スレイン法国――。
六百年前に現れた強大な力を持つ六名のプレイヤーによって救われた人間の国家であり、プレイヤー達を六大神と定めて信仰し人類の守り手として他種族狩りなどの活動を長年に渡り行っている。
人こそが神に選ばれた民であるという宗教概念を持ち、人以外の他種族は殲滅すべしという理念を掲げ人間以外の他種族に排他的かつ攻撃的である――ものの、スレイン法国が他種族狩りを行っているお陰で周辺の他の人間国家が保たれているのもまた事実であった。
一見過激的な理念を掲げている国ではあるが、スレイン法国の存在によりこの世界の人類は絶滅せず今日まで生き延びられているのである。
すべての法国民は毎日其々が信仰する神を祀った神殿へと足を運び神への信仰を捧げている。国の入り口はかつての世界に存在していた凱旋門を彷彿とさせるデザインをしており、そこでは神官数人と魔法詠唱者、さらに剣士らしき者達が検問を行なっていた。
そこへ陽光聖典らを乗せた幌馬車が接近していき、こちらに気づいたらしい神官の男がぎょっと驚愕の表情を浮かべる。
「――る、ルーイン隊長!? ルーイン隊長ですか!?」
その神官はどうやらニグンを知っていたらしく、幌の上から御者台の隣へ移動していたシラタマは「知り合い?」と小声で確認する。
「……ええ、法国に残していた陽光聖典予備隊員の一人です」
「あ、まだいたんだ」
陽光聖典は総勢で100人おりカルネ村の任務についていたのはその内の45人ですとニグンが説明しているうちに、幌馬車の前には多くの人が集まってきていた。
口々に行方不明だった事や何があったのか、幌の馬は一体何なのか等を訪ねてくるが、それに関してはまずは神官長へ報告するからとニグンが一蹴する。
「あ、あの、ルーイン隊長、隣の方は……?」
「む…」
最初に駆け寄ってきた予備隊員の男だ。男は怪訝そうにはしているが、どこか惚けるような目でシラタマを見ていた。
それもそのはず。今のシラタマはサキュバスの姿ではなく、透き通るような美しい白銀の髪を靡かせ、白百合のような可憐さと不思議とどこか妖艶さも兼ね揃えた――人間の美少女だった。
それはかつてユグドラシルを引退した際に「あげるよー」とぶくぶく茶釜から貰っていた『人化の指輪』の効果であった。同じく他のギルメンやまいこからも「じゃあぼくのも」と人化の指輪を貰っていたが、こっちは現在モモンガに貸している。
冒険者になると言っていたモモンガと違いシラタマは人間のフリをするつもりはなかったのだが――法国は人間以外の種族には厳しいというのもあり、神官長への謁見までその他の
(本当にわからないものだな……)
隣に座っているシラタマに、素直にニグンは感心する。すっかりと全員騙されているからだ。
しかしもし異形であるシラタマに対して法国民が馬鹿な行いをすれば――ニグンはソレを想像するだけで恐怖に身を震わせる。間違いなく法国は数日で、いや最悪一晩で滅ぶ。
「……とにかく今はすぐにでも神官長らに謁見したい。道を開けてくれ」
「は、はい! すぐに!」
わらわらと集まっていた者達がはけていく。
最後に予備隊員の男がすぐに他の隊員達を徴集するかと尋ねてきたがニグンはそれを断る。
「私達の帰還と神殿へ向かった事だけを伝えてくれるだけでいい、班長は今誰がいる?」
「はっ! 一班のイアン・アルス・ハイム班長が待機しております!」
「ああ、なるほどイアンか。ならばイアンに伝えておいてくれ」
あいつなら心配はいらないだろうと付け足すと、予備隊員の男は頭を下げ全速力で駆けて行った。その後ろ姿を一瞥し、こちらもこのまま真っ直ぐ神殿へ向かってしまおうとゴーレム馬に指示を出す。
――法国神都。そこには白を基調とした街並み、神殿や聖堂を主とした中世ローマのような世界が広がっていた。道行く人らも皆がかつて歴史の本や写真で見たような姿をしている。
「ニグンちゃんニグンちゃん! あれ! あのでかいの何!? 」
「ああ、あれは神の塔です。かつて六大神様が神都の広場に建てられたと伝えられておりまして、塔からはスレイン法国が一望できますよ」
「おお、じゃああれは!? あそこの川みたいなのにある小さい舟は!? もしかしてゴンドラ!?」
「ええ、よくご存知で。あれも六大神様がお伝えになられたもので」
「マジかよ本物初めてみたぁぁ……」
そもそもリアルでは乗り物自体富裕層にしか許されていなかったし海外の乗り物なんて実際に見る機会すらない。だが今目の前にあるのはかつて観た映画の世界であり、シラタマは感動のあまり涙腺が緩むのを堪えながら景色を堪能していた。六大神、かつていたプレイヤー達は荒廃したリアルで憧れていた世界をここで再現したかったのだろうか。もし可能なら、あとで観光するのも良いかもしれない。
そんなシラタマを横目で眺めながら、ニグンは馬車を神殿へ向けて走らせた。
++++++
ガゼフ・ストロノーフ暗殺の任務に出たきり行方不明となっていた陽光聖典の帰還は即座に法国神殿内、神官長らに伝わった。
神殿内にて――幌の中にいた隊員達は肉体的にも精神的にも相当な負荷と疲労が見受けられた為に先に別室へと運ばれていく。おそらくは治癒魔法を得意とする神官らの所だろう。
そして二人はスレイン法国最奥へと向かう。
どうして――とニグンはひしひしと嫌な予感を全身で感じ今からでも引き返したい衝動に駆られていた。そこへ来いと使いの神官に言われた時は嘘だとも思ったほどだ。だがそうではない。
最奥には国の最高執行機関のメンバーしか入室できない神聖不可侵の部屋という場所があり、相当な事態がなければそこへは並みの人間は近づく事さえも許されていないのだ。
