提督が鎮守府より“出撃”しました。これより艦隊の指揮に入りま………え?   作:夏夜月怪像

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少女は夢を見た。

雲一つ無い、澄んだ夜空。

その中で浮かぶ、金色の満月……

そして、月光に映える銀色のマフラーが風に靡いているのが見えた。


―――その影は、不思議な姿をしていた。

右半身が鮮やかな緑で、マフラーは右肩から伸びている。

左半身は渋い黒で、月の光とのコントラストが美しいと思えた。


その影が見ているのは、巨大な風車が回る夜の街。


此処は……そうだ

私が流れ着いた……



―――少女の夢は、そこで途切れた。


17話 : Sとの邂逅/無期限の依頼

スマイル・ドーパントとその秘密を巡る戦いは、ひっそりと終わりを告げた。

 

 

「…………」

 

 

タイプライターで報告書を作成する、鳴海探偵事務所の私立探偵・左 翔太郎。

 

事務所で独り作業をしつつ、彼は事件解決直後の一幕を回想していた…………。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

スマイルメモリの本来の持ち主であり、たまたま遭遇し、保護した艦娘の夕立を、亡き娘として傍に置いていた依頼人の白川小百合……彼女は、翔太郎の推理によって暴かれた事の真相を全て認め、警察に連行されて行った。

 

パトカーに乗せられ、ドアの閉まる直前まで微かに聞こえていた「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい………」という小百合の謝罪が強く印象に残った。

 

 

「ご主人様……。ホントに良かったのかな、あのまま連れて行って……」

「確かに、彼女は犠牲者の一人には違いねえ。けどな……彼女は、一度失くしたら二度と還らない物を強く求め過ぎた。結果、夕立という一人の女の子を巻き込んで、苦しめちまった。それが、彼女が数えなきゃならない罪だと、俺は思う」

 

 

全ての謎を解き明かした直後、翔太郎は一度、小百合に自首するよう説得を試みた。

 

 

……しかし。やはりと言うべきか、他の例に漏れず、ガイアメモリの毒素にやられ、依存症に陥っていた彼女は、あろうことかメモリによる贖罪を懇願した。

 

 

『このメモリを使えば、他の皆さんを苦しみから開放出来るんです!お願いです…どうか、私に償いのチャンスを……!!』

『ダメだ!そんな事しても、あんたの罪を増やすだけだ!メモリをこっちに渡して、その後ちゃんと法に則った上で償いをしてくれ!!』

 

『いや……いや!いやあぁぁあっ!!!』

 

 

それまで大人しかった雰囲気はかき消えてしまい、小百合は狂ったように室内を逃げ惑う。

 

 

………その時。

 

 

「この………大バカ野郎ッ!!!」

 

 

小柄な体躯を活かし、小百合の死角に回り込んだ漣が、小百合の腕を掴み、背中に飛び乗って押さえ込んだ。

 

同時に、スマイルメモリは床に落ち、翔太郎が慌てて回収する。

 

 

「離して…!お願い、離してッ!!」

 

「小百合さん…いい加減、目ぇ覚ましなよ……!あんたがどんなに辛い想いをしたかは、大事な人を亡くしたことのある私にはイヤってほど分かる!分かるけど……亭主も娘さんも、もう帰ってこねーんだよ……いつまでも現実逃避してんじゃねえよッ!!」

 

「……っ…う…うぅ……ッ…!」

 

 

漣の強い喝に、小百合は涙を溢れさせ、抵抗する意思を失った。

 

 

 

それから、翔太郎は警察を呼び、小百合の身柄を引き渡したのだった………。

 

 

 

 

「………」

 

(確かに、幸せな夢や想い出に浸り続けられるなら、辛い想いを忘れるのに都合が良いかもしれない。……でも)

 

(その向き合わなくちゃいけない、辛い過去も引っくるめて、「今の自分」を形成しているのだと思えてならない)

 

 

「翔太郎くん。夕立ちゃん、意識が戻ったって」

「そうか。じゃあ、挨拶に行くか。漣、来るか?」

「モチコース!」

 

 

そして、翔太郎たちが警察病院に着くと……

 

 

「……ん?」

「あれって………あっ!曽根崎進!?」

 

亜樹子が驚き、指差した先に居たのは、艦娘及び深海棲艦の研究家、曽根崎進であった。

 

「ん?何です、あなた方は?」

 

あからさまに面倒臭そうな態度を取る曽根崎を見て、翔太郎は不快感を抱いた。

 

「…鳴海探偵事務所の左です」

「同じく、所長の鳴海亜樹子でぇす……」

 

亜樹子もその嫌な雰囲気を感じ取ったらしく、苦笑い混じりの愛想笑いをした。

 

