ジュリアは案山子の並んだ戦闘訓練用の小部屋――必要の部屋で杖を振るっていた。スネイプの監督下で、様々な呪文を練習し、そして覚えた呪文をより正確に、強力にする。楽しい時間だ。
衝撃呪文の抜き撃ちは陽動や牽制に便利だが、まだ攻撃としては弱い。有言での盾の呪文は抜き撃ちでも安定しているが、無言ではまだ脆い。目下、習得すべきは攻撃手段と、無言での盾の呪文ということになった。
失神呪文、そして蘇生呪文を徹底的に繰り返す。スネイプは最初、武装解除呪文から始めようとした。しかし、ジュリアが杖を二振り用意していることを見せると――ホルスターを見せたとき、「みだりに太ももを晒すな」と叱られた――何回か試験して、少なくとも動いているスネイプの杖を弾き飛ばす程度のことはできるとわかったので、より攻撃的な呪文を、ということになった。
最初は弱々しく細い光線。しかし、スネイプの指示と説明をよく聞いて、より鋭い杖の振り方、より明瞭かつ素早い発音、敵の神経を麻痺させ活動を一時停止させるイメージを身につけていくうちに、ジュリアの失神呪文は鋭利で強固な紅の槍となった。動き回る案山子に赤が音を置き去りにして突き刺さる。これは十分な攻撃手段と言えそうだ。
回が重なるうちに、スネイプは片手で盾の呪文を展開しつつ、もう片方の手で攻撃するよう指示してきた。
「え、そんなことできんの」
「知らん。だが、可能であれば極めて強力な戦法となる」
「……っし、やってみるか」
左手に父の杖を構え、まず盾の呪文を唱える。ここは成功。盾を維持しつつ、頭の中にある盾のイメージを縮めて、余裕を作っていく。そして右手で杖をしならせ、
「ステューピファイ!」
失神呪文を受けた案山子がきりもみして吹き飛び、倒れた。
ガッツポーズ。完璧とは言えない。盾を展開してから攻勢に出るまで多少の時間を要するし、失神呪文も普段よりいくぶん威力が低い。しかし、成功は成功だ。ジュリアは盾を解除して、スネイプにニヤリと笑ってみせた。スネイプも無愛想な表情ではあるが、拍手を送ってくれる。
「これは、使えるぞ先生」
「さらに素早くこなせるようになれば、十分に君の武器となるだろう。励め」
「うっす。盾と剣か。まさに戦士って感じで……剣?」
ジュリアは右手の杖を見つめた。この杖は"鞭"のようにしなり、”戦士の剣”となる。剣。そうだ、なぜ考えなかったのだろう。ジュリアには人狼の膂力がある。
「先生、呪文の開発ってのは基本的にラテン語ベースだよな」
「左様。いずれラテン語も学んでもらう」
「オーケー。ちょっと時間くれ」
スネイプが腕を組んで壁に背を預ける。やってみろ、という意味だ。ジュリアは二振りの杖を構えた。
「プロテゴ。……よし」
イメージするのは、牙と爪。鋭い刃となって敵を切り裂き、致命の一撃を与えるもの。
「――グラディウス!」
杖を握る右手が熱を感じ、そして杖先から閃光が迸った。白い刃の鞭が突き刺すように案山子へと伸び、そして貫く。
「これは――」
「まだ終わりじゃない……!」
鞭を収縮させ、盾で身を隠したまま床を蹴って案山子へと跳躍する。白い刃は厚く太くなり、やがて杖を柄とした一振りの剣になった。ジュリアはその柄を力強く握り、案山子に足をかけ、上へと振り抜き――
「っらあ!」
案山子を真っ二つに切り裂いた。
ジュリアは杖を下ろして呼吸を整えながら、今し方退治した案山子を観察した。断面は黒焦げになっている。刃が熱を帯びていた証拠だ。熱と切断。ジュリアは有力な攻撃手段を手に入れた。
満足していたジュリアの頭に、スネイプの杖が叩きつけられた。
「痛っ」
「呪文を開発するときは計算と実験を重ねて安全を確認してからにしろ、この馬鹿者! もしあの刃が逆噴射されていたら、医務室行きでは済まなかったのだぞ!」
「いや、なんか、こう、確信みたいなものが湧いてきて……。それに先生もやってみろって雰囲気出してたじゃん」
スネイプは呆れた様子でもう一度ジュリアの頭を叩くと、ため息をついた。
「既存の呪文をラテン語に分解して再構築することを期待したのだ。アメリカとイギリスでは同じ呪文でも発音が違う。……我輩は6年生のときにセクタムセンプラを編み出したが、その時ですら何度も指を失いかけた。君の行いは蛮勇であり、思慮に欠け、まったくもってグリフィンドール的だ」
