UMP45と404小隊と、茶トラ猫   作:水崎涼

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 私と私の仲間が所属する戦闘小隊は、ひどく単純に語るならば隠密部隊である。

 敵にも味方にも存在の仔細を悟らせず、その行動は秘匿とし、あらゆる任務を確実に着実にこなす。

 で、あるからして。

 

「‥‥‥」

 

 私は、S09基地司令部にある第一宿舎ガンルームへと向かっていた。もちろん秘匿に、隠密に。

 深夜の1時43分。戦術人形達が寝静まった宿舎の道は、外とは対照的に痛いほどの静寂だ。私は日陰者、この痛みにも慣れてきた。好きかと問われると難しいが。

 音を立てず、気配を立てず、しかし確実に、素早く。

 基地内の主要区画はもちろんセキュリティがかかっている。解析やピッキングは面倒だからと鍵類を盗んで複製しようと思い立ったのだが、配属戦術人形の従機を操るとなんとまぁたやすい。もちろん、従機の記憶メモリからは私を削除しておく。

 

 

 

 いつかは、こんなことをしなくても生きていける日が来る。

 

 

 

 そんな日は来ない。私達に救いはない。この先も、血と重油を使って世界は回り続ける。

 そんな風に考えるのは、根暗な元の設定のせい。

 

 

 

 いつかは、こんなことをしなくても生きていける日が来る。

 

 

 

 といいなと思うように務めて策も巡らせているが、もちろん期待はしていない。ただひとつ言える事は。

 

「危機管理能力が不足している指揮官ね」

 

 私は楽ができるのでよしと考えておく。

 周囲を再確認。自室に戻るような容易さでとりつき、ポケットから鍵を取り出す。カードキーではない。ロートルな施錠だ。

 最大限音をたてないように回していく。かちゃりと小さく、開く。

 蝶番の軋みに気を付けて、内部へ侵入。廊下の光を少しだけ取り込んだ部屋は、壁面やカーテンに遮られて漆黒に戻った。

 ガンルームは戦術人形のモチベージョン維持の為、様々な家具が持ち込まれ装飾がなされている。その中から私は目的のものを素早く探し、見つける。

 それは、あちらにとっても同じだったようだ。

 気を付けたとはいえ物音と、元野生動物としての察知能力がそうさせたのだろう。部屋の端で寝床を与えられていた小動物は耳を動かして顔を上げ、まんまるな目で漆黒の中から私を見つけ出した。

 小動物、茶トラ猫は体を休めるのをやめ、尻尾をぴょんと立ててトコトコと軽快にやってくる。

 

「生きてたね」

 

 情報として知ってはいたが、物質として目にすると感想の質も変わってくる。

 戦術人形共は犬猫で士気が上がるので、負傷動物が希少だったり重篤だとエリアを越えてやり取りがなされることもある。私はグリフィンのヘリアンに、これまでの戦勲を武器に口利きをしてもらい、その中へとひっそり混ざった。UMP45が猫を預けに来るなんて、と相当疑惑を向けられたし、恩を借りた形なので私としては痛いものがあったが、だからこの選択は正しいはずだ。

 そしてこの猫の受け入れを申し出たのが今いる場所、S09地区のエリア指揮官だった。

 猫にとっては、殺処分されかねない民間よりグリフィンのほうが生活水準がよい。グリフィンと言う組織に私は思う所ばかりだが、構成員の中にはマトモな奴もいる。特に、最近になって緊急募集されたような人間指揮官の中には、おマヌケなお人よしも混じっている。私はエリア指揮官の情報を精査したうえで、よしと決めて猫を送った。

 救護室でしっかりと治療してもらったらしい。不自由のない、元気な体のようだ。体もまるっとした気がする。

 

「跡、残っちゃったか」

 

 後遺症とはならず、また傷自体も悪目立ちはしないものだが、かつて左前脚に受けた傷部分を見咎めて呟く。良い事だってある。一目で判別できる印として、私としてはとても助かる。

 その数秒の間にも寄ってきた茶トラ猫は、私の足に体を擦り付けてきた。家猫として、甘える手段を体得したようだ。

 

「私の事、覚えてる?」

 

 静かに屈みながら、何ヵ月も前の話を聞いてみる。

 猫は三日で恩を忘れる、なんて言われるらしい。それでなくても二回目の邂逅なんて半死半生で意識もぶっ飛んでただろうし、覚えているわけもない。

 私達と深く関わったものは、削除される。

 認められなければ、全部がなかった事になる。

 私には、私しか残らない。

 それでも。

 たとえ消されたとしても。

 私の目の前からいなくなっても。

 すべてがなかった事になっても。

 私は。

 

「私は、覚えているから。ずっと」

 

 なかった事になんて、させない。

 ついと、人差し指を向けてみる。

 猫は指先を認めて、匂いを嗅ぐように鼻先を付けてくる。そして私を見上げると、一鳴き、とても遠慮がちに、一鳴きした。

 

「にゃあ」

「‥‥‥泣くなって、言ったでしょう」

 

 お前の一鳴きで位置情報を知られて、任務が失敗したらどうしてくれるんだ。馬鹿猫め。

 静かに頭を一撫でする。猫は私の手を心地よさそうに受け入れてから、また足にまとわりついた。

 しばしそうしていると、ピーッと、インカムから通知音が流れてきた。

 

「巡回の警備が、宿舎方向へ移動したよ。気付かれた感じじゃないけど」

「所定の撤退路、異常なし」

「待ってるよ、45姉」

 

 今日の隊長の馬鹿に付き合う11と、416と、9の、三人の声。

 

「了解」

 

 それだけを返す。三人には形で示す。これまで通りに。

 猫を脅かさないようにそっと立ち上がる。何かを心得たかのように猫はじゃれるのをやめて、扉まで先導するように歩き始めた。そして扉の傍で座り込み、自分の古傷を舐め始める。出ていく気はないらしい。

 エスコートを丁重に受け取り、扉を静かに開く。

 閉じる際に猫の姿を確認しようとして、また目が合った。

 多分、私は。

 笑っていたのだと、思う。

 

「長生きしなさいね」

 

 言葉を残して、思い出をそっとしまう。思い出に鍵をかける。

 扉に背を向けて、今の居場所へと歩き始める。

 

 

 

 猫の優しい一鳴きが、確かに聞こえた。

 

 

 




 深層映写イベント、お疲れさまでした。
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