イノセンス   作:イツキ_6023

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2 - 出会い②

魔闘士とは主に破壊魔法を駆使し、敵を討つことに重きを置いた兵科である。

鉄砲や大砲が普及しつつあるこの世界に置いても、歩兵の後方から強力な魔法攻撃の支援を行える戦の要となる部隊だ。

同盟を結んだ各国の貴族階級の人間を主体に構成され、武系貴族が支持母体となる連合騎士がこの国の花形であるが、魔法の才さえあれば出世ができること、破壊魔法以外の変性・付呪・魔法薬学といったこの国を支える魔法科学分野へ転身が容易であり、それを支える大商人や魔導系貴族の後ろ盾を持っていることから、騎士団以上の権威があると言われている。

 

魔法剣技部隊、通称「レンジャー」はエドゼル・ハバーの提唱で魔闘士部隊から枝分かれした新設部隊である。

本来専業である武と魔法の両方を駆使し、単騎でのあらゆる作戦行動を行えるだけの技量を持つ兵士を育成するという着想で立ち上げられたが、その具体的な兵士像というのはエドゼル自身もシルフに出会うまではっきりしなかった。

 

風属性の魔法を操り、常人離れした剣技で相手を圧倒する姿から「風神」の異名を轟かせた男に、エドゼルは惚れ込んだのである。

 

そんな大役を任された彼は、目下のところ、隊の資金繰りやスポンサー集めに奔走しているのが現状であるが…。

 

 

 

時刻は午前、城門の前で先に待っていたシルフとソフィアは門番のヘルベルトとマーディンに事情を説明していた。

 

 

「そういう訳で、本日、姫様はアルド老師のお誘いで一緒にクラフト区の市場まで足を運びますので、私も同行致します。

 終課の鐘が鳴るまでには戻りますが、何かありましたらレンジャー隊長補佐エアンストまでお知らせ下さい」

 

「はっ。承りました。

 我らは午前で交代ですが、後続のものに引き継ぎ致します。

 どうぞ道中お気をつけて」

 

「王女様、楽しんできて下さいッス!」

 

「うん! 楽しみ!」

 

 

一足遅れて、アルド、ルイーサ、エドゼルの三人が城門まで駆けつけた。

 

 

「おおシルフよ、遅れてすまんな!」

 

「もうっ! お父様ったら!! あれだけ準備を整えておいてと言っていましたのに!」

 

「まぁまぁ、いいじゃないか、時間はたっぷりあるんだから」

 

 

「けっけ、敬礼!」

 

 

ヘルベルトとマーディンが慌てて敬礼をした。

一般兵の彼らには騎士団も魔闘士も、シルフを除けば、かなり近寄りがたい存在なのである。

それが、魔闘士の士官ともなれば尚更だった。

常日頃、一般兵科、騎士団、魔闘士の確執を憂いているアルドはため息混じりに二人の肩を叩いた。

 

 

「よいよい、かしこまるな。

 わしらは暇をもらう立場じゃからな。 努めご苦労じゃ」

 

「は、はっ! ありがとうございます!」

 

「光栄の至りでございまス!!」

 

「まぁ、固くならないで、僕ら王室の人間じゃないよ?」

 

 

意味不明な返事をしたマーディンにツッコミを入れるエドゼルの背後からソフィアが顔を出すと、マーディンの手の甲に傷があるのを見つけた

いそいそと前に出ると、両手で抱き込むように握った。

 

 

「お手て、怪我してるよ?」

 

「お、王女様!! 俺の手なんか触っちゃだめッスよ! 汚いッス!」

 

「汚くなんかないよ! みんなお城を守ってくれる働き者なんだって、お母様が言ってたよ!!

