ハリーは怯えていたが、呪文学の教室近くを通るたびにおっかなびっくり「あの廊下」に近づいて、三頭犬の無事を確かめていた。どうやら何者もまだ突破していないようだ。
ジュリアはなんとかロン・チェイニーを思い浮かべてパイナップルにタップダンスを転ぶことなく踊らせることに成功させ、変身術ではネズミを無骨な銀の嗅ぎタバコ入れに変身させた。加点はないが、減点もないだろう。苦手な2つを突破した。死ななければ進級はなんとかなる。
忘れ薬を調合している間だけは命の危機を忘れて没頭することができた。事前に材料の持ち込みを申請することができたので、ジュリアは石化した蛙の卵を使い、忘却呪文と同程度の効果と指向性を持つ忘れ薬の調合に成功した。
一番恐れていた闇の魔術に対する防衛術は、クィレルが憔悴しきって常に俯いていたおかげでなんとか片付いた。ミスがなければ、まず満点は取れたはずだ。
魔法史を手早く片付けて、ジュリアはほっと息をついた。変身術と呪文学の実技を除けば、実力は発揮できているはずだ。進級はできるだろう。あとはダンブルドアがヴォルデモートをなんとかしてくれるのを待つだけだ。
4人は湖畔の木陰で日が暮れるのを眺めながら羽を伸ばしていた。ハーマイオニーは答え合わせをしたがっていたが、ロンはそれを拒否して寝転ぶ。ジュリアも寝転びたい気分だったが、まだ心臓が落ち着かない。
そのとき、ハリーが突然立ち上がって呟いた。
「何かがおかしい」
「大丈夫だよハリー、試験でしくじったところで、結果が出るまであと一週間も」
「――違うんだ、ロン。ハグリッドに会いに行かなきゃ!」
ハリーは小屋に向かって駆けだした。急いで後を追う。走りながらも、ハリーは話し続けた。
「ハグリッドはドラゴンを飼うのが夢だった。でも、法律で禁止されてる。それに、ロンやジュリアが言ってたとおり、貴重な品だ。それなのに、卵を持った顔も知らない奴が、パブをうろついていて、ハグリッドに偶然出会って、それを譲る。おかしいと思わないか?」
盲点だった。ジュリアはハグリッドの軽率な行動に驚くあまり、その背景に考えが及ばなかったのだ。
ジュリアは地面を蹴った。
「先に行く。城に戻ってダンブルドアを探せ。すぐに追いつく」
「どういうこと? ジュリア、一体何がどうなってるんだ?」
「石がピンチってことだ、ロン。行け、走れ!」
ジュリアの脚を以てすれば、ハグリッドの小屋までは一瞬だった。肘掛け椅子に腰かけて、にこやかに何か言おうとしたハグリッドに被せるように、ジュリアは問い詰めた。
「ようジュリア、随分急いで――」
「ああ、急いでる。だから聞かせてくれ。卵のことだ。相手の顔は知らなかった、そうだな?」
「おう、そうだな、マントで顔を隠しちょった。ホッグズ・ヘッドじゃそんなに珍しくもねえ話だ。ドラゴンの売人だったのかも。それに、俺も随分呑んどったしな」
ハグリッドは笑った。ジュリアは笑えない。笑える状況ではない。
「次だ。ドラゴンについて詳しい話はあったか?」
「いや、ただ飼うのは難しいと言うとった。だから、多少は心得がある、三頭犬だって飼っちょるんだ、と笑ってやった。なに、ちょいとした自慢だ」
ますます”まずい”流れだ。
「よし、最後だ。奴は三頭犬に興味を示したか?」
「そりゃもちろん、珍しいからな。だが、宥め方を知っちょれば赤ん坊みたいなもんだ、ちょいと音楽を聴かせればおねんねしちまう……いかん、こいつはお前さんに話しちゃならんのだった!」
「もとから知ってる。悪いな、あたしはもう行く。大丈夫だ、安心しろハグリッド。……大丈夫だ」
ジュリアは走りながら祈った。天にましますくそったれなマザーファッカーゴッド、たまには役に立て。
門を潜り抜け、ハーマイオニーたちの匂いを追って階段を駆け上がった。急がねばならない。欄干から欄干へと飛び移り、タペストリー裏の坂道に爪を立て、フィルチの怒声を無視し、そして、辿り着いた先には、立ち去るマクゴナガルの背を見つめて呆然とする3人の姿があった。
「ジュリア、どうしよう――ダンブルドアがいない!」
目の前が真っ暗になった。