ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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魔法界の子どもは蛙チョコレートで歴史を学ぶ

 ジュリアにとって喜ばしいことがいくつもあった。

 

 まず、ハーマイオニーが帰ってきた。ジュリアはハーマイオニーを抱き上げて笑いながらぐるぐる回り、女子寮にいた他の生徒たちを驚かせた。ハーマイオニーも口では恥ずかしがっていたが、笑みがこぼれていた。

 

 次に、盾の呪文を展開しながらの失神呪文が安定し、より素早く撃てるようになった。スネイプは「1年生としては上等な部類だろう。慢心せず励め」と彼なりの言い回しでジュリアを褒めてくれた。

 

 そしてなにより、グリフィンドールのクィディッチ・チームでキャプテンを務めるオリバー・ウッドはチームにさらなる過酷な試練を提供し、冷たい雨と泥の中でハリーは延々と飛び回っていた。体力の大半をウッドのしごきに持っていかれたハリーのサポートをするために、3人はニコラス・フラメルの調査から離れつつあった。

 

 グリフィンドール寮の窓を風雨が叩く中、ジュリアはハーマイオニーとロンがチェスを指すのを眺めていた。ハーマイオニーもいい指し手とは言えない。こればかりは兄弟とひたすら遊び続けてきたロンの経験が勝る。口出しするとまたボコボコに負かされるのがわかっていたから、ジュリアは黙って隣のカウチで硬い爪にやすりをかけている。

 

 寮の入り口から冷たい風が吹き込んで、真っ白な顔をしたハリーが転がり込んできた。寒さにやられたということはない。ハーマイオニーが毎回かける手間を惜しんで、ハリーとロンに温熱呪文をしっかり教えたからだ。ハリーは震える声で囁いた。

 

 

「次の試合、スネイプが審判だって」

 

 

 反応は劇的だった。ロンはこの世の終わりだと言わんばかりの顔をしていたし、ハーマイオニーは立ち上がってちゃっかりチェス盤をひっくり返した。

 

 

「試合に出ちゃだめよハリー」

 

「仮病を使おう」

 

「足を折ったことにするのはどうかしら」

 

「いっそ本当に折るとか」

 

 

 哀れセブルス・スネイプ。3人はいまだにスネイプを「ニコラス・フラメルとダンブルドアがホグワーツに隠した宝を狙う闇の魔法使い」と認識していた。もちろん、日頃の行いがいいとは言えない。ジュリアが彼を弁護できるわけではない。しかし、ジュリアにとっていい先生であるスネイプがここまで濡れ衣を着せられているのを見ると、流石に悲しくなった。

 

 ハリーも悲しそうな顔をしていたが、理由は違う。シーカーに補欠はいない。どうあがいてもスネイプの監視下でプレイするしかないのだ。ハリーは悲壮な、そして見当違いの覚悟を固めていた。

 

 話題はどうやってスネイプを妨害するかに移り変わり――スネイプを闇の魔法使いだと考えている割には、できものの呪いだの、クラゲ足の呪いだの、なんともお粗末な”攻撃”を考えているようだった――、そのときロングボトムが談話室に倒れ込んできた。

 

 

「ネビル!」

 

「……足縛りの呪い。ハーマイオニー、解けるか」

 

「フィニート・インカンターテム、呪文よ終われ。……大丈夫?」

 

 

 談話室のあちこちからロングボトムの醜態への嘲笑が聞こえてきた。しかし、ジュリアも、ハーマイオニーも、もちろんハリーとロンも笑わなかった。ここまでウサギ跳びでなんとか移動してきたのだろう、足が痙攣している。ジュリアが治癒呪文をロングボトムにかけはじめると、ロングボトムは震える声で報告を始めた。

 

 

「マルフォイに、図書館の外で……誰かに試してみたかったって……」

 

「マクゴナガル先生のところに行きましょう、ネビル! マルフォイにやられたって報告するのよ!」

 

「僕……僕、これ以上面倒は嫌だよ」

 

 

 心が折れかけている。ジュリアは静かに膝からアキレス腱まで杖を滑らせた。図書館から寮までとなると、相当な距離だ。ロングボトムにそれだけの体力があったことは賞賛に値するが、一方で精神力には問題が見られる。入学してから今まで、彼はずっと多方面から嘲りの目で見られていた。そのことが彼をさらに摩耗させたのだろう。

 

 

「僕がグリフィンドールに相応しくないのはわかってる。……マルフォイにもさっきそう言われたもの」

 

 

 ロングボトムは今にも泣き出しそうだった。自分がスクイブなのではないかと恐れ続け、やっとホグワーツに入学し、グリフィンドールに組み分けされることができた。しかし、成績も振るわず、呪文はなかなか上達せず、スネイプにはいびられ、同じグリフィンドール寮生にすら笑われる。

 

 しかし、そこに立ち上がる人物がいた。ハリーだ。

 

 ハリーはポケットから蛙チョコレートを取り出し、屈んでロングボトムに差し出した。ロングボトムが震える手でそれを受け取る。ハリーは穏やかな、しかしはっきりとした声でロングボトムを励ました。

 

 

「マルフォイが10人束になったところで、ネビル、君には及ばないよ。だって、君はグリフィンドールに選ばれた。あいつは腐れスリザリンだ」

 

 

 ロングボトムはハリーの言葉に勇気づけられた様子で、鼻をすすって目元を拭うと立ち上がった。足も一晩寝れば十分回復するだろう。筋肉痛は出るかもしれないが。

 

 

「ハリー、ありがとう……。僕、もう寝るよ。カードあげる。集めてたよね。おやすみ」

 

「おやすみ、ネビル」

 

「ぐっすり寝ろよ、ロングボトム」

 

 

 ロングボトムはジュリアとハーマイオニーにも小さく感謝を述べると、男子寮に去っていった。

 

 

「またダンブルドアだ。僕がホグワーツ行特急で初めて見た……これだ!」

 

 

 ハリーは熱に浮かされたように囁いた。ダンブルドアの「有名魔法使いカード」をじっと見つめている。そこには『ニコラス・フラメルとの錬金術の協同研究などで有名』の一文があった。ハーマイオニーが女子寮から大急ぎで引っ張ってきた埃臭い本は、『魔法界における錬金術の伝承と歴史』と題されている。ジュリアはとうとう状況が動いてしまったことを理解した。

 

 

「ニコラス・フラメルは、賢者の石の創造に成功した唯一の者。『賢者の石』はいかなる金属をも黄金に変える力があり、また不老不死の源である『命の水』を生み出す……賢者の石。これを守っているんだわ……!」

 

 

 しかし、ジュリアが注目したのはそこではない。ニコラス・フラメルはダンブルドアと協同研究を行った。だとすれば、賢者の石に関しても、ダンブルドアの考えの内なのだろう。ジュリアはみぞの鏡を思い浮かべる。目の前に最も望むものを映し、しかし与えない鏡。ヴォルデモートが賢者の石を狙っているなら、ダンブルドアはみぞの鏡そのものだ。

 

 案外、あの老人は残酷なのかもしれない。ジュリアは瞳を輝かせて柔和な微笑みを浮かべる老賢者を思い浮かべて、小さく首を横に振った。

 


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