ニグンさんがお気に入りなんです。   作:ぷにぷに肉球ランド

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24 閑話 法国初日の夜のおはなし

 ゴブリン殲滅の任務が決まり、溜まっていた書類仕事もある程度片付くとイアンは深々と礼をして漸く部屋から出ていった。

 やっと邪魔者がいなくなったよとシラタマは大きな溜息を吐き出す。

 すでに窓の外は真っ暗で、ぽつりぽつりと《永続光(コンティニュアル・ライト)》が付与された街灯が闇の中で淡い光を照らしている。

 

 

「……観光」

 

 ぽつりとシラタマが呟く。まるで遊びに連れて行ってもらえなかった子供のような、大いに悲しみに暮れたか細い声で。そのままべったりと窓に張り付き、はあーと肩を落とす。

 そしてちらりとニグンの方を見遣り――今度はもっと大きな溜め息をわざとらしく吐き出し肩を落とす。もうテンションだだ下がりである。

 そんなシラタマの後ろ姿を見ながら――というか絶対催促してきている。無言の圧のようなものを感じる――どうしたものかとニグンは頭を悩ませた。

 法国へ到着した時、幌馬車から身を乗り出して街中を眺めていたシラタマは心の底から楽しんでいるようだったし、あとで観光したいとも言っていた。のだが――

 

(明日の早朝には出撃する。となるとシラタマ様に街を案内できるのは帰ってからだが……)

 任務にかかる期間を三日と見積もっても四日後。それくらいなら別に帰ったあとでいいだろう――と、普通ならばそう結論付けるのだが。

 どっこい相手は(プレイヤー)であり至高なる絶対者であり、傍若無人のわがままフェアリー……ではなくわがままサキュバスのシラタマだ。うっかり機嫌を損ねた結果法国がポンされたらマジでシャレにならんのである。

 しかもこれはまだ不確定でありむしろ考えてしまう事すらも恐れ多く、というか殺されかねないのだが――なんとなく、なんとなくではあるがもしかすると目の前の御方……シラタマはどちらかというと知謀するタイプではない。気がした。

 そう、つまり良く言えば彼女は本能にとても忠実であり――悪く言えば感情優先タイプなのだ。一瞬頭の中を『おばか』という文字が過ぎったが大慌てでそれを踏み潰す。

 

(いやしかし、私もいまだ感情に流されてしまう未熟で一知半解の身……人のことは言えん!)

 

 そう己を叱咤し――まあそれでもぶっちゃけシラタマに比べればニグンは相当ご立派で理知的な聖職者(おとな)なのだが。

 

「観光……異国文化…海外旅行……るるぶ、ことりっぷじゃらん……」

 なにやらよくわからない単語を発し始めているシラタマに……ニグンは小さく肩を竦める。

「……今の時間なら国民も外出していないでしょうし、警備兵の巡回も終わった頃でしょう」

 しかし念のために例の指輪はつけて頂きたいのですがと付け足すと、シラタマが言葉の意味を察して勢いよく振り返る。

「いいの!?」

「勝手に外に出られては困りますからね、神都の中心街程度なら――」

「ふあああ! やったああ! さすが私のニグンちゃん!」

 万歳しながらおもいっきり飛びつきニグンのHPを一気にレッドゲージピコンピコン状態まで削り取り――……見下ろせば血反吐を吐いて蹲っていた。

 あ、これやべえわと慌てて《大治癒》をかける。

 

「……ッま、また殺され、死ぬっ死ぬかと!?」

「ゴメンゴメン☆ 」

 ゼエゼエと顔面蒼白で息を荒げるニグンにテヘペロ! と適当に謝る。こうもシャレにならんレベル差だとかるーいスキンシップでも死に繋がるんだなあとシラタマはほんのちょっぴりだけ反省した。すぐ忘れるけど。どーせまたやるけど。

 それに今はそんなことよりと夜の神都観光へと赴くのであった。

 

 

 

 

 昼間賑わいを見せていた神都も夜が訪れれば出歩く人の影はなく、どこか寂しい風が街路を吹き抜けていく。しかし閉められた窓や扉の隙間からはあたたかな光が漏れ、人間達の談笑する声が聞こえてくる。法国民達がそれぞれに一日の終わりを過ごしているのだろう。