(つまり我らの帰還は……相当な事態というわけか)
おそらく待つのは法国最高執行機関である神官長らと、最高神官長も同席しているとニグンは踏んでいた。自分たちが任務を失敗したあげく連絡を絶ってから一週間以上は経過している。
彼らとしてはすでに陽光聖典は滅びたと結論付け、ならば何があったのかと事態の把握に動いていたはずである。だがここにきて帰還とくればすぐにでも挙って情報を得ようとするだろう。
「……何も起こらなければ良いのだが」
ボソリと呟いたそれに、シラタマは何かあれば私がなんとかしてあげると得意げに鼻を鳴らす。
いや貴方が一番不安なんですとは言えるはずなく、ニグンは引きつった笑みを浮かべた。
++++++
扉前にはすでに何人かの神官が待っていた。彼らは真紅の神官衣を纏った神殿上位衛兵でもあり、ニグンに対し軽く頭を下げるとその隣にいるシラタマに対しあからさまに顔を顰める。
「ニグン・グリッド・ルーイン殿、そちらの方は?」
「……此度の報告に関する最重要人物ですよ。神官長らへの御目通りを」
「この女がか?」
ジロリ、と上位衛兵らが睨む。口には出さないが彼らの本音は「そんな何処ぞの女などを神聖なる場に連れていくのか?」だろう。
ニグンはちらりとシラタマに視線をやり――『面倒だしこいつやっちゃおうか?』と言わんばかりの笑顔を向けられ、慌てて首を横に振った。
「ルーイン殿?」
「いえ、とにかく今は一刻も早く神官長へ報告すべき事があるのです。……ここを通して頂きたい」
「…………」
すると彼らは呆れたように大げさに肩を竦め、渋々と扉を開いてくれた。その先は神殿最奥、神聖不可侵の部屋へと繋がる通路と、その手前に造られた謁見の間が広がっていた。
ニグンは中へ足を踏み入れ、ふとその足が止まる。奥で待っている者達の姿が見えたからだ。中にいたのは予想した通りに六人の神官長と最高神官長、これに法国軍事機関の最高責任者である大元帥。この時点で法国最高執行機関の半数以上が集合しており、そしてその側で警護するかのように――漆黒聖典達がいた。それも完全武装のだ。
最悪だと心の中で吐き捨てる。彼らがここにいる理由、それはその気になればこの場で本気の戦闘になるぞという――警告だ。
(そういえばあの時モモンガ様は何者かが陽光聖典を、いや、俺を監視していたと言っていた……つまり、やはり本国は……いや、彼らは俺を信用していないということか)
一歩、また一歩と歩を進める。その都度にのしかかる重圧と側に控える集団から向けられる威圧にゴクリと喉を上下させ――隣ではシラタマが呑気に口笛を吹いている。本気でやめてほしい――そして神官長らが待ち構える前で膝をつき頭を下げた。
「……陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーイン、只今帰還致しました」
「……よく、戻った」
風の神官長であり元陽光聖典の上司、ドミニク・イーレ・パルトゥーシュがまず応える。他の神官長らも互いに目配せし合うと、再びドミニクが口を開いた。
「――さっそく色々と訪ねたいところだが……先ずはそちらのお嬢さん……あなたは何者ですかな?」
その問いに全員の目がシラタマを睨むが、シラタマは膝をつくことも頭を下げることもなくただ呑気に突っ立って辺りをきょろきょろと見渡していた。そのせいもあり当たり前だがこの場にいる全員、ニグン以外が彼女の態度に不快感を露わにしている。そんな場の空気にシラタマ自身も気づいているだろうが、彼女から何も言わない以上はニグンが言葉を返すしかない。
「……か、彼女は……シラタマ・ホイップ・ナマクリーム様です。我々の、命の恩人であり……」
先に打ち合わせた通りの言葉を慎重に紡ぐ。
「――神、プレイヤー様です」
――瞬間、この場の時が止まったかのような静寂と沈黙が流れ、全員の表情は驚愕という色に染まった。「まさか?」「何を馬鹿なことを!」という声が聞こえてくる。それらの反応は側に控えている漆黒聖典達も同様だった。
突然どーもこんにちはプレイヤーですと言われてはいそうですかと信じるわけがない。それほどまでに法国でのプレイヤーの存在は特別なのだから。騒然とする中で最高神官長がゴホンとわざとらしく咳払いし、場を沈める。
「………何があったのか、話して貰おう」
ニグンは軽く頭を下げそれに応えると、デミウルゴスが用意した台本の言葉を伝えるのであった。
ガゼフ・ストロノーフの暗殺任務中、突如として謎のモンスターと遭遇した事を。そしてそのあまりにも暴虐で強大な力の前に神官長から譲り受けた最高位天使、
そしてそこを救ったのが――
「そちらの御方……というわけかな」
神官長達が静かに息を吐く。
場はいつのまにか異常なまでの緊迫感で満たされており、ニグンは冷たい汗が喉元を伝うのを感じながらゆっくりと首肯した。
そこで漸く、シラタマが一歩前に出る。
全員の視線が集まり、対してシラタマはひとりひとり見定めるかのようにゆっくりと見回し微笑すると、スカートの両裾を軽く摘み上げ優雅にお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。私の名はシラタマ・ホイップ・ナマクリーム。親しみを込めてシラタマと呼んで頂いて構いませんわ」
毅然としたその姿は、圧倒的力を持った支配者然とした振る舞いであった。
※今回の捏造ポイント※
法国の街並み、神殿や神聖な建造物の多い国家って古代~中世ローマ的なイメージがあります。