明朝、陽光聖典達は野営地を片付け作戦決行に向け隊列を組んでいた。隊長であるニグンが前に立ち、その背後には第一班の班長イアン、〈一人師団〉クアイエッセが並ぶ。
「――各員傾聴」
静かに落ち着いた声が全員の耳に滑り込む。
「これよりゴブリン達の殲滅に入る。各員配置につき、備えよ」
それだけ伝えれば、果てない訓練を受けてきた彼らは一糸乱れずに行動を開始するだろう。
以上だという風にニグンは目を伏せその場から足を動かそうとし――ふと違和感に気づいた。
隊員達がまったく動こうとせず、真っ直ぐニグンを注視したままなのだ。彼らの瞳にはどこか戸惑いのようなものも感じられ、一体どうしたのだとニグンはおもわず目を丸くさせる。
「……なんだ? 何かあったのか?」
もしや何か見落としがあったのか? と問いかけると、隊員達は互いに目配せしながら喉に何か引っかかっているような顔を作る。だから一体なんなのだと眉を顰めるが、彼らの代わりにと背後からイアンが耳打ちしてきた。
「……ルーイン隊長、その、信仰の儀がまだです」
「――あ」
その言葉にニグンがはっとする。
そうだ。陽光聖典はその信仰心の篤さから任務前は必ず神に祈りを捧げるのだ。
「そう……だった、な」
――失態だ。陽光聖典として最も恥ずべきであり、何故忘れていたのかとニグンは自分自身に困惑する。
「では――、」
そして「いつもは何て言っていたかな」と一瞬でも頭の片隅で考えてしまったことも必死で踏み潰した。
「汝らの「あのさあのさあ!」
そこで突然シラタマがニグンの前に回り込むようにひょいと顔を出し、言葉が止まる。
「な、なんでしょうかシラタマ様?」
「へへへ、いやーなんか作戦前にこんな感じでみんなで頑張るぞーってやつ、私もやってみたいなって……だめ?」
だめ? なんて聞いてこっちが駄目と答えてもやるんだろうなあとニグンは内心溜息を吐き――しかし僅かながら安堵する。
「……いいですよ、どうぞ」
「えっほんと!? わーい!」
そう言ってニグンに代わってシラタマが前に出る。一方で隊員達は揃っておい嘘だろ!? という風に動揺していたが――関係ねえとばかりにシラタマはコホンとひとつ咳払いすると
「それじゃあ陽光聖典のみんなー! 日頃の訓練の成果を十二分に発揮して~正々堂々とぉ~スポーツマンシップにのっとり~! 一生懸命がんばりましょ~~!」
そう言って右手をグーにしてえいえいおーと突き上げた。
「……………………」
「…………あれ?」
隊員達は――揃って呆然としていた。
シラタマはむうと口を窄める。
「何してるのー? コレみんなでやらないと締まらないんだからね? 選手宣誓の締めはこれなんだから! はいせーのっ! えい、えい、おー!」
もう一度右拳を突き挙げる。
隊員達は戸惑いながらも「えい、えい、おー……?」としどろもどろに真似をしたが、いやそもそも「えいえいおー」とは何なんだと、もしかしたら何かの呪文なのだろうかと。全員動揺を隠せていない。
「だめだめもう一回! えい! えい! おー! はいっ!」
だがさらにシラタマが元気いっぱいに拳を突き上げると、もうやけくそだと隊員達も観念し声を張り上げた。
「「「えい、えい、おー!!!!」」」
「うんっいい感じ! えいえいおー!」
「「「えい、えい、おー!!!!」」」
「えいえいおー!」
「「「えい、えい、おー!!!!!」」」
こうしてここに、陽光聖典の新たなる掛け声〈えいえいおーの儀〉は生まれたのであった。
++++++
トブの大森林に入ってからそれほど距離を進まぬうちにむき出しとなった大地が露出している箇所がある。それは大地に走った亀裂と大穴。その周囲には木々も生えておらず、まるでそこだけが森という空間から切り取られたかのように異色だった。そしてその大穴こそが、今回殲滅するゴブリン達の〈王国〉である。
「まさかこれほどとはな……」
その大穴を離れた所から身を低くし窺っていたニグンが顔を顰める。偵察隊から報告は受けていたが、そこにあるのは最早群れという括りをはるかに逸脱していた。大穴を出入りしているゴブリン達の数が多過ぎるのだ。まるで――
「蟻の巣に棒を突き立てた時どわあって出てくる蟻みたいだよねー」
すぐ頭上から声がした。ニグンの背中におぶさるようにして同じくゴブリン達を眺めていたシラタマが「ひえーまじ無理ぃ」と続ける。
「……シラタマ様、今はまだゴブリンらに気付かれないよう」
「わかってるわかってるぅ」
ぺちぺちと頭を叩かれる。本当に大丈夫なのだろうかこの御方はと小さく息を吐き、視線を戻す。
(――それにしても一班からの報告通りならここのゴブリンが爆発的に増えたのはつい最近……つまり元からここにいたゴブリンに力を与えた者がいるな。そうなると……)
特殊部隊として培った様々な経験と知識からその原因を探る。
(……渡りゴブリン、か?)
