イノセンス   作:イツキ_6023

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4 - 風を操りし者たち①

エアンストは机に積み上がる請求書や伝票と格闘していた。

六畳ほどの執務室に使い古された事務机と椅子、整理整頓された本棚には使い込まれた軍事学、薬学、魔法学の本が収められ、部屋の四隅や窓枠にはホコリひとつ被っていない。

 

来客用に新調された艶のある黒色の革張りソファーとダークウォルナットのテーブルが古めかしい室内ではかえって浮いて見えた。

自分のものは古くていい、他人に使わせるものはちょっと良い物を、という本来のこの部屋の主であるシルフの性格がよく現れている。

 

エアンストが事務作業のほとんどを請け負い始めてからは、シルフは大抵どこかへ出掛けているし、ここで来客を迎えるときはエアンストに一声掛けてくれるので、彼がこの執務室を使っていても誰も文句など言わないのだ。

とにかく、今はこの大量の書類を片付けねばならない、帳簿をつけ終えたもの、シルフのサインが必要なものをテキパキと仕分けしていく。

 

コンッコンッコンッ!

 

なかなか空かないトイレのドアに催促するが如くノックされると、許しを得もせずに勢いよく一人の女が執務室に入室してきた。

 

 

「おっはよーございます! あなたの心のオアシス~! アレッサちゃんどぅえ~っす!」

 

 

燃えるような赤毛にグリーンの瞳、革とチェーンメイルで仕立てられた軽装鎧の下に派手なイエローのシャツを着込んだ女が何やら胸とウェストを強調するポーズにピースサインとウインクをかましながら登場した。

頭痛を抑えるようにエアンストは目頭をつまみ上げ、どう突っ込めばいいのか思案し、思案した結果、突っ込まないことに決めた。

 

 

「…何の用だ?」

 

「あっれ~? シルフ隊長は? 今日はいると思ったのに!」

 

「…今日は市民の受け入れの日って、昨日連絡をしたはずだが?」

 

「あっはー、なるほど、じゃあスカウトに行ってるんだね!」

 

 

「なぁんだー」と意気消沈した彼女は来客用のソファーにどっぷりと座ったが、「そこは上座だ、正面に座れ」と席替えさせられる。

 

 

「うっさいなー、いいじゃん! 誰もいないんだから!」

 

「そういうことの積み重ねが、本番でボロを出す原因になるんだ。

 これからは俺達も上の方々に会うことが多くなる、軍人としての品位を落とすような真似は許さんぞ」

 

「はいはーい! ぶ~…」

 

 

大きなため息を付きながら、エアンストは事務作業を進めつつ、アレッサと会話を続ける。

 

 

「皆の朝の訓練は終わったのか?」

 

「うん、今は朝食食べて休憩させてるよ」

 

「そうか、すまんな」

 

「え、なにが?」

 

「いや…、戦闘訓練の指南役のほとんどをお前に押し付けているからな」

 

「仕方ないよぉー、エアンストはシルフ隊長の秘書になってるし、カールは魔法薬学、ヨハンは付呪が得意でしょー。

 私、学がないからさー、身体張るくらいしか貢献できないし…」

 

「そんな卑下する必要は断じてないぞ」

 

 

苦笑いを浮かべながら頬を掻く彼女に、エアンストはペンを走らせる手を止め柔らかな眼差しを向けながら語りかける。

 

 

「お前は人を指導することに関して天賦の才がある。

 俺やカール、ヨハンが指導すると皆萎縮してしまうからな。

 実働部隊二十人を達成できたのも、お前の貢献が圧倒的に大きい、感謝しているよ」

 

「えっ、そっ、そっかなー、えへへー」

 

「あとは、もう少し礼節を学んでくれればな」

 

「そこはー…、がんばる!」

 

 

パッと立ち上がった彼女は書類の積まれた机に身を乗り出してエアンストに笑顔を向ける、思わず急接近する彼女の顔に、エアンストの頬に赤みがさす。

 

 

「…とにかくだ。

 俺はこの書類の片付けと今日納品される荷の受け入れ準備をしなきゃならん。

 カールとヨハンは付呪用のマナ鉱石や魔法薬の材料の仕入れに行ってもらってる。

 引き続き訓練の方、頼んだぞ」

 

「まっかせて!