 だから汚くなんか、ないよ?」

 

「え…?」

 

 

ソフィアの言葉に周囲が”はっ”と静まり返った。

民を想うのが仮にも人の上に立つ人間に必要な素質であるならば、この幼い姫君には十分に備わっているのだと今の言葉から十分に理解できる。

それを直球でぶつけられたマーディンは熱い感情が込み上げてきたのか、感涙に頬を濡らすのだった。

 

 

「え?え? 痛かった!?」

 

「痛く無いッス!! 俺は…俺は…王女様のおかげで不死身になったッス!!」

 

 

大の男の涙に狼狽えたソフィアだが、そういえば遊んで怪我をして泣いている自分にシルフがしてくれた「おまじないの言葉」を思い出し、目をつむりながら思い切り叫んだ

 

 

「えーい! 痛いの痛いのとんでけー!!」

 

 

再びあっけに取られる周囲などお構いなしに満足げなソフィアはマーディンを見上げながらはつらつとしている。

 

 

「ね? これでもう痛くないよ!」

 

「は、はい! ありがとうございますッス! 王女様!!」

 

 

こうしてヘルベルトとマーディンは家路につく一行の姿を見送った。

 

 

「マーディン、お前よぉ、泣くやつがあるかよ」

 

「だって俺感動したんスもん! なんて良いお方なんだ…王女様…」

 

「まぁな…、俺は売り飛ばされてこの国に来た人間だから、なおさら思う。

 ここはいい国だ、女房も貰えたし、娘を授かった」

 

「あ、ヘルベルト先輩…、すんません、俺、知らなくて…」

 

「別に気にすんなよ。

 元奴隷の人間なんてこの国じゃ珍しくねぇ、むしろこの国に導いてくれたことを女神ネイト様に感謝しなくちゃな。

 …それより、お前の手の怪我、あとで医務室で見てもらえよ、雑菌が入ったら面倒だぞ」

 

「ああ! 大したことねぇっすよ! こんなもの唾つけとけば治る…!?」

 

ふと自分の手の甲を見たマーディンは先程まであった擦り傷が跡もなく綺麗に治癒していることに気がついた。

それどころか、夜勤明けの身体が軽くなっているし、眠気もない、そして猛烈に腹が減った。

まるで身体を回復するための栄養補給を必死に訴えているようだった。

 

 

「ヘルベルト先輩! 仕事終わったら飯いきましょう!」

 

「おお…別に構わねぇが、急にどうした?」

 

「とにかく腹が減っちまって! 新しく出来たステーキ屋にしましょう!

 すげー美味い肉を分厚く出してくれるんスよ!!」

 

「お、いいねぇ。

 いっちょ、精をつけていくか!」

 

「ういッス!!」

 

 

マーディンは強烈な空腹感で、傷のことはさっぱり忘れてしまっていた。

だが、ソフィアがまじないを唱えた瞬間に起きたことはシルフたち魔法を生業にする者にははっきり分かった。

魔法の根源 ”マナ”の躍動、聖職者が長い修練の末に獲得する治癒魔法を彼女はたった五歳という年齢で無意識に放ったのである。

 

 

―――

 

 

この世界の魔法は”マナ”と呼ばれる実体のないエネルギーを根源として存在している。

マナは大気、水、動植物、鉱物、あらゆる物質に干渉し、古くからその利用方法が研究されてきた。

 

魔法を使役する者は己の体内にあるマナを消費し、神秘の力を発揮することができるのである。

 

蓄えられるマナの量、一度に使役できるマナの量、マナによって発揮できる力の種類と影響力を総合したものが「魔力」であり、魔力の高い魔法使いほど優れているとされてきた。

「魔闘士」を例えに出せば、どれだけ強力な破壊魔法をどれだけ短時間に発動でき、どれだけ長時間使役できるのかを考えれば分かりやすい。

 

当然だが、魔法を使役し、それを業とする者は少数であり、大半の人間は魔法が使えない、あるいは使えても業として役に立たない、まして興味もない者が圧倒的である。

それらの大多数の人間にも魔法の恩恵を得ることができ、引いては社会の発展に貢献するために魔法工学と呼ばれる学問が生まれ、マナを含む物質を資源として活用し、生活水準を向上させる産業ができた。

これについてはまたの機会に書きたいと思う。

 

 

閑静な邸宅が立ち並ぶ通りにアルド達の自宅があった。

それほど広い庭ではなかったが、手入れが行き届いており、植えられている多種多様なハーブはルイーサの趣味なのだろうか、香草や薬の原料になるものまで様々だ。

 

