――快晴。
雲一つなく晴れ渡る青い空を見上げながら、かつて教師をしていたギルドメンバーが歌っていた童謡にあった「お日様ニコニコ」というフレーズはまさにこういうのを指すのだなあとモモンガ、いや、漆黒のローブに身を包んだ魔法詠唱者の男モモンは感動していた。
バハルス帝国のやや西部に位置する帝都アーウィンタール。
隅々までしっかりと舗装された道、街中を商人や行き交う国民たちでおおいに賑わっている。率直な感想をあげるなら――良い国だった。
その中を歩きながらモモンは「まずはどこから見て回ろうか」と隣を歩くシャルティア――ここではシャルと名乗るように言ってある――を見る。
シャルはいつものボールガウンでなく、黒のセーラー服を着用していた。そしてその指にはモモンガから貸し与えられた日光対策用の指輪もはめていて、これはヴァンパイアであるシャルティアは日光の下では全ての行動にペナルティを受けてしまうが為である。
(それにしても、誰もセーラー服を知らないとはいえ並んで歩くのは恥ずかしいなあ……はあ、まるで俺がロリコンの犯罪者みたいじゃないか)
本当ならもっと冒険者らしい服装をと思ったのだがペロロンチーノが用意していたシャルティアの衣装はどれもこれも派手なものばかりな上にやれナースだのやれスク水だの、一体どこで着るんだという服ばかりであった。その中で一番マシだったのが黒セーラーだったのである。
ペロロンチーノお手製のシャルティアドキドキ着せ替えコレクションにモモンガが頭を抱えたのは言うまでもない。
そんなシャルはモモンにどこか気になる所はあるかと聞かれ、静かに首を振る。
「私はモモンお兄ちゃんに従うでありんす」
「う、うむ。そうだな……とりあえずは適当に散策しつつ冒険者組合にでも行ってみるか。ああそれとだなシャルよ、やはりそのお兄ちゃんというのは……やめないか?」
「そっそれはどうしてでありんすか!? 『お兄ちゃん』は最も敬愛する殿方をお呼びする際の敬称であるとペロロンチーノ様が教えてくださいました……モモンお兄ちゃんは……わたしの最も愛する大切なお兄ちゃんでありんす!」
(ペロロンチーノォオオッ!!!!)
なんてこと吹き込んでんだアアッ!!
空の上でかつての親友である
「そ、そうか……わかった、うん。ならお兄ちゃんで構わないよ……では行こうか。ああそれと、人が多いから逸れないようにするんだぞシャル」
そう言ってシャルの手を取ると、シャルは顔を真っ赤に染め「はいっ!」と幸せそうに笑う。
その姿にまるで親友の娘さんと手を繋いでいるみたいだなあとさらに気恥ずかしくなったが、シャルティアが幸せそうならそれでいいかとそのまま手を繋ぎ街を散策することにした。
――バハルス帝国魔法学院。
貴族も平民も関係なく才能ある者を育て、必修である魔法の知識を始め様々な知識を学べる場所だ。
かつて仲間たちがナザリック学園を作ろうぜという話で盛り上がっていたのをモモンは思い出していた。
それにしても、帝国は聞いていた通り魔法詠唱者の教育に力を入れているらしい。先程看板で見た『帝国魔法省』という所もなかなか好奇心を刺激してくれた。ニグンの言っていた亜人や異形種が人気だという闘技場にも足を運んでみたい。
(すごい、本当にファンタジーの世界みたいだ……いや異世界なんだけどさ!)
