ニグンさんがお気に入りなんです。   作:ぷにぷに肉球ランド

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21 神はおうちに帰りたいって泣いてます

「神よ!!!!」

「ヒンッ」

 男の突然の大声にモモンガはびくりと跳ね上がる。

「神よ!!!!」

 もう一度男が叫び、近づいてきた。モモンガはおもわず数歩後ずさる。

 だがモモンガを「神」と呼ぶ男の様子から、モモンガは目の前のヤバイ人が例の六大神がひとりスルシャーナの熱心な信徒なのだろうと察し――どうするべきかと思考を回転させる。

 

(俺スルシャーナって奴じゃないしなあ……でも否定したとして、現時点で法国に俺の存在が知られるのも困るし……うーん……)

 

 仕方ない、とモモンガは今は適当に話を合わせておいておさらばしようと決める。

 とりあえずは神らしく振舞っとくかと黒曜石の玉座を作り、支配者に相応しい態度を持って腰掛けた。その仕草に「おおおん!」と男がさらに涙を流す。

(いやどこにそんな感動する要素あったの!?)とモモンガは内心引きまくるが――支配者らしく堂々と構え

 

「――そうだ。私が神だ」

 

 すごく馬鹿みたいな返しをした。

 なんだよ私が神だって! どこの厨二だよ! とモモンガは沈静化される。

 しかし男はまるで《雷撃(ライトニング)》でも食らったのかというようにその身をビクンビクンと震わせ

「おあアアアっ! やはりそうでしたか!」

 その場で片膝をつき忠誠の礼を取った。

「ん、そ、そうだ……」

 モモンガは鷹揚に頷く。

「おお、神よ! 我が神よ! やはり大罪を犯せし者たちによって放逐されたなど偽りの伝承でしかなかったのですね!?」

「えっ?」

 男が何を言っているのかわからなかったが、とりあえず話を合わせる。

「そ、そうだ! お前の神たる私はここにいる!」

「うおおおおオオオオオオッ!!!」

 

 その言葉に男は絶頂し――……失禁した。

 そりゃあもう盛大に。股間から発動されるはほかほかびしょびしょの《大厄災(グランドカタストロフ)》――なんて言ったらウルベルトにマジで怒られそうだ。モモンガの眼窩の灯りがふっと消える。

 男はそのままでさらに歓喜の涙をその両目から溢れさせ、まさに上から下から、全身びしょびしょだった。

「おお、おおお、神よお」と消え入りそうな声でモモンガに深々と頭を下げる男に、モモンガは安易に話を合わせるんじゃなかったと激しく後悔する。というかかなりドン引きしていた。

 

(なんか、いかにも宗教に狂ったって感じだよなあ……)

 かつての世界、リアルにも宗教というものはあった。生まれた段階で二極化されたどうしようもなく不公平な世界、一部の富裕層の為だけに存在する世界。貧困層は日々命をすり減らし働き、塵のように扱われ死んでいく。そしてそのほとんどが歳を取るよりも前に病気か事故、または謎の死を遂げる。ストリートチルドレンや路上に転がったままの屍体を見ることも多く――しかしそんな世界でも、それでもいつか神が救ってくれるのだと必死に祈りを捧げている者達はたしかにいた。

 

(神に祈ったところで結局何も変わらないのにな……)

 もし神様がいるのなら自分の母親は……とモモンガは小さく頭を垂れ――

「お前の名を聞こう」ため息混じりに男に問う。

 

「はは! 我が神よ! 私はクアイエッセ・ハゼイア・クインティアと申します!」

「――ん?」

 その名前に、モモンガは小さく反応する。どこかで聞いた名前だと。

(あれ、もしかして……まあそっちは後でいいか。えーと……たしか名字が後ろなんだよな)

「……クインティアよ」

「ははあ!!」

 びしょびしょのクアイエッセが大きく返事をする。

「ヒエッ、あー……オホン、まずは落ち着くがいい。その身なりも、だな、整えよ」

 とにかく絵面が酷すぎるからタオルか何かで拭けとモモンガは目を――瞼も眼球もないが――伏せる。

 するとクアイエッセは「ははあ! 我が神よ! お言葉賜りました!」

 そう言って何をどう捉えたのか、一体なんのつもりなのか。彼は颯爽と服を脱ぎ捨てたのであった。

 

