばよとっつぁんよろしくという感じに抜け出し――ニグンの住まいまで文字通り飛んで追いかけてきたのだ。
ちなみに久しぶりに帰宅したニグンが部屋の窓を開けた瞬間シラタマが飛び込んできた時は叫びながらひっくり返ったという。
「それにしても、あの神官長達がプレイヤーであるシラタマ様を諦めたのは予想外でしたね」
「あー、たぶんそれはあれだよ。私が強くなさそうだったからじゃない?」
「それは……出立する際にモモンガ様から貸して頂いた指輪の効果、ですか?」
ニグンの問いにまあねと返す。
シラタマが謁見の場で装着していた指輪は四つあり、そのうちの二つがあらゆる情報看破を全て阻害するという物、そして虚偽の情報を与えるという物であった。
『情報を制す者こそが世界を制す』かつての大先輩ギルドメンバーの言葉を思い出す。
しかし、だ。彼らは、国を挙げて信仰してまで求め続けていたプレイヤーを異形種であるという理由で本当にみすみす手放すつもりなのだろうか?
シラタマ自身も現時点では法国を守るつもりはないと伝えてあるし、交流の為に国を見て回るという点も了承されている。だが彼らが何かしら仕掛けてくるなら――
(そのあたりは先にモモンガさんや守護者たちと相談しといた方がいいだろうな)
どうやら思っていたよりもこの国は小難しいらしい、と。
「……ああ、そういえばニグンちゃんには聞いてなかったけどさー、実際のところどうなの? 異形種」
聞くとニグンは困ったように顔を顰めた。
「……法国の構成員としてならその話をすることは難しいですが、そうですね」
一呼吸置き、少し戸惑いつつも口を開く。
「そもそも、元から私はスルシャーナ信徒です」
うん? とシラタマは小首を傾げる。
たしかその名前は、最初にモモンガの素顔を見せた時にニグンが叫んでいた名前だ。容姿が瓜二つだと――
「ん、あれ? じゃあニグンちゃん法国的にはアウトじゃないの?」
「いえそれは……どうでしょうね」
闇の神スルシャーナは最後に残った六大神であり、最高神ともされている。だがそれでも統計としてはその他の五大神を信仰する者の方が圧倒的に多いのだ。その理由は単純明快で、現在の法国が一丸となって掲げる人間至上主義に反しているから。さらに元々スルシャーナは恐怖・死・病気といった厄災をもたらす物を支配しており、本来は悪神・邪神に分類されていた。故に、法国の人間がスルシャーナを信仰する理由は「崇める事で邪悪な力を自らに振り下ろすのを避けて欲しい」というものだ。その根本にあるのは恐怖心。それが真の崇拝と言えるのかは実に疑問である。
つまり結局のところ――同じ神であっても異形よりは人間の神を選ぶということなのだろう。しかしそれは人間の国家なのだから当然の選択であり、そもそも法国以外王国や帝国では四大信仰が主である。スルシャーナの名前すら他国には伝わっていないのだ。
人間至上主義のスレイン法国。だがその国内で信仰される神の一人は異形種――それは誰が見ても明確すぎる矛盾であった。
「私以外のスルシャーナ信徒はどうなのかは知りませんが……私は元よりスルシャーナ様に心から信仰を捧げていた身。それに、真に人類を守る為ならば……いつかは異種族と手を結ぶ選択も必要だと思っております」
「……それ隊長が言ったらだめなやつじゃない?」
「だめなやつでしょうね」
ニグンが苦笑する。
しかしこの考えは最近大きくなったものだ。間違いなくナザリックとの接触が原因だろう。信じていた世界が、その価値観が大きく揺さぶられてしまったのだから。
そういえば謁見の場にいた漆黒聖典の第五席次も同じ神を信仰していたはずだ。今度こっそりとそのあたりの話をしてみるのもいいかもしれないなとニグンは――個人的に少々苦手意識はあるが――あの〈一人師団〉を思い浮かべた。
そしてそれらは元から無宗教であるシラタマにとっては考えられない世界でもあった。宗教って大変なんだなくらいの感想に留まる。
「ま、いいけどさ」
ふあ、と欠伸が出る。一応モモンガから飲食・睡眠不要のリング・オブ・サステナンスを渡されているし、種族的にも睡眠が絶対必要というわけではない。だがシラタマは元々お昼寝好きというのもあり気持ち的にしんどい事をした後は眠くなるのだ。
「ねえニグンちゃん、ちょっと疲れたからひと眠りしたいんだけどさ。ニグンちゃんの寝室どこ?」
「ああそれなら隣の部屋です。って! お、お待ちくださ」
「んじゃおやすみー」
――遅かった。ひらひらと背を向けて手を振り、寝室のドアが閉まる。ニグンは口を開けたまま立ち尽くす。
「本当に……自由な御方だ」
考えがまるで読めない。
そしてふと、シラタマは勝手に来客室を抜け出してきたと言っていた事を思い出した。
「ああまずい」
もしかしたら今頃向こうではシラタマがいなくなったと大騒ぎになっているかもしれない。神官達までここへやってきたらどう説明すればいいのだと、ニグンは胃のあたりがキリキリと痛むのを感じていた。
++++++
寝室の扉を閉めベッドに腰を下ろす。
「……
シラタマに呼ばれ、その足元からにゅるりと姿を現した悪魔数十体が跪く。自分で出した分にモモンガからつけられた分、デミウルゴスからつけられた分、ナザリックにいた分にと、とにかくどれだけ過保護なんだよというくらいの数が寝室内でひしめき合って整列しており、その光景にシラタマは少したじろぎつつも小さく咳払いする。
「ん……えーと、とりあえず下準備はしておいたから。まずねこさんチームは《転移門》で送るからナザリックに戻って現状までの情報をアルベドとデミウルゴスに報告して。んで、うさぎさんチームは街の偵察ね。きつねさんチームは神殿でひよこさんチームはこのまま待機しながらいぬさんチームをサポートして」
「はっ!」
一斉に行動を開始する影の悪魔達にシラタマは満足気に頷く。
あの謁見の間――まさかこんなにも早々に見つかるとは思わなかった。
かつてユグドラシルのサービス終了が決まって間もなく、ひとりのプレイヤーが引退するからと言ってあるワールドアイテムを重要NPCに叩き込む動画が一時期話題となっていた。大炎上という意味で、だ。「死ね」「糞野郎」という暴言で埋め尽くされた動画で見たワールドアイテム――――〈
その動画は勿論シラタマも観ていたし、モモンガも「あれは酷い」と苦笑していた。
だからこそ、気づいたのだ。
あの漆黒聖典隊長の手にしていた武器が――それであると。
使い切りのはずのアイテムがなんでこんなとこにとも思ったが、そのあたりも含めて後々モモンガや守護者らに考えて貰えばいいだろう。
「とりあえずは一個目、か。モモンガさん喜ぶかなあ」
なんだかんだで仕事してたシラタマ様。
誰かニグンさんに胃薬をあげて…