パジャマの上からピンクのガウンを羽織り、談話室のひじかけ椅子でランプを抱えるハーマイオニー。その横顔を見ながら、この子もすっかり夜更かしに慣れたなあとジュリアは感慨に浸った。壁に寄りかかってローブの懐から真鍮の懐中時計を取り出す。時刻は十一時半。
「ジュリア、あなたどうしてローブなの?」
「パジャマ持ってねえし。めんどくさくていつもシャツで寝てんだ」
「ちゃんと着替えてるでしょうね」
「おいおい、信用ねえな。さすがに着替えてるさ」
ハリーとロンが来ないので、すっかり雑談モードになってしまった。このまま夜更かしして、おねむになったハーマイオニーをベッドにお持ち帰りするのが理想的なのだが、そうもいかないようだ。
男子寮のドアが静かに開いた。ハリーとロンだ。
ジュリアは懐中時計を閉じると、ハーマイオニーに目配せをした。
「――ハリー、まさかあなたがこんなことするなんて」
ハーマイオニーがしかめ面でランプを灯した。ジュリアには少々眩しい。しかし、ハリーとロンはこれでようやく気づいたようで、目をこらすと苛立ちの表情を浮かべた。
「また君か!」
「ジュリアもいるわ」
「あたしはそこのお姫さまの護衛だよ、気にすんな」
ジュリアが影から身を現すと、ハリーとロンは肝を冷やしたように跳び上がった。この調子でトロフィー室まで辿り着けるのだろうかとジュリアは思わず笑った。場末の見世物小屋でもお漏らししそうな勢いだ。いや、もうちびっているかもしれない。
「本当はパーシーに言おうかと思ったのよ。監督生だから絶対に止めてくれるわ」
「お節介って言葉を知らないのかい、君は!」
「行こう、ロン」
ハリーが「太った婦人の肖像画」を押し開け、ロンが後に続いた。これで二人は見事にマルフォイの罠にはまったことになる。
しかし、ジュリアが驚いたのは、ハーマイオニーが後を追ったことだ。静かに怒鳴るという器用な真似をして二人を叱りつけながら、グリフィンドール塔を出ていってしまったのだ。
男二人が冒険して、少し痛い目に遭って成長するのはいい。しかし、その行為に反発しているハーマイオニーが巻き込まれるのは可哀想だ。そう思って、ジュリアは自分も後を追うことにした。
「自分のことばっかり気にしてるのよあなたたち。私が変身術の授業でいただいた点数を、あなたたちがご破算にするの。わかる?」
「ほら、そのへんにしとけハーマイオニー。言っても聞かねえよ」
「はあ……いいわ、ちゃんと忠告しましたからね」
「足元に気をつけろよ、今日は木曜だ。6階の階段の上から8段目が悲鳴を上げる。んじゃ、いい夜を……」
軽口を叩いて去ろうと思っていたジュリアの計画はご破算だった。中に戻ろうと後ろを向いたハーマイオニーが小さく悲鳴を上げる。肖像画は縁取りだけになっていた。つまり、寮への門は閉ざされた。ハーマイオニーとジュリアは意図せずグリフィンドール塔から締め出されたのだ。
「さあ、どうしてくれるの?」
ジュリアは吹き出しそうになるのをこらえた。自分でついていって、さも巻き込まれましたと言わんばかりの態度だ。
「知ったことじゃないね。ハリー、行こう。遅れちゃうよ」
「あー……心配せずとも遅れるってことはまずねえだろうな」
ジュリアだって好き好んで叱られたいわけではない。ベターな解決策は、ハリーとロンに状況を理解させて、太った婦人が帰ってくるのを待つというものだ。これならマクゴナガルに雷を落とされることも、たぶん、ない。
「マルフォイは罠をしかけた」
「トロフィー室に?」