「はい、すんません」
「ちゃんとした、言葉で、謝れ」
「ご心配おかけしました、申し訳ありません、先生」
「はあ……次からは考案した呪文を魔法理論に落とし込んで計算したものを提出するように」
スネイプはどっと疲れた様子で、土気色の顔から血の気が失せているようにも見えた。ジュリアは申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、この男を元気づける術は持ち合わせていない。とにかく反省すること、そして次に活かすこと。それがジュリアにできる最善だ。
「お疲れのとこ、悪いんだが……いくつか報告が」
スネイプはジュリアを睨みながら顎で話の続きを促した。
「ハリーたちはじきに賢者の石が隠されていることに辿り着くぞ」
「一体……君は……最初から説明しろ、簡潔に、すぐに」
「ハグリッドが4階の廊下に隠されているものについて、ニコラス・フラメルが関係しているとうっかり漏らした。ハリーたちは今夢中になってニコラス・フラメルを調べてる。ニコラス・フラメルが最近の魔法使いだと思い込んでるおかげでまだ見つけちゃいないが、600年ほど魔法史を遡れば著名な人物として出てくる。あるいはボーバトンの資料を漁れば講義録すら出てくるんじゃねえの? なんのきっかけで気づくかわからん」
スネイプはうんざりした表情で壁にもたれかかると、「あの間抜けな森番め」とぼやいて懐から銀のスキレットを取り出した。ファイア・ウィスキーの匂いだ。スネイプは呷るようにそれを飲むと、大きく息を吐いた。
「ついでに言えば、ハリーたちは先生がそれを盗もうとしてると考えてる。こないだのクィディッチの試合、クィレルが呪いをかけてただろ。先生がなにしてたのか知らねえが、ともかくハリーをガン見してるのにハーマイオニーが気づいて、そこで先生は容疑者として浮上した。ハリーたちは先生を、ホグワーツに潜む闇の魔法使いだと思い込んでる」
「……我輩は反対呪文を唱えていた。一見しただけではどちらが呪っているかなどわかるまい。……もう一口だけ飲もう」
「ダンブルドアはどこまでお見通しなんだ?」
スネイプは明らかに一口ではない量を飲み込んで、少し咽せそうになってから、ようやくジュリアの方を向いた。
「……はあ。校長だ、ジュリア・マリアット。ダンブルドア校長はクィレルが闇の帝王と繋がっているとお考えだ。だがまだ確証がない。アルバニアから帰ってきてから奴は完璧な閉心術を使いこなし、真実薬を使う隙も見せない。今は泳がせておくことになっている」
「ファッキンヴォルデモートかよ。ハリーが殺したってことになってるんじゃねえのか」
「生きてはいない。しかし、死んでもいない。それがダンブルドア校長の見解だ。……これを見ろ」
スネイプはローブの左腕を捲り上げた。
まるで消すのに失敗した刺青のように、薄らと奇妙な焼き印があった。口からヘビが覗くドクロの印だ。マグルならブラック・サバスの熱狂的なファンかなにかだと思うかもしれないが、スネイプがメタルバンドのファンだったというわけでもないだろう。
「闇の印という」
「まんまっすね」
「闇の帝王はネーミングセンスとデザインセンスに問題を抱えていた。ともかく、これは闇の帝王が配下の死喰い人を招集する際に使うものだ。もし闇の帝王が完全に消滅しているなら、この印も消えるはずだった」
「でも……完全に現われているわけでもない、と」
「左様」
スネイプが左腕をしまい、ついでにスキットルも栓をして懐に入れる。
「もし賢者の石を帝王が手に入れれば、復活することもありうる」
「なんで壊さねえんだ」
「いくつか理由はあるが、流石にそこまでは話せん。……時間だ。ポッターどもにはいつも通り」
ジュリアは杖をホルスターに収めて、壁に掛けてあったローブを羽織り、スネイプに軽く頭を下げた。
「あいあい。沈黙と誤魔化し。そういうのは得意だ、上手くやるさ。んじゃ、ごきげんよう、先生」
ジュリアは知りすぎてしまったような気分がした。記憶を引き抜いてしまっておきたいくらいに。友達に隠し事をするというのは、胸が痛む。しかし、友人を命の危機に晒すというのは、もっと胸が痛む。