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陽光聖典の朝は早い。
法国でも影のように付いて回る噂でしか存在を確認出来ない特殊部隊である彼らは普段ほとんど部隊として人前に出る事はなく、出撃するのも法国民らが一日の活動を開始する前だ。
そろそろ朝日が顔を出すかという時刻、門の前ではすでに準備を終えた陽光聖典の隊員達が整列していた。人数は三十人、正直いって普段の任務時と比べかなり少なく戦力的にも相当厳しい人数である。が――
「というわけで今回のゴブリン殲滅任務に同行させて頂く事になりました。皆さんどうぞよろしくお願いします」
隊員達の前でニグンに紹介された男――漆黒聖典第五席次〈一人師団〉クアイエッセ・ハゼイア・クインティアという男が優しげに、その猫のような目を細めて笑う。
彼は陽光聖典の人員と戦力不足を受け、神官長らによって今回特別に派遣された助っ人だった。
「此度のお力添え感謝致します、クインティア様――」
「ルーイン隊長、クインティアで構いませんよ」
「…………」
ニグンは表情には出さないが、苦い顔をする。クアイエッセの事をニグンが「様」付けで呼んでいるのは個人の観点からという面が強く、彼自身が陽光聖典の上位バージョンであるとはいえ――立場としてはニグンの方が上だ。つまり平の隊員であるクアイエッセを上位者として呼ぶのは命令系統の一元化の観点からしても良くないだろう。
(とは言っても……困ったものだな)
考え、結局ニグンはいつも通りなあなあで流す事にした。そして小さく息を吐き出し――二人目を紹介する。そう、紹介しなければならないのだ。正直言ってすでに胃が痛い。〈一人師団〉と押し問答をしている方がまだマシだとすら思い……観念する。
「お前達の中にはすでに知っている者もいるだろうが――」
言われ、隊員達の目が二人目に――すでに最初から彼らの視線を集めていたが――向く。
そこに立つのは規格外どころか世界を滅ぼせるほどの戦力でありいつ爆発するかもわからない核爆弾、シラタマだ。サイズの大きすぎる陽光聖典の隊服である黒の衣服鎧――ニグンの予備の隊服を借りたものだ――をコートのように肩掛けしバサリと靡かせる。シラタマ曰くこのスタイルがめちゃかっちょいいらしい。
「おっほん!」
気分はまるで大隊長、いや大佐? そんな感じで得意げな笑みを浮かべたシラタマが隊員達の前に仁王立つ。
「陽光聖典の皆さんはじめまして。私の名はシラタマ・ホイップ・ナマクリーム。この度は楽しい楽しいゴブリン狩りに参加でき、恥ずかしながら子供のようにオラわくわくしております」
(いや別に遊びに行くわけじゃないですからね!?)とニグンは心の中でツッコミを入れる。だがシラタマの中では完全に遠足かキャンプにでも行くノリであった。
えへへ、と恥ずかしそうに笑うと「見ての通り異形の身ではありますが、皆さん仲良くえんそ、じゃないゴブリン退治をいたしましょう!」と言葉を締める。
(今絶対遠足って言ったよな……)
やはりというか、隊員達はあきらかに動揺している。彼らには道中さりげなく説明していこうとニグンは胃の辺りを押さえるのだった。
そしてそんなシラタマを隊員ともニグンとも違う目的で注視するのは、クアイエッセ。彼は表向きはゴブリン殲滅の助っ人であるが、内密にと神官長、そして漆黒聖典隊長から賜った任務があった。それは――プレイヤーであるシラタマの監視、及びその実力を見極める事。
(まったく隊長も無茶なことを言う。神たるプレイヤー様のお力を測ろうとは……)
クアイエッセは神殿を出る際にくれぐれもと言いに来た神官長と隊長を思い出し――そして国を出て行った妹の事もちらつき小さく肩を落とした。
「……神よ、我が神よ」
誰にも聞こえないような声で呟く。
