イノセンス   作:イツキ_6023

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進展が遅く申し訳ない。
まだまだ続きます。


6 - 風を操りし者たち③

俺は砂利で固められ雑草の生えていない練兵場に立つ。

手には両刃剣を模した木剣、照りつける日差しは暑いが、吹き付ける風には春の残り香が混じり、顔に滲む汗を心地よく拭ってくれる。

正面には燕尾服の背広を脱ぎ、高級な綿花のシャツになった少年が立つ。

俺も軍服の上着を脱ぎ、両足の腱を伸ばし、木剣を数回振って使い勝手を確かめる。

当然、真剣と違い軽い、普段の訓練で使う短刀と違って長さも違うが…、まぁ、それほど問題にはならないだろう。

 

歩兵の練兵場に魔闘士がいるのが珍しいのか、結構な数の一般兵が俺たちの様子を見ているな。

 

準備を整えた俺は剣をまっすぐに構え、号令を待つ。

シルフ殿は…全く剣を構えない。

両手を腰の下にぶら下げ、左手に持つ木剣も地面に向けている。

左利きという事実はどうでもよく、何の構えもしない態度に若干の憤りを覚える。

 

身構えるほどの相手でもないと思われているのか?

舐めるな、俺の近接戦闘の評価は同期のなかでも指折りだぞ。

 

苛立たしさの滲む目で、号令を務めるアレッサを睨む。

俺たちの間の不穏な空気を察しているのか、やや緊張の面持ちの彼女は、上段に構えた手を振り下ろした。

 

 

彼女の号令と同時にシルフ殿との距離を一気に詰める。

自分の持つ得物の適正範囲に彼の顔を捉える、防御の姿勢をしていない以上、俺の木剣は彼の顔面を打つ。

 

失望だ、ハバー中尉の人選には決定的な誤りがあった、それに巻き込まれた彼には同情を覚える。

彼には怪我をさせるだろうが、許せよ。

 

―――彼の顔に向け、横薙ぎの一線を放った。

 

…は?

来るはずの手応えはなく俺の腕は空を切った…。

 

木剣の範囲に捉えたはずの彼はいつの間にか、その範囲から遙か後方に下がり俺を見ている。

―――勝負は終わっていない。

即座に剣を構え直し、今の出来事を思い返す。

 

あの一瞬で後ろに後退したのか?

予備動作は見えなかった、足音も聞こえなかった…、幻惑魔法でも使ったのか?

まさか、そんな小手先で惑わされるほどやわな鍛え方はしていない、だが、まるで瞬間移動でもしたかのうように、大きく距離を空けられた。

 

俺と頭二つ分は身長差のある彼が、真剣な表情で俺を見ている。

どうやら、あんな大ぶりで彼を倒せると過信していた俺の方が、彼を見くびっていたようだ。

 

今度はゆっくり、ジリジリと彼との間合いを詰める。

彼はその場から一歩も動かない、こうも相手の出方がわからないと、こっちも戦略が立てられんが…。

 

 

次もあっさりと得物の適正範囲に彼を捉える、俺はいくつかの攻撃パターンを頭に入れた上で、剣を突き入れた。

 

その剣突をを彼はふわりとした動作で後方へ引くことで躱す、退避方法の理屈はわからんがこれは俺の想定範囲内だ。

余力を残した足を動かし、開いた間合いを一気に詰め、顔面を狙う一線を再度見舞う。

 

―――彼が後方へ身を倒し、俺の一線は再度躱される。

 

だが、これで勝負あった。

このまま彼が背中から地面に倒れたところを上から叩けば俺の勝ちだ。

 

振り払った腕を構え直し、頭の後ろに構える。

目下に幼い彼の顔が俺を見上げる、この顔に剣を打ち下ろすという罪悪感は戦闘に高揚した今の俺には湧いてこない、今度こそ勝負が決まる。

 

―――そう思ったんだよ。

 

俺の下顎に強烈な衝撃が走った。

突き上げられた俺の顔は、真っ青で雲ひとつ無い空を仰ぐ。

上下に揺さぶられた脳が頭蓋の中を暴れまわって、視界がぐにゃりと歪んだ。

薄れゆく意識の中、俺の視界に入ってきたのは、心配そうに俺を見る彼の顔だったんだ。

 