 そっかぁ、ついに私たちの正式装備が届くのか―」

 

 

アレッサは胸の高鳴りを抑えるように、落ち着きなく執務室内を右往左往する。

 

 

「三年かぁ―、長かったなぁー。

 キッツイ思いもしたけどさ、やっと報われるんだぁー」

 

「これからが本番さ。

 俺たち初期メンバーの四人は隊長補佐としてシルフ隊長とレンジャーを支えていくんだ」

 

「あははっ、最初の頃に一番隊長に楯突いてたのあんたじゃん!」

 

「ふん、魔闘士のつまらんプライドなどとうに捨てたさ!」

 

「はいはい! 頼りにしてるよ! エアンスト!」

 

 

―――

 

 

上記のやり取りから二ヶ月ほど遡る。

 

魔闘士士官の宿舎の一室、魔闘士第二師団所属 エドゼル・ハバー大尉の執務室だ。

下期の編成で大尉へ昇進したエドゼルは引き続き魔法剣技部隊(レンジャー)の後見人を務めている。

 

彼が座る立派な桃花心木(マホガニー)の机の前では整列休めの姿勢でシルフが佇んでいた。

エドゼルは黙って一枚の書類を見つめていたが、視線をシルフに向け、軍人の顔でなく、一人の友人として笑顔で書類を渡した。

 

 

「おめでとう、シルフ君。

 今期のレンジャーへの予算、君の要望通りに可決されたよ」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

 

シルフの手元に渡った書類には承認の印と軍務大臣のサインが記されていた。

 

 

「それと、エアンスト君、アレッサ君、カール君、ヨハン君の四名も正式に隊長補佐として役職が認可されたから。

 ちゃんと手当がつくからね」

 

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

「で、君の役職手当だけど、どうする?」

 

「今までどおり、隊の運営資金に入れて下さい」

 

「欲がないね、ほんと」

 

 

エドゼルは紐でまとめられた書類の束を手に取る。

今回の予算編成に伴いシルフから提出された、彼らレンジャーが三年間積み上げた”戦果”の記録だ。

 

部隊の発足当初、シルフとたった四人という一分隊にも満たない彼らにはまともな予算が充てられなかった。

国からは最低限の運営金のみの支給、彼らの給金に至っては魔闘士部隊の運営費から捻出される始末で、まともな装備も買えなければ、日々の演習場は他の部隊に頼み込み間借りし、本来同胞である魔闘士たちからも疎まれた結果、宿舎も一般兵科の宿舎を借りることでやり過ごしてきた。

 

魔闘士のお荷物、落ちぶれ連中、大道芸人、魔闘士の左遷先…、魔闘士という大部隊におけるヒエラルキーの最底辺からのスタートとなった。

 

 

そんな状況を変えるべく、彼らは傭兵ギルドと接触を図った。

 

 

ヘルト連合王国が同盟国との交わす約定のひとつに軍事的な支援、領土の守護がある。

同盟国の領土や民の命・財産を脅かされる事態に陥った場合、要請を受けてヘルト連合王国は武力を提供するというものだ。

 

ただし、要請は国を通した陳情という形を取る必要があり、ヘルト連合王国の常備軍を動かす以上は時間も莫大な費用も掛かる。

 

そのため、ヘルトでは傭兵ギルドと呼ばれる民間軍事組織を作り、そこに所属する傭兵(所属する者の多くは”冒険者”と自称するが)に自国、他国からの依頼を問わず、荒事の解決を委託している。

ギルド長をはじめとするギルドの運営はヘルトの人間で組織されているが、そこに所属する傭兵については自国民以外も広く受け入れている。

性質上、受ける任においては何らかの武力を行使する必要がある案件が大半のため、集まる人間は荒くれ者が多い。

 

そして、与えるものは報奨金のみであり、それ以外の一切を保証しない、依頼を受けた末に命を落とそうとも。

 

しかし、闇雲に死傷者数を積み上げることによる傭兵の不足をギルド側も懸念し、敵の規模・性質、地形、気候から独自の難易度を設定し、推薦されるパーティ構成、装備、食料・医薬品の情報などを提供している。

もちろん、それらを取り揃えている店へのロードマップも提供することで、他のギルドとの相互扶助を行っている。

 

こうした運営をする中で起きる問題、それは難易度が高すぎる案件、または難易度に関係なく、誰もやりたがらない案件がいつまでも残るというものだ。

所詮は金で動く傭兵である、リスクが大きすぎるか割に合わない案件は受けないことが大半だ。

中には武勲を上げたい辺境の騎士や増額される報奨金に目がくらんだ者が身の丈に合わない仕事を選び、そして死ぬことで、張り出される依頼書に書かれた死者数を表す星マークが増え、ますます誰も受けなくなる。

 

なお悪いことに、そうした案件がヘルト連合王国自身の問題であり、民の生活に影響が大きい場合、常備軍が解決に動く必要がある。

そうして駆り出される部隊の大半は一般兵科の兵士であり、殉職する者も多かった。

 

