UMP45と404小隊と、茶トラ猫   作:水崎涼

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416

 

 

 

 416がAR小隊を嫌っているのは―――因果という面が主ではあるのだけど―――嫉妬が含まれていると私は考えている。

 AR共だって境遇は私達と最下位を争うレベル。でも私達とは、決定的な差がある。

 裏の部分は兎も角も、AR小隊はグリフィンから認知されている。面識を持つに至ったエリア指揮官からも同じく扱われる。AR小隊が敵地で遭難でもしようものならすぐさま救出作戦が立案され、救出部隊が編成され、物資は次々投下されるだろう。AR共は、どのような形かであれ、認められている。求められている。仮初でも帰る家がある。

 私達は違う。

 存在を認められない。

 私達が敵地で遭難でもしようものなら、何もされずにただ捨てられる。のたれ死んでくれて歓喜する奴すらいるだろう。天変地異でも起きて支援があったとして、404小隊と出会ったというその記憶は、作戦参加の味方戦術人形からは削除するようになっている。文書記録も。私達と深く関わったものは、極一握りを除いたすべては、削除される。

 私達は、彼らの中で存在できない。繋がり続けられない。語り合う事ができない。

 私達には、私達しか残らない。今の私にあるのは、9と、11と、416と、デールやシーアなど後ほんの少しだけ。

 そんな奴らだって、いつかは死ぬ。

 いつかは殺す日が来る。

 

 

 

 私には、私しか残らない。

 

 

 

 私は、こんな私を家族だと姉だと言ってくれる9と、受容を見せる11と416は中々に許している。破格と言っていい。彼女らの判断は、強いUMP45だからこそではある。私が弱かったならば、存在を認知すらしてくれなかっただろう。けど、それでも。

 だから。

 

「45」

 

 乱入してきた、このヤンデレトラウマ癇癪偏屈酒乱美乳自意識過剰完璧主義介護人形の話だって、聞いてやる。

 やってきた彼女、416が珍しいと評するのは、私の現在位置が、だ。

 私が足を運んできたのは、仮の休憩所として与えられた地方基地の書籍図書室。

 地形情報、戦術論、ロボット工学。必要とされる情報は電子化されておりネットワークに接続すれば閲覧できるが、重要性の低い情報については後回し後回しとなるうち、情勢混乱でとうとう紙媒体から出る機会を失った。人類の総合情報集積所も、今となっては、必要性を認知されなくなった紙束の墓場。

 そんな掃き溜めで。

 

「何をしてるの」

「情報の閲覧よ」

 

 図書室で書籍を開いて目を向けている姿が、ほかの何に見えるというのか。

 すると、416は一つ息を吐いてみせた。

 

「23時51分に宿舎を抜け出し、図書室の鍵を違法手段で開けて、暗視モードで書籍を読む行為の総合的解説を要求しているのよ」

 

 語りながらパチンと部屋の照明をつけたので、目がやられる前に暗視モードを切る。世界が緑色から一瞬の漆黒を経て、色と姿を得た。一瞬だけ眩しかった。

 嫌われながらも信頼度は一線を担保している、というのが416から私への関係なのだけど。行動を監視されていたという事は信頼値が揺らいだわけで。416の顔からも、不審がありありと見て取れる。

 

「隊員に行動を咎められる理由は、ないんだけど?」

「隊長が馬鹿をやると、隊員が死ぬのよ」

「その程度で死ぬならそれまででしょう、放っておきなさい。それが隊長であれ、ね」

 

 私は、嫌味な笑顔を選択して顔につける。

 この論調を、今の416は大変嫌う。しかし416は不満を堪えて、私の手元へと視線を向けてくる。

 45の事だから機密情報を盗み見ている、とでも思っていたのだろう。だから、『馬鹿でもわかる猫の生態』との表紙の文字列を認識して、416はそれまでのスカした態度を一転。仕事に熱血を注ぐG11でも見るような、唖然とした顔を向けてきた。

 

「‥‥‥何をしてるの」

「情報の閲覧よ。夜に動いたのは外野がうるさいから、こじ開けたのは鍵がかかっていたから、照明をつけなかったのは発見リスクを下げたかったから。納得した?」

 

 すっぽ抜けそうな声でなされた同じ質問に解説を添えた同じ回答をすると、驚愕をやめた416はむしろ安堵のように、かぶりを振った。

 

「また暗躍を始めたと思っていたわ」

「それが監視行為への理由ってわけ」

「捜索任務の前後で45の様子が変わっていたと、9がごちたのが気になったのよ。昨晩の任務で、私達に内密で何かを回収した可能性がある」

 

 そして私が隊員に内緒で行動をする時は、ウケの悪い内容である。9には一部を見透かされていたようだ。

 416は腕を組み、壁に背を預けた。答えを聞いても納得しないらしい。

 

「それで、45。私はまだ回答を得ていないのだけど」

「さっき言ったでしょう」

「質問の根幹。その本を読んでいる理由よ」

 

 416は、踏み入ってものを言う。UMP45を仲間として理解しようと努力している、が近いか。労力を支払う価値を見られているという意味でもある。9や11だったら怖がって、理由部分に関わろうとはしてこない。

 秘匿意義の低いものを無駄に秘匿するのは、それこそ無駄だ。私は本を静かに閉じながら答えた。

 

「猫をね、見つけたの」

「昨晩の任務中に?」

「えぇ。左前脚及び腹部に銃創」

「左、ね」

 

 416がほんのわずかに視線をずらした。私の目に、正しくは顔面にある左目を大きく傷つける傷跡へ。

 違う。

 私のこの感情は、違う。

 これは同情だとか、悲哀だとかじゃない。同情なんてものは、出来損ないのやることだ。

 これは。

 