 

―――

 

 

「あ、気がついた。 ねーえ! エアンストが起きたよぉ!!」

 

 

うるさい…でかい声を出すな、頭に響く。

アレッサに呼ばれたヨハンとカールが俺の横たわるベッドに近づく。

漂う消毒液の匂い、医務室だな、ここは。

近寄ってきたやつらに、横たわったまま視線を向ける。

 

 

「俺は、どれくらい寝てた?」

 

「三時間くらいだな」

 

 

カールが応えた。

アレッサが心配げに俺を覗き込む。

 

 

「起きられそう?」

 

「ああ、まだ少し足が痺れるが…、よっこらせっ」

 

 

体を起こして、ベッドの縁に腰掛ける。

若干、頭がふらりとしたが大丈夫だ、顎を擦るが痛みはない、治癒士が回復魔法を掛けてくれたんだろう。

俺の正面に座るアレッサがからかうような笑みで話す。

 

 

「思いっきり負けちゃったね、かっこわるっ」

 

「黙れよ…、俺が勝つほうが逆におかしいだろ…。

 シルフ殿は?」

 

「ちょっと前までいたよ。

 ずっとあんたの看病してくれてたんだよ、明日お礼言いな?

 今日はもう解散でいいって、明日、起床のラッパがなったら宿舎前に集合だってさ」

 

「そんな曖昧な時間でいいのか?」

 

「いいんじゃない? あたしらもう魔闘士団の所属じゃないんだし?」

 

 

厳密には俺たちは魔闘士の分派だと思うが、隊長は彼だ、彼が良いというのならそれでいいのかもしれない。

明日のスケジュールは分かった、でも、俺ははっきりさせたいことがあるんだ

 

 

「なぁ、俺はなんで負けたんだ?

 シルフ殿に…、どうやって俺は倒されたんだ?」

 

「ん~…、ここで反省会をやってもいいんどさぁ…」

 

 

アレッサがニヤけ顔でカールとヨハンに視線を送る。

二人も笑っているが、一体なんだ?

 

 

「親睦を深めるために、飲みに行くってのは…どう?」

 

 

―――

 

 

「ぷはぁ…! あー冷たいエールってなんでこんなに美味しいんだろー!!」

 

 

木製のジョッキをテーブル叩きつけ、豪快にアレッサが吠える。

俺たちはクラフト区の港湾を目の前にするパブで料理と酒を摘んでいる。

冷たい飲み物を出せる店っていうのは、実はそんなに多くない。

凍結魔法の魔法石とそれを動かせる魔法機械は高価だ。

ここら辺の公営湾岸倉庫か、羽振りの良い店か、それ以外は民営の貸し倉庫なんかを商売人達が間借りして利用している。

この店みたいに自前の醸造所と隣接しているところは醸造の過程で低温保存が必要だから設備が整っているんだろう、どうやらここはアレッサのお気に入りの店らしい。

 

 

「うるさい、黙って飲め」

 

「なぁによぉ…、シルフ隊長にコテンパンにやられたからって苛ついてるわけぇ?」

 

 

シルフ隊長か…、俺が負けたことで呼び方を変えたんだな。

戯言を吐く彼女に俺のしかめっ面を返して、俺もエールに口をつける。

うまい。目の前にあるオイルサーディンにフォークを突き立て一匹丸ごと口に入れる。

南部から輸入している香辛料と程よい塩加減、出す前に炙ったのか暖かくて芳醇な香りが口いっぱいに広がって夢心地だ。

俺は口に残る後味を洗い流すように更にエールをあおって、こいつらに問いただす。

 

 

「そろそろ教えてくれ、俺はなんで倒された?」

 

風魔法(ヴィント)だよ」

 

 

おかっぱのヨハンが手の中の石ころを(あそ)びながら俺の質問に答える。

俺はヨハンの言ってることに気が動転してしまって、半笑いで応える。

 

 

「風魔法って、帆船の推進力にするアレか!?」

 

「他に相手を吹き飛ばすくらいに使えるけど、あの人は風を全身に纏って、身体操作に使ってた。

 倒れかけたシルフ隊長はそのまま翻って、君の顎を踵でカチ上げたのさ」

 

 

