ニグンさんがお気に入りなんです。   作:ぷにぷに肉球ランド

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オバマス第4章に感謝。

今回少し長めです。切りどころを完全に見失いました。
真面目な文は難しい。





23 いや交流よりも焼きマシュマロと夜這いがしたいってサキュバスが言ってます

 昼間全員でかき集めた薪を器用に積み上げたオブジェのようなものの周囲を満足そうに飛び回り、準備おっけーだよとシラタマが手をあげる。

 それを合図に数名が《火球》を放ち、薪は大きく燃え上がった。「おお…」と隊員達の声があがる。焚き火や篝火の灯りとはまるで違う、闇夜の中で揺れる火柱には一種の美しさすらも感じられた。

 

「じゃじゃーん! これがキャンプファイヤーでーす!」

 そうシラタマが隊員達に説明する。

 法国の祭事でも神への祈りを捧げるために火を焚く事はある。とくに六大神のうちの火の神を祀った神殿では炎の柱は神聖なものとされているのだが、目の前のキャンプファイヤーにはその神聖な炎と違う、どこか心を踊らせるものがあった。

 そして皆はキャンプファイヤーを囲むように設置した丸太に腰を下ろし、シラタマはいそいそとアイテムボックスから本日のメインを取り出す。昼間のうちにナザリックの厨房へひとっ走りして持ってきたマシュマロである。

「それじゃあお楽しみの焼きマシュマロタイムだよーっ!」

 いえーいと盛り上がるシラタマだが……やはり隊員達からの反応はまだ薄い。予備隊員数人のみは小さく「い、いえーい…」と返していたがその程度だ。

 シラタマは口を窄め「ハッ! もしかしてみんなマシュマロ嫌いなの!?」ととなりに座っているニグンに聞くが、ぶっちゃけ原因はそこじゃない。

「いえそうではなくてですね……」

 どう説明したものかとニグンが倦ねいていると、目の前に座っていた男がふいに手をあげた。

 その男は――昼間シラタマに対して剣呑な反応をしていた予備隊員だった。まさかシラタマに喧嘩でも売るのではとニグンは背中に冷たいものを感じながらも「……どうした?」と声をかける。

 

 男の名は、ラシュ・パウロ・ロウゼンといった。歳は予備隊員の中でも一番若くまだ少年の面影を残した青年であるが、濃い隈の目立つ影のある男だった。彼は同期の予備隊員らの中でも飛び抜けた実力を持ち、加えて亜人殲滅への念いが強く――そのせいが時折単独行動が目立ち周りとの連携がうまくとれていないという難点を持っている。

「ルーイン隊長、ひとつ、お伺いしたい事が…」

「……なんだ」

 まるで地雷魔法の撤去でもしている気分だとニグンは内心冷や汗をかきながらもそれに応える。そして周りの隊員達の視線が集まる中、ラシュは静かに口を開いた。

「我々は、陽光聖典は今後どうなるのでしょう? 亜人や異種族の殲滅を行わなくなるというのは本当なのでしょうか?」

「……ん?」

 なんだそれは、とニグンは目を丸くする。

 しかし窺えば他の隊員らもラシュに同調するよう小さく頷いており――

 

(……まさかこいつらがずっとぎこちなかったのはそれが原因だったのか? シラタマ様自身を警戒してではなく、シラタマ様がいることで殲滅任務がなくなるのではと危惧していたのか)

 

 たしかに彼らにとっては今まで成し遂げてきたものがすべて否定される思いなのだろう。もちろんそれはニグンにも痛いほどわかる。

 人間こそが神に選ばれた種族なのだと教えられ、信じ、やがて異種族殲滅と集落の掃討こそが神の御心なのだと――つまりそれをやめるということは神に背く行為であり、神への冒涜なのだ。

 

 ――と。

 過去の自分であればそう考えるだろう。

 だがその信仰の先にあるのは間違いなく――…

 

 まずいな、とニグンは内心大きく顔を顰める。

 