 

「ご主人様……どちらさんッスか?アレ」

 

小声で尋ねる漣に、翔太郎も小声で返した。

 

「自称・艦娘と深海棲艦について研究してる評論家…だとよ」

 

 

評論家が警察病院に何用かと、翔太郎たちは不審がりながらも夕立の居る病室へと向かう

 

………が、しかし。

 

なんと、曽根崎と目的地が全く同じ、夕立の病室だったのである。

 

 

「はいぃ!?」

「ちょっと、私、聞いてないっ!」

 

動揺する亜樹子と漣を見て、「喧しい猿共め……」と小声で呟きながら、病室へと入ろうとした。

 

「おっと、待ちな。この先は訳ありの病人しかいないぜ?」

 

翔太郎が呼び止めるも、曽根崎は一言。

 

「艦娘が居ることぐらい、私が知らぬとでも?」

 

それだけを言うと、さっさと入った。

 

 

「っな?!ちょ、おまっ!!」

 

 

 

室内に入ると、夕立はちょうど目が覚めたのか上体を起こし、窓の外を眺めていた。

 

「おい、アンタ!面会の許可は取っ―――」

解体(スクラップに)する役立たず(ガラクタ)などに、言葉など要らん」

「―――ハ…?」

 

 

曽根崎の言葉に、翔太郎は目を見開いた。

亜樹子もポカンとしている。

 

「ガラクタ……だと…」

「武器も無い、整備もされていない。おまけにドーパントなどになっていただと?そんなモノに使い道など無いに決まっているだろう?さっさと解体して、次の兵器開発に資材を当てる方がよっぽど合理的だ」

 

 

淡々と、当たり前のように話す曽根崎の胸ぐらを掴み、翔太郎は詰め寄る。

 

「ちょ、ご主人様!?」

 

「撤回しろ……」

「何をだ?あと、その手を離せ」

「夕立に対して、人格を否定する物言いを撤回しろつってんだよ!!」

「オイ、この馬鹿を摘み出せ。あと、この私に対する無礼な態度の謝罪と賠償金を要求する」

「無視してんじゃねえッ!!!」

 

怒りを露わにした翔太郎を見て、曽根崎は呆れ顔をする。

 

「何を熱くなっている?艦娘を人間だとでも思っているのか?まったくめでたい奴だな……艦娘など、人の形をしているだけの兵器だろう?」

「テメェ……!!」

 

翔太郎が予感していた通り。

 

曽根崎は、艦娘を消耗品や兵器として見なす、『艦娘人格否定派』の人間であった。

 

 

いつになく、ハードボイルドらしからぬ激情に駆られ、翔太郎は曽根崎を殴り倒そうとした。

 

 

しかし……

 

 

「探偵さん。夕立は……気にしてないっぽい」

 

「!!」

 

 

そんな翔太郎を宥めたのは、あろうことか夕立だった。

 

「夕立は艦娘だから……特に気にしてないっぽい。ちょっとの間だったけど……私、人間になれて嬉しかったっぽい」

 

 

そう言って、明るく笑って見せた夕立の目には

 

ハッキリと涙が浮かんでいた。

 

 

「フン……さすが、兵器は物分りが良いな?さあ、バカな探偵気取り。その手を離せ、命令だ」

 

 

 

翔太郎が歯を食いしばりながら、手を離しかけた…次の瞬間。

 

 

「ごめぇえんくうださあぁぁいッ!!」

 

 

横から、第三者の左フックが飛んできて。

曽根崎の顔を殴り飛ばした。

 

「ぐあっふぇ!!?」

「っ!!?」

 

 

振るった拳を軽く振り、ポキポキと指を鳴らしながら、軍服姿をした一人の男が立っていた。

 

「ヨッス、自称・艦娘評論家さん。俺の顔、覚えてるよなぁ?忘れたとは言わせへんで」

 

 

「きっ……貴様…!!《謎》の……!?」

 

 

―――《謎の鎮守府》という通称で知られる、とある鎮守府の噂がある。

 

そこは、艦隊として優れた活躍をするのみならず、ブラック鎮守府をリストアップし、徹底的に駆除してまわる《影の艦隊》としての顔を持っていた。

 

そして、その《影の艦隊》リーダーであるのがこの男……『ヒィッツ=カラルド』中将(コードネーム)である。

 

 

「はいー、お勤めごくろーさんでした〜。あんなぁ、オタクについてちぃーっとばかし黒い話を聞いたもんやからね?軍警部まで同行してもらえる?」

「は……はぁあ!?人を殴り飛ばしておいて、謝罪も無し?挙げ句の果に、この私を容疑者扱いだと!?それを言うなら、あの探偵気取りが居るだろうがっ!!この私を誰だと思ってやがるっ!!」