「それで、放置して帰ってきたというの」

「獣用の医学データパックは入れていないもの。連れ帰るにも送り先がない」

「救護室用のなら、グリフィンのネットワーク上にあるわ。その場で閲覧すればよかった」

「撤収時間が近かった、長時間アクセスは発見リスクが上がる、404が任務放棄していると思われたくない、情報量が膨大で装備もない」

「犬猫なんて、昨日が初めてでもないはずよ」

「無駄に割けるほど、私は記憶メモリもバックパック容量も余らせてはいないわ」

「なら、その無駄を学習する理由は、なぜなの!」

 

 言葉のたびに416の声が荒くなっていく。

 なぜ今さらに、無駄と評した医学知識を入手しているのか。

 五月蠅い、奴。

 実直さは、心地よくもある。

 

「趣味よ。一時記憶として少量を突っ込んでいる。単純でしょう」

「‥‥‥肝心な所はいつも秘密主義なのね。作戦計画くらいは、あらかじめ全部開示して欲しいものだと常々思っているのだけど」

「リスクの最小化よ。ご不満?」

「自分の上を行かれるのは腹立たしいわ。でも不満ではない。不満なのは」

 

 416はクールを気取っているだけの熱情家だから、こういう時の目つきは厳しい。

 

「過去や任務に関係しない所でさえ、こうして隠される事よ」

「私達は家族だろう、とでも言うつもり?」

 

 せせら笑いを、彼女に向ける。416は黙ってしまった。

 家族。9が好んで使う単語。9は枠として執着し、416は意味として執着する。

 416は私の実力を信頼しているし、行動を共にするならば人格も信用するとする。端的に、仲間意識が強い。

 私がどれほど怪しい行動をしても冷酷な判断であっても、貶めるという意味での裏切りはしないと。UMP45がHK416を切る時は、切らざるを得ないか、切る理由ができた時だけだと彼女は信奉している。その時が来たら、妥協や諦観の方法を知らない奴だから、あるいは一戦交える事になるかもしれない。

 その前に、彼女個人の問題によって404を立ち去るのが先だと思っているが。

 私は違う。

 私は416の実力を信頼しているが、人格を信用していない。

 416が信用に値しない、という意味ではない。416に限らず、9も、11もだ。ただ。

 ただ。

 私は学んだ。

 

 

 

 全員を救うなんて、所詮無理な話なのだと。

 

 

 

 一人ではどうにもできない運命、宿命があるのだと。

 いつかは、切り捨てる判断をする時が来る。416が撃たれるのをただ傍観するか、死を覚悟で飛びつき助けるかを決める瞬間が来る。UMP45がHK416の額に銃口を突きつけ、命を踏み台にして生きるかを選択する日が来る。

 そして、その逆も。

 416は信用に値する。416が私に銃口を向ける可能性は、それなりに低い。私も、戯れで向ける気はない。

 でも、可能性がゼロではないのだ。生き残るにはそうするしかないという救いのない瞬間は、また、来るのだから。

 その時、私は。絶対に生き残らなければならないという己の最優先事項の為に、正しくも救いようもない行動をするだろう。信じて付いてきてくれた416の額に銃口を押し当て、泣いたり怒ったり悲しんだりするその表情ごと、銃声と共にすべてをなかった事にする。

 これが家族? 馬鹿らしい。

 だから、私達は。

 

「家族の条件に、秘密を必ず共有するという項目は含まれないでしょう」

 

 416は目の下をひくつかせて何かを言いかけて止まり、むすっとした顔でまた何かを言いかけて止まる。推測するに、私の返答が気に食わなくて腹を立てたが、家族を否定されなかったので黙ったものの、読書の理由を貰っていないと食ってかかろうとして、問い詰めても無駄と諦めた。こんな感じかな。あと一歩押しに来ないヘタレぶりが、416が416たるゆえんである。

 ‥‥‥彼女の甘さを、私がどうこう言えたものではないか。

 私達は家族なんかじゃない、と、吐き捨てられないあたりが。

 

「あと一つだけ聞くわ」

「回答義務を課さないならば、どうぞ」

「明日の捜索エリアを、昨晩のW06の隣に設定したのは、私心?」

 

 私情なのか。

 それはたまたまである。誓って。

 

「予定行動よ。W05からW10までのエリアを順に捜索する。それが今回の任務だと、およそ250時間前に伝えたはずでしょう」

「‥‥‥疑ってはいないわ」

 

 彼女は私の人格を信用しているので、本当に確認だったのだろう。

 416の懸念に対する監視行為の無意味さも既に周知された。私もこれ以上話す気がない。今私達が会話するべき内容など、ない。

 だから彼女は立ち去ることを決めたようだ。大変機嫌を損ねた態度で背を向けて、部屋の照明スイッチに手をかける。

 

「9への釈明は自分でして頂戴」

「えぇ」

「私は、あなたの馬鹿に付き合う気はないわ」

「形で示しますよ。これまで通りに、ね」

 

 これまで通り、416にとって不満成分を抱えたまま、繋がる。

 ギリ、と、歯ぎしりの音が聞こえた。

 

「おやすみ、45」

「おやすみ、416」

 

 吐き捨てに近い言葉を残して、ぱちりと、照明が落とされる。静かに扉が開いて、閉じられる。ことことと、足音が遠ざかっていく。

 隠密の何たるかをわかってくれて大変結構、おかげで情報の閲覧を継続できる。これはいわゆるツンデレという属性なのか。416は本当に面倒くさいメンタル構成だ、よく崩壊しないでいられるなと感心する。

 暗視モードを再起動する。手元の書籍を広げ、瞳を向ける。学習行動を再開する。

 メンタルの奇怪さは、人の事を言えない。

 

 

 

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