「……それは誰に聞いたのだ?」

「い、いえ……聞いたというわけではなく、ただ神殿でも噂になってまして。隊長が異形種を法国に引き入れたと。だから今後陽光聖典は亜人殲滅をしなくなるかもしれないと」

「はあ!??」

 おもわずニグンは声をあげ――コホンと咳払いする。

 いや、いやいやいやいや。神殿内でそんな噂が流れていたなんて、と頭を抱えたくなった。しかもニグンがシラタマを引き入れたなどという。

 あ、ありえない! 勝手にくっついてきているのはシラタマなのだ! むしろこっちが被害者なんだと声を大にして言いたいというのに。

 

「……誰が言い出したのか知らんがそれはただの噂だ」

「で、では!」

「――だが」

 ラシュが安堵の表情を作るが、それを切るように言葉を紡ぐ。

「そうだな……たしかに方針は、少し変わるだろう」

「それはどういった意味ですかな?」

 次に口を開いたのはイアンだ。彼もまた思い悩んでいたのだろうか、問いかける目は真剣そのものである。

「……ああ、我々は」

「亜人は敵ですッ!!!」

 だがそれに答えようとしたニグンの言葉を遮り、ラシュが叫んだ。全員に注視されながらもぎりっと音が出そうなほど歯噛みする。

「……俺の家族は亜人に殺されました。あの日のことは今でも夢に見ます。父の叫びも、母の悲鳴も……妹が、俺の名を呼ぶんですよ……何度も何度も、俺を」

 ラシュの悲痛な言葉に全員が沈黙する。しかしそれは彼の身の上話が特別だったからではない。この場にいる者達、陽光聖典隊員らの中には亜人によって故郷や家族、友を奪われたという過去を持つ者は少なくないからだ。

 それは法国の神都や都市部から離れた辺境の村の出身者ではよくあることで、スレイン法国は帝国や王国と同じ人間国家ではあるがその立地は亜人や異種族の生存圏に近い。言ってしまえば帝国や王国の村が異種族に侵攻される確率など法国の村に比べればないにも等しく、特に王国などは何もせずとも周囲に盾となる国が多いおかげか直接襲撃される事など皆無であり――そのせいで逆に王国は腐り切ったという諸説もあるが――とにかく、だ。それら異種族の生存圏に近いただの人間の村。それがどんな意味を持つのかは明白であり――ようするに彼らの故郷である村々は周囲を取り囲む捕食者たちにとっては恰好の餌場であった。

 ちょいと手を伸ばせば美味しい肉があるのだ。人間を食料とする者なら誰だって襲うだろう。まさにお手軽なレストラン感覚であり――……そんな環境に、彼らは生まれたのだ。

 幼き頃からすぐ近くに漂う亜人の気配に怯え、いつ蹂躙されるのかと震え、夜になるとどこからか聞こえてくるビーストマンの吠声に眠れず、食料と奴隷を狩りにきた通りすがりのミノタウロスに滅ぼされた村もある。だから彼らは神に祈り救いを請う。神の御心に従い応えていればきっと人間は救われるのだと信じて。

 スレイン法国は人間至上主義を標榜するが、それを()()()()()()()で信じきっているのは安全な都市部で生まれた国民くらいだろう。村で生まれた者らは知っている。人間の弱さを知っている。だからこそ人間は団結しなければ、ただの餌にしか過ぎない現実を知っているのだ。

 

 そしてラシュもまた大切なものを奪われながら生き延び、亜人への復讐の為に法国構成員を志願した者のひとりであった。

 