 周囲を見渡し、やはり外国映画の世界だとシラタマは胸を高鳴らせた。古びてはいるが街には独自の文化や古から深く根付いた信仰が見られ、神殿やそれらしき建物は多いがこれもまた異国情緒あふれる風景なのだろう。清潔感溢れる街並みをシラタマはくるくると回りながら歩く。360度、どこを見ても飽きない新鮮さがあった。

 ニグン曰く、なんでも法国は王国や帝国とは風習や信仰は当たり前として、さらに言語、文化、料理すらもまったく違うらしい。

 が、街を見てまわる限りそこまでおかしなものもなく、むしろ看板や壁に貼られたポスターには時折日本語らしき文字が見て取れる。

 たしかに近隣国からしてみれば根本的に違う文化なのだろうが――こちらからしてみればどちらかというと法国の方が元の世界と通ずるものがあった。

 

 まさか海外旅行なんて贅沢ができるとは。いや異世界旅行か? まあどちらでもいいが。

「ハリウッドでもここまでの街並みセットは作れないはずだよ…!」

「はりうっどですか?」

 それは鍛冶師か錬金術師の名前だろうかとニグンが尋ね、シラタマも「詳しくはわかんないけどハリウッドって奴ならだいたい作れるらしい」と答える。

「それは、また……さすがは神々の国に住まわれる御方で」

「だよねー」

 なんか違ったような気もするが、まあいいかとシラタマは空を見上げ――家屋の屋根から顔を出した影の悪魔(シャドウ・デーモン)数体と目が合う。ちょいちょいと指で指示を出すと、彼らは一礼してその姿を再び闇に溶かした。

(さすがデミウルゴスのとこの影の悪魔だなあ……や、そもそも召喚した悪魔に個体差ってあるのかな? 召喚主の知能とか影響してないよね? もしそうなら私のとこ……馬鹿しかいない……?)

 ゾッとして、いやいやそんなことあってたまるかとその考えをぐしゃぐしゃに丸めてポイする。こう言うのもなんだが、そこらの下級召喚悪魔の方が自分より優秀なのは自信を持って断言できるのだ。……悲しきかな。

 

(モモンガさんはよく自分の事を小卒の一般人だーなんて自虐してたけど、ちゃんとした社会人経験をしてる分私からすれば立派な大卒博士だよ……)

 はあ、と大きく肩を落とす。

 そんなシラタマの姿に、さっきからはしゃいだり落ち込んだり一体どうされたのだとニグン的にはいつ何かやらかさないかと気が気ではなかったのだが――無事誰に出会うわけもトラブルもなく神都中央広場までたどり着いた。

 

 そこは回廊のある建物に囲まれた巨大な広場となっており、そこから繋がる通りは神都全方面へと伸びている。

「あ、ここってお昼にたくさん人が集まってたとこだよね?」

 シラタマの問いにニグンは頷くと、この広場が丁度神都の中心にあたるのだと教えてくれた。今は夜なので閑散としているがなんでもここでは毎日あらゆる露店や催しが並ぶらしい。

 へー、と周囲を見渡せば、たしかにこのあたりは住宅というよりは店舗らしき建物やカフェのような建物、さらには聖堂や図書館、美術館らしきものがずらりと並んでいて――もちろんどれも閉まっているが――きっと朝になればこれらすべてがオープンするのだろうとシラタマは目を輝かせた。

「それとあの辺りには多くの屋台が並ぶのですが、以前若い隊員達が話していたのですが食べ歩きが人気だそうで…」

 ニグンが西側を指差し、次に南側を指す。

「あとは、そこの大通りを行くと鮮魚市場ですね。毎朝そこで行われる競りは見ものですよ」

「はえー」

 市場には聖王国の海や法国と竜王国の国境でもある湖や湾で獲れた魚が並ぶのだが、そういえば最近は竜王国からの商人はめっきりと減っていたなとニグンはその原因を思い当たり――眉を顰めた。