「おーい、誰かいるかの?」

 

アルドがやや声を張り上げて人を呼ぶと、邸宅の奥で庭作業をしていたらしい初老の男が早足で近づいてきた。

シワひとつない燕尾服、シミの一つもない真っ白なシャツ、光沢のある白手袋を完璧に着こなし、スラリとした長身に品があり無駄のない身のこなしをしていた。

 

 

「これは大旦那様に旦那様、奥様、おかえりなさいませ。

 おや、お客様ですかな?」

 

「ああ、僕から紹介しよう。

 我が魔闘士団が誇る魔法剣技隊隊長であり国王の側近であるシルフ君。

 アダルハード・プリスタイン国王のご息女ソフィア様だ」

 

「こ、国王のご息女、これはッ!」

 

 

男は驚きの表情とともに、すぐさま片膝を地につける最敬礼を行った。

 

 

「遅ればせながら、ハバー家にて執事長を務めるアデル・マイヤーと申します。

 何卒、お見知りおき頂きたく存じます」

 

「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。 シルフと申します。

 本日はソフィア王女共々、お世話になります。

 どうぞお顔を上げて頂けませんか」

 

「はっ!」

 

「さぁ、姫様。

 はじめてお会いする方にはご挨拶するようお教え頂いたはずですよ」

 

 

ソフィアは緊張の面持ちで、一歩前に出る。

別にはじめてのことじゃない。

王室に訪れる貴族にだって何度も挨拶しているのだ、と、呼吸を整えた。

 

 

「おっ、おっ、お初にお目にか、掛かります!

 ソフィア・プリスタインでしゅ!

 ど、ど、どうぞお顔を上げてい、い、頂けませんか!?」

 

「ははぁッ!」

 

 

彼はすでに顔を上げていたし、そしてもっと気楽な挨拶でよかった。

カーテシーで膝が震えてすっ転びそうになったのをシルフがさり気なく支えていた。

律儀に最敬礼のまま頭を下げてくれたアデルはさすが執事長といったところだ。

 

 

「驚かせてすまないね。

 現在、国王、女王、両陛下とも不在でね。

 姫様もずいぶん寂しい思いをされていたみたいで、僕らからお誘いしたんだよ。

 シルフ君は留守中に姫様のお側にいたしね、護衛として、客人として来てもらったんだ」

 

「そういうことじゃ。

 夕食を馳走したいからの、準備を進めてくれるかの。

 それと、昼は外で摂ろうと思っての、カーリアを呼んでほしいんじゃが」

 

「お嬢様でしたら自室で読書を…、おや、参られたようですな」

 

 

玄関の扉越しでも聞き取れるほどドタバタと音を立てながら、バンと扉を開いて少女が飛び出てきた。

 

 

「パパ!! ママ!! おじいちゃん!! おかえり!!」

 

「おっと、いい子にしてたかい? カーリア」

 

「ちょっと身長が伸びたかしらね。 うふふ」

 

「おおー、変わらず元気がよく安心したぞい」

 

 

セミロングの黒髪に金色の瞳、ニカっと笑ったときの八重歯が特徴的で活発そうな少女が飛び跳ねながら三人の帰宅に喜んでいる中、エドゼルが手を指してシルフとソフィアを紹介する。

 

 

「さぁ、カーリア、今日はお客様がいらしてるんだ、ご挨拶しなさい」

 

「お客様?」

 

 

少女の双眼がシルフとソフィアに向けられる。

それに気づいたソフィアは「ひっ」と小さい悲鳴を上げて、シルフの後ろに隠れてしまった。

無理もない、ソフィアは同年代の子供と会うのはこれがはじめてのことだ。

シルフは小さいため息をつき、腰にソフィアを纏わりつかせたまま、カーリアの前まで歩み出た。

 

 

「カーリア様、お初にお目に掛かります。 私、シルフと申します。

 どうぞお見知りおきを」

 

「わっ」

 

 