「俺はやつらに復讐する為に陽光聖典を目指しました……なのに!」

 ラシュが言葉を詰まらせる。

 だが彼が言おうとしている事は皆分かっていた。

「俺はやつらをっ!」

「皆殺しにしないと気が済まないやつじゃん」

「ええだから……えっ!?」

 唐突にシラタマが口を挟み、ラシュは驚きに目を見張る。もちろん周りの隊員達もだ。

「シラタマ様…」

 一体何をと不安がるニグンに手振りで大丈夫だからと応え、シラタマは言葉を続けた。

「いやいやわかるよ? 許せないよね。生まれた時点で下等生物どころか俺たちただの餌なんですよーなんて、人生ってなんなんだろうって呪いたくもなるよねー」

 その言いようにラシュが顔を顰めたが、そんなの気にせずシラタマはどこか楽しそうにマシュマロを串に刺していた。どうやらラシュが話している最中もひとり黙々と焼きマシュマロの準備をしていたらしい。マシュマロ串はすでに何十本も出来上がっている。

「んー、あとその復讐したいって気持ちもまともだよ。むしろそれが当たり前じゃないかな? うんうん」

 言いながらマシュマロをひとくちつまみ食い。

 美味かったようで「うへへ」と微笑む。

「あっ……貴女は……何も思わないのですか?」

「むぐ、ん!? えっ何が?」

「いえ……俺、いや、私が異種族達を殺したいと言っているのに……気持ちがわかると? あの、貴女様は奴らと同じ異形種ですよね?」

「え? ……あー」

 そゆことね、とシラタマはラシュの意図に気づく。が、それはあまりにもくだらない質問だった。

「いやいやいや、同じ異形種だからっていちいち同族意識とかないし。同情もしないし。っていうかそんな広い括りで仲間扱いされても困るんだけど」

 そもそも私プレイヤーだし、と言おうとして――やめる。

 なんでもプレイヤーやユグドラシルに関する情報は法国でも最重要機密であり、各部隊の隊長やよくてもギリギリで班長クラス――漆黒聖典は別だが――までしか詳しいことは教えられていないらしい。

 つまり一般人や平の隊員にまでむざむざ情報は漏らせないというわけだ。

(めんどくさいなあ……)

 ニグンちゃんなら適当に喋っててもなんか勝手に解釈してわかってくれるのにと内心大きな溜息を吐く。

 

「……あのね、人間だっていい奴も悪い奴もいるでしょ? それと同じなの。きみは人間ならどんな悪い奴でも味方する?」

「い、いえ、そんなことは」

「ほらね~? だから私は種族がどーたらで決めつけたりしないのでぇ~す」

 相変わらず気の抜けた感じで話すシラタマだが――その言葉は確実にラシュの価値観に揺さぶりをかけていた。

(――まさか亜人にも良い奴がいる、と? そんな馬鹿な……いや)

 ラシュと隊員達が熟考する。今までそんなことは考えたことすらなかったのだろう。

 しかし今の彼らならその可能性がゼロではないと気づく事ができるはずだ。

 闇の神スルシャーナ、何よりも目の前のシラタマは異形種であり――さらにラシュに至ってはカルネ村にて同族であるはずのゴブリン達から村人を守るゴブリンの姿も見ている。

 彼らが苦悶の表情を浮かべる一方でシラタマは自分の分のマシュマロ串を作り終え、にへらと顔を綻ばせた。これぞシラタマ流マシュマロ十連星でござるよとニグンに自慢する。

 シラタマの頭の中は「はやく焼きマシュマロ食べたい」これだけなのだ。

 だがまあしかし、ちょっと気になることもある。

 

「ねえねえマシュマロ、じゃない、ニグンちゃん。この世界の亜人や異形種ってそーんなに同族意識強いの?」

 小声で問いかけると、ニグンは「マシュ……そうですね」と少し思考してから頷く。

「私もすべての亜人種を比べたわけではないので断言は出来かねますが、たしかに彼らは人間よりも強い繋がりを持っています」

「はえーそうなの」

「ええ、法国の西側にアベリオン広陵という多くの亜人らが住む土地があるのですが、そこの亜人はとくに同種族同士、時として別種族同士でも結託し近隣のローブル聖王国に攻め込んでくるようで」

