ニグンさんがお気に入りなんです。   作:ぷにぷに肉球ランド

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12 閑話 サキュバスとサキュバスに追われる恐怖はガチ

 帝国と法国へ出立する前の晩、モモンガは軽やかな足取りで第九階層を歩いていた。その手には小さな箱が握られており、蓋を開ければ銀色の指輪がきらりと光る。

 

 シラタマに貸す為に選び抜いた様々な効果を持つ指輪を渡した際そのお礼にとシラタマから渡されたものだ。それは――『人化の指輪』。

 異形の身でも指輪を装備している間だけ人間になる事ができるというユグドラシルでは異形種が入ることの出来ない人間種の街に入るくらいでしか使い道がなかっただけのアイテムであり、特別な効果もなかった為にモモンガは持っていなかった物だ。

 が、ここにきてこんなにも心が躍るアイテムであったとはとモモンガはいつのまにか軽快なスキップをしながら自室へと入る。先程から何度も何度も精神が沈静化されているが、これもこの指輪があればおさらばである。人間の身体になればアンデッド特性もとい失われ諦めていた生活を取り戻せるからだ。

 

(これさえあれば食事も睡眠もできるなんて、こんなことになるなら俺も一個くらい持っておくんだったよ……シラタマさんやまいこさんありがとう!)

 

 モモンガはさっそくとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外し、ドキドキと高鳴る鼓動を――現時点ではまだ心臓はないが――感じながら人化の指輪を装着した。

 瞬間、モモンガの身体は淡い光に包まれる。恐る恐る目を開きまずは自らの両手を見つめれば、そこにあるのは間違いなく人間の、受肉した肉体であった。ばっと振り返り部屋の姿見鏡を確認すれば、そこには鈴木悟の姿があった。

「やっ、やったあああ!!」

 モモンガは感動に飛び跳ねそのままベッドへとダイブする。ごろりごろりと転がりひと息吐き、今度は勢いよく起き上がる。

「そうだ、せっかくだし食堂へ行こう! ナザリックの食事ってずっと食べてみたかったんだよなあ!」

 そうと決まれば善は急げだとモモンガは部屋を飛び出していった。本来ならメイドかセバスにでも頼み食事を運んで貰えば良かったのだが、人化できた事で今まで散々抑え込まれていたテンションが爆上がりし、気が回らなかったのである。

 

「楽しみだなあ! ああ楽しみだ!」

 

 だからモモンガは気づいていない。

 受肉したということは――使わないまま無くなったはずのものも復活しているということを。そしてそれが何を意味するのかを。

 

 

 

 ――数分後。

 

 

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛ッ!!!!」

 

 モモンガは第九階層の廊下を絶叫しながら爆速していた。

「やめてええええええ!! こないでええええええ!!!!」

 必死の哀願虚しく、背後から迫る者の勢いは止まらない。ちらりと振り返るとそこには金の双眼を血走らせた大口の化け物――アルベドが捕食せんとばかりに追いかけてきていた。その顔があまりにも恐ろしく、モモンガは「ひいいっ」と顔を前へ向ける。

「モモンガさまああっ! ハアッどうしてハアッお逃げになられるのでしゅかあああんあッあああモモンガしゃまあああああン! このアルベドと愛し合いましょおおおおぜひい! ぜひ今こそご寵愛をおおおおお!! モモンガしゃまああああン!!」

 だらしなく涎を垂らし高揚したまま全速力で追ってくるアルベド。その姿は誰がどう見ても完全に――ビッチである。

 

「誰だって逃げるだろおおおおお! 頼むからあ! 落ち着いてくれアルベドおおお!!!」

「いやですわモモンガしゃまあああ! ハアッ! さてはこれがラブラブなカップルがやるという愛の追いかけっこなのですねええええ!? このアルベド、モモンガ様を見事捕まえてみせますううう!! そのあとはあああ♡♡ もちろんンン! ベッドでご褒美を頂けるのですねえええええ!!?」

「ち、ちが――――う!!!!」

 

 絶対捕まるまいと必死に走り、角を曲がる。そこは至高の四十二人の居住が連なる区間であり、モモンガは目に付いた部屋へと飛び込んだ。

 自分の部屋までは間に合わないと判断したのだ。それと、実際には四十二以上もある部屋のうちのひとつに逃げ込めばアルベドを撒けるかもしれないとモモンガは賭けに出たのである。そしてその賭けは成功した。

 アルベドのドカドカという一際大きな足音が扉の外側を通過していき――やがて聞こえなくなる。

 

「ひ……ひいい……っ」

 助かったとモモンガは泣きそうになりながらもその場にへたり込んだ。

(怖かった! こんなに怖い経験ホラーゲームでもした事ないよ! なんなんだよアレ俺はただ食堂に行きたかっただけなのになんでアルベドが待ち構えてるんだよっ! 捕まったら絶対食われるやつじゃないかあんなの! 俺が食料になっちゃうよ! うっううう、童貞の俺にどうしろって)