「ロン、最後まで聞け馬鹿。いいか、自分が飯食ってたときに言ったことを思い出せ。マルフォイはハリーがどうすると思ってた?」
「あー……断ると思ってた。でも」
「最後まで聞けっつの。断れば恥をかかせる。だが乗ってくる可能性もある。あのお坊ちゃん、そこを考えねえほど馬鹿じゃねえぞ」
ロンはイライラした様子で頭をかいた。
「だからなんだよ、決闘に来なかったら言いふらされて恥をかくじゃないか!」
「そこだ。おつむを使え坊や。お前らが行かないで、あいつらがそれを知って、なんて吹聴する?」
「知らないよ!」
ハーマイオニーがはっと息を呑んだ。
「そうだわ……マルフォイは言いふらせない!」
「いい子だハーマイオニー。そう。『僕は深夜にトロフィー室で決闘をする約束をしてたのに、ポッターとウィーズリーは来なかったよ! とんだ腰抜けさ!』ってか? 自分から校則を破りましたって挨拶して回るわけだな?」
「あっ……」
「オーケー、わかったな? それじゃあ落ち着いて――」
ジュリアがうまくいくと確信した矢先、黙って話を聞いていたハリーが口を開いた。
「でも、マルフォイは僕たちと同じくらい馬鹿かもしれない。ジュリア、君はマルフォイを買いかぶってるよ」
どうやら、ロンもハリーの意見に同意らしかった。二人の目に蛮勇の火が灯る。こうなったらもう止められない。ジュリアはお手上げのポーズを取った。
どうして「狡猾」が売りのスリザリンを狡猾さにおいて見くびることができるのだろうか。それはもちろん、あのミニトロールペアだっているが、全員の脳みそがのんびりしているわけでもない。しかし、今は考えても無駄だ。
「はいはい、そうだな、今のは全部あたしの想像だ想像。確かめにいきゃいいさ、好きにしな」
「ジュリア、一緒に行くわよ」
「……なんて?」
ジュリアは耳を疑った。
「一緒に行くの。それで、フィルチに見つかったら全部本当のことを話す。二人はマルフォイにはめられた。私たちは二人を止めようとした。いい、あなたたち証人になりなさいよね。自首するのよ」
「君さあ、どうかしてるぜ」
ロンが声を荒らげたとき、暗闇の中で何かが動いた。
「静かに」
ハリーも気づいたようで、震えた手で杖を抜く。
「何かいるね」
「まさか、ミセス・ノリス?」
「あの猫だったらあたしが匂いで気づいてるっつの。あれは……ロングボトムか」
床で寝息を立てていたロングボトムの尻をジュリアは蹴っ飛ばした。
「痛い!」
「おい馬鹿。ここでなにしてんだ馬鹿。ここはベッドじゃねえぞ馬鹿」
「違うんだよお、医務室から帰ってきたんだけど、新しい合言葉を忘れちゃったんだ」
「気付け薬が効かなかったの? 怪我してた?」
ハリーの問いかけに、ネビルは首を横に振った。
「ううん、気付け薬は効いたんだけど、効きすぎちゃって」
「気付け薬が効きすぎるってなんだよ」
「幸せな気分になって、視界がきらきらして――」
「オーケー、お前がアッパー系のヤクキメてきたのはわかった」
「おい、君ら」
ロンがおんぼろの腕時計を指さして、ジュリアとハーマイオニー、ついでにネビルを睨んだ。
「君らのせいで僕たちが捕まったり、馬鹿にされることがあったら、僕が『悪霊の呪い』を覚えて君らにかけるまで許さないぞ、絶対だ」
「行こう、ロン」
「そんな、置いてかないでよ!」
「シーッ。ネビル、僕たちは行かなきゃいけないんだ。ついてくるなら静かにね」
「ロングボトムまで連れてくのかよ、完全に被害者だぜこいつ」
「ジュリア、静かに」
ジュリアは肩をすくめた。どうやら、このパーティーに参加して斥候をするのが今夜の任務らしい。