「めっちゃ団結してんじゃん…」

「してますね…」

(ええー…なんだろ、田舎の限界アーコロジー集落みたいなやつ? そういうアーコロジーは都会のアーコロジーと全然違って怖いくらい住民同士が団結しててヤバイんだっけ? 独自のアーコロジールールがあるとか恐怖のアーコロジー八分とかネットで見たことあるわーこわー)

 そんなのと一緒にされては心外である! とシラタマはふんすと鼻を鳴らし、ニグンは苦い顔をする。

 しかしだ。たしかに同種族同士でいつも醜く争っているのは人間だけなのではないだろうか。そのあたりも踏まえると、そんな人間達からしてみれば異種族達は同種というだけで強く繋がっているように見えてしまうのかもしれない。

 

 そんな感じでひそひそ話をしつつも再度隊員らを見遣れば、彼らはまだ沈思の森を彷徨っていた。

 ラシュなどはひとりぶつぶつと自問自答を繰り返しておりなんかすごくきも……すっごく面倒だな! と思う。

 

「あー……ええと。ねえあのさ、ねえきみ」

 シラタマの声にラシュがはっと顔を上げる。

「えーと、だからさ。超考えてるとこ悪いけど話続けるね? 私はきみの目的を否定しないしぶっちゃけ好きにすればって感じなんだけど。ただね、暴走しすぎるのは危ないんじゃないかなって。物事の分別ってめちゃ大事だと思うんだよねー」

 そう言いながらもシラタマは先にひとりでマシュマロを焼き始める。くるくる、くるくると。マシュマロが溶け始め、辺りを甘い匂いが漂いだした。

 

 そして――…

 

「ではシラタマ様は、」

 ラシュが何か言いかけ

 

「うんまあ!!!??」

 

 その上からシラタマが歓喜の声を上げた。

 

「うん、ま! これめっちゃうま! 神、神だ! ねえニグンちゃんこれめっちゃ神!! うま、かみ!!」

 そんな乏しい語彙量ではしゃぎながらきゃっきゃとニグンの背中を――もちろん超手加減して――叩く。

「ちょっぐあッ、いた、あの、シラタマ様」

「うん?」

 周りを見れば――……隊員達が完全に停止していた。なんというか、やるせない顔で。

 あれえ? なんでえ? とシラタマは首を傾げるが――そんなことより今は焼きマシュマロなのだ。焼きマシュマロより大切なことなんてないのだ!

 そしてたくさんのマシュマロ串を両手でじゃじゃんと掲げる。

「ホラなにしてんのみんな! 焼きマシュマロ食べるでしょ!?」

「「「えっ!?」」」

 このタイミングで!? と全員の顔が驚愕に染まるが、そんなものはシラタマにはまったくもって関係ないのである。今食べたいから今食べるのだ。

 ホラホラホラとマシュマロ串を配りながら「はやくはやく! 焼いて食べるんだよ!」と全員を急かした。

 隊員達は困惑しながらも仕方なくマシュマロを焼き始める。

「はいこれ」

「えっ」

 もちろんラシュにも一本、マシュマロ串をずいっと差し出す。

「あのね、ずっと(てめえみたいな下等生物がそばで)イライラしてるのは(私の)精神衛生上に悪いんだよ? まあ(でもそのくらいでホイホイてめえらを殺してたらモモンガさんに叱られそうだから)難しい問題だけど――さっ(とりあえず黙れ)!」

 えいやっと勢いよく、もう片方の手に持っていた焼きマシュマロをラシュの口に突っ込んだ。

「アッフア!!?」

 瞬間ラシュは熱々の焼きマシュマロに目を見開き――……ゆっくりと咀嚼する。

「……う、うまあ!?」

「でしょー」

 シラタマがドヤ顔で目を輝かせる。

 そしてラシュはそのまま初めての甘味を存分に味わい、やがて黙って俯いた。

「うう」

 次に聞こえてきたのは嗚咽だった。

「うまい……なんでこんな、うまいんだ……くそお」

 亜人に復讐を誓った日から、ラシュは自らの人生における幸福を捨てた。何かを楽しむだとか、何かを食べて美味しいと感じるだとか、喜びに繋がる心を一切捨ててきた。残されたのは亜人への憎しみとどうか自らの復讐に力をお貸しくださいという神への信仰心のみ。