「――ッ!?」

 ふと何者かの気配を感じ顔を跳ね上げる。

「だ、誰かいるのか!?」

 モモンガが逃げ込んだのは無人の空き部屋のはず。辺りを見回し、モモンガは「あ」と小さな声をあげた。そこには部屋の隅で震えている男がいたからだ。男もモモンガの姿に目を見開き、二人の目線がぶつかる。

 

 

「…………ここで何をしているんだ、ニグン」

「……も、モモンガ様……ですか」

「ん? ああ、この姿は人化の指輪の効果でな。シラタマさんに借りたのだが」

 瞬間ビクリとニグンの肩が跳ねた。

 モモンガは何か変な事を言ったかとニグンを見遣り――察する。

「…………まさかお前……隠れていたのか?」

「…………」

 その言葉にニグンがなんとも言えない表情をし黙って頷き、モモンガは「お前もかよ」とおもわず零す。

 ここにイカレたサキュバスに追われる男二人――どうしてこうなったと頭を抱えるのであった。

 

「とりあえずその、あれだ。状況を整理しようか……お前は今シラタマさんに追われていて、ここに逃げ込み隠れていた、という事でいいな?」

「は、はい。モモンガ様もその……」

「ああ……」

 力なく、それを肯定する。

「俺も今アルベドに追われていてな……」

「……さ、騒ぎは、その、聞こえておりました」

「あ、うん…」

「…………」

「…………サキュバスって、怖いな」

「ええ、とても」

 ははははと二人して乾いた笑いを交わし、その目は完全に死んでいる。

「――が、お互いいつまでもここに隠れていても埒が明くまい。なんとか状況を打開するぞ」

「打開ですか」

「ああ、必ず何か手はあるはずだ」

 モモンガが何か良い策はないかと考えを巡らせたその時だった。

 

「……ニグンちゃあああぁん」

 

 扉の向こうから、シラタマの声が聞こえてきた。

 二人揃って小動物のように飛び上がる。決して音をたてまいと両手で自らの口を塞ぎ、扉の方に全神経を集中させた。

 ヒタリ、ヒタリと足音が近づいてきている。

「ニグンちゃああん、私のニグンちゃんどこおおおおお? ねえ遊ぼおよおおお玩具はあああ、ちゃんと遊んでくれなきゃああダメなんだよおおお? ねえええ……」

 シラタマの声は次第に大きくなり――部屋の前で止まる。二人は目を見張り、必死に哀願した。

 どうか、どうか気づきませんようにと――!

 どうか通り過ぎてくださいと――!

 

「………………ニグンちゃあぁぁん……」

 

 願いが通じたのか、再びヒタリヒタリと足音が紡がれやがて遠のいて行く。いつのまにか止めていた息を二人して吐き出し

「こ、怖すぎるだろぉぉ……!」

 モモンガが半泣きで吐露しながらニグンを見ると、ニグンはガタガタと震えていた。この反応は当然だよなと肩をポンポンと叩いてやる。自分ですらここまでの恐怖を感じたのだ。ただの人間、しかもレベル差は天と地ほどであるニグンにとっては怖いとかもうそういう次元ですらないはず。

「アルベドもいつ戻ってくるかわからんな」

 モモンガは影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を召喚する。

「影の悪魔よ、この部屋の周囲から第九階層にアルベドとシラタマさんがいないか見てくるんだ。いいな、絶対にこちらが探っていることを悟られるなよ。――いけ!」

 影の悪魔は一斉に部屋の外へ出て行き、モモンガはどうかいないでくれよと願うばかりだ。

「ひとまず近くにアルベドとシラタマさんがいないとわかれば、この部屋から出て俺の部屋に向かう」

「モモンガ様の、ですか?」

 少し落ち着いたニグンの問いに頷く。

「……俺の部屋にさえ辿り着ければ、あとはなんとかなる」

 そう言いながら、テンションが上がってしまったが故に部屋に置き忘れてきてしまった物を思い出す。それを持つことでしか転移できない場所にいけるあの指輪さえあれば――と。

「……まあその、サキュバスに追われる者同士だ。お前も俺がなんとかしてやろう」

「――っ! あ、ありがとうございます……っ!」

 ニグンが深々と頭を下げた。

(いやほんとシラタマさん、あんた初日に何やらかしたんだよ……尋常じゃないくらい怯えてるよこの(ニグン)、絶対すごいトラウマ作らせてるよ……)

 はあと肩を落とすと、影の悪魔が一体戻ってきた。

 なかなか早いじゃないかと心の中で影の悪魔に賛辞を送る。

「どうだった?」

「はっ! 現在周辺にはシラタマ様、アルベド様の姿は見られませんでした」

「そうか! っうむ、いいぞ」

 おもわず満面の笑みを浮かべてしまい、慌ててモモンガは支配者たる面持ちに戻す。

(人化していると表情がすぐに出てしまうのは気をつけないとなあ)

 

