幸運なことに、まだあの”大冒険”は教員たちに気づかれていないか、少なくとも罰せられる予定はないらしかった。それどころか、ハリーとロンはあの晩の出来事を文字どおり冒険だったと思っているらしい。三頭犬が何の番犬なのか、熱に浮かされた様子で熱く語り合っていた。
ハリーはどうやら仕掛け扉の下に何が隠されているのか、少しだけ心当たりがあるような、そんなことをロンに話していた。しかし、ハーマイオニーが断固として2人に近づこうとしないのと、ジュリアも進んで友人を”命の危機”に晒すつもりがなかったのとで、話を聞く機会がないまま時が過ぎていった。2人の態度が気に食わなかったという理由も多少はある。
一週間ほど経って、ハリーのもとにやたら大きな細長い包みが、コノハズクの6羽編成で届けられた。少し離れた席までロンの歓声が聞こえる。どうやらマクゴナガルは本当に校則を無視してハリーをクィディッチ選手にするらしい。ジュリアは呆れて笑いをこぼした。
「ジュリア……あれ、何が届いたの?」
「箒」
「1年生は禁止のはずだわ」
「マクゴナガルもお優しい人間ってことさ。あーあ、優しいついでにあたしの奨学金も返済チャラにしてくれねえかな」
ジュリアは頬杖をついて、ハーマイオニーに押しつけられた野菜オムレツをつついた。あまり隣は見たくない。小さな”オニ”が降臨しているのは考えるまでもないことだ。ジュリアの耳が、マルフォイをうまくやりこめて笑いあうハリーとロンの声を拾った。
「マルフォイのおかげで買っていただきました、だとよ。マルフォイ、あたしの学費も肩代わりしてくんねえかな」
「なにそれ」
「ほら、飛行術の時のガラス玉事件」
「じゃああの人たち、校則を破ってご褒美をもらったと思ってるわけね。しかもそれで人をからかって。最低だわ」
「かっかしてると飯がまずくなるぞ。ほれ、オムレツお食べよ」
「だめ、食べなさい」
怒っているのか冷静なのかわからない。ジュリアはやむを得ずオムレツに噛みついた。ほうれん草が歯に挟まったような気がして、ますますうんざりした。
それからというもの、ハーマイオニーはハリーとロンを完全に無視しているし、ハリーとロンはそれが快適だと思っているようだし、面倒なことになった。ジュリアは1人でいるときなら多少はハリーとロンに声をかけることができる。しかし、ハーマイオニーが一緒にいるときは近づくだけで責めるような目で見てくるので、結局ハーマイオニーとばかり行動するようになった。
解決策を考えようにも、ジュリアは集団生活における人間関係のこじれなんて扱ったことがない。いつも短い付き合いのご近所さんと上司と「お友達」の中でうまく立ち回る処世術だけを活用してきた。初めての板挟みだ。おまけに宿題、不定期で襲い来るスネイプのレポート、時折つまづく呪文学やなかなか上達しない変身術もある。
ハーマイオニーの苛立ちは次第に表面化して、周囲も彼女を避けるようになった。対応を誤るとジュリアに対しても声を荒らげることがある。しかし、ここで離れても1人と1人ができるだけだ。ジュリアはより適切な対応を心がけた。
そうこうしているうちに、ハロウィーンがやってきた。早朝からパンプキンパイを仕込む香りで目覚めたジュリアは、ハーマイオニーのベッドの隣にスツールを引き寄せて、彼女が起きるのを待った。健やかな寝顔だ。黙っていれば可愛い。もちろん、起きている間のハーマイオニーが十分に魅力的なことはジュリアも承知していたが、ここしばらくは寝ている間のほうが素敵に感じることもあった。
その日の午前中は「呪文学」の授業だった。フリットウィックの指導は丁寧かつ的確だが、古い教科書で「妖精の魔法」と分類されているような、日用的だったり、応用的だったり、悪戯的だったり、手でやったほうが早かったり、そういった魔法に関しては、飛行術と並んでジュリアの弱点科目と言える。
「今日は物を飛ばす練習をしましょう。さあ、手首の動かし方は覚えていますね?」
フリットウィックはランダムに2人組を組ませていく。ジュリアはロングボトムと組むことになって、泣きそうなロングボトムに「呪文学苦手組だな。まあ頑張ってみようぜ」と笑いかけたが、ロングボトムはますます泣きそうになった。何がいけないってんだ、と胸の中で口汚く罵る。
ハーマイオニーのほうを見ると、なんとロンと組まされていた。すでにお互い苛立ちを隠せないでいる。これは一波乱ありそうだ。
「呪文も正確に。ウィンガーディアム・レヴィオーサですよ! さあ、始めてください」
ジュリアは何度か羽に向かって呪文を唱えてみたが、うまくいっても少し浮いて揺れながら落ちてくるだけだった。これは期末試験が危ういかもしれない。ロングボトムに至っては羽が動きすらしない。せめて実力のある相手と組むことができれば学びもあったかもしれないが、これでは落ちこぼれと落ちこぼれがもっと落ちこぼれになるだけだ。教育システムに問題がある。ジュリアは現実逃避を始めた。
「――呪文が間違ってるわ。レヴィ・オー・サ。あなたのはレヴィ・オサー」
「そんなに得意ならやってみろよ! さあどうぞ!」
ハーマイオニーはローブの袖をたくし上げて白い細腕を出すと、滑らかな手首の動きで杖を振った。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
ふわりと羽が浮かび上がり、静止する。見事な浮遊呪文だった。マグルの物理学者を連れてきたらひっくり返るだろう。それとも、魔法力学という新しい科学に落とし込むのだろうか。どちらにせよ、ジュリアが理解するにはまだ経験と知識が不足していた。
「皆さん、グレンジャーさんがやりましたぞ! グリフィンドールに5点差し上げましょう!」
ジュリアも加点を狙って小さく唱えてみたが、どうにも半端だった。