提督が鎮守府より“出撃”しました。これより艦隊の指揮に入りま………え? 作:夏夜月怪像
暁の水平線に、紅い勝利の刻印を刻んだ男の行く末は?
猪宮、並びに春島の死から一夜明けて。
今だに激闘の傷跡が残る【流星鎮守府】の食堂で、龍田たちは朝食を摂っていた。
「………」
「……龍田、大丈夫?」
沈黙の空気を変えようと、思い切って五十鈴は龍田に話しかける。
「ん……うん。おと……猪宮さんの事は、まだ割り切れてないけど……」
「良いよ?無理しなくて……。三日月たちから聞いたわ、猪宮さんとあなたの関係。だから……ちゃんと“お父さん”って呼んであげないと、安心して眠れないわよ?」
五十鈴の暖かい言葉に、龍田は再び涙を溢れさせる。
龍田の左隣に座っていた春雨が、優しく背中を撫でた。
「……乾さん、早く帰ってこないかな………」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大本営 海軍総司令部 懲罰房
春島勇矢中佐殺害の容疑で、男――巧はそこに居た。
戦闘中、騒ぎを聞きつけ、状況を目撃した市民が通報した為、戦闘の終了直後、憲兵隊が到着。
「貴様がやったのか………?」
「ここの鎮守府の提督はどうした!」
憲兵からの質問に対し、ファイズの変身を解除した巧はあっさりと答えた。
「俺が殺した」
理由も、経緯も話すことなく。自分の犯した行為だけを簡潔に伝えて、そのまま連行されたのである。
そして現在。改めて取り調べを受けるべく、身柄を拘束されていた。
抵抗する気は更々無かったのだが、「万が一ということもある」として、一人の生真面目な憲兵から手錠を掛けられた。
「ハア……」
面倒臭い手続きがあるのは、どこも一緒か……などと考えていると
「出ろ。取り調べを始める」
巧に対して慎重な姿勢を崩さない、憲兵中佐が扉を開けてきた。
よっこいせと立ち上がり、取調室へ向かった。
「おー、憲ちゃん。今日も精が出ますわノー?」
「ヒの字、お前こそ今日はまた何の用だ?」
移動中、向かい側から歩いてきた男・ヒィッツに声をかけられ、憲兵中佐は少しばかり嫌そうな顔をする。
「提督や海特警としての仕事に、一々理由を求めんなよ」
「お前の場合は、理由がガキ臭いか理不尽か暇潰しかのいずれかしか無いからな」
「ひどいや」
まーいーや、と切り替えて行きかけたが、ヒィッツは巧をチラッと見て一言。
「そいつ、気をつけてやれよー」
「?」
中佐も巧も、何の事かと首を傾げつつ、取調室へと入った。
「失礼します。罪人をお連れしました」
「ご苦労、入ってくれ」
入室すると、待っていたのは審問官ではなく、明らかに要職の軍人だった。
「初めまして。私は海軍総司令部査察局の指揮官をしている、花田だ」
簡単な自己紹介をしてもらったので、とりあえず軽く会釈する巧。
「中佐、後は私が引き継ぐ。彼の手錠を取ってやってくれ」
「しかし……」
花田司令の言葉に対し、憲兵中佐は渋るも。
「……分かりました」
花田の無言の睨み付けに、若干怯みつつも従い、巧の手錠を外し、退室した。
「………良いのかよ?人一人殺したのは事実だぜ?」
巧が尋ねると、花田司令は静かに口を開いた。
「―――スマートブレイン。そして、オルフェノク………。過去の亡霊については、ある程度の情報を仕入れてはいたが、まさか軍内部に潜んでいたとは迂闊だった」
「!」
スマートブレインを知っている……?
