ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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決闘は始まる前に勝敗が決する

 驚くべきことに、心底驚くべきことに、あの寮監は寮杯と私情を優先したらしかった。話を聞いていたジュリアはフィレステーキにナイフを入れる手が止まるくらい驚愕した。なんと、校則を無視してまでハリーをクィディッチの寮代表選手、しかも重要なポジションであるシーカーにしようというのだ。一緒に聞いていたロンも叫ぶくらい驚いていた。

 

 

「シーカーだって? だけど1年生は絶対だめだと……ハリー、君は最年少の寮代表選手だよ! 何年ぶりだろう……」

 

「百年ぶりだって。ウッドが言ってた」

 

 

 ハリーは刺激的な午後のおかげで食欲が増進しているのか、ミートパイをがっついていた。顔色もいい。ただ、がっつきすぎて時折むせそうになっていたので、ジュリアは水差しからよく冷えた水を注いでハリーに渡した。

 

 

「ありがとう、ジュリア。それで、来週から練習が始まるんだ。でも誰にも言わないでね、秘密にしておきたいんだって」

 

 

 赤毛の双子――このウィーズリー家の悪戯兄弟は、匂いでしか区別がつかない――がホールに入ってきて、ハリーの肩をばしばし叩いた。

 

 

「すごいなハリー。ウッドから聞いたぜ。俺たちも選手だ。ビーターさ」

 

「今年のクィディッチ・カップはいただきだな。チャーリーが卒業して以来か。ウッドのやつ、小躍りしてたぜ」

 

「じゃあな、俺たちもう行かなきゃ。リーがホグズミードに出る秘密の抜け道を見つけたらしくて」

 

「たぶん俺たちがもう知ってるやつだけどね。『おべんちゃらのグレゴリー』の銅像の裏にあるやつ。またな、ハリー!」

 

 

 嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。いつぞやのハーマイオニーを彷彿とさせる。そんなことを思いながらジュリアはフィレステーキをおかわりした。

 

 しかし、またもナイフを入れる前に、騒がしいやつが現れた。青白坊ちゃんだ。

 

 

「ポッター、ホグワーツ最後の食事はどうだい?」

 

「地上ではずいぶん元気だね。小さなお友達も一緒だし」

 

 

 11歳にしてはなかなか皮肉の効いた言い回しだった。ジュリアは口笛を吹きたかったが、まだ口の中にマッシュポテトが残っている。ハリーのクールな一撃が応えたと見えて、青白坊ちゃんは挑発を始めた。

 

 

「お望みなら僕一人で相手してやろうじゃないか。今夜、魔法使いの決闘だ。魔法使いの決闘なんて聞いたこともないだろう?」

 

「あるさ。僕が介添人だ。お前のはどっちだ?」

 

 

 ロンがまんまと挑発に乗ったので、青白坊ちゃんはご機嫌なご様子だった。せせら笑うと、後ろに控えたミニトロール2体を交互に見やる。しかし、特に意図があって見ている目つきではない。あれは獲物をいたぶる悪い狩人の目だ。ジュリアは青白坊ちゃんが罠をかける気だと理解した。

 

 

「クラップがやる。真夜中だ。トロフィー室に来い」

 

 

 青白坊ちゃんがトロールを連れて去っていくと、ハリーはロンと顔を見合わせた。

 

 ハリーの目に困惑が現われている。パイの欠片を口の端につけたままで、のんきなものだ。ジュリアは呆れながらようやくステーキに辿り着いた。

 

 

「魔法使いの決闘? 介添人って?」

 

「介添人っていうのは、君が死んだら次は僕が戦うってことさ」

 

 

 ハリーの顔から血の気が失せた。マクゴナガルに名前を怒鳴られた時よりもショックを受けている。もちろん、退学よりも死のほうが怖いのは当然のことだが、ジュリアはなんだか愉快なことになってきたと感じた。

 

 

「もちろん、死ぬのは本当の魔法使いが本気で決闘した時だけだよ。だって考えてもみろよ、君やマルフォイに相手を吹っ飛ばすような魔法が使えるかい? あいつ、きっと君が断ると思って、恥をかかせにきたのさ」

 

「でも……もし僕が杖を振って、何も出せなかったら、どうするの?」

 

「鼻っ柱へし折ってやるのさ、パンチで」

 

 

 ロンの推理はおおむね当たっているだろう。断れば恥をかかせる。乗れば告げ口なりなんなりして罠をしかける。うまい手口だ。マルフォイ。ジュリアはあの少年の名前をちゃんと覚えた。

 

 そこによく知った匂いが近づいてきたので、ジュリアは慌てて大皿からレタスとトマトのサンドイッチを取った。

 

 

「ちょっと、失礼。聞くつもりはなかったんだけど、あなたたちとマルフォイの話が聞こえちゃって」

 

「聞くつもりがあったんじゃないの」

 

 

 ロンが小声で毒づいたが、あの声量でやり合っていたらグリフィンドール寮生はだいたい聞いていただろう。それよりも、ハーマイオニーがちゃんと会話に割り込む際の挨拶を身につけたことがジュリアには喜ばしく思えた。もちろん、当人に伝えたら機嫌を損ねるだろうから口にはしないが。

 

 

「夜に出歩くなんて絶対だめ。捕まるに決まってるわ。捕まったら何点減点されるか考えてよ。なんて自分勝手なの」

 

「大きなお世話だよ」

 

「まったく……ジュリアからも何か言ってよ!」

 

 

 突然話を振られたので、ジュリアはトマトを頑張って飲み込んで――ジュリアはあの魔法生物の卵みたいな種部分が嫌いだ――、水を飲み干してから返事をした。

 

 

「男は殴り合って友情を深めるんだろ? そういうもんなんじゃねえの、あたし知らねえけど」

 

「いや、違うよ」

 

「もう、ジュリア!」

 

「はいはい、もう寮に戻っておやすみなさいしような。いい夜にしろよ、野郎ども」

 

 

 すっかりお怒りなご様子のハーマイオニーを連れて寮に向かいながら、ジュリアは一口でサンドイッチを頬張った。まずい。


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