クィレルは教師として無能なわけではない。ニンニク臭いことと、どもり癖があることを除けば、実直で丁寧な授業をする。厄介なミイラを退治してターバンを下賜されたという点に関しては疑わしいが、少なくともその知識は確かだ。人狼に噛まれた際の処置について実例を挙げながら、しかし教科書に書かれている内容から外れることもなく解説する様子は、最低限教師としての義務を果たしている。
授業内容を聞く限り、クィレルの人狼に対する態度は極めて中立的だ。時折、自分で用意した図像に怯える姿を見せて失笑を買ったが、それに対して何を言うでもなく、静かに人狼の感染や満月による狼化、理性の消失について説明し、人狼が噛みついて感染させるのは感染を意図したときか、狼化したときだけであること、理性の消失は近年発明された脱狼薬の服用によって抑えられることまで言及している。その表情に人狼への嫌悪感は見られない。
ジュリアはまだ、個人的にクィレルと話したことはなかった。ダンブルドアもスネイプもクィレルがヴォルデモートと繋がっていると考えている。二人とも聡明で賢明な魔法使いだ。もちろん、ジュリアは彼らの言うことを疑っているわけではない。しかし、それとは別に、クィリナス・クィレルという人物への興味があった。
「先生、ちょっとお時間いいっすか」
「お、おや、ミス・マグリット。し、し、質問ですか?」
穏やかに。丁寧に。しかし、猫を被る必要もない。ジュリアは静かに口を開いた。
「いや、なんつうか……先生と個人的に話したこと、ねえなって思って。いや、忙しかったらいいんすけど」
クィレルの頬が引きつったが、どうやら彼なりの微笑みのようだった。話をする気はあるようだ。クィレルは資料を教壇に置き、丸椅子を手で引いてジュリアの前に座った。
「前はマグル学を受け持ってたんすよね?」
「え、ええ、はい。ま、マグル学に興味が?」
「んー……あたし、4年くらいストリートチルドレンやってたんすよ。チャイナタウンでゴミ漁りしたり、深夜にピザの配達したり。だからマグル界も魔法界も割と知ってるつもりではあるんすけど……ああ、別に同情を買おうってんじゃないんで、そんな顔しないでくれ……じゃない、ください」
クィレルは沈痛そうな表情だった。ジュリアは彼から、どこか、自分自身の苦しみに直面したような、過去の記憶に傷つけられたような、そんな雰囲気を感じ取った。
「そ、そういうことでしたら、無理に丁寧な言葉を使う必要は、あ、あ、ありませんよ。わ、我々は教師と生徒であり、ほ、本来それは対等な関係なのですから」
「……そんなことを言ってくれたのはあんたが初めてだ、クィレル先生」
「きょ、教師と生徒の関係において、教師が生徒の個人的な部分に踏み込むのは、ま、ま、マグル界の教育でも問題視されつつあります……こ、これも、昔取った杵柄ですが」
クィレルはなんとか微笑もうとしているようだったが、やはり頬が引きつったようにしか見えなかった。それでも、彼なりの優しさとジョークを理解して、ジュリアは微笑を返した。
ゆったりした時間が流れていた。クィレルはレイブンクロー寮生だったが、ジュリアと同じく繊細な呪文の実践が得意ではなかったこと。誰もいない湖の畔で多くの本を読んで学んだこと。半純血で、マグル界も魔法界も知っていたために、マグル学の成績は秀でていたこと。本当は魔法生物が好きだけれど、緊張すると上手く呪文が使えないので調教師などにはなれなかったこと。それでも独学で魔法生物、特に危険だと認定されているものについて学び、その一部は今の役職にも活かされていること。
クィレルはずっと話相手を求めていたようだった。彼はどもり、つっかえ、それでもジュリアに多くを語った。ジュリアも丁寧な口調ではなかったが、笑ったり、驚いたりしながら話の続きを促した。
「以前、旅行中に山トロールに遭遇したのですが、驚くべきことに彼は私の焚火のそばで一晩を過ごし、そのまま去っていったのです。私はこれを興味深い記録として魔法生物学会に提出したのですが、残念ながら……お、おっと、ずいぶん話してしまいましたね。つ、つ、次の授業の準備をしなくては」
「もうこんな時間か。悪いな先生、時間取らせちまって」
「い、いえ、私こそ自分で話してばかりで……」
クィレルは悲しそうに眉を下げた。きっと、彼は乾いていたのだろう。他の教師たちには警戒され、生徒には馬鹿にされ、この広い、広いホグワーツで、彼は独りだったのだ。
「いや、楽しかったよ。ありがとな、先生。……そうだ、最後に1つだけ」
「はい、な、なんでしょう」
「確か、アルバニアで修行してたんだよな。去年はずいぶん荒れてたって聞いたが……あそこになにかあるのか?」
クィレルは一瞬沈黙して、小さく首を横に振った。
「あ、あなたが興味を持つようなものは、きっとなにも。しかし……私は強くなりたかった」
「……そうか。まあ、先生が五体満足で帰ってこれてよかったよ。それじゃ……また」
きっと、”また”はないだろう。
それでも、ジュリアは悲しかった。どれだけ強かろうと、オオカミは独りでは生きていけない。人間もそうだ。クィレルは群れからはぐれてしまった。群れに戻るために力を求めて、群れから追い出される理由を作ってしまった。あまりに哀れで、苦しくて、それでも、ジュリアはクィレルに笑顔で挨拶をした。きっと、彼はそれを求めているから。