そのゴブリンの群れはかつてはどこにでもあるわずか数十匹の群れであった。しかし数ヶ月前、仲間に入れてくれとやってきた渡りゴブリンと渡りホブゴブリンらによりその群れは瞬く間に成長し繁殖していく。
別の地よりやって来た彼ら曰く――自分達には元々住んでいた集落があったが、突然そこに現れた白い翼を生やした者らによって壊滅してしまい自分達だけがなんとか生き延びたらしい。その話に群れのゴブリン達は恐々としたが、ホブゴブリンは安心してくれと続ける。その白い翼の連中はあとからやってきた冒険者らしき人間の女の集団によって敗れたらしい。だからこそ自分達は逃げる事ができたのだと。ゴブリン達はほっと胸を撫で下ろす。
「ニンゲン……人間め! 我ラ個々では敵わズとも多くと手を組み、軍ヲ成し、必ず報復してヤるぞ……」
そう語るホブゴブリンの瞳にはドス黒い復讐の炎が揺れていた。かつての彼らはただ平和に暮らしていただけなのだ。そう、平和に暮らし、平和に近くを通る旅人や村々を襲い、女を犯し子供を喰らい、平和に暮らしていただけだったというのに――!
ホブゴブリンの話に、ゴブリン達は素直に頷く。そして次に、彼らと組めばこの群れはうんと力を付けられると確信した。
「いずれはここにいる全員が人間の肉にありつけるぞ。あれは一度食えばやみつきだ」
ゴブリン達は笑う。
この世界の亜人や異形にとって人間は食料や慰み袋――しかし人間とて非力な馬鹿ばかりではない。時として奴らは武装し、魔法も使う。よってそれらを嗜好できるのは力のあるモンスターか力を得た群れだけだ。
人間を襲わない群れ、などというものが存在するのならそれは人間に飼われた家畜のような群れだろう。野生の群れで人間を襲わないのならばそれは人間を襲える力のない群れ、が正解なのだ。
ゴブリンの王国はまだまだ大きくなる。いずれは万を超えるだろう。そうなれば――盛大に近隣の村か小国でも襲ってみようか。
ゴブリン達は笑う。
そんな彼らの王国は、この日もいつもと変わらぬ朝を迎えるはずであった。
開幕の一撃はギガントバジリスクからだった。
何が起こったのかまるでわからないまま慌てふためくゴブリン達を逃すまいと天使達が追い立て、掃討していく。
たまらず大穴から飛び出してきたゴブリン達には《
「隠し穴があるかもしれん、決して逃がすな!」
ニグンは《
トブの大森林の地下深くには巨大な空洞が多数存在する。ゴブリン達の住む大穴もそれらのうちのひとつであり、洞窟内はどこに繋がっているかわからない。だからこそ周囲の警戒はクアイエッセのクリムゾンオウルが行なっているが――さらにその上を人間サイズの影が飛翔していった。
その影の主は笑いながら、大穴内部から繋がる別穴より這い出てきたゴブリン達を見つけてはそこへ突っ込んでいく。
「はあーい残念でしたアアッ!」
シラタマは空間からククリマチェットを取り出し逃げ惑うゴブリンの首を容赦なく刎ねる。慈悲はない。さらに別穴から飛び出してきたゴブリン達も逃がすわけなく、旋回し突撃。ぎょっと目を見開いたゴブリンが数体迎え撃ってやるとばかりに武器を構えたが、そんなもの全くもって意味はない。すべては無駄なのだ。
「無駄アッ!」
刎ねる。刎ねる。たまに無意味に蹴り飛ばしまた刎ねる。
「無駄無駄無駄無駄ッ!」
ゴブリン達の総数は五千、これなら百匹くらいまでは遊んでもいいだろう。背後からホブゴブリンが襲いかかってきたが難なく屠る。
「あーっはっはっはっはっはあーあーっ!」
わーいたーのしー! とばかりにゴブリンを追い回し始末していく。
「殲滅殲滅ゥ! っと」
ある程度スッキリしたところで、シラタマはそろそろかなとアウラに《伝言》を繋げた。
そしてまた穴から這い出てくるゴブリン達を見つけ――目の前に降りたつ。
「やあやあおめでとう、君たちには特別任務を与えてあげるよ――《
++++++
