私と私の仲間が所属する戦闘小隊は、ひどく単純に語るならば隠密部隊である。
敵にも味方にも存在の仔細を悟らせず、その行動は秘匿とし、あらゆる任務を確実に着実にこなす。
で、あるからして。
「にゃあ」
夜陰の山岳で隠密行動中、ばったりと遭遇した猫に鳴かれると、大変困る。
お前の一鳴きで位置情報を知られて、任務が失敗したらどうしてくれるんだ。
任務の標的、障害となる敵、味方の記憶、邪魔となる野良生物。存在を脅かすモノは実力を持って排除するのが私達だ。障害となるならば、この猫とて例外ではない。
私は睥睨し小さく鼻を鳴らして、その場に屈む。
「今日の私の任務が、戦場捜索でよかったわね」
しかも10時間に及ぶ捜索の末、この付近で生存している人形はうちらくらいだと確認済み。猫が鳴いたくらいで何があろうか。私は、触れるもの皆破壊するバケモノではない。
今日は、中規模の衝突があった戦地でデータとかを集めてくる仕事だ。エリアボスに関わるデータをぶっこ抜いて、死にかけのグリフィン戦術人形が鉄血に鹵獲されないよう処分するお仕事。ついでに、虫の息の鉄血兵を尋問して、終わったら全部ぶっ壊す。とてもとても楽しい任務。
それに比べたら、猫のなんと幸せな事か。
夜だから猫の瞳孔はまんまるに広がっていて、くりっとした目が愛らしい。山中での運命の出会いに、私は戯れに手を伸ばそうとして。
止める。
茶トラの若猫は、左前脚を負傷していた。傷は比較的新しめ。出血は既に止まっているが、凝固した血液がべったり張り付いていて、かえって大仰に見える。
この傷の具合は。
「銃創、か」
流れ弾にでも当たったのだろう。比して浅めだが、腹部にも鉛弾をもらっているようだ。小口径高速弾が撫でた感じであるが、かすり傷としては流せない。悪化は十分にありえる。
猫は、期待した反応がもらえなかったからか、自分の脚の傷口をなめ始めた。殺菌効果を期待するか、雑菌混入と再出血を危惧するか。動物医師のデータパックは持っていないので、その辺は知らないけど。
傷の具合、電子捜査、遭遇状況などを吟味した結果、こいつは不運にも戦場に居合わせ、逃げ損ねた馬鹿猫だと判断する。怪我が痛かろう。
「死ねば楽になったのにね」
口ずさみつつ、ゆっくりと、人差し指を猫の目線に合わせて向けてみる。猫は指先を認めると、よたっとした動きで近づいてきた。体も細っている印象だ。そして私の指先に鼻で触れてから、痒い所でもあるかのように牙を押し付けてくる。
とりあえず、互いに害意はないらしい。
噛もうとしてくれば、撃ち殺す口実ができたのだが。
野生の失われた猫をしばし眺めていると、ピーッと、インカムから通知音が流れてきた。
「こちらUMP9。45姉、定時報告でっす」
もう随分と耳に馴染んだ音声が届く。小隊員、UMP9の声だ。
それでなくても9は隊のムードメーカーなのだが、今日の任務はやはり退屈らしく非常に砕けている。
「そちらはどう、9」
「発見物はなかったよ。やっぱり、45姉が言った通りの話だったのかなぁ」
「捜索ではなく、処分が主目的だったわね」
「こんな事ばっかりだね」
こんな事ばかりだ。私達なんて。
「このままポイント336へ移動していい?」
「えぇ、定時退社といきましょう。もっとも。どこかの自尊心と承認欲求の塊が、戦利品を増やしたいと機嫌を損ねそうだけど」
「誰が自尊心と承認欲求の塊よ」
HK416のスカした声もやってくる。小隊内で共有する回線で話していたのだ、聞こえて当然。わざとやった。
私にとって9と話すのが楽だとするなら、416とのそれは快である。こちらの刺激に対して、逐一怒ったり拗ねたり反応を返すほうが悪い。ついでに、11とのそれは悦。
「あら。私は一度も『416が』とは言っていないわよ」
「ならば、誰の話をしていたのかしら」
「416の話をしていたわ」
「あなたが泣き喚いて土下座する日が楽しみね」
声が低い。どうやら想定以上にへそを曲げていたようだ。大方、水たまりに足を突っ込んで不快だとか、行動を共にさせているG11の介護疲れなどだと想定される。
416の不機嫌声は、ここで怒声になる。
「ちょっとG11、一度片づけた寝袋を広げないで!」
「だって、長話になりそうだなって」
「なるわけないでしょう。ヘリ回収時刻まで2時間を切っているんだから、移動するのよ、移動!」
「あ~ん、蹴らないで。暴力反対」
悲鳴と共に、ざくざくと雑音が乗ってくる。私への怒りがそのまま11に向かっていったらしい。9の笑い声も乗ってくる。やかましい奴らだ。おかげで日々退屈はしないで済む。
だからちょっとだけ。そう、ちょっとだけ。
でも、この感情は。
隠す。
「はいはい、そこまで。予定通り、1時間後にポイント336で落ち合いましょう。撤収準備。皆、気を付けてね」
「うん。45姉も」
「了解。通信終了」
「あぁ、お布団が」
11の情けない声も途中で途切れ、真夜中に静寂が戻った。
「にゃあ」
訂正、うるさい奴がまだ残っている。くりっとした目で見上げてきやがる。
猫なで声を上げれば、助けてもらえると思っているのか。自惚れて。
通常のグリフィン戦術人形なら喜び勇んで基地に持ち帰り、救護室でしかるべき処置をした後に、宿舎で飼い慣らすところだろう。基地司令の許諾が必要にせよ、犬猫を仕入れただけで気分を良くするのだから、戦術人形とは安い存在である。
でも私は、通常の戦術人形ではない。戻るべき基地はない。現在私室としている部屋にもほとんどいない。動物用救護室はこの後立ち寄るグリフィン基地にもあるけど、人類が生きるのも大変な時代で、動物救護室が満足に空いているわけがない。お探しの空ケージは見つかりませんでした。404 not found。
ないなら、どうなる。
なかったことになる。当たり前の話だ。
この猫が生きていた事も、猫が怪我をしている事も、猫と自分が出会った事も、出会って自分が何を思ったかも。認められなければ、すべてがなかった事になる。
当たり前の、話だ。
「よっ、と」
だから出会わなかった事にして立ち去ろうという気は、私にはなかったようだ。
バックパックを降ろすと中身を漁り、糧食として配給されていた中から青魚の水煮缶詰を選んで取り出す。元は人間用保存食品、しかも戦闘糧食として塩分とかいろいろ。猫に与えるのはよくなさそうだが、何もないよりはいいはずと決めつけた。
周囲の落ち葉を軽く固めて粗雑な皿を作ってから、缶詰を開封して中身をひっくり返した。待ってましたとばかりに茶猫は保存食品へと寄っていき、鼻先でつつき始める。
そして猫は今一度、私を見上げてくる。
「食べていいわよ」
亡霊がいた痕跡を残さないように、缶を飲料用水で軽くすすいでからバックパックに戻して、私は立ち上がる。缶詰の中身を捨てた時点で無意味な気はするが。
大変に無駄な時間で大変に無駄な事をしてしまった。
戦術地形情報から、現在座標を確認する。
ポイント332、17-04。
「無駄は、捨てないとね」
呟いて猫に踵を返し、私は合流地点に向かうべく経路を歩き始める。
背中からにゃあと、もう一鳴き聞こえた気がしたが。
無駄な事は、無視することにした。