(また近いうちに竜王国から救援の要請がくるやもしれんな……)

「ねえニグンちゃん」

「ッ! は、何でしょうかシラタマ様」

 くいくいとスカーフの裾を引っ張られ――まるで犬の散歩のようだ――シラタマは「あれあれ」と指差す。その先には、六大神の建造物である神の塔があった。

 

 神の塔は法国でも神聖な聖域とされる建造物のひとつであり、下半分はシンプルなレンガ造りになっており、その上部にアーチ型の鐘架があり中に6つの鐘がある。この6つの鐘はもちろん六大神を表したものだ。

 

 ああ、そういえば法国に来た時も興味津々に眺めていたなとニグンは思い出す。しかし――

「申し訳ありませんシラタマ様、神の塔は夜間は封鎖されておりまして、神官長か神殿へ一度戻り許可を得てからでないと中には……」

 そこまで説明し――ニグンは言葉を止めた。

 目の前でシラタマが「で? だからどうした」とばかりの表情を浮かべていたからだ。

 ああ、これは言っても無駄なパターンだなと諦める。

「――行かれますか?」

「おうともよ! …えーとえーと、たしかこのへんに……んー、おっあったあった! はいこれ」

 シラタマはアイテムボックスを漁り、中から《飛行》のネックレスを取り出し手渡す。

「んじゃいってみよー!」

 そう言って自分はニグンの背中におぶさると「はいよーしるばー!」という謎のかけ声をかけてきた。こうなったシラタマを止めることは不可能とはわかっているものの、神の塔がいかに神聖な場なのかも十分知っている。

 そんな塔へ勝手に侵入してもいいのだろうかと不安を抱いたが――…ええいもうどうにでもなれとニグンは《飛行》を発動させるのであった。

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 男は日課である神殿での夜の祈りを終えると、今日はとんでもない一日だったなと疲労の色を露わにする。

 あのカゼフ・ストロノーフ抹殺のために送り出した陽光聖典が消息不明となり――その際監視したのが原因で爆破された土の神殿の後始末もまだ終わっていないのだが――しかし突然彼らが帰還したかと思えば、だ。

 まさかこんなことになるとは。だがあの〈占星千里〉にだって予測できなかった非常事態なのだからと男は嘆息し、とりあえず神殿をあとにする。

 

 外に出ればすでに夜も更け凛とした静けさだけが広がっていた。

 街灯はぽつりぽつりと佇んではいるが男はその灯りを頼らない。何度も足を運んだ場所への道は身体が覚えているからだ。

 ああ、すっかりと遅くなってしまったと反省する。あのあとも最高神官長ら数人は神聖不可侵の部屋に閉じこもりずっと会議を行っていたのだが、結局纏まらずどれも先送りとなってしまった。いや、ひとつだけ決議されたものもあるかと男は肩を竦める。よりにもよってそうなるかという意を表すように。

 

(お待ちになっていらっしゃるだろうか…)

 すでに人影はないが、なるべく街路でなく路地裏を通り目的地へと急ぐ。周囲を警戒、誰にも見つからぬように移動する。

 到着したのは六大神によって建造され、法国では神聖なる聖域のひとつでもある神の塔だ。

 男は辺りをきょろきょろと見回し、懐から専用の鍵を取り出すと手際よく扉を開けさっと中へ入る。

 神の塔は高さ100メートル程あり、最上階の鐘室までは階段を昇っていくしか手段はない。

 もちろん《飛行》を使って上がることも可能ではあるが――そんなものは言語道断。階段を一歩一歩踏みしめながら信仰を捧げるのが暗黙のルール、いや常識だ。塔を登る行為そのものがまさに神との対話。自分という神への供物を捧げる行為なのだと男は、法国民誰もが思っているし、そもそも神聖なる聖域で《飛行》を使うなどという愚か者はこの法国には一人とて存在しないのだから。

 

 男は塔の階段を一定の速度で踏みしめていく。まるでロボットのようにきっちりと揃った足並みは長年勤めた部隊での経験の賜物だろう。

 そして漸く最上階まで辿り着くと――再度辺りを警戒しながら、ひとつの部屋へ繋がる扉に手をかけた。

 