偉大なる我が絶対神、自らの全てである死の王へ祈りを込めて。
++++++
スレイン法国から北東、エ・ランテルを越えた先に広がるのはトブの大森林だ。その森はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国領内を隔てる魔境とされ、多くのモンスターが闊歩し何時何処から襲われるか絶えず注意をしなくてはならない為に危険度もかなり高い。つまりそんな魔境へわざわざ足を踏み込む冒険者はいない。
だからこそ大森林の中には様々な薬草や希少かつ高価な薬草が自生しているにも関わらず、それを知るのはわざわざ足を踏み込んでくるような法国の人間だけだった。ちなみに現在はそのあたりの事情もニグンからモモンガに教えている為、アウラとマーレを中心としたナザリックの仲間達が日々森林内の探索と希少かつ高価な薬草の採取に励んでいる。まさに根こそぎ貰っとけの精神だ。
そんなトブの大森林の手前にある小高い丘の上にて、陽光聖典達は野営の準備を行っていた。
早朝に出立しここまでまる一日、ゴーレム馬でなく普通の馬での移動だったせいもあり休憩も挟みつつ――途中休憩場所とした川辺で巨大な鮫のようなモンスターと遭遇したがシラタマがこれを「昔のB級映画で観たやつだこれ!」と興奮しながら瞬殺――エ・ランテルの横を通過し、大森林付近へ到着したのはすでに空は暗くなった後だった。ゴブリン達の群れの殲滅を開始するのは明朝からだ。それまで偵察部隊が群れの最終確認、そして野営地を確保、警備する部隊と分けて行動している。
「んー……なにかないかなあー」
一方でシラタマは上空から彼らが作業するのを見下ろし、視線を大森林、そしてたしかそのそばにあった村の方角を観察していた。
アウラとマーレの話では、あの日モモンガが渡したゴブリン将軍の角笛を使って召喚されたゴブリン達がいるらしいが――その後どうなっているのだろう。
(あとでチラッと覗いてみるかな……)
「……ん?」
そんな事を考えていると、ふいに《伝言》が繋がった。
『――どうしましたモモンガさん?』
++++++
陽光聖典達は天幕を張り終え、焚火を囲むようにし食事をとっていた。ちなみに二班制で休憩と見張りにあたっており、それは助っ人であるクアイエッセも同様だった。ニグンは別に休んで頂いてもと言ったのだが本人が陽光聖典の隊員と同じ扱いをと強く希望した為である。
「ルーイン隊長、シラタマ様はどちらへ?」
現在同じ見張り番についているイアンがキョロキョロと辺りを伺いながら聞いてきた。
「ああ、シラタマ様なら天幕の中で休んでおられる」
――嘘だ。
シラタマは少し前に《転移門》で一時ナザリックに帰還している。しかも「ちょっといい事思いついちゃった」と言い残して、だ。
(いい事とはなんだ……何をやらかし、いやなさるおつもりなのだ……)
頼むから恐ろしい事にはならないでくれほんとお願いだからと、またキリキリと胃が痛み出す。はああ、とニグンは大きな溜め息を吐き出し――
「? なんだ、イアン」
「いえいえお気になさらず! それよりこの辺りは私がばっちりと見張っておりますので、ルーイン隊長も天幕でお休みになられたらどうですかな? がは、がはは!」
「……」
なんでこいつはこんなに楽しそうなんだとニグンは眉を顰める。
「……いや、それは遠慮しておこう。隊長として部下に示しがつかん。それに大森林の外とはいえ夜間は危険が多いからな」
そう言って巡回に戻るニグンの後ろ姿を、イアンは何故かあたたかい目で見送る。
(シラタマ様と離れられただけであの落ち込み……! やはりですな我らがルーイン隊長! ここは私にお任せください、このイアン・アルス・ハイムが! 陽光聖典第一班班長としてお二人の仲を取り持ちますぞ!)
