ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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クィディッチ・シーズン到来

 一気に寒波がやってきた。

 

 グリフィンドール寮はやたら浮かれている。クィディッチ・シーズンはいつもこうだとパーシーが眼鏡を光らせてぶつくさ言っていたが、なんだかんだでこの男もごきげんなのはジュリアもわかっていた。

 

 ジュリアはクィディッチをやりたいとは思わないし、それどころか箒に跨がりたいとも思わない。ハーマイオニーが『クィディッチ今昔』から仕入れた情報によれば、箒の柄にはモリアーレというクッション呪文がかけられているらしい。その呪文は有用そうだから練習するとして、乗り心地がいいとしてもあんな頼りない線分に身を委ねるのはごめんだった。

 

 とはいえ、ハリーが選手であることに変わりはないし、選手であるということはクィディッチ・シーズンの間多忙を極めることになるということになる。ロンもハーマイオニーも、もちろんジュリアもハリーをサポートした。ハーマイオニーはハリーとロンの宿題を手伝ったし、ロンはナショナルリーグのプロ選手がどんな技を駆使するか熱く語ってハリーを鼓舞したし、ジュリアはハリーが一番の苦手としている魔法薬学の手引きをした。

 

 

「ロン、私は確かにハリーをサポートするつもりだけど、だからってあなたに宿題の答案を丸写しさせるつもりはないわよ」

 

「そう言わずに頼むよハーマイオニー、魔法史と魔法薬学だけでいいから」

 

「今出てる課題全部じゃない。仕方ないわね、見てあげるだけよ?」

 

「ちょいとチョロすぎんぜハーマイオニー。魔法薬学はあたしに回しな、しっかり叩き込んでやる」

 

「うへえ」

 

 

 ロンが羊皮紙の束を机に投げ出して突っ伏すと、ジュリアとハーマイオニーは顔を見合わせてクスクス笑った。今頃ハリーは寒空を飛び回っているころだろうか。明日は彼のデビュー戦だった。キャプテンのオリバー・ウッドは相当なしごきをチームに課しているらしく、ハリーはいつもぐったりして帰ってくる。

 

 肖像画が動く音がして、寒さに震えるハリーが談話室の暖炉前に転がり込んだ。

 

 

「早かったな。死人でも出たか?」

 

「出るとしたら真っ先に僕だよ、ジュリア。明日に体力を残しておけって、連携の確認だけで終わったんだ」

 

「あのクィディッチ狂いにしちゃまともな判断だ」

 

 

 ハリーの顔が白いのはどうやら寒さだけのせいではなさそうだった。デビュー戦、しかも大役ともなれば緊張するだろう。スニッチを取れば150点入って試合終了。ほとんどの場合、勝利を意味する。つまり、ハリーの双肩には勝利の重荷がのしかかっているというわけだ。

 

 ハーマイオニーもハリーの様子に気づいたと見えて、ロンのために開いていた魔法史の参考書を閉じると、明るい声を上げた。

 

 

「次の授業まで時間あるし、ちょっと外に出ない?」

 

「賛成。頭が茹だりそうだよ」

 

「まだなんも勉強してねえだろお前。で、どこ行く?」

 

「中庭とかどうかしら」

 

 

 ようやく震えの収まったハリーがソファに倒れ込んで、足をぶらぶらさせた。何も考えたくないという様子だ。ハリーはクッションに顔を埋めたままくぐもった声を上げた。

 

 

「外、すっごく寒いよ。耳が取れるかと思った」

 

「そりゃ寒空を矢になって飛び回ってんだから耳も取れるだろうよ」

 

「取れてないよ」

 

「取れたらマダム・ポンフリーのところに行くのよ、ハリー。で、寒さ対策なんだけど、見てて」

 

 

 ハーマイオニーがいつぞやも使っていたランプを鞄から取り出した。魔法で火を灯すタイプのシンプルなものだ。

 

 とはいえ、ランプは暖になるとは言い難い。しかし、ハーマイオニーが杖を取り出したからには、何かを披露してくれるのだろうとジュリアは期待して待つことにした。

 

 

「ラカーナム・インフラマレイ!」

 

 

 ハーマイオニーの杖から鮮やかな空色の火が噴き出て、ランプいっぱいに詰め込まれた。ハーマイオニーがランプを閉じて軽く揺らすと、中で白混じりの空色が液体のように波打つ。