彼女の前に跪くと、小さな手の甲にそっと口づけた。

この行為にその場にいた男衆の眉間にシワが寄ったが、それはどうでもいい。

ルイーサは頬を赤らめるカーリアに「まぁまぁ」と感心してしまった。

この先、自分の子供の新しい表情を見るたびに同じ感情を抱くのだろう。

 

挨拶を終えたシルフはいつまでも自分の背中にひっついているソフィアを多少強引に引きずり出し、カーリアの前に立たせると、「さぁ、姫様」と背中を押した。

顔を真赤にしたソフィアがもじもじとして目を合わせられない様子をカーリアはポカーンと見つめている。

 

 

「あ…あの…、わ、わたしは…、あの…えっと…」

 

 

「……っかわいい―!!!」

 

「はわぁ!?」

 

 

ソフィアよりちょっとだけ背の高いカーリアは頬を赤らめて恥ずかしがる様子の彼女にメラメラと守護欲を掻き立てられたのか、思い切り抱きしめた。

 

 

「名前は!?」

 

「ソッ、ソフィア…」

 

「シルフ様は姫様って言ってるよ! どっちで呼べばいい!?」

 

「ど、どっちでも…」

 

「じゃあ姫だね! 決定!!

 うち、ワンちゃんいるよ! ワンちゃん好き!?」

 

「う…うん! 好き!!」

 

 

カーリアに手を取られたソフィアはやや引きずられるように屋敷の奥に連れて行かれた。

様子を見守っていたシルフは安堵の表情をしながら呟く。

 

 

「杞憂でしたね」

 

「なにがじゃ?」

 

「姫様は同い年のお譲様と接する機会がなかったものですから、どうなるかと。

 カーリア様には感謝致します」

 

「いいえ、私達も心配でしたの」

 

「カーリアも、この家に閉じこもる事が多くてね。

 機会は何回かあったのだけれど、家柄が家柄だけに他所の子供の親が遠慮しちゃってね。

 決して悪気がないのはわかっていたんだ、でも、親としては複雑だろ?」

 

「まぁ、家柄が軍属となると、尚更じゃな。

 いままで可哀想な想いをさせてしまったわい」

 

「ああ…、お嬢様に素敵なお友達が出来て…、私めは感動の至でございます…」

 

 

アデルは感涙に頬を濡らし、保護者一同は一仕事終えた心地で胸をなでおろした。

しかし、アルドがなにやら含み笑いを浮かべてシルフを肘で突いた。

 

 

「シルフよ、先ほど孫に触れたな?」

 

「ああ、これは失礼を…」

 

「違うわい。

 お前も魔法使いなら分かるであろう、あの子の素質を」

 

「なるほど…ええ、手に触れた瞬間に、凄まじいマナの脈動を感じました。

 それも全体のほんの一片に過ぎないでしょう」

 

「魔導系の家に生まれた者の宿命と言うのかな。

 僕もルイーサも、ちょっと複雑だよ」

 

「あれほど強大なマナを身に宿していれば、周りが放っておかないでしょう…。

 願わくば、普通にお友達を作って、結婚して、幸せになってほしいと思うのが、親の本音ですの。

 先程、姫様とお会いした時のあの子の笑顔…、ごめんなさい…ちょっと」

 

 

ルイーサはスカートから取り出したハンカチで目頭を拭った。

そんな彼女の肩をエドゼルが抱き寄せる。

 

そんな二人の姿を見て、シルフは門前でマーディンの傷を癒やしたソフィアを思い浮かべた。

あれも奇跡に近いものだ。

それを幼い王女が行ったとあれば、この国の民衆はさぞ活気だつであろう。

それが良いことなのか、それとも悪いことなのか、しばし考え、国王、女王に報告はするが公にする必要はないという考えに至った。

マーディンにも他言無用と頼んでおかなければならないだろう。

 

 

「さて、皆の衆!!

 しみったれた話は酒でも飲みながらすればよい!

 ひとまず中に入ってくつろぐとしよう」

 

 

沈んだ雰囲気を吹き飛ばすようにはつらつとアルドが邸宅の中に入っていった。

いつの間にやら控えていた女中とアデルが全員の荷物を運び始め、この場は一旦お開きになった。

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