このとんっっっでもない勘違いをしている陽光聖典一の熱血漢は、班長として新たなる使命に勝手に燃えるのであった――。
++++++
ナザリックに戻ってきたシラタマは真っ直ぐに第六階層へと向かっていた。空の上からトブの大森林を見渡している時、偶然にも森林内にいたモモンガから見られていたらしく「コラー! そんなとこにいたら恰好の的でしょうがー! 降りてきなさーい!」と《伝言》で叱られたのだ。
「おまたせですモモンガさーんさっきはどうもでしたー」
先に戻って第六階層で待っていたモモンガ――元の骸骨姿に戻っている――にぺこりと頭を下げる。その隣にはアウラとマーレ、モモンガにべったりとくっつくようにアルベドがいた。
ちなみにこの場にいない守護者、コキュートスは現在トブの大森林で見つけたリザードマン集落の偵察、デミウルゴスは消費素材であるスクロール作成の為にローブル聖王国周辺を探索中だ。そしてシャルティアは帝国にてアルシェと共に留守番をしているらしいが、モモンガ曰く最初はどうなるかと思ったけど案外仲良くしている――しかも意外にもシャルティアの方からよく絡みにいっている――らしい。
「もう……ほんと気をつけて下さいよ? いつ敵に遭遇するかわからないんですからね!?」
「えへへ、すみません」
「えへへじゃないですよーもーっ」
ほんとに大丈夫かなあ、とモモンガは今からでも守護者かプレアデスの誰かをシラタマに付けるべきかと考え
(いやでもシラタマさんって自由そのものだし真面目な守護者達が混乱するんじゃ……最悪守護者達が勝手に自分が不甲斐ないせいで~死んで償いを~とか言い出したら……っ! ……うん、よし決めた。今度ニグンにマジでお前がちゃんとシラタマさんを見とけよって言っとこう)
などとこの場にいないニグンにとっては迷惑極まりない結論を出す。ようは丸投げ&押し付けである。
そしてシラタマはあれ以来すっかり仲良くなったサキュバス仲間のアルベドとただいまおかえりのピシガシグッグッをしていた。
「あ、そういやモモンガさんワーカーになったんですよね。ニグンちゃんから聞いたけどワーカーって儲かるらしいじゃん!」
「えっ!? え、ええ……まあ……」
唐突に話を振られ、モモンガはびくりと肩を跳ね――沈静化される。
そして「そうなんですけど……」とモモンガがどこか口籠り大きな溜め息を吐き出した。その様子に全員が目を丸くする。
「モモンガさん何かあったんですか?」
「はっ! もしやシャルティアがご迷惑を!?」
「ええ!? シャルティアのやつぅ! モモンガ様にご迷惑をかけるだなんて!」
「あの、その……っ」
口々に心配を寄せてくるシラタマと守護者達にモモンガは慌ててそれを否定する。
「いえそうじゃな、ゴホン。いや、違うんだ。……実はな」
モモンガは肩を落とすと、悩みのワケを教えてくれた。
ワーカーとなり闘技場で軽いアピールをした翌日、つまり今日の朝に事件は起こった。いや事件と呼ぶべきかはわからないが、とにかく起こったのだ。モモンとシャルはチームメイトであるアルシェと待ち合わせをしている『歌う林檎亭』へ行くと――〈漆黒〉が、もうほんとめちゃくちゃありえないくらいに有名になっていたらしい。
すでに歌う林檎亭の一番綺麗なテーブル席に通されていたアルシェは多くのワーカー達に取り囲まれながら一身に賛辞を浴び涙目で震えていて――おもわず見なかった事にとモモンは顔を逸らしたほどだ。まあ速攻で見つかり同じ目に合ったのだが。
「だってさ、あんなザコモンスターばっか倒したくらいであんな人気になるなんて誰も思わないじゃないか……」
モモンガがほとほと困ったという風に頭を垂れる。しかし、だ。今回のモモンガのミスは100%モモンガが悪いかと問われればそうではない。
モモンガも馬鹿ではないのだ。この世界の人間達のレベルがはるかに低いのはちゃんと理解していたし、装備も魔法も高位のものは一切使用していなかった。ただ――この世界の一般レベルを完全に見誤ったのだ。
言い訳するならモモンガがこの世界に転移した後に出会った人間達が悪かった。王国戦士長のガゼフ、陽光聖典隊長のニグン、そしてシラタマによってナザリックに送られてきたクレマンティーヌという戦士、帝国で最初に出会った才能ある少女アルシェ……
モモンガなりにこの世界の住人である彼らの実力をよーく推考した結果――「なるほど! この世界の冒険者や戦士達のレベルは30くらいが普通なんだな!」と考えてしまったのである。
この時点でお察しだろう。
あのギガントバジリスクの件だってそうだ。
ニグンがギガントバジリスクと一対一で戦えるという情報がすでにあったせいで、「こっちは三人なわけだし二体くらい楽勝に倒してもおかしくないよね!」と判断したのだ。