 

 

「――やあ、ようこそ」

 

 そして目の前で微笑む白い悪魔(サキュバス)の少女に男は黙って片膝をつき礼を取る。

 少女の隣では、男の部下である六色聖典のひとつ陽光聖典を任されている男が驚愕の表情を浮かべており――正直に彼が心から羨ましいとさえ思う。

 

「さっそく呼び出して悪いけどさ、アレは持ってきてくれた?」

「は、こちらを!」

 男は背負っていた大きな皮袋からひとつのアイテムを取り出した。

「なあっ!?」

 この場にいる三人のうちのひとりがおもわず声を上げる。そして「一体どうして」と狼狽えているが、男は気にせず深く、さらに深く平伏し言葉を続けた。

 

「――我が部下〈漆黒聖典〉の武器、ロンギヌスで御座います」

 

「ん、確かに。わざわざありがとね、えーと…れ、れも、レモン、レモンなんとか……レモンなんとか!」

 

 影の悪魔からその皮袋を受け取りつつシラタマは悪戯っぽい笑顔を見せ――隣にいるニグンから小声で「レイモン・ザーグ・ローランサンですよ!」と耳打ちされた。

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 ニグンは目の前の状況に狼狽せずにはいられなかった。シラタマに言われるまま神の塔最上階にある鐘室まで行き、そこから法国を一望しながら世間話をしていたらーー突然扉が開きありえない人物が入ってきたのだから。

その人物はレイモン・ザーグ・ローランサン。昼間謁見したばかりのスレイン法国最高執行機関のうちのひとりであり、土の神官長、元漆黒聖典、そして六色聖典のトップ……

「な……っ」

 何故、と口から漏れかけ――同時にすべてを察してしまった。シラタマがさも当然かのように佇み、レイモンの入室を許したのだから。

 

 

「――ロンギヌス、うん。やっぱり間違いなく〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉ぽいねー」

 レイモンから快く頂戴したワールドアイテムを二度ほど素振りし、よしと頷く。まあ詳しい事はあとでモモンガに《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》でもしてもらえばいいだろうととりあえずは〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉をアイテムボックスにぶち込み――

「んじゃちょっと待ってね」

 今度は《転移門》を開くと、そこから現れた深淵の悪魔(アビスデーモン)が先ほどシラタマがアイテムボックスにぶち込んだ〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉とそっくりの槍を持っており、それをシラタマに手渡した。

「シラタマ様、それは…!?」

「〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉のレプリカだよ。ジェバンニが一晩でやってくれました!」

 とVサインを作る。が、実際は違う。

 この〈偽ロンギヌス〉は前からナザリックにあったものだ。

 

 そう――ギルドメンバーにしてアインズ・ウール・ゴウンの問題児、るし★ふぁーの部屋に!

 

「ワールドアイテムの偽物いっぱい作ってなんか面白いイタズラしたいよなあ~」

 

 きっかけは彼のそんなかるーいひとことであった。もちろんそんな偽物を作ったところで見れる人が見ればすぐにバレるのだが、ただのイタズラに使うのであれば関係ない。偽のワールドアイテムを配置し、それを発見したプレイヤーがぬか喜びして偽物とわかって落胆する姿が見たい。それだけだった。

 他のギルドメンバーは「いやばかじゃないの?」と相手にしていなかったが――

 意外なことに、あまのまひとつがそれに乗ったのだ。ワールドアイテムのレプリカ作りなんて面白そうだな、と。

 そんなわけで、まずはネットでもさんざん画像や情報の出回っている有名どころなワールドアイテムのレプリカ作りから始まり――今シラタマが手にしているのがそれというわけである。

 

(結局途中で言い出しっぺのるし★ふぁーさんが飽きてやめちゃったって茶釜さんに聞いてたからなあ、まさかそのまま放置されてるとは)

 

 ワールドアイテムのレプリカでイタズラをしようとしていた話を思い出し、謁見後にアルベドやメイド達に頼んでるし★ふぁーの部屋を捜索してもらったのだ。もしモモンガならば「ギルメンの部屋を勝手に物色するなんて!」と躊躇し手をつけなかっただろう。