 

 

 

 そんなわけで――そこへ運が良いのか悪いのか、シラタマとニグンがやってきたのである。

 二人の目前には全裸で五体投地するクアイエッセと黒曜石の玉座に座るモモンガ。

 

「「いや何があった!!??」」

 

 と、おもわず声を揃えたもののモモンガとクアイエッセのあまりにも異様な雰囲気に二人はちょっと見なかった事にしようかと立ち去り――

『うおおい何逃げようとしてんだあああ!? お願い助けてええええ! この人ヤバイんですよおおおお!』

 モモンガからの唐突な《伝言》に「うひゃあ」とシラタマは飛び上がる。

『もうっ! なんなんですかモモンガさん! っていうかモモンガさんこそなんでこんなとこいるんですか!?』

『あなたが心配で見守ってたんですよ! まあそんな必要なかったですけど』

『えっそうなんですか? 照れるなあえへへへ』

『えへへへじゃねー! 褒めてねえええ! とにかくなんとかしてくださいよコレ!』

 

 コレと言われてもなあ……とシラタマはニグンに視線をやり、ちょいちょいとクアイエッセの方を指差し――ニグンはものすごく嫌な顔をした。「お前がなんとかしろよ」という命令を察したのだ。もちろん嫌ですなんて言えるわけがなく、変態狂信者クアイエッセのそばへと駆け寄る。

 

「あー……その、クインティア殿……」

 全裸で平伏するクアイエッセの肩をぽんと叩けば、クインティアは涙でべちゃべちゃの顔をギュルンッと向けた。

「「ヒェッ」」

 モモンガとシラタマが小さく悲鳴を上げ、ニグンは目を逸らしつつ以前からこの〈一人師団〉に対して苦手意識はあったがここまで酷いとはと心の中で項垂れた。

「あのですねクインティア殿、そのお姿は……些か目に余ると申しますか……その」

「これは我が神の御意志だ、ルーイン隊長」

「え゛っ!?」

 そうなの!? とニグンとシラタマがモモンガを見るが、モモンガは「違う違う!!」とばかりに必死に首を振る。

「我が神は申されました。私の身を整えよと……それは愚かなる穢れを一切取り払い無垢であれという神の御導き。生まれたままのひとりの人間としてこの身を神に献上せよと……」

『言ってねえええええええ!!!!』

 《伝言》でモモンガがツッコむ。

 まさにデミウルゴスもびっくりな拡大解釈であった。

「あー……クインティア殿」

「ルーイン隊長」

「えっ、あ、はい」

 ふとクアイエッセが真顔になり、おもわずニグンは身構える。

「貴方も我が神スルシャーナ様の信徒だったはずですよね? なのに……なのに貴方はッ! 神の御前でありながらその態度は何ですか!? 断固として許されないッ! 許されるはずがないッ! 今すぐ貴方も平伏しなさい! 我が神の前に今すぐにイイッ!!」

 突然豹変したかのように今度は叫び出すクアイエッセ。もはや情緒不安定すぎるだろコイツとモモンガとシラタマはドン引きにドン引きを重ねる。

「ええぇ……」

 そしてそんな事言われてもと、神の正体を知っているニグンはちらりとモモンガと視線を交わし――とりあえず片膝をつくことにした。

「ちょっ」

 それに焦ったのはモモンガだ。なんとかしてくれよとニグンに任せたのに全然なんとかできてないじゃないか!

