基本的にゆる~い本編でいきますよー
「キャンプといえば焼きマシュマロだよね」
法国への帰り道、最前列の馬上にてシラタマがふいに呟いた。
「焼きマシュマロですか?」
そのすぐ後ろで鞍に跨るニグンが首を傾げる。
「うん、焼きマシュマロ。私も食べた事はないんだけどね。川辺とか草原とか山とかいい感じのところでテント張ってさ、ご飯食べてさ、色々お話してさ、で、夜はキャンプファイヤーして焼きマシュマロってのがキャンプの定番らしいんだよ」
「ふむ……そのキャンプというのは野営とはまた違うので?」
「違うんだなあこれが! まず楽しさとかこう、わいわい感から違うよ。レジャーだもん、レジャー!」
「れじゃあですか……」
ニグンはいまいちピンときてないらしい。もしかするとこの世界にキャンプという概念はないのかもしれないなとシラタマは思った。しかしまあそれはそうなのかも、と。この世界でキャンプできるような場所にはもれなく亜人や魔獣、モンスターがこんにちはするのだ。平和にレジャーなんてできるわけがない。
が! シラタマはキャンプがしたいのである!
「あっそうだ!」
閃いたぜ! とばかりに振り返り顔を見上げる。
「今晩みんなでやろうよ! キャンプ!」
「えっ!?」
キラッキラの瞳を向けられニグンはまた何かやらかすつもりなのかと顔をひき攣らせるが――ぐいっとスカーフの裾を引っ張られる。
「ねっねっキャンプやろ! ねっ!」
「…………はい」
こうして鶴の一声により陽光聖典達のキャンプイベントは決定したのである。
その後、隊員達に事情を説明すると彼らは戸惑いつつも「きゃんぷ」「れじゃあ」「やきましゅまろ」という謎の儀式に興味が湧いたのかありがたいことに了承してくれた。
「キャーンプキャンプ! たっのしいキャンプ!♪」
そうと決まればキャンプ地探しだ。
シラタマが楽しそうに白翼をぱたつかせる。
「シラタマ様、あまりはしゃぐと馬から落ちますよ」
「大丈夫大丈夫ゥ!」
「はあ……」
ニグンは小さく肩を竦め、手綱を持ち直す。一応念の為にと馬のスピードも緩めた。しかしまあ任務も無事に終えたわけだし、クアイエッセの件はいろんな意味ですこぶる心配ではあるが――ちなみに隊員達にはクアイエッセは急遽別の任務で一時的に離れていると説明した――ひと晩くらいはいいだろう。というかシラタマのわがまま
帰るのが予定より少しだけ遅れそうだがまあそのくらいは大丈夫だろうと判断し――結果このおかげで別イベントへのルート分岐が発生したことを、ここでは誰も気づきようがなかった。
++++++
そんなわけで――陽光聖典達は現在エ・ランテルを過ぎてしばらく馬を走らせたところにある川辺にて荷物を降ろし、キャンプの準備を始めていた。
そしてここでも行き道同様巨大な鮫のようなモンスターと遭遇――しかも今度は頭が二つあるタイプだった――隊員らは一時騒然となったが、シラタマが「続編でありがちなやつぅう!!」とまたもや瞬殺していた。
「ねーねー! これって食べれるのかなあ!?」
シラタマはふたつの鮫頭を持ち帰ろうとしていたが、「たぶんお腹壊しますよ」とニグンに言われ残念そうに跡形もなく消し飛ばす。
隊員達はその間テント代わりの天幕を張り、焚き火用の薪拾い、さらに川辺で釣りを行なっていた。その全員が隊服である黒の上着を脱ぎ頭巾もはずしている。これは今回のキャンプが任務とは一切無関係なのだときっぱり分けるためである。
そう指示された最初こそ隊員達は戸惑ってはいたが、作業を開始すれば自然と彼らの緊張も解けていった。今ではあらゆる場から隊員達の談笑や笑い声が聞こえてくる。
「みんな楽しそうですな!」
これでもかと薪を抱えたイアンが「がはは」と笑う。たしかに、とその光景にニグンは目を細めた。
「しかし、まさか見張り用にあれほどのモンスターを召喚されるとは思いませんでしたぞ。あれがなければもう少し気も休まったのですがな、がはは」
「ああ…」
こればかりはイアンでもさすがに困ったと眉を曇らせている。姿を隠しているのか今は目視はできないが、周囲の見張りはシラタマの召喚した悪魔達が行なっていた。
敵ではないとわかっていても気が気ではないのが本心だ。それは亜人や異形種殱滅を任とする陽光聖典でなくとも仕方ない反応だろう。
召喚した際にそれとなくニグンがどれほどの悪魔なのか聞いてみたら、シラタマは「たいしたことないよ。どれもレベル60くらいで、んーとほら、闘技場でニグンちゃんが殺されかけたドラゴンよりちょい上くらいだね!」と言われ、たいしたことありすぎるだろと苦笑いしたのだが――