 

レンジャーの創設メンバーである五人はそれら”ワケあり”案件を片っ端から解決していった、それも無償である。

交換条件として依頼者にシルフたちを紹介すること、つまりはコネづくりへの協力だ。

 

依頼者は別のギルドに所属する商人であったり、大学等の関係者が多かった。

そうでなくとも、無償で問題を解決すればレンジャーを通して軍への評判が上がるので、軍内部での彼らの地位の土台作りとなる。

 

そうして少しずつ戦果を積み上げ、ギルドからの信用とコネを作ると同時に、軍内部の地位を向上させていく。

中でも本件において最も危険にさらされる一般兵科の兵士たちから大いに感謝されることは、肩身の狭い彼らのストレス軽減につながった。

 

こうして部隊の設立から三年が経ったレンジャーは多額の運営資金獲得に至ったのだ。

いまエドゼルが手にとっているのは傭兵ギルドから発行される「依頼達成証明書」の束である。

 

 

「すごいね、こんなやり方、僕も思いつかなかったよ。

 げっ、水妖(ドラウナー)の肝臓採取…? 依頼は魔法大学院からか…。

 剰えひどい臭いのするあの化物の腹を掻っ捌いたのかい…。

 部下のみんなは大丈夫だったの?」

 

「生け捕りにするところまでは問題ありませんでした。

 私が腹を割いたところ、皆嘔吐してしまいまして…」

 

「だろうね、僕でも三日は食欲が戻らないね。

 そうか、発注する装備品が全部特注品なのに価格を低く抑えられたのも、このコネがあったからか」

 

「ギルドの皆様には感謝の言葉もありません」

 

「この戦果だけでも、僕は上に君たちの予算を押し通すことができた。

 でも、二つ返事で承認されたのは”コレ”が決めてかな」

 

 

エドゼルは引き出しから一枚の便箋を出して机に置く。

ある領主からの陳情の文と印が押されている。

 

山岳にある人気のない街道に現れた大所帯の山賊団の討伐依頼だ。

護衛連れの大商隊を襲い、皆殺しにした上に物資を根こそぎ奪っていく。

あまりの手練ぶりから何かを感じ取った領主はヘルト連合王国へ討伐と背景の調査を依頼した。

 

ヘルト連合王国の騎士団に依頼者と縁の深い士官がいたため、本件は騎士団によって進められることとなった。

商隊を装い山賊団をおびき出したまではよかったが、山岳戦における練度の高さから不意打ちに合い、部隊に重傷者を出してしまった結果、やむを得ず撤退する事態となった。

 

騎士団の失態が公衆に広まるのを恐れ、手を拱いていた上層部に対して、エドゼルは本件をレンジャーへ依頼し解決させた。

調べてみれば、山賊団たちは依頼者と対立関係にある貴族の私兵で、貿易の盛んな依頼者の領土への嫌がらせとして行ったものだった。

 

依頼者である領主はこの事実を相手貴族に突きつけ、自国の後ろ盾であるヘルト連合王国の軍事力を背景に交渉した結果、多額の賠償金を獲得したのだった。

無論、本件の手柄は騎士団ということになっている。

 

 

「僕は生死を問わないと言ったんだけどね。

 まさか全員捕縛してくるなんて驚いたよ」

 

「その頃には私たちも十人を超える部隊となっていましたから」

 

「これで魔闘士は騎士の連中に貸しができた。

 真意はわからないが僕は異例の速さで大尉へ昇格。

 ん~、このネタは当分使えるな―」

 

 

くつくつと笑いながら、エドゼルは背もたれに身体を沈めこむ。

 

 

「さて、僕の要件は終わりさ。

 大金が入るんだ、隊のみんなに美味いものでもたらふく食べさせて上げればいい」

 

「ええ、そのつもりです」

 

「うん、君たちのさらなる活躍に期待している!」

 

 

シルフは書類を手にして、ドアの前で一礼すると、エドゼルの部屋を出る。

ドアの先にはエアンスト、アレッサ、カール、ヨハンの四人が壁際で期待に胸を膨らませながら待機していた。

 

シルフはエドゼルから受け取った予算申請書を突き出して、OKサインをしてみせる。

 

場所も憚らず、彼らから歓声が上がったのだった。




私の小説を読んで頂きありがとうございます。
本日(2019/06/15)時点でここまで執筆済みとなります。

誤字脱字指摘、批評など頂けましたら死ぬほど喜びますので、お気軽にお寄せ下さい。
それでは。
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