取り調べの為、現在ファイズギアを没収されているが、巧は警戒態勢を取る。
「そう身構えんでくれ。私は何も、君をどうこうしようというつもりは無い。寧ろ、感謝をしているんだ」
「…?どういうことだよ?」
「流星鎮守府の先任提督である、猪宮少将のこれまでの事情は、ウチのあきつ丸や知人の指揮する海特警、それから諜報機関などが把握していた。だが…彼を追放した保守派のクズ共や取り巻きのゴミは処理出来ても、肝心の鎮守府に居座る奴が尻尾を出さない上に、近隣の住民らもそいつの本性を疑いもしないという、まるで洗脳されているかのような異常な状況下にあったから、手の出しようが無かったんだ」
花田司令の言う通り、春島は市民を集めての親睦会を積極的に行っており、住民一人一人に対し、丁寧に接していた。
思えば、先の戦闘中、文月らに投げかけた言葉も、そうした洗脳を行うための話術の一つだったのだろう。
さらに、猪宮が清掃員として鎮守府に戻ってきたときには、その変わり果てた容姿を利用して、全ての罪や容疑を彼に向けさせることで、スケープゴートにしていたのだと巧は理解した。
「近いうちに、流星鎮守府の査察を検討していたので、その日に合わせて春島を尋問しようと考えていたんだが……こちらの行動が一歩遅かったために、猪宮閣下を死なせてしまった。しかし、君が春島を討ち倒してくれたお陰で、流星鎮守府とそこに在籍する艦娘たちは救われた。猪宮閣下に代わって、礼を言わせてほしい―――ありがとう」
深々と頭を下げる花田に対し、巧はなんとも言えない気持ちになった。
「……俺は、俺が気に食わないと思った奴をぶちのめしただけだ。正義がどうとか、そんなもん俺にはねえ」
「分かっている。君のその飾らない姿勢こそ、閣下が君を推薦していた理由の一つだろう」
「………は?推薦?」
そうだ、と花田は頷き。後ろに控えていた秘書艦【蒼龍】から一枚の用紙を受け取ると、机に置き、巧の前に差し出した。
「単刀直入に言う。乾 巧、君に――」
「断る」
「即答っ?!」
「……まだ何も言ってないぞ?」
驚く蒼龍や花田に対し、巧は嫌そうな顔をした。
「提督をやれってんだろ?俺はそんなのやる気はねえし、ガラでもねえ」
「……まあ、そう言うだろうとも少しは覚悟していたさ」
「………しかし。そうなると、もう流星鎮守府をまとめる提督は、候補者すら居ないことになる。これまでにも、後任を育てる意味も兼ねて若手を送ろうとはしたんだが、春島の息のかかった暴漢などに暗殺されたり、暴行されたりしていてね……総司令部の元帥閣下や『総統』閣下が任せられる、適任者が居なくなってしまったんだよ」
「…だから、このまま提督になる奴が居ないなら鎮守府は解体するってのか?あいつらの居場所はどうなる?」
提督が居ない………その状況から続く結末に対し、巧は不満を露わにする。
「別の鎮守府への異動が主になる……が、それを拒むのであれば退役……市民票を受領して、一般人として生活することになるな」
「………」
艦娘が一般人として暮らす―――
それ自体はさして珍しいものではない。
都内には保育士として務める者もあれば、新聞記者として頑張っている者もいるくらいだ。
しかし……今回はそう楽観視出来ないだろう。
市民から支持を得ている提督の突然の訃報、そして主犯として連行された鎮守府の職員。
そんな単純明快な状況にあって、提督を護るべき立場である筈の艦娘が何の対処もしなかった……
艦娘軽視主義の人間や、春島を支持していた者たちからすれば、艦娘たちは間違いなく非難の対象となる筈だ。
最悪、これまで以上に辛い思いをすることになるかもしれない。
そうなれば、龍田を始めとした
巧の中で、迷いが生まれだしたその時。
「たっちゃん!!」
「たくみちゃーん!」
「巧……!」
龍田と文月、そして長月の3人が取調室に飛び込んできた。
「申し訳ありません、司令!!彼女らが、急に容疑者を釈放しろと言って飛び込んできたもので……」
「お前ら……?」
職員の憲兵が謝罪するも、花田は軽く手を挙げて「構わんよ」と許し、龍田らを残して下がらせた。
「たっちゃん……」
「たくみちゃん……イヤだよ…文月、たくみちゃんとお別れしたくないよぉ!!ふぐ…ひっく……ふぇええ〜〜ん!!」
龍田は悲しげな眼で見つめ、文月は耐えきれずに泣き出し、巧にしがみついた。
「お前ら、どうやって……って…まさか……」
どうやって来たのかと思ったが、巧はすぐに理解した。
オートバジンにはファイズを的確にアシストすべく、自立型の超AIを内蔵している。
学習能力も高い為、ファイズの適合者でなくとも簡単な指示を聞き取り、実行することが出来る。
恐らく……否、間違いなく、文月あたりが見様見真似でオートバジンに指示を出して、ここまで運んでもらったのだろう。
(あのクソバイク……)
すると、長月も巧の前に出て。
「巧。私は、正直、あんたが苦手だ。口が悪い所とか、猫舌な所とか……私と似た所が多くって、同族嫌悪?みたいなのがどうしても拭えない」
「………でも。大事にしたいって思うのは嘘じゃない。だから……」
「だから!“私たちの
長月なりに、相当な勇気を振り絞ったのだろう。
眼は潤んで涙を浮かべており、握りしめた拳や足は震えていた。
「たっちゃん……お願い」
龍田も、同様に巧の眼を見つめる。
「…………」
純粋な眼で見つめられること……巧は、それが苦手だ。
そうした眼差しや期待を裏切ること……巧が最も怖れていることなのだ。
しかし……今の彼は、もう独りではない。
遠く離れていても、巧を想い、帰りを待ってくれる、守りたい人たちが居る。
こんな自分を仲間と呼び、並び立つ者たちが居る。
それなのに、自身への不信や不安を抱えるばかりで、思いに応えないでどうする?
「………清掃員のバイト。そのついでだからな?」
だから
「逆じゃないのかい?普通」
「知るかよ。俺があそこに居たのは、元々清掃員としてだ」
「じゃあ、お掃除提督って呼んじゃう〜?」
「何だ、そりゃ……」
「フミィ〜♪たくみちゃん、居てくれるのぉ?」
今は、そこから始めてみようと思う。
「じゃあ、正式な手続きは明日以降、また改めて」
「ああ」
俺の夢を叶え続けるために。
それから……ちょっと形は違うが、お前の夢も叶えてやるよ。
なあ……木場。
長かった……
ここまで苦心したのは、クウガ編以外で初めてですわぁ(;´Д`)
ファイズ編、第1章。お疲れ様でした。