マクゴナガルの執務室で、ジュリアは新しいことを知った。それは、人は極度の憤怒に陥ると無表情になるということだ。マクゴナガルがまさにそれだった。ハリーとジュリア、そしてなぜかロングボトムを立たせたまま、杖で掌を叩いていた。
「呆れ果てたことです。ミスター・マルフォイを罠にかけ、ロングボトムまで巻き込み。とんでもないことです。50点。グリフィンドールから減点です。1人50点です」
ハリーが息を呑んだ。おそらく寮対抗のことを考えているのだろう。ジュリアは比較的落ち着いていた。そして、ハリーを守りきれなかった自分自身に失望していた。何が人狼だ、何が鋭い嗅覚だ。
「ポッター、ロングボトム、ベッドに戻りなさい。……マリアットにはもう少し話があります」
茫然自失の体でゆらゆらと執務室から出ていく2人を見送って、ジュリアはマクゴナガルとしばし見つめあった。
「……確かに私は友達を大事にしなさいと言いました、ええ、そのようにあなたを導いたように思います」
「ああ」
「しかし、それは悪戯に手を貸せという意味ではありません。友達を止めるのもまた友達の役目なのですよ、マリアット」
「わかってる」
「わかっているものですか。あなたは計算し続けるか計算しなくなるかの二択でしか行動できないのですか!」
「するってえと、あれだな。ドラゴンなんて嘘っぱち、あたしとハリーはロングボトムとマルフォイを騙して深夜のデートと洒落込んだ、そうお考えなわけだ」
「言い訳は聞きたくありませんよ。ヘクターとエレンに顔向けができません、まったく……」
ジュリアは返事の代わりに、ローブを捲ってみせた。
ノルウェー・リッジバックの幼体は鋭い爪を持つ。もしかすると爪にも毒があるかもしれない。その四肢をジュリアは全身で押さえ込んでいた。当然、多少の傷を負うことになる。
太ももを深く切り裂いた傷は脈打ち、血を流し続けていた。
「それは、一体」
「あたしもさっさと手当てがしてえから一気に話すぞ。ハグリッドが法律で飼育を禁止されてるドラゴンの卵を入手し、孵化までさせた。入手した場所はホグズミードのホッグズ・ヘッドだ、探せば目撃者がいる。そうでなくともハグリッドの小屋を見ればドラゴンの痕跡が残ってる。ハリーたちはハグリッドを犯罪者にしないために、チャーリー・ウィーズリーに連絡を取ってドラゴンをルーマニアに密輸することにした。この計画がロンのミスでマルフォイの野郎にバレた。ロングボトムがなんでいたのかは知らねえ。ドラゴンは今ごろ空の上だが、数日後にルーマニアの飼育地に確認を取ればメスのノルウェー・リッジバックが一頭増えてることがわかるだろうよ」
マクゴナガルは硬直して、目を見開いていた。
そう、初めからこの計画は穴だらけだった。探そうと思えばいくらでも証拠は見つかる。マルフォイが悪辣でなかったか、その家族が暇でなかったからこれだけで済んだのだ。マルフォイが実家に連絡し、その家族が魔法省に働きかけ、魔法省が査察に来れば、その時点でハグリッドは終わっていた。これは幸運な結果だ。
ジュリアは痛む傷を無視して、言葉を続けた。
「あたしはこのことを揉み消すつもりでいる。政治には疎いが、危険な魔法生物の密輸入ってのは流石に国際問題だろ? それに、これがバレればハグリッドは辞職じゃすまねえだろうなってこともわかる。だから、あたしは黙って減点を受け入れるし、罰則を受けるが、父さんにも母さんにも恥じる気は一切ねえ。あたしはあたしの思う正しいことをした。あんたはどうする、マクゴナガル先生。これを報告してハグリッドを首にし、ついでにルーマニアとの間に国際問題を引き起こすか? それとも黙っていつも通りの厳格な寮監として振る舞うか?」
そこまで言い放つと、ジュリアは杖を抜いて、手当を始めた。十分血は流した。瀉血など古いやり方だが、もし爪に毒があったなら、それが抜けていることを期待するしかない。
傷口を拭い、筋繊維から順にゆっくりと繋ぎ、塞いでいく。傷痕はともかく、後遺症は残したくない。動きに支障が出るのは、ジュリアにとって死活問題だ。
ジュリアが包帯を巻き終えたところで、マクゴナガルは静かに口を開いた。
「ルビウス・ハグリッドの処遇についてはダンブルドア校長にお伝えしておきます。ドラゴンに関しても、おそらくは何もなかったことになるでしょう。……我々は幸運でした」
マクゴナガルは一気に老け込んだように見えた。校内で生じた重大な法律違反を揉み消す片棒を担がされたのだ。マクゴナガルはジュリアから見て秩序の人物のように思えた。であるならば、なおのこと彼女には苦痛だろう。
「あんたを苦しめるつもりはなかったんだ、先生。ただ、ハリーのことを思うなら、事実を知ってる大人が誰か必要だと思う。そして、あたしがこんなことを話して信じてくれるのはせいぜいあんたか、スネイプ先生だ。そして、スネイプ先生ならハグリッドを首にする選択を取るし、ハリーを支えたりもしない。だから、話せるのはあんただけだった。……もう行っていいか?」
きっとジュリアは明日から”狼少女”扱いを受ける。誰に何を言っても信用してもらえないだろう。ジュリアはそれでも構わなかった。しかし、ハリーは別だ。ハリーを信じて、支えてくれる大人が必要だとジュリアは考えた。ロンや、ハーマイオニーや、ジュリアでは足りない。計画の協力者である双子もある程度事情は理解しているが、それでも足りない。偏見の目で見ない大人の助けが必要になる。
ジュリアはマクゴナガルに背を向けると、執務室から辞去しようとした。
「……待ちなさい、ミス・マリアット」
「何だ、先生。あたしだって流石に眠いんだ」
「医務室まで送ります。傷痕が残らないよう、マダム・ポンフリーに見てもらうべきです」
マクゴナガルの声は震えていた。その表情は想像したくない。ジュリアは後ろを振り向かないようにして、マクゴナガルを連れて医務室に向かった。
廊下は静かだった。女のゴーストがすすり泣く声がどこかから聞こえていた。ジュリアの記憶が正しければ、レイブンクローのゴーストだ。彼女は何を思って泣いているのだろう。
少しだけ、ジュリアも泣きたい気分だった。
「ミス・マリアット」
「何だ、先生」
「……うまく言葉にできませんが、やはりあなたはヘクターとエレンの子ですね」
マクゴナガルが何かを言いよどむのは、ジュリアの知る限りこれが初めてだ。ジュリアはなにも返事をしなかった。
廊下は暗いが、ジュリアは夜目がきく。だから、マクゴナガルのランプが眩しかった。それでも、今は月明かりと、ハーマイオニーが恋しかった。