提督が鎮守府より“出撃”しました。これより艦隊の指揮に入りま………え? 作:夏夜月怪像
だから、人の夢を守ることにした。
やがて、夢は見つかった。
その日の空は青かった。
どこまでも澄んだ空に―――砂が舞った。(「仮面ライダーぴあ」より)
「はっ……はっ……!」
気付けば、巧と龍田は鎮守府に向かって走っていた。
「たくみちゃん、龍田さーん!どうしたのぉ〜?」
付いてきていた文月や長月も、何事かと追いかける。
「お前らまで付いてくんな!ちょっと待ってろ!!」
「あら?たっちゃん、女の子を放ったらかしにするなんてヒドイわ〜」
「そういうお前だって、真っ先に一人で行こうとしてたらぉが!」
出会って、まだ一日も経っていないのに、巧と龍田のやり取りは漫才の掛け合いの様に呼吸がぴったり合っていた。
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騒ぎを聞きつけ、何事かと寮内の艦娘たちも外に出てきた。
「な……何、アレ………!?」
「お…お化けでしょうか……!?」
一番に現場を目撃した五十鈴と、白露型駆逐艦《春雨》は身を潜めながら、2体の灰色の怪物……レオオルフェノクとボアオルフェノク・爆走態の争いを窺っていた。
『フウウ……!』
『ゴルルル…ッ、グルアァァアオッ!!』
五十鈴たちの視線を感じ取り、ボアオルフェノクは彼女らを巻き込むまいとして、鎮守府の敷地外へとレオオルフェノクを誘導していった。
『
『捨てたつもりは無い!お前たち《官僚派》が、俺たちを嵌めたんだろうがッ!!』
『………はっ。
『………な、に?』
たかが人間―――
その一言に、ボアオルフェノクは目を見開いた。
世間から消え失せ、15年もの月日が経った今もなお、影に潜んでいるだけなのでは……と囁かれ続けている、とある企業体の名を冠した『組織』の名が甦ってきた。
しかし……と、ボアオルフェノクは動揺した。
『組織』の壊滅と艦隊司令部の設立には、大きなブランクがある。
ましてや、『組織』のトップや幹部はとうに破滅しており、企業その物も解体されている。
『まさか……お前は………!!?』
―――巧と龍田たちが鎮守府の門前に着いた頃。
ほぼ同じタイミングで、駆逐艦《三日月》が飛び出してきて、巧とぶつかった。
「っと……!お前、三日月か?」
「乾さん!!猪宮さんが……猪宮さんが……ッ…」
瞬間――
巧も龍田も、嫌な予感が脳裏を
「巧ちゃん……先、行くわね」
そう言うが早いか、龍田は独り走り出した。
「龍田!!………くっ!文月、長月!そいつは任せたぞ?」
「え?あ…ああ!」
「ふえ!?ちょ、たくみちゃーん!」
引き止めようとする文月の声を振り切って、龍田の後を追いかけた。
そして……
龍田を見つけたとき、巧の眼に映ったのは、龍田の傍らで傷だらけの身体を横たえている、ボアオルフェノクの姿だった。
「……巧ちゃん…」
「龍田………そいつは…」
「解ってる……。この人は……私の父よ」
「……………」
様々な感情を押し殺しながら、そう答える龍田に、巧は一瞬、口を閉ざす。
しかし、ボアオルフェノク――猪宮と目が合ったので、彼の傍に歩み寄った。
『……い…ぬい……か?』
影の中に猪宮の姿が現れ、弱々しい声で呼びかける。
「…ああ、居るぜ。あんたの娘も一緒だ」
『………そう…か……やっぱ…バレてたか……。はは、俺も……ずいぶん…隠し事……ヘタクソになった、もんだ…なぁ……』
ボアオルフェノクの手を取り、龍田は穏やかに微笑んだ。
「……判るよ。お父さん、嘘吐いたり隠し事があると、傷つけたくない人を必ず遠ざけるじゃない。お母さんや、私を守ろうとした時もそうだった……忘れたの?」
『……そう、だったな……』
かつて……猪宮忠夫が提督を務めていた頃。彼には妻子が居た。
家族と等しく、艦娘たちも大切にしていたので、『子煩悩提督』とあだ名されていたほどだ。
しかし、そんな彼の運営方針と少将という地位を気に食わない《艦娘蔑視派》や官僚主義の権力者である少数の一派たちが、力量に不釣り合いだとか提督として不適合だとか、あれこれ難癖をつけてきたのである。
それらを気にも止めず、「言いたい奴には言わせておいて、自分のやり方は貫く」をモットーとしていたのだが、それが連中の怒りに火を点ける要因となってしまった。
偽の任務書によって、連中が隠してきた悪事の全てを引き受ける結果となってしまい、罪人に仕立て上げられてしまったのだ。
懸命に無実を訴えたが、軍事裁判の役人たちさえも彼らの息のかかった者たちで構成されていた為、まともに取り合って貰える筈もなかった。
挙げ句、自ら考えることを放棄したチンピラ同然の憲兵によって捕らえられ、執拗な拷問を加えられた上に、劇薬を浴びせられたことで、顔も酷く傷つき、人としての全ての権利を奪われ、否定されてしまったのである。
絶望し、“死”を強く望んだその時、猪宮はオルフェノクとして目覚めた。
長い潜伏期間を経て、一人娘である紫苑の行方を捜しに行動を起こして程なく、彼女が《艦娘》として前線に出ているという話を耳にしたが、まさか彼女の居る鎮守府が、かつての自分の職場だと知った時は、なんという皮肉かと思った。
これはまたとない、復讐のチャンスだと………。
幸い、奴は過去の自分しか知らない。ならば、誰にも不審がられぬよう入り込まねば……勿論、ただ復讐するだけでは物足りない。現場の艦娘たちから、少しでも奴を仕留めるに値する『理由』を集めねば。
全ては、この身で守れなかった大切な者たちへの贖罪と、この身を人ならざるモノに変えた者たちへの報復のため……
「ずっと……私たちを守るために、みんなから嫌われ続けてくれたのね。ブタって陰口を言われながら……ずっと、ずーっと……」
ボアオルフェノクの右手を、自分の左頬に触れさせながら龍田は愛おしげに微笑んだ。
その眼に、涙を浮かべながら。
「バカね……私のパパは、世界で一番優しい
『………っ……ゴメンな……ゴメンなあ……しお―――』
別れの言葉はおろか、謝罪の言葉も言い終わらぬうちに、ボアオルフェノクこと猪宮忠雄の肉体は灰となって崩れ落ち。
龍田の手を…頬を灰で汚すことだけを最後に、その二度目の生涯に、静かに幕を下ろした………。
「………ごめん…たっちゃん。ちょっとだけ……作業着を濡らしちゃうね?」
「……勝手にしろ」
そう言いながら、巧が龍田の頭に手を置くと、龍田は巧に抱きつき、大声を上げて泣き出した。
追いつき、傍で聞いていた三日月や文月たちも、大粒の涙を流しながら泣き叫んだ。
あやすように、龍田の背中を叩きながら、巧は小さく呟いた。
「何がブタだ……。アンタだって人間だろうが……バッカヤロォ……」
小さな
夢を抱くもの、夢を奪うもの。
そして……誰かの夢を守るために、誰かの夢を潰すものが居た。
その守り人は紅い閃光と共に現れ……己が使命を罪と呼んだ。
次回『JustiΦ's』