4階の扉はすでに開いていた。部屋を入ってすぐの場所にハープが置かれていて、ひとりでに音楽を奏でている。ヴォルデモートが三頭犬を突破したことは明白だった。
部屋に踏み込んだ途端、ハープは演奏をやめた。ジュリアは落ち着いてハーモニカを取り出す。ハリーも自分なりに三頭犬について調べたのだろう、臆することなく木彫りの横笛を口に添えていた。
「ハリー、合わせるぞ。きらきら星は吹けるか」
ハリーが小さく首肯したのを確認して、ジュリアは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。このハーモニカを吹くのも入学式以来だ。そして、きっとこれが最後になるだろうとジュリアは予想していた。
きらきら光る、お空の星よ。もうすぐそこに行くからな。
まずハリーが仕掛け扉から飛び降り、ロン、ハーマイオニーと続いた。ジュリアはハーモニカを口にあてがったまま仕掛け扉に近づき、そして三頭犬を片手で撫で、落下に身を任せる。
柔らかい着地だった。まるで濡れたロープを敷き詰めたような場所。真っ暗だ。光のない空間でロンの声が響く。
「なんか、植物みたいだ。クッションかな? なんにせよ、ラッキーだ」
植物。ジュリアはハグリッドの言葉を思い出す。罠に手を貸しているのは教員の大半だった。そこには薬草学のスプラウトも含まれている。
ジュリアの思考が回転しはじめたころには、罠が動き始めていた。
「なにも、ラッキーじゃねえ、くそったれ!」
ジュリアは杖を抜こうとしたが、腕を蔦に絡め取られた。強引に引きちぎるも、次々と伸びてくる。ホルスターを太ももに巻いていたことが今回は悪く働いてしまった。
蔦はロンの首を狙い、ハリーの胸に巻き付き、そしてジュリアの腕を裂こうとしている。間違いなく罠だ。
「これ、『悪魔の罠』だわ!」
「見た目通りの名前だな! くそ、きりがねえぞ。対処法は!」
「『悪魔の罠』、『悪魔の罠』……湿気と暗闇を好み……」
ハーマイオニーは壁際まで追い詰められているようだ。そして、思考も追い詰められている。答えが中々出てこない。
「だったら火だ!」
「でも、薪がないわ!」
ロンが今日一番の大声で怒鳴った。
「君はそれでも魔女か!」
「そうだった! ラカーナム・インフラマレイ!」
鮮やかな空色の火球が放たれた。火球は火の粉を散らし、『悪魔の罠』はみるみる萎びていく。4人は落下して石畳に尻餅をついた。
「ハーマイオニーに感謝だ。薬草学の勉強をたっぷりしてたことと、最高に笑わせてくれたこと」
ジュリアは立ち上がって、杖が二振りともあることを確認すると、ハーマイオニーに手を貸して立ち上がらせた。ハーマイオニーはまだ少し恥ずかしそうにしていたが、今はからかっている場合ではない。次の罠が待っている。
通路は下り坂で、ホグワーツのずっと下を進んでいるようだった。誰も喋らなかった。水の滴る音、何かが羽ばたく音、そしてかすかな金属音が聞こえてくる。
通路を抜けた先には、光の差し込む小部屋があった。ジュリアは突然の眩しさに目を細める。どうやら天井の近くを無数の小さな何かが飛んでいるらしい。奇妙なことに、小さな飛行体からは何の匂いもしなかった。
「鳥かな。あれが襲ってくるとか?」
「向こうに扉があるよ。あそこまで逃げ切る罠……なんか違いそう」
「……鍵だ。空飛ぶ鍵」
ようやく明るさに慣れたジュリアの目が、透き通った虹色の翅をはためかせて飛ぶ鍵たちを捕捉した。あの鍵鳥だか鍵虫だかのどれかが”正解”なのだろう。なんともフリットウィックらしい。ジュリアはあの穏やかながら知的な小さい老人を思い出した。
「ロン、扉の錠はどんなやつだ。材質、形状」
「待ってて。銀……たぶんゴブリン銀だ、一度だけビルに見せてもらったのと同じ光り方してる。鍵穴は大きい。すごく古いタイプだ。……あっ、箒。箒だ、ハリー! 隅に箒があった!」
「オーケー、ナイスだロン。ハリー、鍵は光沢のある錆ひとつない銀製、大型、アンティーク。最年少シーカーの腕を見せてやれ」
ハリーが無言で頷き、箒に飛び乗る。狭い空間、四方を石の壁に囲まれ、条件はよくない。それでも、ハリーは急速旋回しながら上空へと舞い上がっていく。
ジュリアもじっと鍵たちを観察していた。動きに法則性はない。おそらく、本当の鳥か虫のように飛び回るような魔法がかけられている。その中からおそらく唯一の”正解”を捕まえなければ突破できない。これはそういう罠なのだろう。
「見つけた!」
ハリーが叫び、箒を傾ける。ハリーは矢のように鍵の群れへと飛び込み、そしてその勢いのまま降下してきた。手には暴れる鍵を握っている。銀製、大型、アンティーク。要素は一致している。ハリーは飛びつくようにして扉に駆け寄り、鍵を差し込んだ。
扉が開く。
「よし、次にいこう。準備はいいね?」
3人は頷いた。