可能性は十分にある。そして、もしそうであればここのゴブリン達の危険度を更にぐんと上げる必要があった。
渡りゴブリンは様々な部族を回りながら生き抜く為の技術や武器、魔法、戦闘技術などを手に入れていく。そうなれば奴らはもう武装した兵士となんら変わりはないだろう。最終報告によればこの王国に住むゴブリンの数はおおよそ五千。つまり敵は五千の兵士である。
(これ以上増える前に叩けるのがせめてもの幸運か、それとも)
「それにしてもさ」
シラタマがふいに口を開く。
「ここって帝国の領内なんだよね? なんで帝国の人らは対処しないの?」
「そうですね……そもそも帝国はゴブリン達がここで王国を築きつつある状況すら、まだ気が付いていないかと」
「えっなんで? そこまで森の奥でもないよねここ、めちゃくちゃわかるじゃん」
「森は人の世界ではありませんからね。人間の住んでいない場所をわざわざ調査する事は普通はありませんから」
そう考えればやはり法国が異質なのだろうかとも思えるのだが――
「や、ダメでしょそれ。だってモモ……」
近くに隊員がいない事を確認し、一応小声に切り替える。
「――モモンガさんが前に言ってたけどさ、未知の領域だからこそそこに害をなす者がいる可能性、敵が潜む可能性を調べるべきなんじゃないの?」
「ええまさに、その通りですね。さすがはモモンガ様、至高なる御方であらせられる」
あの晩は物凄く情けなく見えた御方であったが、きっと気のせい。うん、気のせいだろう。プレイヤー様はやはり思慮深いのだと頷く。シラタマもプレイヤーなのだが――チョットヨクワカラナイナと目を背ける事にした。
「ルーイン隊長、準備が整いました」
背後の茂みからイアンが顔を出す。
現在陽光聖典隊員達は「えいえいおーの儀」の後散開し、ゴブリンの王国の出入り口を包囲するような形で陣形を整えていた。そしてそれらが完了し――つまり作戦決行の時間となったわけだ。
「それにしてもたかがゴブリン相手にそこまで徹底するものなの?」とシラタマは尋ねるが、違うのだとニグンは静かに首を振る。
「ゴブリンは確かに弱く最下級とも呼ばれる種族ですが、それと同時に奴らはとても賢い連中ですよ」
「ふーん」
そういうものなのかなあとシラタマはふいに顳顬に指を当て――頷いた。
ニグンはその場から移動し今回の主戦力であるクアイエッセの元へと向かう。すでに
「お待たせ致しました。それではいきましょうか」
悠然として構え、その瞬間周囲の隊員達が息を飲んだのが分かった。彼らは皆知っているからだ。クアイエッセという男がすでに人間を超えた、英雄級の男であると。そして彼が〈一人師団〉と呼ばれる理由を。
「出ろ! ギガントバジリスク!」
クアイエッセの背後に巨大な黒穴が浮かび、そこからギガントバジリスクが飛び出す。場から驚愕と恐れが混ざった声が上がった。クアイエッセの職業はビーストテイマーであり、最低でもモンスターを十体まで召喚できるらしい。まさに〈一人師団〉というわけだが――
(ギガントバジリスク……久しぶりに見たな。もう少し大きかった気もするが……ああ違うな。御方々の使役される魔獣が大きすぎるんだ……アレに比べれば……ははは)
ナザリック闘技場での地獄のパワーレベリングを思い出し――もう思い出したくない。とにかくあれらに比べれば今さらギガントバジリスクなんて可愛いものだなとニグンはひとり哀愁漂う笑みを浮かべ
(――と、いかんいかん)
集中せねばと気を引き締めた。
「ではクインティア様――」
「クインティアです」
「…………」
「ク・イ・ン・ティ・ア!」
「………クインティア、殿」
精一杯の譲渡を見せるとクアイエッセは――何か言いたそうにはしていたが――ようやく妥協してくれたようだった。
「ではクインティア殿、ギガントバジリスクの他に周囲の警戒に優れたモンスターは召喚できますか?」
「そうですね。ならばクリムゾンオウルを」
クアイエッセが真紅のフクロウを召喚し、ギガントバジリスク、そして天使達と並ぶ。