 それは自分だけが生き延びてしまった罪悪感からだったのかもしれない。

 

 マシュマロを食べ終え、ひと息吐く。

 そしてこんなうまいものを妹にも食べさせてあげたかったと呟き涙を拭うラシュに、周りの隊員らは目配せし、それぞれがラシュを優しく宥めた。皆が亜人らによって大切なものを失った隊員達だ。

 そんな彼らを横目で見遣り、シラタマはかつてリアルで会ったことのあるテロリストの男を思い出していた。かのアーコロジー戦争で死んだ者たちの無念を晴らすのだと躍起になっていた男は最終的にどうなったんだったかなと記憶を手繰り――そいつの結末に目を細める。

 

「きみがこれからも復讐の為に頑張るってんならそれでかまわないよ。でも手当たり次第に殺した結果本来の目的を見失ったあげく本命に逃げられちゃいましたじゃイヤでしょ?」

 言われ、ラシュが素直に頷く。

「ん。だからまずはもうちょっと力抜いてさ、美味しいもの食べたりみんなと遊んだりもしてさ、あともっと周りも頼ってみたら? その方が視野って広がるらしいよ。で、そのうち復讐相手が見つかったらそこのみんなも手伝ってくれるんじゃないの?」

 その言葉に、ラシュを取り巻いていた予備隊員達が「ええもちろんですよ!」「力を合わせないと!」「仲間ですしね!」と返す。ラシュは目を潤ませ、また泣いた。彼の愛する者達は二度と帰ってこないし彼が復讐のためだけに法国構成員となった事実は変わらない。それでもそこから歩める道はたくさんあるはずなのだ。仲間を得た彼ならきっと。

 

「……ロウゼン」

 そのやりとりを黙って見ていたニグンが口を開く。

「お前は聞いたな。陽光聖典を今後どうするのかと――それに答えよう。お前たちも、聞いてほしい」

 その言葉に、場にいる全員の目が一斉に向けられる。当然だがどの隊員も真剣だ。

 

「これより我ら陽光聖典は、異種族への徹底した殲滅を行わない事としたいのだ」

 全員が驚愕に目を見開く。

「――だが勘違いするな。行わないのは無差別での殲滅や掃討行為であり、罪なき者に仇なす異種族たちへの対応は今まで通り変わらん」

「……つまり、これからは人間を襲う異種族らのみ殲滅していくという事ですな?」

 イアンが尋ねる。隊員を代表してだろうとニグンはゆっくりと首肯した。

「お前たちの中には、ロウゼンと同じく亜人達によって大切な人を、故郷を、すべてを奪われた者が多いのは知っている。だがどうか、憎しみだけに囚われないでほしい」

「なるほど……それも憎しみを捨て穢れなくあれという神の試練ですな」

「――いや違う。お前たち自身のためだ」

 イアンが怪訝そうに眉を上げた。

 しかしニグンはそれ以上何も返さない。

 

 だが――仕方ないのだ。もしこのまま彼らが見境なしに亜人や異種族殲滅を続けていけば、いずれは間違いなく最強の異形種軍団(ナザリック)とぶつかってしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 だからこそ少しずつ、少しずつでも軌道を修正せねばとニグンは考えていた。もちろん法国最高執行機関の者達には内密であり独断だ。正直なところ誰よりも長い時を信仰に捧げてきた彼らが――謁見時の態度も含めて――簡単に方針を変えるとは思えなかったからである。歳を重ねれば重ねるほど思考は凝り固まり新しいものを受け付けなくなる。人間とはそういうものなのだ。

 だからこそ――悪いが先に自分の部隊から救済すべく変えていく。

 