大人気なくモモンは浮ついていたのだろう。
魔法学院前まで来た所で、モモンは学院から走ってきた少女とぶつかってしまった。全くダメージはなかったしモモンの方はビクともしなかったのだが――
「きゃあっ!」
少女の方は勢いよくはね返り、尻餅をつく。その拍子に少女の持っていた荷物が地面に散らばった。
「あっ! すみませ……っ」
モモンはおもわず手を差し出そうとし
「この人間の小娘如きがあッ! 私のモモンお兄ちゃんにぶつかってくるなんてえええッ!!」
シャルが悲鳴にも似た怒声をあげ、空間からズルリと槍を取り出そうと
「えっちょっおおおおいよせ! よすんだシャル! ちょっとまてえええ!!!」
間違いなく少女を殺すつもりだった。モモンはおもわず身を呈してそれを押し止める。
「どいてモモンお兄ちゃん! この娘殺せない! でありんす!」
「どうしてそうなるんだ!?」
物騒すぎるだろこの妹――! とモモンは泣きたくなった。空の上で鳥人がケラケラ笑っている気がする。
「……わ、私の為を思ってくれているのはわかっている。だが今は、頼むよ」
子供を宥めるようにモモンはシャルの頭を撫でる。シャルは「はわあっ」と高揚し「わ、わかりんした……」と少し息が荒いが、なんとか落ち着いてくれた。
「ふう、ああきみ、すまないね。大丈」
「ごめんなさいっ!」
少女が勢いよく頭を下げる。
「えっ? いや、ぶつかったのは私の方だ。きみが謝る必要はないさ、それに……ん?」
ぶつかった拍子に瓶を落としてしまったのだろう、少女の足元でポーション液が水溜りを作っていた。が、その色を見てモモンは眉を顰める。
「……青い……ポーション……?」
ユグドラシルのポーションは赤色だ。しかし少女の持っていた――もう割ってしまったが――ポーションは青色をしていた。
(……ッ! まさか、ユグドラシルとこの世界のポーションは違うのか!?)
知らずに赤色のポーションを人前で出していれば相当目立ったはずだ。そこから面倒ごとに巻き込まれたり無駄に目をつけられては困る。
(ポーションに関しては今後詳しく調べるべきだな……どこかでポーション作成の実験でもしてみるか)
「あ、あのー」
「ん? ああ、すまない。きみのポーションを割ってしまったな……弁償するよ。それと、ええと……」
足元に散らばった書物を見る。
どうやらそれらは教科書のようだった。
「きみはここの生徒なのかな?」
「――――ッ!」
途端少女が苦悶の表情を浮かべた。
(えっ何その反応!? 俺変な事言った!?)
「あー、その……余計なお世話だったか、な?」
「い、いえ、違うんです。その……確かに私はここの生徒、でした」
「でした?」
「はい、その……先程学院を、辞めてきたので」
「――ああ」
ようするに中退か。モモンは理解の意を込めて小さく頷く。
「それは、余計なことを聞いてしまってすまなかったな」
「いえ、いいんです……っ」
「うむ。それで……きみはこれからどこかへ向かう途中だったのかな?」
「は、はい。冒険者組合へ」
「何?」
少女の言葉にモモンとシャルはちらりと視線を交差させる。
「冒険者組合は冒険者になる者たちが行く場所ではないのか? まさかきみのような子供が? 少々厳しいのではないか?」
モモンの問いに少女は顔を伏せ、唇を噛む。のっぴきならない事情でもあるのだろうか?
しかしやがて少女は決意したのか顔をあげ
「それでも私は……っ冒険者にならないといけないんですっ!」
「……ほう」
その目はあの日のガゼフと同じ、心を決めた目だった。
(……何があったか知らないけど)
「なら丁度いい。私たちも今から冒険者組合に向かう途中だったんだ。一緒に行かないか?」
「えっ!」
「も、モモンお兄ちゃん!?」
どうしてと言わんばかりのシャルに「まあまあ」と右手を翳し、改めてモモンはその少女に向かい合う。
「実は私たちは旅をしていてね、この帝国には今日到着したばかりなのだよ。それに冒険者という職に興味もあったし、丁度良いかと思ったのだが」
「そ、そうなのですか……わかりました。では組合までご一緒致します」
「良かった」モモンは鷹揚に頷く。
「では行こうか。ああそうだ、私はモモン。そしてこの子はシャルだ。よろしく頼む」
「よ、よろしくでありんす」
戸惑いつつもシャルが頭を軽く下げる。
「あっ、わ、私はアルシェと申します! アルシェ・イーブ・リイル・フルトです」
育ちが良さそうな、そんな丁寧なお辞儀とともにその少女は名乗り返してくれた。
++++++
法国へ向けて一台の幌馬車が走っている。引いているのはゴーレム馬だ。食事に排泄、休憩も必要なく普通の馬ならば数日はかかるであろう道のりをその半分以下で走り切ってくれる。