遠くから聞こえてくる群勢の足音、三度の警鐘、少し間隔をおいてまた三度。かつて村を襲われた時と同じ空気が現在カルネ村を支配していた。だが――前とは違うのはそこにいるのはただ一方的に虐殺されるだけの村人達ではないという事。
エンリはネムをぎゅっと抱きしめると、村長宅の窓から外の様子を伺う。窓からはちょうど村の正面が見え、そこに並ぶ背中はゴブリン達、漆黒の剣、少し下がってンフィーレアだ。ちなみに謎の騎士らに襲われた後に結成した村の自警団はエンリらの隠れている村長宅の周囲や櫓で陣形を構えている。
「……きますぜ」
ゴブリンの一人、ジュゲムがそう呟いたのと同時に木々の間からゴブリン達が姿を見せた。
ゴブリンの守る村をゴブリンが襲うのかとンフィーレアや漆黒の剣達は思ったが――すぐに敵のゴブリン達の数が多過ぎる事に気付き全員が戦闘態勢へと入る。数匹、数十匹、ゴブリン達はまるで一心不乱にこちらに向かって突進してきていた。
「止まれ!」
ジュゲムが叫ぶ。だがゴブリン達の勢いは止まらない。加えてその手に持っているのはどう見ても武器だ。この時点でそこらのゴブリンよりもタチが悪い。
「ちっ、止まらねえならこっちもそれなりの対応させてもらう!」
ばっと右手を上げると、見張り台にいたゴブリンアーチャー達が一斉に射撃を開始する。それを抜けてきたゴブリンをジュゲムとペテルらが迎え撃ち、
「まだまだくるぞ!」
「射て! 射て!」
どこから溢れかえってきたんだとばかりにゴブリンの群勢が押し寄せてくる。数十、いや、数百――まるでゴブリンの大雪崩だ。
「ぐあっ!」
十体のゴブリンに押し負けたところを棍棒で殴られ、ペテルの身体が大きく揺らぐ。すぐにルクルットがカバーするが彼もまた多くのゴブリンに取り囲まれた。
「《
ニニャが二人を助ける。
「くそ…っ!」
彼ら漆黒の剣は決して弱いチームではない。冒険者ランクは銀級、森に生息する
だが――ゴブリンの強みはその数の多さである。
小さな種火も集まれば巨大な炎へと変貌するように、圧倒的な数量、加えてこのゴブリン達は全員が武器を所持しているのだ。
かつてそんなゴブリンという種族を侮った小国がまんまと飲み込まれた事件もあった。だからこそゴブリンはその種族自体は最弱であれど、とんでもなく厄介で悪質なのだ。
「武技〈要塞〉っ!」
「こっちだくらえっ!」
それでも村を守る為に彼らは凌ぐが、ゴブリン達の数は一向に減っていかない。
「《
ダインがペテルとルクルットの傷を治す。
「ああくそ、こいつら一体――」
どんだけいるんだよとルクルットが吐き捨てかけたその時だった。
ゴブリン大雪崩のさらに背後からのそりとオーガ七匹が姿を現わす。さらにその後ろからおまけですとでも言うようにジャイアントスネーク数匹、
全員の顔が一瞬で凍りつく。
「――ッ! あんたらは一度さがって体勢を立て直せ! それまで俺らが引き受ける! お前らあっ!」
ジュゲムの声にカルネ村のゴブリン達が一斉に前に出る。しかし、だ。彼らの平均レベルは10程度であり、人数も十九匹。それこそ敵側と対して変わりはしない、どころか魔獣の方が強いだろう。しかし――それでも彼らは前に出た。
エンリによって召喚された彼らの存在理由はひとつ、エンリを守る事。そのエンリの住む村を守る事。己の命など惜しくはない。
「みなさん!」
「わかってます!」
漆黒の剣とンフィーレアは目配せし言われた通りに後ろへ下がる。だが、現実というのはどこまでも非情らしい。
突然森の奥から咆哮が轟き、全員が顔を歪ませた。続く大きな足音と木々が倒される音――そこから出てきたのは巨大なトロールだった。しかもその手には巨大な大剣が握られている。
「……そんな」
ンフィーレアの前髪の奥が恐怖に染まる。
そして次に頭の中で出てきた文字は――死だ。圧倒的弱者である人間としての本能が全力で逃げろと警鐘を鳴らす。一般的な
(無理だ! 早く逃げるんだ!)