 

喚く曽根崎に対し、ヒィッツは冷ややかな目で見ながら伝えた。

 

 

「元赤塚鎮守府の資金横領、大本営保守派との癒着……まだまだあるでぇ?」

 

その口から語られるのは、曽根崎がこれまで重ねてきたキャリアや自尊心の象徴を尽く破壊する『罪の山』。

 

 

「う…嘘だ……デタラメだ……!私は違う……私は…俺は…俺は違う……!!俺は違うッ!!!」

 

 

流れ出る冷や汗、震えの止まらない体。

 

 

膝から崩れ落ち、みっともない様子で逃げようとする。

 

 

その先には

 

 

「……ひっ!?」

 

赤いレザージャケットに赤いズボン、革のブーツでコーディネートした眼光鋭い男だった。

 

「だっ…誰だ、お前はぁ!?」

 

 

エリート公務員の面影は微塵も無く、小悪党の様に狼狽える曽根崎を、男―――照井 竜は静かに告げた。

 

 

「俺に質問をするな……!」

 

 

 

「ご主人様、あの人は?」

「ああ、亜樹子の旦那だよ。風都署・超常犯罪捜査課の警視《照井 竜》。この街で、最もガイアメモリ犯罪を憎む警察官さ」

 

翔太郎が軽く紹介するも、漣はふと気になる点を見つけた。

 

「ほえ?照井って……」

「あー、お父さんから継いだ事務所が通り名なんで、旧姓を名乗ってるんだ・け・どぉ…」

 

「あたし、戸籍上は照井亜樹子でぇー〜すっ!!」

愛する夫へのラブラブオーラを振り撒きながら、漣に紹介する亜樹子。

しかし、そんな妻のノリをクールに流しつつ、照井は仕事をこなす。

 

「曽根崎 進だな。海軍運営資金横領と海軍総司令部との癒着の件について聞きたいことがある。署まで同行願おうか」

「あ……あれ?竜くん…竜くん、スルー?竜くーんっ」

 

 

「しらない……しらない…」

 

「刃野刑事。真倉刑事」

 

「はい」

「はいっ」

 

すっかり魂の抜けた人形の様になってしまった曽根崎を連れて、刃野とマッキーこと真倉は病室を後にした。

 

 

「ヒィッツ中将、捜査のご協力感謝します」

「良いって良いって。ああゆう連中を公的に叩けるんやから、寧ろ願ったり叶ったりやて」

 

照井の謝辞に対し、ヒィッツはケラケラと笑う。

 

 

「左。彼女たちに言うべきことがあるんだろう?」

 

「うっ……わーってるよ…」

 

 

漣、そして唐突な展開にポカンとしたままの夕立を前にして、翔太郎は頭を下げた。

 

「二人共……すまねえ!守ってやるとか、偉そうなことを言っておいてこのザマだ……!!いくら詫びても許されない、最悪な思いをさせちまった……」

 

「ご主人様、止しなよ!」

「夕立も特に気にしてないっぽいー!」

「しかしだな……」

 

 

翔太郎の謝罪を許そうとする漣と夕立に対し、このままでは気が済まないと言う翔太郎。

 

そこに、ヒィッツがこんな事を言い出した。

 

「そんならなぁ……左 翔太郎!俺から無期限の依頼を出させてもらうで?」

 

「無期限の…依頼?」

 

 

「そっ。内容はズバリ!『漣と夕立、そして探偵事務所のメンバーと共に、風都艦隊を作れ!!』これで決まりや!」

 

「えっ……?」

 

 

「えええぇぇぇええっ!!?」

 

「mjdk!!?」

「ぽい!?」

 

 

「つーわけで!がんばりや〜?」

 

ハッハッハーと笑いながら、言いたい事だけ言ってヒィッツは帰ってしまった。

 

「………えっと…」

「………まっ。中将閣下のご命令ならば、拒否権はありませんわな?」

「探偵さん。もとい、提督さん。改めまして、これからよろしくお願いします!」

 

漣、そして夕立の敬礼を受け、翔太郎は苦笑いを浮かべた。

 

 

「ハハハ………。マジかよ……」

 

 

 

 

この日、風吹く街にとても小さな、しかし巨大な鎮守府と艦隊が誕生した。

 

そして……

 

この艦隊は、後に大きな奇跡を起こすこととなるのだが、それはまた後のお話。




風が吹く。街が泣く。
その時が、ふたりの出番だ。
街に笑顔が戻ったとき、ふたりはそっと翼を休める。
そんな英雄に、風は優しい。(「仮面ライダーぴあ」より)

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