「……いいか、ここを出たらすぐ右に向かって走るぞ。一気に俺の部屋まで行く」

「は、わかりました……!」

 二人は意を決し部屋から飛び出し全速力でモモンガの部屋へと向かう。いや、向かおうとした。

 だが部屋を飛び出してすぐに二人は目を見開き、止まる。

 目的の部屋の前で、アルベドとシラタマがニコニコ顔で待ち受けていたからだ。

「…………なっ」

 なんで? という言葉がモモンガから零れる。

 影の悪魔が言っていた事と違う――と。

(まさか影の悪魔が裏切ったのか!? いやそんなはずはない、召喚されたモンスターは主人の命令に忠実だ。俺と同等の地位を持つシラタマさんであっても命令を上書きなんてできない……はず……さすがにそんなスキルは……)

 

「……あ」

 ――違う。モモンガの目が、廊下の遥か向こう側でおろおろとしている影の悪魔達を捉えた。その悪魔達こそが、モモンガが召喚した方だと理解する。

 つまり先ほどやってきた影の悪魔は……

「まさかシラタマさんの!!」

 その言葉にシラタマがご名答とばかりに口角をつり上げコキュリと首肯し、さらにシラタマはモモンガが置き忘れていったモモンガのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをチラつかせ「ダメじゃないですかあモモンガさあん、大事なもの忘れていくなんて~」と微笑んだ。

 

 

(あ、詰んだ)

 

 道は――絶たれた。

 そして二人のサキュバスはゆっくりと、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。その足取りが次第に速くなり――

「走れ――――ッ!!」

 モモンガが叫ぶ。

 身を翻し、逆方向へと男二人全速力で駆け出した。だがナザリックのサキュバスは絶対に逃がさない。ナザリックのサキュバスは甘くない。っていうかもう本当に頭がおかしいのだ。

「モモンガさまああああああああっ!!」

「ニグンちゃああああああんっ!!!」

 サキュバス達が背後から追いかけ、その距離が絶望的なまでに縮まる。

 

(もう――だめだ!)

 

 モモンガの脳裏に今までの青春――否、桃色の童貞人生が走馬灯のように駆け巡り

 

「――――いや、まだだあ!!」

 最後の一手に、すべてを賭けた。

 隣りを走るニグンの後ろ襟をおもむろに掴む。

 そしてニグンが「えっ!?」と事態を察する間もなく……モモンガは「ごめん」と呟くとおもいっきり後ろに向けてニグンを投げた。

 

「なああああああ――――ッ!!?」

 

 うん。まあようするに、生贄である。

(ごめんニグン……ほんとごめん……)

 少しでも時間を稼いでくれとモモンガは祈る。すべては自分の貞操の為に!

 と思ったが、放物線を描くように放り投げられたニグンは見事シラタマにキャッチされた。稼いだ時間、0。

「だよなああああああ!!!!」

 少しでも期待した自分が馬鹿でしたとモモンガは一人走る。

 だがすぐ背後からはアルベドが両手を広げ走り込んできていて、こうなったら実力行使しかないと身構えたところで何かがモモンガの足を掴んだ。

「いいいっ!?」

 走っていた勢いもありモモンガはおもいっきり前のめりに転倒――ダメージはないが――何をされたのだと慌てて自らの両足首を見る。

 そこには、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が必死にモモンガにしがみ付いていた。

 そう、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が!

「裏切ったなああああああッ!!?」

「貴方が先に裏切ったんでしょう!? はははは! 私の天使でもちょっと足を引っ掛けるくらいならできるんですよおおお! はははははっ!」

 シラタマに連行されていきながらもうヤケクソだとばかりにニグンが笑う。

「お、おまえええええ!!!」

 モモンガは叫ぶが時すでに遅し。チェックメイトは完了していた。

 

「やっと捕まえました、モ・モ・ン・ガ様♡」

「ヒギイッ」

 

 アルベドに優しく肩を掴まれ、いや、拘束される。

「楽しい追いかけっこで汗を流した後はああ、ベッドで続きを致しましょう? くふうっ、モモンガ様はあハアハアッ何も心配なさらずともハアッ大丈夫です! 私がリード致しますからあ♡♡ くふ、くふふふふうっ!」

「や、やめないかアルベド。考え直して……だ、誰かあ……っ!」

「無駄ですモモンガ様、現在この第九階層にはシラタマ様からの指示で私達以外誰もおりません……私達の、初夜の為に……っ!」

「んな――――っ!?」

 すでに最初から手を組んでいたのかとモモンガは彼女らを侮っていた事を後悔する――時間をも与えられなかった。

「さあモモンガ様あ! 朝まで寝かせませんよおおお!? たっぷりとおおおおお楽しみましょおおおおお!!」

「い、いやああああああっ!」

 

 こうして念願の肉体を得たはずだったモモンガは、それと引き換えに大事なものを失うのであった――。

 

 

 一方その翌朝、スッキリ爽やか笑顔で互いの寝室から出てきたサキュバス二人は「うおっしゃあああッ!!」と熱きハイタッチを交わしていたという。

 




モモンガさん、散る――。

ちなみにモモンガさんは人間時のアバター設定を作っていないので外見が鈴木悟のままです。

次回から一方その頃帝国のモモンさん達は? のお話になります。
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