ジュリアにとって、ダイアゴン横丁は眩しい場所だ。まだノクターン横丁のほうが馴染み深い。両者に共通するところは、金のない者が踏み入る場所ではないということだろう。そして、ジュリアのホットパンツには銅貨の一枚もなかった。
きびきびと歩くマクゴナガル”先生”の後ろをついていく。漏れ鍋でチキンを二皿ばかり買ってもらったジュリアの腹はそこそこ満たされていた。だから、ジュリアはかなり機嫌がよかった。無一文でも。
「そんで、先生。あたしはどうやって通うことになるんだ? ホグワーツでメイドでもやれば教科書代くらいにはなるか? あたし家事できねえけど」
「ミス・マリアットの家事能力と口調に関しては今後の努力に期待するとして、ホグワーツには奨学金制度があります。あなたのようにあの戦争で養育者を喪った生徒たちの多くはこの奨学金を受給しています」
「そいつは景気のいい話じゃねえか」
「卒業後は返済義務があります」
「ちぇっ、あてが外れた」
数秒、ジュリアは思考した。
奨学金を借りた場合。自分は就職先に恵まれるとは思いがたい。別にマグルの世界で力仕事をすることも厭わない心積もりだが、それを魔法界の金に両替して返済して、となると小鬼に手数料を取られる分損だ。魔法界がもう少し野蛮なところであれば自分の仕事も見つかったというのに。
奨学金を借りなかった場合。ホグワーツに行くことはできない。必然的に魔法教育を受けることはできず、それどころか枷をはめられることになるとも耳にしている。母は必ずホグワーツに行けと言っていた。父もそう願ったと聞いている。
その願いを裏切ることはできない。
「あのさ、先生」
「なんでしょう、ミス・マリアット」
「……ホグワーツの飯はうまいか?」
マクゴナガルは立ち止まって振り返ると、初めて柔和な笑みをジュリアに見せた。
「私が保証しましょう。ホグワーツのしもべ妖精が作る食事は絶品ですよ」
「そりゃいいな。借金してでも行く価値がある」
結局、ジュリアは目先の欲を取ったことにした。
それから、アイスをねだり、チョコレートをねだり、もう一度アイスをねだり、少々叱られたジュリアは、チョコレートの最後の一欠片を口の中で溶かしながら、しおらしい態度でマクゴナガルの後をついていった。どうせ自分の借金だから好きに使おうと考えたのだが、この厳格な魔女はそれを許さなかったのだ。
しかし、メタリカのバンドシャツにホットパンツのまま、錫製標準2型の大鍋に教科書やら望遠鏡やらを詰め込んで、それを片手に担いで歩いていると、奇抜な人間が多いダイアゴン横丁でも少々浮くようだ。視線が刺さる。
「ミス・マリアット」
「なんすか、先生」
「大鍋を両手で持つつもりは?」
「奇人ウリックが三角帽を被ったら」
マクゴナガルはため息をつくと、「制服を仕立てに行きますよ」と言った。奇人ウリックについて知っていたことで加点があるかと思ったが、残念ながら追加のアイスはなさそうだった。
マダム・マルキンの洋装店――普段着から式服まで。今時洋装店はないだろうとジュリアはため息をついたが、どうやらここが一番大きく、一番古く、一番ましなアパレルショップらしい。
マクゴナガルはグリンゴッツでジュリアの「借金」に関する手続きをしてくるとのことで――つまり、今まではポケットマネーで建て替えてくれていたらしい。ジュリアはマクゴナガルに感謝した――一人でその洋装店なる場所に向かった。
ちょうど看板の下に辿り着いた時、飛び出してきた少年がジュリアにぶつかって尻餅をついた。
黒髪で痩身。ひび割れた眼鏡をかけている。貧民窟の住民にしては薬臭くない。マグルらしさのあふれる格好をしているが、手には制服の包みを持っている。
同じ「借金組」だろうか。
「悪い。大丈夫か?」
「あ、うん。ごめん」
ジュリアが差し出した手を取って、少年は立ち上がった。背はジュリアより高い。少しだけ小動物の匂いがした。しかし、それほど濃い匂いではない。ペットショップでも覗いてきたのか、あるいは連れが飼っているのか。
「気にすんな。ホグワーツか?」
「そう。もしかして、君も?」
「ご覧の通り」
ジュリアが大鍋を持ったまま肩をすくめると、少年は何事かをいいかけて、微妙な表情で「人を待たせてるから」と去っていった。ジュリアははっきりしない人物があまり好きではなかったが、物事のすべてがはっきりしていないことも承知している。ジュリアは空いた手をひらひらと振って彼を見送ることにした。
去り際、少年の前髪を風が散らして、稲妻の傷痕を露わにした。
決して軽やかとは言えないその足取りを目で追うと、少年はやたら図体の大きな男と合流して、アイスを受け取った。図体の大きな男が羽織ったコートのポケットからヤマネが顔を覗かせていた。
「なるほど。……なるほどねえ」
ジュリアの手が太もものホルスターに挿した杖を撫でる。ジュリアの予想が正しければ、あれがハリー・ポッターだ。彼はどうやら人型決戦兵器というわけではないらしい。
しばらくその後ろ姿を眺めていたが、戻ってきたマクゴナガルに促され、ジュリアはとうとう洋装店の門をくぐった。