 だがシラタマは違う。そんなの関係ねえと思ったならばすでに行動は終わっているのだ。

 そして家宅捜査の結果――無事見つかったのが〈偽ロンギヌス〉であった。

 まさかここにきて役に立つとは、るし★ふぁーさんが知ったら「ドッキリ大成功の看板も用意しようぜ!」って言ってきそうだなあとシラタマは微笑する。

 しかしだ。レプリカといえどただ見た目だけ真似たものではない。ちゃんと武器としても使えるし、それこそ《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》でもしない限りバレることはないだろう。

 

「ん。じゃあこれと交換ってことで」

 シラタマから〈偽ロンギヌス〉を受け取ると、レイモンは「ははあ!」と頭を下げ――……続いて物欲しそうに見上げてきた。

 

「……え、何?」

 もう用はないんだけどとシラタマは顔を顰め、レイモンの様子がおかしい事にニグンも気づいたようで「また何かやったんですか?」と言わんばかりの視線を向けてきた。が、こっちだって聞きたい。スキルを使ったとはいえこんなタイプじゃないおっさんにはさっさとどっか行って欲しいのだ。

 そう、今のこの状況はスキルによるもの。シラタマはあの謁見時にあの場にいた者達をよーく見定め観察し、使えそうな人間を選んでいたのだ。その中で一番チョロそうだなと思ったのがこのレイモンである。

 

 レイモン・ザーグ・ローランサン、法国六色聖典のまとめ役であり元漆黒聖典隊員。他の神官長達に老人が多い中、40代半ばのこの男は随分と目立っていた。何年、何十年も戦い続けた歴戦の英雄とも呼べる面持ちと鋭い目はあの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを連想させる。

 いかにも戦場で生きてきた男という感じであり、そんな男ほど――案外性欲に素直だったりするものなのだ。というかこの男はいかにも精力旺盛なようで、まさに大当たりである。

 ので、謁見が始まった時点でシラタマはレイモンへ自身のスキル《盲目の愛》を発動した。

 これは淫魔の女王(クイーン・サキュバス)のクラスレベル10で得られるスキルであり、その効果は女王の従僕(パトロン)化である。

 当時ペロロンチーノから「やだこの悪質キャバ嬢! 不潔! 不潔よお!」なんて言われた事もあった。女王に魅了された男はその心に秘めた欲望を曝け出し、その身朽ちるまで女王へ尽くす。

 

 で、そんなレイモンはシラタマの思惑通りにさっそくと貢ぎ物を持ってきてくれたわけだが――まさかこうもうまくいくとは思わなかった。

 

聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉を持っていたのはあの隊長だが、影の悪魔に探らせた結果、どうやら彼は〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉の装備を許されているだけで所有権はあくまでも法国の最高執行機関だったのだ。

 任務時以外は神殿最奥にて管理されており、隊長も謁見後にまんまと〈聖者殺しの槍(ロンギヌス)〉をまとめ役である神官長(レイモン)に返してくれた。

 身につけておかなければ意味ないのになあと、無知とは恐ろしく、そしてこちらからすればありがたいものである。そう考えればやはりレイモンを選んだのは正解――なのだが。

 そんなレイモンは今やうっとりとした目を向けながら何やらモニョモニョと口籠っており――やがて意を決したのか真摯に哀願してきた。

 

「女王様、どうか、どうか私にご褒美を! ご褒美を頂けますでしょうか!?」

 

「…………ん?」

 いやちょっと意味わかんないんだけどとシラタマは眉を顰め――しかし待てよと思い返す。

 たしかユグドラシル時代も従僕(パトロン)にした男プレイヤーから「ご褒美ください女王様あ♡」なんて言われる事はよくあった。その時は換金にも使えないようなゴミアイテムを処分代わりに押し付けていたのだが――まさか。

(転移したことでそのあたりのやり取りもスキルとして組み込まれた……?)