 

 ジュリアはそっと指先でつついてみて、十分な熱源になっていることを確認すると、ハーマイオニーに賞賛の拍手を送った。

 

 

「さすがだ、お見事。これは……面白いな。インセンディオとは性質が違うんだろ?」

 

「ありがとう。そうね、インセンディオは対象に魔力を向けて炎上させる魔法。この魔法は火をその空間に発生させる魔法。そんな感じかしら」

 

「なーる。火の性質はイメージで変化すんのか? それとも守護霊の呪文みたいに術者の性質に依存すんのか?」

 

「それに関しては私も『18世紀の魔法選集』を読んでみたんだけど――」

 

 

 ジュリアは続きに興味があったが、ロンが唸り声を上げて机を叩き、話の流れを切った。

 

 

「勘弁してくれよ、ただでさえ頭がグツグツしてるのに。それはあったかいんだろ? それでいいじゃないか。もう行こうよ」

 

「オーライ、出発だ。行こうぜハリー」

 

「僕……」

 

 

 久しぶりの重症だ。今回はどんな病名をつけようか。いや、単に緊張とだけ呼べばいいだろう。ジュリアが益体もないことを考えていると、ハリーが弱々しい呻き声を上げた。少し治療が必要だ。

 

 ジュリアはソファに歩み寄ると、クッションに埋もれたハリーの頭をがしがしとかき乱した。

 

 

「わぷっ、ジュリア?」

 

「一流の選手ってのはオンとオフを使い分けるもんだぜ」

 

「僕……僕、一流じゃない」

 

「これからなるんだろ? ほら、最初の飛行術を思い出してみろよ」

 

 

 ロンも同調するように明るい声で励ましはじめた。課題のことは記憶の隅に追いやったらしい。

 

 

「そうだよハリー、あの時の君、最高にイカしてた!」

 

「そうね、私もびっくりしたわ」

 

 

 ゆるゆるとクッションから顔を上げたハリーの瞳には、初めて空を飛んだときのあの自信と自尊心が帰ってきたようだった。ハリーはソファから起き上がって頬を叩くと、感謝するように微笑んだ。3人も微笑みを返した。

 

 中庭は風が通らないので、ランプに込めた火だけで十分暖まることができた。4人は体を寄せ合って色々なことを話した。ロンの兄がルーマニアでドラゴンを扱う仕事をしていること。マグルの歯科治療はドリルで歯を削ること。トロールとマルフォイに効きそうな呪いのこと。

 

 ハリーは楽しそうに喋り、聞き、笑っていた。『クィディッチ今昔』を大事そうに抱えていた。

 

 しかし、残念なことに――少なくとも、ハリーにとっては残念なことに、スネイプが廊下を歩いてきた。足を痛めているのか、片脚を引きずっている。血の匂いがした。加えて苛立っている。ジュリアは目配せして、スネイプに見つからないよう小さくなって身を寄せ合った。しかし、かえってそれが目についたようで、スネイプは声を荒らげた。

 

 

「そこでなにをしている。……ポッター、図書館の本は屋外に持ち出し禁止だ。我輩から返却しておく。グリフィンドール5点減点」

 

 

 ハリーは『クィディッチ今昔』を差し出した。減点を避けるためにできるだけ不快感を表情に出さないよう努力しているようだが、ハリーはあまりポーカーフェイスが上手くないようだ。

 

 

「マリアット、放課後に我輩の執務室まで来るように」

 

「うっす」

 

 

 スネイプが脚を庇いながら立ち去ると、口々に文句を言い始めた。

 

 

「絶対でっち上げだよ、校庭で本を読むときはどうするのさ」

 

「八つ当たりね。あの脚、どうしたのかしら」

 

「血の匂いがした。ありゃ結構な傷だろうな。それでいつも通りなんだから大したもんだ」

 

「ものすごく痛いといいよな。ジュリア、確かめてきてくれよ。でも、気をつけて」

 

「別にスネイプは人を食ったりしねえよ」

 

 

 そんなことを話しているうちに、授業の時間が近づいてきた。4人は寒気の忍び寄る廊下をランプで暖まりながら、次の教室へ向かった。


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