(すまないな……()()()()を私の口から説明する事ができない以上、お前達には自力で答えに辿り着いて貰わねばならんのだ)

 異種族殲滅に思考を支配され暴走した先に何が待ち受けているのか。だが変わる事は不可能ではないはずだと信じるしかない。

 

 

 その一方でイアン、いや、すべての隊員達は戸惑いと不安を隠せずにいた。自分自身のために、という訓示に。

 なぜなら法国民は幼き頃より徹底して信仰心を植え付けられ、その基本的な精神や思考、行動、そのすべてが神の御心のためにとされ、自分のためにという理念は殆どないに等しいからだ。

 突然自分のために今までの思想を変えよなんて言われてもどうすれば良いのかわからないのが本音であり――

 

「――隊長は、それで良いのですか?」

 意を決した表情でイアンが尋ねる。

 ニグンは少し眉を顰め、良いどころかそうしなければ法国どころか人類、いや、世界そのものが滅びるのだぞという言葉を呑み込んだ。

 

「――ああ、私に迷いはない」

 

 ニグンの言葉に隊員達は瞠目し、だがそれを受け止める。隊長が言うのならばと甘受する者もいれば、その言葉の真意を考察せんとする者と様々ではあるが――

 だがその中でラシュが一歩前に出て、シラタマに向けて礼を取った。全員が再び彼に注視する。

 しかし頭を上げたラシュの顔からはすでに憎悪は薄れ、その目はわずかに光を取り戻していた。

「……俺は亜人が、異種族が憎いです。俺の家族を奪った奴らが……でも、その憎しみを向けるのはあの日俺の村に来たあいつらや、同様のやつらであって……亜人すべてではないのですね」

 教えを咀嚼するように言葉に出すが、もちろん隔たりはまだある。完全に納得もできていない――だが、憎しみだけでは人間は成長できないのだという教訓をラシュは自分の心に打ち付けた。

「……シラタマ様」

 そして真っ直ぐな瞳を向け再び、今度は深く、深く頭を下げる。

「カルネ村では村人や仲間達、そして私の命を救ってくださりありがとうございました」

 その姿にシラタマは――マシュマロを口いっぱいに頬張ったハムスターのような顔で――グッとサムズアップして応えるのであった。いやだって今喋ったらマシュマロ飛び出ちゃうからね。

 

「……ふ、ふはは」

 そんなシラタマにおもわずラシュは笑みを零し、その後ろでイアンが「がはは!」と、二人につられて隊員達もたまらず笑っていた。

 この瞬間、間違いなく隊員達とシラタマの距離はぐっと近づき、シラタマとしてもとりあえずは今後彼らも何かしら駒として使えるかもなあとぼんやり考えていた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 ――その晩、隊員達の天幕ではイアンを中心とした語り合いが行われた。突如として現れた魔神と思われる存在や異形種でありながら陽光聖典を救ったシラタマの存在、陽光聖典の今後の方針。

 それらからも間違いなくこれから世界は大きな変動を迎えるだろうと彼らは考え、そしてその中であらためて自分達は何をすべきなのかと意見を出し合った。

 一度法国構成員としての思考をリセットさせ、皆が自分自身での言葉を交わす。ある者は人間が安心して生きていける場所を守りたいと。ある者は死んでいった友を思い、その友のような者をこれ以上増やしたくないと。ある者はそれでも復讐がしたいと。ある者は亜人らの中にも話の出来る者がいるのなら一度話をしてみたいと。ある者は異種族を殲滅するのではなくこちらに取り込む事で世界をひとつにできるのではないかと。

 

「――この世界で我々が真に果たすべき使命とは何か。皆思い悩む事でしょう。しかしならば、それを共に模索しながら生きていくのもまた道であり試練と言えるはずです」

 

 そう静かに決意を示すイアンの言葉に、全員が頷いていた。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 初めてのキャンプは大成功で幕を閉じた。