なんてこった…。

そんな超変則的なサマーソルトキックでやられちまったのか。

風魔法を体術に使うなんて、聞いたことないし、見たこと無い…見る前に俺は気絶させられたのか。

 

俺が頭を抱えて項垂れていると、ヨハンが手の中で(あそ)んでいた石をテーブルの上を転がせながら渡してきた。

 

 

「これは…マナ鉱石か? 付呪済みだな」

 

「君が気絶している間に俺たちはシルフ隊長といろいろ話していてな。

 それは軍で扱う高純度のマナ鉱石だ。

 含有するマナの純度が高いほど付呪師にも高い練度が要る。下手な付呪師じゃマナを魔法の元素に変換しきれなくて使い物にならなくしてしまうけど、あの人はいとも簡単にそれに風魔法の属性を付呪したんだ、付呪師としても十分通用するね」

 

「こいつは、どれくらい効力がある?」

 

「それ一つでフリゲート戦艦一隻を十日連続で航海させられるかな」

 

 

俺はパステルグリーンに輝く魔法石をシャンデリアの明かりに透かしてみる。

付呪やマナ鉱石に関して俺は素人だが、含まれるマナの大きさは魔法使いである俺にも分かる。

俺は自身のマナを魔法石と共鳴させる、パステルグリーンの輝きが増すと俺の前髪がふわりと風に揺れる。

ここでヨハンの手が伸びてきて、俺の手の中にあった魔法石を取り上げられた。

 

 

「バカッ! 店を吹き飛ばす気か!?」

 

「あ、ああ…、悪い…、そんな大事になるとは思わなかった」

 

「質の良い魔法石ってのは使用者にも制御する技術がいるんだ、じゃないと力が暴走する!」

 

 

ヨハンは呆れた顔で魔法石を服のポケットにしまい込んだ。

自分の軽率な行動に、急に気恥ずかしくなった俺は残ったエールを一気に流し込む。

酒が回って頭が軽くなり、思考が鈍る。

酒ってのは不思議なもんだよなぁ、酔うといろいろ喋りたくなっちまうもんだ。

 

 

「俺は…馬鹿だ…」

 

「ん~…? なに、どうしたの~?」

 

 

テーブルに突っ伏した俺の頭をアレッサが指で突つき回す。

俺は彼女のいじりに気を止めず、湧き上がる感情のまま口に出す。

 

 

「大学でそれなりの成績残して…ヒック…。

 軍に入って部下も出来て…いい気になってたんだ…うっぷ…。

 井の中の蛙だよッ…世の中には俺よりすごいやつなんてたくさんいるんだッ」

 

 

ダメだ、喋っていたら涙が出てきた…。

ヨハンとカールは面倒臭そうに俺を見てる…アレッサは俺を見てケタケタ笑いながら俺の髪をくしゃくしゃ撫でる…そのエール何杯目だ?

 

 

「おーよしよし! 今夜はお姉さんがとことん付き合ってあげるわよ!」

 

「…お前、俺らと同い年だろ…」

 

「あたしは十六から軍にいるの、つまりあんたらより先輩ってこと。

 まぁ、あんたらみたいなエリートじゃないけどね」

 

「…ちきしょう!」

 

 

俺はアレッサの飲みかけのエールをひったくって今夜何杯目かわからない一気飲みをする。

シルフ殿…いやシルフ隊長には勝負で負け、ヨハンとカールには知識で負け、アレッサにはキャリアで負けた!

焦点の定まらない目で不甲斐なさを嘆いていると、カールが革袋から小瓶を四つ取り出して配りだした。

 

 

「それ以上飲むなら、こいつも飲んどけ」

 

「なぁに? これ?」

 

 

アレッサが訝しみながら小瓶を眺める。

 

 

「俺が調合した二日酔い止めの薬だ、肝機能を高めて代謝を促進する、効くぞ?」

 

「変なもの入ってないでしょうねぇ?」

 

「俺の家は薬屋だ、知ってるだろ? 『グレーデン調合薬剤店』

 そいつはそこで販売してるのと同じやつだ」

 

「うっそ、あんたあの店の息子なの!? 超お坊ちゃんじゃん!」

 

「店は兄貴が継ぐ、俺は三男坊だから自由に生きていけるのさ」

 

 

カールの実家の薬屋は卸問屋も兼ね、軍にも商品や材料を卸してる大商家だ。

適当に店の手伝いをしていても良い暮らしができたろうに、なんで軍に入ったんだ?