しかし、だ。そのメリットだってもちろんあった。
いつもなら見張りと野営準備で分担させる作業を全員で余裕を持って行なえており、それが隊員同士のコミュニケーションにも繋がっている。
陽光聖典は六色聖典、法国構成員の中でも最も戦いの中に生き、その命を懸けている。
もちろん任務のない日もあったが――今の隊員達を見る限り今回のキャンプは正解だったのかもしれないとニグンは隊員達を見やる。
隊服を脱ぎ、任務を忘れ、ただ楽しむ。
それが例え信仰のためにと人生の全てを戦いに捧げる彼らとって一瞬の安らぎであったとしても、決して不要なものではないはずだ。
(たまにはこういうのもいいかもしれんな……)
そう思い、心のメモ帳の今後の方針欄を開くと「予備隊員の教育」のとなりに「定期的な隊員達の気分転換」を付け加えた。
そして川の方へ目を向ければ、そこではあの予備隊員三人とシラタマがきゃっきゃと釣りをしており――…
「え゛っ!?」
なんであなたがそこに混ざってるんですかと慌てて駆け寄る。
「あ、ニグンちゃん! 見てこれめっちゃ大量!」
指差す先、水面にはたくさんの川魚がぷかぷか浮かんでいた。
「ルーイン隊長すごいですよ! 魚がこんなにも!」
「シラタマ様が魔法を使ってくださったんです」
「……魔法?」
「うんちょっとね、こうびりびりーっと川の中に」
それは釣りじゃない! と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「……食べない分は逃がしてあげては」
「えーもったいないよせっかく釣ったのにー」
「そうですよ隊長ーシラタマ様がせっかくと釣ってくださったのに」
「釣ったというか魚からしたらテロに近かったですけどね」
「「「あっはっはっは!」」」
「…………」
能天気に笑うシラタマと予備隊員二人にニグンは無表情のまま、内心苦い顔をする。
隊員達も段々とシラタマへの警戒度が和らいできているし――もちろんまだまだ距離感はあるが。だが間違いなく、互いの距離が少しずつ縮まってきている。とくにカルネ村にて命を救われた予備隊員とはすっかり打ち解けてくれたようだ。
色々と言いたい事はあるがこれもまた前進なのかと肩を竦め
(――いや、違うな)
先程から一緒に作業を行ってはいるが、一人だけ剣呑な雰囲気を纏った男がいる。
彼もまたカルネ村にてシラタマに命を救われた者なのだが――それだけではまだ彼の心を動かすには至らなかったらしい。
だがニグンはそれもまた仕方がないのだと理解している。法国構成員であり、とくに陽光聖典の者は人一倍に亜人種に対する憎しみを持つ者が多いのだ。
(まだまだ時間はかかりそうだな……)
法国の意識改革が必要だというのは重々承知しているが――しかし、彼らにも譲れない思いや過去があるのも知っている。なかなか道は険しそうだとまるで先の見えない人類の未来に思いを馳せた。
そんなニグンは放っておいて、シラタマは釣り場をあとに今度は森林の方へテケテケテケと走っていく。
キャンプといえば丸太の椅子、というのを以前本か何かで見たことを思い出したからだ。
(丸太椅子もレジャーにはかかせないよね! そういえば昔なんかの漫画で吸血鬼には丸太が効くとか言ってたな……あれなんて漫画だったか…)
「これはこれはシラタマ様」
「うん?」
呼び止められ顔を向けるとそこにはイアンが満面の笑みを浮かべ立っており、シラタマは初対面の印象のせいでゲッと小さく眉を顰める。
(名前は、えーとなんだったけ……班長の)
だめだわかんねえやととりあえずそのあたりは誤魔化すことにした。
「何か用?」
「いえ、どちらに向かわれるのかと」
「丸太を探しに行こうかなって」
「でしたらこのイアン・アルス・ハイムがお供いたしますぞ」
「え…」
(別にいらないんだけど、っていうかイアンかこいつの名前。イアン、イアンね)
ちらりと川辺の方を向きニグンを呼ぼうかとも思ったが、まあいいかとシラタマは肩を竦める。
「じゃあついてきて」
「ははあ!」
こうしてイアンと丸太を運ぶ事になったのだが、このイアンがなかなか口数の多い男であった。
だが別にそれは構わなかった。なぜなら口を開けばルーイン隊長ルーイン隊長、とにかくルーイン隊長をべた褒めし、シラタマとしてもニグンちゃんのお話ならいいかと、むしろ今度虐めてやるように何か面白い弱み、じゃない。ネタはないかと聞いていた。
逆にイアンはとにかくルーイン隊長の良さを伝えようと必死だった。
(おお、なかなかの好感触ですぞ我らがルーイン隊長! シラタマ様の隊長への好感度がぐんぐん上がっておりますぞ! もうひと押しですな!?)