 あのあとシラタマは他の隊員達ともたくさん話をし、ぎこちなかった彼らもしばらくすると普通に会話ができるようになっていた。

 しかもみんなで焼きマシュマロを食べて、最終的にはシラタマが若い隊員達を従えてキャンプファイヤーの周りで踊ったり歌ったりもしていた。

 

 今ではすっかりと夜も更け隊員達は皆天幕で休み――見張りをする必要もないおかげで全員熟睡だ――呑気なことにいびきまで聞こえてくる。

 

 

 

「ありがとうございますシラタマ様」

「え、何が?」

 そして天幕から少し離れた場所で、木にもたれながら星を見ているところにニグンがやってきて頭を下げた。

「ロウゼンと、隊員達の事ですよ。本来なら私が彼らと話すべきところを…」

「あー、いや別にたいした話してないけどね」

 こっちはさっさと焼きマシュマロしたかっただけだし、と付け足す。

 しかし、だ。シラタマ自身もちょっとらしくなかったかなあとは思っていた。ただ、あのラシュとかいう若者の話に思うところがあったのだ。

 生まれた時点で絶望に支配された世界。それはまさに、生まれながらにして二極化された自分達の世界のようで――復讐したいと叫ぶ彼の姿も、かつてリアルで見ていた無慈悲に奪われるだけの貧困層の弱者達の姿に重なって見えた。

 決して情が湧いたなどではないが、ほんの少しだけ不憫だなとは思った。だがそれだけだ。

 

「……まあ頑張れよって声かけただけだよ」

「お優しいのですね」

「なにそれ! 逆に普段優しくないみたいじゃん!」

 がばあっと飛び上がり――そのままニグンに向かってダイブする。突然飛びかかってきたシラタマにニグンは受け身も取れず「グエッ」とくぐもった声を出しながら仰向けに倒れた。

 そして目を開けば――……すごく既視感のある、というかトラウマの原因でもある構図が完成しておりニグンはぎょっとする。

 シラタマが身体の上に跨り、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたからだ。

 

 

 あ、やばい。

 一瞬で本能が察知する。

 

 

「まっ!!!!!」

 

 だがニグンが叫ぶよりも前に「《私だけの秘密の部屋(シークレット・マイルーム)》」シラタマが魔法を唱えた。

 これは空間隔離系の魔法で、《鏡の世界(ミラー・ワールド)》という最高位幻術魔法とよく似た効果を持つ。が、これの下位互換版だ。術者の周囲を小さな空間で閉じ、内側からは外を見れるが外側からは空間内にいる人物が透明化し景色だけが映る。閉じられる空間(スペース)はほんの小部屋程度だが、外からはレベル60以上の攻撃を受けない限り壊せない。

 それを、シラタマは発現させた。させてしまったのだ。こんな場所で、状況で、やる理由なんてひとつしかない。

 

「それじゃいただきま――す!!」

「おまちくださいっ!!!!」

 迫りくるシラタマの頭を両手で抑え止める。

 力づくでこられたら終わりだ。その前に説得しなければとニグンは必死に思考を回転させた。

「あの、あのですねシラタマ様、物事には場所とタイミングというものがありまして」

「えっだから今でしょ?」

「今じゃない!!!! 断じて!! 絶対今ではありませんシラタマ様! お気をたしかに! どうかお考え直しを! ホラよく見てくださいここは野外です! シラタマ様の豪華絢爛な御自室ではありません! 野晒しです! 泥とか、ね! 汚れますしね!! あと虫とか!! こんな場所では駄目ですね! ええありえない! ありえませんとも!! しかもすぐそこでは隊員たちが寝てるんですよ!? ねっ! ホラ! 今じゃないでしょう!? ねっ!? 今じゃないです!! おわかり頂けましたか!!?」