俺は素直に今思ったことを聞いてみた。

 

 

「俺はグレーデン一族の中でも唯一魔法が使えた。

 ただの薬や魔法薬なら誰でも作れるが、魔法使いにしか作れない代物がある、錬金薬だ。

 錬金薬は作用も副作用も術者の力量に左右される、薬効が安定しないから市販されない。

 それを作れるのは魔法大学院か軍だけだ、だから手っ取り早く入れる軍隊を選んだのさ」

 

 

「それに軍人はモテるしな」と付け加えてカールは自分の薬を呷った。

なるほど、さしずめ錬金術師としての才能を発揮できるか試したいってところか。

俺もカールにならって、やつの薬を一気に飲む。

味は悪くない、ハーブの香りとシロップの甘みで飲みやすい、あの店で出してるものと同じなら効果もお墨付きだろう。

ヨハンとアレッサも続けて飲む、味に関しては俺と同じで問題ないようだ。

 

 

「へ~…錬金薬ねぇ、あたしあんまり詳しく無いんだけど、アレも錬金薬でしょ?

 なんだっけ、そうそう、アンブロシア!むぐぅ!」

 

 

俺はかつて無いほど俊敏な動きで隣のアレッサの口を手で封じる。

すぐさま周囲の客の反応を見る…、大丈夫だ、こちらに視線を向ける者は一人もいない。

正面の二人を見る、顔が真っ青だ、もちろん俺も真っ青だろう。

引いた血の気と一緒に酔まで覚めそうだ。

アレッサが泣きそうな顔で「ごめん」と視線で訴えてくる。

俺はため息をついて、手を離した。

俺は厳しい顔で説き伏せる。

 

 

「そいつをこの国で口に出しちゃダメだ、アレッサ。

 憲兵にでも聞かれたら何をされるかわからんぞッ」

 

「分かってる…、ごめん、酔っててつい…」

 

 

アンブロシア…、「悪魔の蜜」と異名を取る最悪の錬金薬だ。

”一生分の幸福の前借り”と言われるほど強烈な多幸感をもたらす代わりに”悪魔の取り立て”と言われるほど苛烈な副作用をもたらし、一度摂取すれば命が尽き果てるまで止めることが出来ないと言われている。

この国において製造や売買は極刑だ。

あまりの取締の徹底ぶりから口外することも憚れるほどの禁句となっている。

過去に幾度か汚染が広がり掛けたことがあり、人権を尊重するこの国においても製造者や密売人の死体を埠頭に吊るし、晒し者にしたらしい。

 

そんなヤバイ代物の名前をこんな大勢の人間がいるところで喋った彼女はしょんぼりと落ち込んでしまった。

なまじ明るい女性が悲しそうな顔になるのは、少々胸が痛いな…。

俺は沈んでしまった雰囲気をもとに戻すために大声で酒を注文する。

ナイスタイミングと言うべきか、時間がかかると言われていたターキーの丸焼きが酒と一緒に運ばれてきた。

照りと脂の乗った肉、漂うにんにくの香り、腹に詰め込まれた具材が食欲を掻き立てる。

俺は一番美味そうなもも肉を切り分けてアレッサの皿に乗っけてやる。

 

「ありがとう!」と満面の笑顔で言われて、彼女の曇った心情が晴れた安心感と一緒にちょっとだけ胸がドキリとした。

口や手が汚れることも厭わずに肉に頬張りつく彼女を、なぜだかな、ずっと見つめちまったんだ。

 

 

店はかきいれ時の時間帯を迎えたのか、海から帰ってきた男達が酒を交わし盛り上がりが増していく。

周りの熱気に当てられたように俺たちも存分に酒を飲み、食って楽しんだ。

すっかりデキ上がった俺達は四人で肩を組んで軍歌を歌いながら夜のクラフト区を練り歩く。

 

浴場でさっぱりして、宿舎のベッドに寝転がれば、ルームメイトの喧騒なんてそっちのけで俺は心地よい夢の中に落ちていった。




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