こんな感じで勝手に勘違いしたうえ勝手に決起した秘密の任務に、イアンは燃えていた。
「それにしても任務の最中に村を襲ったゴブリンどもを殲滅し部下を助けられるとは、さすがは我らがルーイン隊長とシラタマ様ですな! がはは!」
「まあねー、んしょ」
適当に相槌しつつ木を蹴り倒し、丸太にして運ぶ。
「いや本当に素晴らしいですぞ。今回の任務は無事に終えられてひと安心しております。邪魔も入らずに――」
「え? 無事に終わらなかった事あるの?」
シラタマの問いに、イアンははいと頷いた。しかもなんだか悔しげな表情で、だ。これにはシラタマも気になるんだけどと詳細を尋ねることにした。
「実は以前、別の亜人集落の殲滅任務中に青の薔薇という王国の冒険者に邪魔をされましてな」
「あおのばら?」
聞いたことないやとシラタマが小首を傾げる。王国ということは今潜入捜査しているセバスならわかるかな、今度聞いてみるかなあとぼんやり考えていたその時だった。
イアンから聞こえてきた言葉に――シラタマの時が止まった。
「その際の戦闘でルーイン隊長が青薔薇の女神官が持つ黒い剣によって傷を受けてしまいまして……」
「――――は?」
ゴギャ、ベコオ! という音とともに丸太がひしゃげ、地面へと落ちる。
「し、シラタマ様!??」
「なにそれきいてないんだけど」
「えっ!!」
シラタマの目が、完全に座っていた。
もしこの場にニグンがいれば大慌てでそのご機嫌をとりにいくか死ぬ気で宥めるか話題を逸らすか、とにかく対応しただろう。
だがイアンはシラタマのやばさを知らない。戸惑いながらもそのまま話を続ける。
「青薔薇の連中には困ったものですぞ。我らの崇高なる任を知ろうともせず――い、いやあ、しかしですな! あの時はルーイン隊長が一身に青薔薇を抑えてくれたおかげで我々隊員は全員無事に――」
「なんてやつ?」
「えっ」
「その青の薔薇の神官、なんてやつ?」
ぞっとするような冷たい目が向けられ、イアンはおもわず「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らす。
どんな氷属性の魔法よりも冷たく禍々しいオーラが辺り一帯の空気を侵食せんと広がり、恐怖と息苦しさにイアンは目を見開いたまま動けない。
この場に立ち尽くしたまま凍死しそうな感覚に蒼褪めながらも、なんとか声を絞り出した。
「――ら、ラキュース、です……ラキュース・アルベイン……デイル…アインドラ…です!」
「ラキュース」
シラタマが繰り返す。
ふ、と場を支配していたオーラが消えイアンは崩れ落ちるように膝をついた。
「は、はあっ……は……っ」
暖かさを取り戻した空気を吸い込み、肺に溜まった冷たいものを目一杯に吐き出す。
なんだ、今のは一体なんなのだとイアンは文字通り身も凍るような恐怖に立ち上がれずにいた。
「……で、そのラキュースってのがニグンちゃんに怪我させたの?」
「はあ、はあっ……はっ!? あ、え、ええ」
コクコクと必死に頷きシラタマを見上げれば――…先程までの顔は消えいつも通りのゆるやかな笑みを浮かべており
「し、シラタマ様?」
恐る恐る様子を伺うが、シラタマはなるほどなるほどとひとり頷きながらどこかへ、丸太を運ぶ作業へと戻っていった。
そんなシラタマを見ながら、あれ? もしかしてこれとんでもない事を教えてしまったのでは? とイアンは危惧したが――
(はっ! いや違う……! これは我らがルーイン隊長を心から心配するシラタマ様の愛情! そうに違いない! これがかの吟遊詩人らが唄う恋する乙女の嫉妬というものなのですな!?)
という具合にポジティブにポジティブを二重化したような思考に切り替える。ここまでくるともはや勘違いの天才である。
こうしてイアンがひとり勝手に感動している中でシラタマはというと
(青の薔薇のラキュース、青の薔薇のラキュースね……ラキュース、ラキュース……)
私の玩具に傷をつけたのか、下等生物の女の分際で、私のものに…。
その瞳の奥では邪悪な闇が蠢き、憎悪が広がり、忘れぬよう何度も心の内でその名を反復する。
そして心のメモ帳――ではなく、心の処刑帳を開くとそこへでかでかとその女の名を書き殴った。
キャンプ回というシラタマ様と陽光聖典たちの交流会でした。
隊員達は今後オリキャラが増えていく予定です。
そして、出番はまだなのに青の薔薇にやべえフラグがたってしまいました。とくにラキュース。
登場前から超大ピンチです。とくにラキュース。