 うわあくそめんどくせえなあとシラタマは露骨に嫌な顔を浮かべ――仕方ないかと何か適当なゴミアイテムを探そうとしたその時

 

「ああ女王様! どうか私に! どうか私に女王様の御履物を舐めさせてください!!」

 

「………………」

 

 場が、凍りつく。

 

「……は?」

 今なんて? と聞き返せば、レイモンは再度大きな声で「靴を舐めさせてくださいましぇえ!」と平伏した。

「えええ……」

 嘘だろとも思ったが、どうやらガチのマジのようで、目前の歴戦の英雄は期待に満ち溢れソワソワ疼いている。

 

(たしかスキル説明で《盲目の愛》は秘めた欲望がどうたらってあったけど、まさかコレがこいつの欲望ってこと?)

 

 ユグドラシル時代ではただの設定としての一文だったのがリアルになったせいでとんだ性癖暴露スキルに進化してしまったのか。

 まじかーとシラタマは天を仰ぎ、そしてちらりと隣を見ればニグンがなんとも言えない表情でレイモンを見下ろしていた。彼にしてみれば尊敬していた上司の性癖なんて知りたくなかったと言わんばかりだろう。

 でもシラタマだってこんなの予想してなかった。ゲームならまだしもこんな微塵とも好みではない男に欲望を向けられるなんて吐き気がする。が、今後も使い潰す為には仕方ないと諦めるしかない。

 

「あー……じゃあ……傅け」

「ははあ!」

 シラタマの言葉にレイモンは歓喜し即座に従う。

 もういろんなところが大興奮だ。見たくない。

 そしてシラタマはその眼前に嫌々と己の右足を翳し

「――舐めろ」

「ははあ! 女王様あ!」

 40過ぎの男が、歴戦の英雄が、高揚に満ちた表情で犬のように舌を伸ばす。ちろり、ちろりとシラタマの履いているヒールのつま先を舐め始めた。

(おんぎゃあああああッ!!!!)

 シラタマは心の中で悲鳴をあげる。というか蹴り殺したい。このままドカンと頭部を破壊してやりたい!

 ふと隣を見れば、ニグンがもうやだ耐えられないとばかりに目を伏せ顔を逸らしていた。

 かつてはいつか自分もその場へ行くのだと目標にしていた上司のこんな姿見とうなかった……そんな感じで。その態度にシラタマはむっとして「お前だけ現実逃避なんてさせんぞ!」と腕を引っ張り逃がさない。

 

 結局二人が死んだ目で見つめる中、レイモンは数分ほど靴裏を舐め続け――……勝手に絶頂していた。

 

 

 

 その後満足したレイモンを帰らせ――もうほんとにやだとシラタマはその場にヘタリ込む。

 ちなみに靴は速攻で捨てた。だが影の悪魔(シャドウ・デーモン)達とアビスデーモンが慌ててそれを回収し、曰くナザリックにて徹底的に洗浄し神聖に清めます! との事らしい。いや悪魔が神聖に清めますとはどういう事だと、まるで邪悪な汚物扱いでおもわず苦笑する。

 正直たいした靴でもないからそのまま捨てても良いのだが――。

 

 

「……帰ろっか」

「そう…ですね……」

 お互いなんかものすごく疲れたと肩を落とす。

 裸足でヘタリ込んでいたシラタマをここまで来た時同様おんぶし、ニグンは《飛行》を発動させる。

「あー……このままニグンちゃんの部屋までよろしくー」

「は――!」

 観光の続きはまた今度にしようとシラタマは目を閉じ――……ん、待てよ? でもニグンちゃんに靴舐めさせるのはありか? うんありだな!? なんて企んでいた。

 

 




※ 今回のオリジナル魔法及び捏造部分※

《盲目の愛》
淫魔の女王のクラスレベル10で得られるスキル。女王に魅了された者はまさに愛の奴隷となり、二度死ぬまで女王の欲しがるものを与え、その身を尽くす従僕と化す。男はそれが洗脳なのだと気づくことはない。
ユグドラシル時代、ネカマではないガチの女王様だとの理由から自らパトロンになる精力に満ち溢れた男プレイヤーが多かったらしい。もちろん全員使い捨てた。
(ちなみにシラタマ様がこのスキルを使うのはマジでまったく興味のない男にのみである)

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