ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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試験勉強に集中したい

 ハリーが試合開始から5分でスニッチを取った記録的な試合の後、3人は箒置き場に向かったはずのハリーを待っていた。談話室は今ごろお祭り騒ぎだろう。フレッドとジョージがどこかからケーキを調達してくると言っていたし――ジュリアはいつか必ずそのルートを把握し、活用すると誓った――、ウッドはサンバでも踊り出しそうな勢いで吼え猛っていた。

 

 しかし、しばらくして帰ってきたハリーは、蒼白な顔で「どこか誰もいない部屋へ」と口にした。その尋常ではない様子に気圧されて空き教室に向かい、ピーブズがいないことを確認すると、ハリーは堰を切ったように話しはじめた。

 

 

「ぼくらが正しかった。スネイプが狙ってるのは『賢者の石』だ。クィレルを脅してた……フラッフィーを出し抜く方法と、あと、『怪しげなまやかし』のことについて……きっと、守りはフラッフィーだけじゃないんだ。クィレルがスネイプの闇の魔術から『賢者の石』を守ってるんだと思う」

 

 

 ジュリアは頭を抱えればいいのか、誤魔化せばいいのか、わからなくなってきた。スネイプほどの魔法使いであれば、ハリーの気配には気づいていただろう。だとしたら、わかっていて見せたのかもしれない。そうすると、スネイプは自ら悪役を買って出たということになる。そして、それはおそらくダンブルドアの指示だ。ダンブルドアはハリーを守っている。クィレルはアルバニアに行って強力になった。クィレルとハリーが対峙すれば、負けるのはハリーだ。ダンブルドアはハリーを守るためにスネイプをスケープゴートにしている。

 

 これらはすべて憶測でしかない。確認すべきだ。次の個人授業で確認すべき点があまりに多い。今のところは口を挟まないほうがいいだろう。ジュリアはハリーの話を真に受けたふりをした。

 

 

「それじゃあ……『賢者の石』が安全なのは、クィレルが抵抗できている間だけってことになるわ」

 

「三日ともたないな。石はすぐなくなっちゃうよ」

 

 

 ロンは諦めたようにぼやいた。

 

 このことをきっかけとして、ハリーたちがクィレルに対して好意的に振る舞うようになった。これもジュリアにとっては悩みの種だった。ハリーたちをクィレルに近づけるべきではない。しかし、露骨に引き離せば勘付かれる。ジュリアは「もしクィレルがスネイプから石を守っているのなら、余計な刺激でストレスをかけるべきではない」と言いくるめることで、なんとか3人を普段通り振る舞わせることに成功した。

 

 そして、スネイプとの個人授業では褒められたり、叱られたり、珍しく大騒ぎだった。

 

 

「もしクィレルが君に開心術を使えば、計画がすべてご破算になるところだったのだぞ」

 

「完っ全に失念してました、ごめんなさい。……だが、開心術のあの気持ち悪い感覚はなかった」

 

 

 スネイプはもはやこの話題になると最初からスキットルを手にするようになった。彼が酔う様子はなかったが――ひょっとするとザルなのかもしれない――、それだけのストレスを与えていると思うと多少の申し訳なさを感じる。しかし、ジュリアにとっては友達の命の危機だ。遠慮している場合ではなかった。

 

 

「クィレルが一流の開心術師でないことを祈るしかない……しかし、君は奴に心を開かれている。怪しまれない程度に距離を取れ。心優しい優等生を演じろ」

 

「もとからあたしは心優しい優等生様だ、先生。ハリーにクィレルを脅してるところを見せたな?」

 

「いかにも。クィレルはポッターの手に負える相手ではない」

 

「ダンブルドア……校長の指示か?」

 

「左様。今日は復活祭休暇の準備のために教員会議が繰り上げになっている。我輩は教員室に向かわねばならない。いいか、くれぐれも」

 

「ハリーたちに隠し通せ、だろ? 全力でやってるさ」

 

 

 ジュリアは肩をすくめたが、スネイプは仏頂面を崩さず鼻を鳴らした。

 

 

「それから、礼法と試験勉強もだ」

 

 

 スネイプの言うとおり、ジュリアは試験勉強に励まねばならなかった。試験は10週間先に迫り、先生方の”温情”によってたっぷりの宿題が言い渡されている。もちろん、ジュリアは宿題だけやっておけばなんとかなると思うほど楽観的ではなかった。なんといっても実技があるのだ。ジュリアは変身術でいま取り組んでいる石を小鳥に変える魔法にも苦戦していたし、呪文学の箒にタップダンスを踊らせる呪文にもうんざりさせられていた。

 

 ジュリアは繊細な魔法が得意ではない。しかし、これを弱点にしたまま進んでいくと、大規模な魔法の緻密な部分でミスを犯しかねない。幸いにして理論は理解している。あとは発音、杖の振り方、イメージ、魔力の操作だ。こればかりは練習あるのみ。ハーマイオニーがノートにマーカーを入れる隣で、ジュリアは杖を振り続けた。小鳥、石、小鳥、石。

 

 

「あのさあ君たち、試験は10週間も先だよ?」

 

「ニコラス・フラメルにしたら1秒よ」

 

「お忘れじゃありませんかね、僕ら600歳じゃないんだぜ」

 

「10週間は70日。70日は1680時間。1680時間は100800分。1分に1回杖を振っても10万回しか振れねえんだぞロン」

 

「ジュリアまでおかしくなっちゃった……」

 

 

 小鳥、石、小鳥、石、小鳥、羽の生えた小石。小石が飛んでいく。

 

 

「あ、くそっ。そいつ捕まえてくれ」

 

「取ってくるよ、ここにずっといると頭が煮えそう……ハグリッド! 図書館でなにしてるんだい?」

 

 

 流石に本棚よりは小さいと言えども、コソコソするのに向いている体格ではない。何かを隠すように調べていたハグリッドはあっさり見つかってしまった。

 

 

「んおう! なんだ、ロン、お前さんか。ちーっとな、読書ってやつを……」

 

「もしかして、石のことかしら」

 

 

 ハーマイオニーの言葉にハグリッドが固まった。さぞかしショックだろう、自分が口を滑らせたせいで、こっそりグリンゴッツから運び出した"ダンブルドア先生の秘密"がバレてしまったのだから。目が合ったので、ジュリアは肩をすくめて首を横に振った。自分は何も話していない。

 

 

「そのことは大声で言い触らしちゃいかん!」

 

「そうだ、ハグリッド」

 

 

 机に突っ伏して教科書の上で今にも眠りそうだったハリーが、身を起こした。

 

 

「フラッフィー以外にあの石を守ってるのって、どんなの? たとえばクィレル先生なら――」

 

「言い触らしちゃ、いかん! まったく……あとで小屋に来てくれ。ここでそのことについてあれこれ言われちゃ困るだろうが」

 

「わかった、またあとでね」

 

 

 ハグリッドが何かを懐に隠して、小枝やら獣の毛やらを落として去っていくと、ハリーたちは顔を見合わせて囁きはじめた。

 

 

「ハグリッドが隠してたのは何かしら」

 

「石と関係があると思う?」

 

「関係があったら軽い読書とは言えねえな。……くそっ、また羽つき小石だ。ステューピファイ。よし」

 

「いやよしじゃないよ、まだ練習してたのかいジュリア。僕、ハグリッドがどの棚にいたのか見てくる」

 

 

 さほど時間はかからなかった。ロンが持ち帰ってきたニュースは、ドラゴン。厄介事の気配に、ジュリアはとうとう杖を収めて頭を抱えた。

 


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