心の中で自分が叫ぶ。アレは普通のトロールではないと。そしてトロールによって捕食される自分の映像が脳裏をよぎる。自分、村人達、その後は誰よりも大切な――最悪の光景が浮かび
「――だめだ!!」
叫んだ。
「あいつを村に入れてはいけない! みなさん!」
その声に漆黒の剣も――その顔はすでにゾンビのように蒼褪めていたが――覚悟を決める。
ンフィーレア達の後方にいる自警団も、がくがくと震えながらも弓矢を構えた。
「舐めんじゃねえぞ!」
「気張れよお前らア!」
「キュウメイ! そっちの蛇は頼んだ!」
「ああ任せてくれ!」
魔獣の群れはジュゲム達が引き受けている。だがその隙間を抜けてきた敵ゴブリン、そして問題のトロールは漆黒の剣とンフィーレアが相手をするしかない。
「グオオオオオッ!!」
トロールが吠える。ビリビリと空気が痺れるような感覚になんとか耐え
「いくぞオオオオ!」
「うおおおおお!」
声を荒げ震える身体に檄を飛ばす。死んでも止めるしかない。そうして全員で迎え撃つ。
「
「
「
突然横槍が入るような形で魔法が放たれた。
その攻撃に敵ゴブリンや魔獣たち数匹が飲まれ、倒れる。そこへ追撃とばかりに天使が漆黒の剣達の前に背を向けて立ち、抜けてきたゴブリンを一掃した。
「な……っ」
漆黒の剣とンフィーレアは唖然という風に攻撃が飛んできた方に顔を向ける。
「君たち大丈夫ですか!?」
「どうしてオーガや魔獣がこんなに……くそ、あれはトロールじゃないか!」
「おい待て、なんだ? ゴブリンとゴブリンが戦っているのか!? どうなってる!?」
見たこともない黒服に頭巾を被った男が三人、彼らはゴブリン殲滅作戦中にワケあって包囲網からはぐれてしまった陽光聖典予備隊員達であった。その際にホブゴブリンやゴブリン達の群れがどこかへ移動しているのを見つけ後を追ってきていたのだが――
「それにしても自分達の集落を追われた直後にもう近隣の村を襲うとは……クソどもめ」
予備隊員の一人が悪意を込め呟く。心底奴らが憎いとばかりに。
「あ、あの、みなさんは一体!?」
ペテルが尋ねるが予備隊員は「話ならあとで、今はこいつらを殲滅するのが先です!」
そう言ってンフィーレアと漆黒の剣のそばまで駆け寄り、彼らもまた戦闘態勢をとった。
++++++
「ああくそ……っ!」
大森林の中を全力で駆けながらニグンは悪態を吐く。ゴブリン達の殲滅作戦は途中まで何ら問題なく進んでいた。〈一人師団〉の助力、シラタマの存在、それらはたしかに今の陽光聖典の大きな力となっていた。それでも――だ。結局のところ作戦の中心となるのは陽光聖典隊員達であり――だがその隊員数は普段よりうんと少なく、加えて今回初出撃となった予備隊員も多かった。そのせいだ。だからこそそこに落とし穴は生まれてしまった。
包囲網が崩れたと報告を受けた時、ニグンの第一声はまさか、であった。だがそのまさかの事態が起こったのだ。
召喚維持遠距離化の失念――。
召喚されたモンスターというのは術者からあまり距離を取ることができない。しかし魔法強化を行うことにより――多く魔力を消費することにはなるが――その距離を何倍にも伸ばすことができる。つまり召喚維持遠距離化は安全な場所に召喚者を置きながら戦える戦法であるのだが……今回はそれを予備隊員数人が怠ったのだ。
その結果包囲網に穴が開きそこへ大勢のゴブリン達が雪崩れ込んだ。
だがこの事態は「そんな初歩的なミスをする部下がいるはずない」と思い込んでいた自分の失態であり、その責任をとらなければならないのもまた隊長である自分だ。そう判断したニグンは一旦現場の指揮をイアンに任せ――クアイエッセもついているので戦力面は大丈夫だろうと判断する――包囲網に穴が開いた場所へとひとり走っていた。
通常の隊員ならば不測の事態にもなんとか対応できただろう。が、彼らはまだ経験の少ない予備隊員だ。
「うわあああっ!」
予備隊員のひとりがホブゴブリン達に襲われているのが見えた。天使はいない。術者との繋がりが切れたのか倒されたのか……それにしても、だ。ホブゴブリン数体程度しっかりと落ち着けば対処できるだろうに――
(予備隊員達の教育は今後の必須課題だな……)
眉を顰め、だが今はとニグンは走りながら《
「――無事か」
「た、隊長おっ! 申し訳ありません!」
予備隊員がなんとかと立ち上がると必死に頭を下げ、ニグンはそれを手振りでやめさせる。そして辺りを見渡し
「……他の者はどこだ」
「は、はい! ゴブリンらに陣形を崩され、後退を余儀なく」
「ああなるほどわかった、私が行こう。お前はすぐにここから移動し他の隊員と合流しろ」
「はっ!」
急いで走っていく予備隊員の背を見送り、ニグンは残りの予備隊員らの捜索へと戻る。
さて、今いる位置が最初の包囲陣形の崩れた箇所とすれば、この場から後退したとなると――
「――ん? この方角はたしか……あっ」
以前来た時とは違うルートで来ていたせいで気づくのが遅れたが――間違いない!
そしてふと、あの時すごーく嫌な予感を覚えたシラタマのVサインポーズがニグンの脳裏を過ぎり
「あああああっ!!??」
やられた! とニグンは叫ぶ。そして今、間違いなくあの場所で大問題が発生していると確信し、とにかく今は急ぐしかないのであった。
*今回のオリジナル魔法及び捏造部分*
《誘惑/テンプテーション》
敵のヘイト先や行動を誘導したりできる。
あくまで洗脳ではなく無意識下への干渉であり、《支配》とは違い操られた記憶は残らない。
一足早いカルネ村の戦い開幕です。
漆黒の剣と陽光聖典達が絡んでるのいいなあと思い、こうなりました。
そしていつのまにかゴブリンスレイヤー始まってました。
あ、ニグンさんがんば(白目)
きっとシラタマ様がどこかで応援してくれてるよ(適当)