その結果が――これだ。
気づけば一晩で「突如として帝国に推参した約束された大英雄」であった。
(てっきりガゼフもニグンもあのクレマンティーヌって人間も平均だとばかり……強かったんだな……あいつら)
モモンガはようやく自分達の常識が世間とかけ離れすぎていた事に気付いた、が、もう遅い。
大勢のワーカー達が群がってくるのをなんとかお引き取り願い、今日はちょっと大人しくしてようと本日の〈漆黒〉は帝国周辺で薬草採取の仕事だけをこなし――午後からはフリーにしたのである。
「はえーなんか大変なことになりましたねモモンガさん」
「本当ですよどうしてこんなことに……」
「でもそんなところがさすがモモンガさんですよね!」
「ぇっ」
あははとシラタマはお気楽に笑う。シラタマとしては「昔からどこか抜けてるとこあったし天然ぽいところがモモンガさんらしいや!」的な意味の発言だったのだが
「ええ、ええ! さすがはモモンガ様です! たった一日で帝国の人間どもの心を掌握されるなんて!」
「モモンガ様なら当然ですよね! さすがですモモンガ様!」
「あのっえとっ、さすがです!」
守護者三人が目を輝かせる。彼女たちの中ではモモンガが「別にそんなつもりなかったんだけど~ちょっと力見せたらみんなひれ伏しちゃったんだよね~! 俺また何かやっちゃいました?」的な意味で捉えられてしまったらしい。
「いやいやいやいや! ちょっと待ってそんなつもりは……」
慌てて弁明しようとするが守護者達のキラキラな瞳攻撃にモモンガは沈静化され――心から力を落とすのであった。
「あ、そうだモモンガさん」
そういえば、とシラタマがポンと手を叩く。
「さっきから気になってたんですけど、後ろのソレ……なんですか?」
「え?」
モモンガは振り返り、「あっ!」と声を上げる。どうやら忘れていたようだ。ずっと後ろで「黙って大人しくしてろ」と控えさせていたソレに口を開く許可を出し――そいつはぱあっと明るい表情をシラタマに向けてきた。
「はじめましてでござる! 某はハムスケ! 殿にお仕えする事になった森の賢王でござる!」
「……ええ」
これにはシラタマも困惑する。
「何これめちゃデカジャンガリアンじゃないですか。ハムスター……ですよね? これ。しかもござるって、殿って……今時サムライキャラとかどれだけキャラ詰め込んだんですかモモンガさん」
「いやこれ俺が設定したとかじゃないですからね!? 最初からこれだったんですよ……」
実は、とモモンガが続ける。〈漆黒〉を午後から自由行動とした後モモンガだけナザリックに戻ってきたのだが、その時にアウラが森に住む亜人やモンスターから仕入れた情報「トブの大森林に生息する三魔獣」というのを聞いたのだ。
そして「せっかくだし行ってみよう。気分転換もしたいし!」と森林内を捜索――その結果見つけたハムスターがコレであった。出会い頭襲ってきたらしいがモモンガの絶望のオーラIであっさりと撃退。
「それでここまで連れてきちゃったわけですかーはえーモモンガさんハムスター好きでしたっけ?」とシラタマは首を傾げるがどうやら家来にしてくれと必死にお願いされ断れなかったらしい。
「でもこんなハムスターでも話を聞いてみるとこの周辺ではそれなりに有名だったらしくて、こんなのですけど。使役して漆黒の荷物持ちにでもしようかなあ、と……こんなんですけど」
「あーなるほどなるほど。でも三魔獣ってことは他にも二匹いるんですよね? そっちはもう見つけたんですか?」
シラタマの問いにモモンガが首肯する。
「見つけたというか、その、もう殺してしまったんですけど」
「えっもう!?」
「いやなんか……ほんと、全然話とか通じなくて、片方のトロールなんて態度悪いし臭いし汚いしやばいくらい馬鹿でしたよ……」
自分の事を具だ、具だ! と叫んでいたアホヅラトロールを思い出しやれやれとモモンガは頭を振る――いやなんの具なんだよこの世界のトロールは食材なのか? え、自ら食材アピールを? ナニソレコワッ! と心底ドン引きしながら始末したのだ。
「おっと、とりあえずそのあたりに関してもですが、例の件について今晩会議をしようと思ってまして。アルベド、デミウルゴスとセバスには連絡してあるか?」
「はいモモンガ様、二人ともあと一時間ほどで戻るかと」
「うむ」
モモンガが鷹揚に頷き、シラタマもその件についてそうだそうだと手を挙げる。
「あっはいはい! 実は私もモモンガさんにですね、ちょっとした提案があったんですよー。例のカルネ村なんですが……」
グ「俺は具だぞ!(ドヤ顔)」
ももんがさま「ええ…(困惑)」
ももんがさま「じゃよろしく(丸投げ)」
ニグン「」