「では各員構え――」ちらりとシラタマの方へ視線を向け「……シラタマ様もよろしいでしょうか?」
「ん? ――うん。こっちの準備もオッケーだよ」
そう言ってVサインを作った。が、(こっちの準備……?)その言葉にどこか嫌な予感を感じながらもニグンはええいままよと作戦の開始を告げる。
「ではギガントバジリスクは前に、後方を天使たち。天使たちはギガントバジリスクが入り込めないような場所に逃げ込んだゴブリン達を掃討せよ!」
隊員達とクアイエッセが一斉に返事をし、シラタマも「それじゃあ楽しい楽しいゴブリン狩りのはじまりじゃ――っ!」とまるで遊園地にやってきた子供のようなテンションで喜色に満ちた声をあげた。
++++++
トブの大森林の南側に沿うような形で、カルネ村という小さな村がある。帝国領とも近いが王国領内とされており、そこはかつて法国兵士による虐殺から逃れた、そして偉大なる大魔法詠唱者モモンガによって救われた村であった。
そしてそんなカルネ村は現在、ただならぬ緊迫感に包まれていた。
「それは本当なの? エンリ」
前髪の長い少年、ンフィーレア・バレアレが心配そうに村娘のエンリに問いかける。彼はエ・ランテルからたまたま薬草採取の為にここまで来ていた薬師であり、ちなみにエンリに片思い中だ。
「うん、森に探索に出てたゴブリンさん達から知らせがきたの、大勢のモンスターの気配が、こっちに向かってきてるって……」
「……ゴブリン達が?」
ンフィーレアは少しだけ口元を歪める。こう言ってはなんだが、ンフィーレアは現状まだカルネ村の変化に理解が追いついていなかった。
久方ぶりにカルネ村を訪れた際以前はなかった村を囲う柵や櫓、そこを警備するゴブリン達、そのゴブリン達を召喚するアイテムを与えてくれた謎の魔法詠唱者モモンガ……さまざまな情報にパニックになりがらも――大魔法詠唱者モモンガ様の話をする時のエンリのまるで恋する乙女のような表情に良くない感情が顔を出しかけたが――それらを頭の中の引き出しにとにかく押し込める。
そして何よりも自分の知らないうちにカルネ村が謎の騎士達に襲われていたという事実がンフィーレアの心を強く締め付けた。自分がエンリを助けてあげられなかった事に憤りすら感じていた。
「……エンリ」
目の前で惚れた相手が、どうしようとぎゅっと唇を噛み締め震えている。
(今度こそ僕が――!)
「エンリ、あのさっ」
「どうするも何も、俺らが村を守るに決まってるでしょ!」
「え?」
振り返る。そこにはンフィーレアをエ・ランテルから護衛してきた冒険者チーム〈漆黒の剣〉のメンバー達がいた。
へへんと得意げにウインクするのはレンジャーであるルクルット。その隣ではリーダーである剣士ペテルが決意に満ちた目で頷く。
「本来なら私達の任務はンフィーレアさんの護衛……ですが危険に晒されている村を放っておくなんてできませんよ」
「そうである! これも何かの縁、力を尽くすのである」
「可愛いエンリちゃんは俺が守るぜ!」
「私達では頼りないかも知れませんが、お助けしますよ!」
「みなさん……!」
エンリが目を潤ませながら頭を下げる。
向かってくるモンスターがどれほどなのかはまだわからないが、ゆっくりはしていられない。モモンガから与えられたアイテムにより召喚したゴブリン達、そして漆黒の剣、ンフィーレア、村の自警団で迎え撃つ手筈となった。
エンリは村人達を避難させ、自分も妹のネムと共に村長の家にて手を合わせる。神様、どうかこのカルネ村をお救いください――と。そして偉大なる大魔法詠唱者モモンガの姿を思い出し、そのお力と勇気を私達にお貸しくださいと祈るのであった。
web版ニグンさん好きです。ゴブスレ話お気に入りです。オバマスでも救国の英雄みたいになってますし、我らがルーイン隊長。さすがです
ちなみにwebでは冬前でしたが時期が早まったのでゴブリン達の繁殖数は半減です。
そして漆黒の剣のみなさんもこっそり生存ルートへ行けそうですね。