 ひと息で言い切ったニグンは荒い息で呼吸を繰り返す。

「そ、そういうわけで、ですね。シラタマ様、今日は大人しくお休みになってくださいね?」

 しかし――健在。

 むしろそんなニグンの決死の哀願に対しシラタマは何故か恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「何じゃそのシチュエーションめっちゃ萌えるゥ!」

「え゛っ!?」

 

 逆効果であった。

 

「野外プレイというシチュでありながら加えて大勢の知り合いがそばで寝ている状況ッ! バレたらどうしようというドキドキ! 起きてきてこっちを凝視しようが外からは見えないでもこっちからは見られているのが見えちゃうマジックミラー使用の大興奮ッ! くふうーっ! なんて尊いシチュエーション! 最高……っ最高だよおおお!!」

 

 ひとり悶えだすシラタマにニグンの血の気が一気に引いていく。顔は蒼褪め、逃げるつもりの哀願がトドメとなってしまったのかと絶望に引きずり込まれた。

「し、シラタマ様…」

「あああっ! もう我慢できないからいいよねえええ!? これは夜這いというハアハアッ! れっきとしたああっハアアッ文化であってええええ!!」

「なあっ!? やっ、ほん、おやめくださっ! ぐあっ!?」

 迫るシラタマの力がじわじわと強くなっていく。いくら鍛錬を重ねた筋骨隆々な肉体も、圧倒的レベル差の前では無力なヒョロガリと化すのだ。敵うわけがない!

「じゃあ朝までコースってことで――」

「まっ!!!??」

 それだけは! とニグンが叫ぼうとしたのと――同時だった。

 二人の遥か後方、来た道の方から大きな爆発音が轟く。そして、夜でかなり見えにくいが音のした方から煙が上がっていた。

「な、なんだ!?」

「…………ああ?」

 シラタマも振り返ると、不機嫌そうに顔を顰める。

「……火事?」

「い、いえ、あれは違います」

 ただの火事にしては煙が大き過ぎるとニグンは体勢を起こす。チカチカと魔力の光のようなものが空に上がるのが見え、なんらかの魔法攻撃が原因だろうと判断する。そしてあのあたりにもう村はなかったはずだと。ならばその向こう――

 

「まさか……エ・ランテルか?」

 

 ここからだと見えないが可能性はかなり高い。そして「何故?」という疑問が次に浮かぶ。何かよからぬ事が起こったのではないか? と。

「シラタマ様「行こう」…えっ!?」

 事態の確認の許可を取ろうとしたが、先にシラタマが立ち上がり煙の方を睨むと

 

「ひっ、人様の大事な時間を邪魔しやがってえぇ……クソ、クソがあああっ! せっかく私の最高のシチュをオオオ!! アアアッ! 楽しみオオッ! 邪魔するのかアアアア――ッ!!!」

 

 怒りのままに地面を何度も蹴り上げる。爆撃でもされたのかというくらいに土砂が捲り上がった。

「し、シラタマ様……!」

 恐々としたニグンの呼びかけにビタリと動きを止め――……笑顔で振り返る。

 

「――うふふ。ここはちゃあんと文句言いに行くべきだよねえ? クレーム入れなきゃねえニグンちゃん! ホラみんなも起こして!」

「えッ!? は、はいっ!」

 

 そんな理由でいいのかと内心ツッコミを入れ、むしろニグンとしては九死に一生を得たナイスタイミングだったのだが――もし事態が事態なら不謹慎だなと頭を振りすぐさま思考を切り替えた。

 

 

 




※ 今回のオリジナル魔法及び捏造部分※

《私だけの秘密の部屋/シークレットマイルーム》
ひと部屋ほどの小さな空間を外の世界から完全に遮断する。レベル60以上の攻撃を受けない限り外からは壊せない。


+++++


着々とシラタマ様の私物化が進んでいく陽光聖典……彼らも今後何かとやたらとばっちりとシラタマ様に振り回されていくと思います。

漸く王国ですね。
でも次回は閑話です。
真面目路線はやはり向いてないのでゆるーい馬鹿みたいな話に戻ります。

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