 もういっそのことこの狂信者は殴って気絶させるか一旦殺しとくかとすら思えてくる。

 しかし真正面からクアイエッセを相手にしていたモモンガには、彼のその姿に一種の恐ろしさすらも感じていた。神の命令とあらば、おそらく目の前の男はその命を平然と投げ捨てることができるだろう。そんなおぞましい輝きを宿している。

 

(まるでナザリックの部下たちみたいだ……)

 

 はあ、と肩を落とすと、モモンガはクアイエッセに向けて手加減した《雷撃(ライトニング)》を唱え――

 クアイエッセは「ンヒイイイッ」と何故か嬉しそうにビクビクと身体を捩らせ――倒れた。漸く黙ってくれたよと全員が心からホッとする。

 

「あー……それでモモンガさん、こいつどーします?」

 黒焦げで気絶しているクアイエッセを枝でつんつんしながらシラタマが尋ねる。

「ふう、とりあえず一度ナザリックに持ち帰ろうかと思います」

「えっマジですか!? こんなのを!?」

「ええ、こんなのですけど」

 シラタマが驚くのも無理はないだろうとモモンガは頷く。誰だってこんな宗教狂いの変態男連れて帰りたくない。だが、そんな変態でも利用価値はあるとモモンガは考えたのだ。

 狂人だからこそ上手く操ることができるのではないか――と。

 リアルでも宗教団体の教祖様は信者から多額の金品どころかありとあらゆるものを根こそぎお布施させていたわけだし、しかもどの宗教団体も最上級アーコロジーに本拠を構えていた。まさに勝ち組を超えた勝ち組だ。

 そしてそれは、おそらくこちらの世界でも通用する手だろう。

 

 モモンガは《転移門》を開くとそこへクアイエッセをぽいっと放り込む。行き先はひとまずはいつものようこそナザリックコースだ。

 

「――ああそうだ。少し気になったのだがニグン、さっきのはもしかしてこの前シラタマさんが送ってきたクレマンティーヌの血縁者か何かか?」

「は、仰る通りです。名はクアイエッセ・ハゼイア・クインティア。スレイン法国六色聖典がひとつ漆黒聖典の第五席次でして、クレマンティーヌの兄です」

「あーやっぱりそうかー。名字が同じだし顔も似てたからそうじゃないかと思ったんだよ……」

(まさか兄妹揃ってナザリックに没シュートされるとは、いや、むしろさすが兄妹というべきか……ん?)

 ふとシラタマを見ると、シラタマはひとりキョトンと小首を傾げていた。その表情はこいつら何の話をしてるんだろうという風で――

「あの……シラタマ様、我々が法国へ向かう途中に遭遇したあの喧嘩を売ってきた人間(やつ)ですよ。ほら、シラタマ様が勝利なさったあとにナザリックに送られたでしょう? あの金髪女の、」

「あ、ああ――! いたねえそんなの!」

 ニグンに耳打ちされたシラタマがやっとこさクレマンティーヌという単語を理解したようでぱあっと笑顔になる。

「いや忘れてたんかい!!!!」

 あんたが送ってきたんでしょ!? とモモンガがツッこむ。

 シラタマは興味のあるものに対してはとことん追求し束縛し執着するが、反対に興味のないものに対しては本当に興味がないのである。それがシラタマという奴なのだ。

 

「でも少し話をしたらまた《転移門》でそっちに送り返しますよ。漆黒聖典のメンバーって事だし法国に返さないとまずいでしょう」

「了解でーす」

「は! 承知致しました!」

 それじゃあとモモンガはナザリックへと帰っていき、森林内は再び静寂を取り戻す。

(少し話を、か……)

 そう言ってはいたが絶対に話をするだけではないだろうとニグンは予感し、少しだけ同情する。どちら側にとは言えないが。今はただクアイエッセがちゃんと無事に――いや、マトモに返品されるのか、それだけが心配だ。

(……あー、元々マトモではなかったか)

 まさかあそこまで狂信していたとは。普段からは想像もつかなかったクアイエッセの姿に、もしかしたらあのクレマンティーヌもこれが嫌だったのでは? とニグンは考え――苦笑した。

 

「――とりあえず我々も隊員達の元へ戻りましょうか」

「ほいほーい」

 そして再び二人で陽光聖典達の待つ拠点へと歩きだし、そういえばクアイエッセがいなくなった件については隊員達になんと説明しようかとニグンは道中増えた問題の種に頭を悩ませるのであった。

 




ナザリックツアーにクインティアの追加入りまーす。この兄妹、どっちも頭おかしい。

そしてニグンさんお疲れ!
ほんと周りが変なのばっかりです。異形種動物園どころか変態動物園ですね! 彼に胃薬をプレゼントしたい。




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