「雲って本当に白いんだなあ…」
幌の上に寝転び、シラタマは空を見上げていた。
どこまでも続く晴天。元の世界では歴史の本や写真でしか見たことがない、そこには本物の空が広がっていた。こんな日はピクニックでもして草原でお昼寝できたら最高だろう。
「ニグンちゃーん、法国まであとどれくらいー?」
身を乗り出し、御者台に座っているニグンに声をかける。ゴーレム馬に鞭も手綱も必要ないのだが法国までの道案内がいる為ニグンを座らせていた。あとは幌の上にいるシラタマの話し相手の為でありぶっちゃけこちらが本命だ。
ニグンは「そうですね」と少し辺りを見渡し「あと半日ほどで見えてくるかと」答える。
「うえーまだそんなにあるのお……暇だなあ、ドラゴンでも襲ってこないかなあ……」
「なっ!? ご、ご冗談を……ドラゴンと戦闘など、我々は身を守る術がございません……それに私もまだドラゴンは」
「我々?」
あー、そういや積んでたなとシラタマは自分が寝転がっている幌の内側にいる者たちを思い出した。
中では陽光聖典の隊員が十人。保留として牢獄に入れておいた者たちだ。他にも何人か残していたが、法国に戻す為に記憶操作を行った際思っていた以上にMPを消費する事がわかり……その結果「もうめんどくさいし疲れるからこれくらいで良くね?」となったシラタマとモモンガにより適当に間引き、いや選ばれた十人であった。
法国へは魔神との激しい戦闘をしたのだと偽る為彼らを適度に痛めつけた後で記憶操作してある。そのせいか全員疲労困憊という風で幌の中で休んでいた。
ちなみに残りの隊員はほとんど実験用に回された。
隊員達には悪いことをした……とニグンは思う。
しかしナザリックに、絶望的な悪魔の巣に捕縛された時点で、いや、対峙してしまった時点で彼ら全員の命はなかったのだ。そこで全滅という道を回避出来ただけでもそれはとんでもなく幸運なのである。
法国に確実に情報を持ち帰る為、そしてこちらの情報ーーとくに上層部の者しか知り得ぬ重大機密は絶対にだーーを与えない為だったとはいえ、一度は自分のみの命乞いをする選択をした事に後悔はない。だが――それでもニグンは犠牲となった者達を悼んだ。しかし元より任務前には遺書を書くようにとしているのが陽光聖典だ。いつ死んでもいいように、と。
いざ思い直すと相当イカれた部隊だったなあとニグンは目を細めた。
一方でシラタマにとって隊員達などどうでも良かった。ただ全員殺しちゃったらさすがにニグンちゃんが悲しむかなあ程度の認識であり――それはそれで見てみたいからありなのだが――要するにシラタマにとっては大事な玩具であるニグン以外は心底どうでも良かった。
(……今いきなり幌を、中にいる隊員ごとぺちゃんこにしたらニグンちゃん驚くかな?)
最悪極まりないサプライズを考えているとニグンから声がかかる。
「どしたの?」
「はっ、あの、あちらから何者かが、真っ直ぐに向かってきます」
「ん――?」
言われた方向、進行方向である法国方面に目を向けると、確かに誰かがこちらに向かって歩いてきていた。
黒いフードを目深に被り顔はわからないが、体格からして女だろう。
しかし妙だ。法国から歩いてきている辺りお出迎え、という雰囲気ではなく商人や旅人にも見えない。
フードの女はそのまま幌馬車の前までやってきて、足を止めた。
「……なーんだ。追手かと思ったけどまさか行方不明中の陽光聖典隊長さんじゃない。生きてたんだー」
そう言ってフードをとる。
それは――金髪ボブヘアーの女だった。どこか猫のような雰囲気を身に纏い、その赤い瞳がこちらの様子をじっとりと観察して……シラタマと目が合う。
「…………亜人種?」
女が首を傾げ、シラタマは顔を顰める。
「……ニグンちゃん何コイツ、知り合い?」
「え、ええ……彼女は法国の、漆黒聖典の第九席次です。名前は」
「悪いけどさあ! おしゃべりを楽しんでる暇ないんだよねえ!」
女が不快そうに声をあげ二人の会話を切り、
シラタマは舌打ちした。
そんなシラタマにニグンはああまずいと事態を察する。
「私はクレマンティーヌ。ほんとなら遊んであげたいんだけどさあ、今ちょっと急いでるの。鉢合わせちゃったのはもう運が悪かったってことでさ…………死んでもらうね?」
モモンさん、帝国へ。
ダークウォーリアー様ではなく魔法詠唱者スタイルでのご入国! そのあたりであったいざこざは後日閑話として書く予定です。
そしてアルシェちゃんはご都合主義により原作よりも退学時期が遅くなりました。フォーサイト達よりも前に化け物に出会っちゃいましたね。