ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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1年目の終わり

 学年度末パーティーの夜、つまりジュリアとハリーが退院した夜。グリフィンドールのテーブルで、ジュリアたち4人はただ黙って座っていた。4人は、特にハリーはすっかり時の人となっていて、ちょっと動くだけでも大広間がざわつくのだ。誰もがハリーを一目見ようとしていた。生き残った男の子、再び闇の魔法使いを打ち倒す。これはどうやら一大ニュースのようだった。

 

 

「また、一年が過ぎた! 諸君の頭がごちそうでいっぱいになってしまう前に、そして、諸君の頭が夏休みで空っぽになってしまう前に、少々お時間をいただかねばならん。寮対抗杯についてじゃ」

 

 

 4色並んだ大広間の砂時計をちらりと見やって、ダンブルドアは点数を読み上げた。

 

 グリフィンドール、287点。

 

 ハッフルパフ、352点。

 

 レイブンクロー、426点。

 

 スリザリン、497点。

 

 どうやらジュリアは自分で思っていたよりやんちゃをしすぎたようで、それこそハーマイオニーが稼いだ点をご破算にしていたようだった。ダブルスコアとまではいかないものの、スリザリンには大差をつけられている。来年はもっと周囲を確認してから魔法を使う、大胆なショートカットをできるだけしない、そしてフィルチに見つからない、そうジュリアは誓った。

 

 スリザリンのテーブルから歓声、足を踏みならし、杯をぶつけ合う音が上がった。7年連続の寮対抗杯、しかもグリフィンドールが最下位。彼らにとっては最高の夜だろう。大広間の天井を支配する蛇の横断幕がうねっていた。

 

 

「よし、よーし。しかし――駆け込みの点がまだ勘定に入っておらなんだ」

 

 

 大広間が静まりかえった。にやついてグリフィンドールのテーブルを指さしていたスリザリン寮生ですら、手を下ろして沈黙していた。

 

 

「まず、ミスター・ロナルド・ウィーズリー。ホグワーツですら滅多に見ることのできない、たぐいまれなる指し手として、最高のチェス・ゲームに見事勝利したことを称え、グリフィンドールに50点与える」

 

 

 グリフィンドールのテーブルから歓声が爆発した。フレッドとジョージの二人に至っては本当に爆発させようとすらしていた。パーシーですら興奮して「僕の一番下の弟だ! マクゴナガルの巨大チェスに勝ったんだよ!」と真っ赤な顔で叫んでいる。

 

 

「次に、ミス・ハーマイオニー・グレンジャー。火に囲まれながら、冷静な論理と思考を途切れさせることなく、解を導き出したことを称え、グリフィンドールに50点与える」

 

 

 腕に顔をうずめたハーマイオニーが嬉し泣きしているのがわかって、ジュリアはそっと彼女の肩に手を添えた。おそらくハーマイオニーがグリフィンドールの得点王だろう。得点女王と言うのだろうか。

 

 

「そして、ミス・ジュリア・マリアット。友のため、愛のため、危険を承知の上でなお力、知恵、そして勇気を武器に戦い続けたことを称え、グリフィンドールに50点与える」

 

 

 少なくとも減点分の9割は取り戻しただろう。ジュリアは教員席のマクゴナガルにウィンクした。驚くべきことに、マクゴナガルは微笑を浮かべてウィンクを返してきた。

 

 

「それから、ミスター・ハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 

 ジュリアの耳が麻痺するほどの歓声だった。フレッドとジョージが花火を打ち上げていた。大広間の満天の星空に色とりどりの光が散る。誰も止めはしなかった。スリザリンと並んだのだ。

 

 

「勇気にもいろいろある」

 

 

 ダンブルドアのよく通る声が、少しずつ大広間を落ち着かせた。

 

 そう、ジュリアの考えが正しければ、誰よりも加点されなくてはならない少年がいる。

 

 

「味方である友に立ち向かうのには、大いなる勇気が必要となる。彼はそれを見事発揮してみせた。そこで――ミスター・ネビル・ロングボトムにわしから10点与えたい」

 

 

 グリフィンドール寮生は席から立ち上がり、帽子を投げて抱きしめあっていた。こうでなくては。ジュリアは満足して杯を胴上げされているネビルに掲げると、一息に葡萄ジュースを飲みほした。

 

 ジュリアがネビルを失神させたとき、ネビルが何を言おうとしていたか、ジュリアには予想することしかできない。でも、ネビルが”友達”と言おうとしてくれていたなら、もしそうなら、ジュリアは嬉しかった。ジュリアは勇敢な、とても勇敢な友達を得たのだ。

 

 

「ということは、飾り付けをちょいと変えねばならんのう」

 

 

 ダンブルドアが手を叩く。緑が紅に、銀が金に。蛇は追いやられ、立派なたてがみの獅子が現われた。

 

 スネイプが苦虫を噛み潰したような、それでもなんとか作り笑いをして、マクゴナガルと握手している。スネイプには悪いことをしたかもしれない。しかし、ジュリアは満足だった。散々人にレポートを課しておいて、一度たりとも加点しなかったのは、スネイプが悪い。

 

 ジュリアは腕を伸ばして、ハリーとロン、そしてもちろんハーマイオニーの肩を抱いた。ぎりぎり届くか届かないかの距離をなんとか頑張っていると、3人のほうから肩を組んできた。ジュリアは幸福だった。寮杯よりなにより、こうして友人と楽しい時を過ごせる日が来たことが、最上級の幸福だった。

 

 それからジュリアは久しぶりにステーキを頬張り続けたが、今日ばかりはハーマイオニーも止めなかった。大いに食べ、大いに笑い、大いに咽せ、大いに飲んだ。

 

 翌朝、成績が発表された。ハーマイオニーは学年でトップだ。これは喜ばしいことだった。ジュリアはハリーとロンが魔法薬学を落とすのではないかと心配していたが、流石にスネイプも成績まで私情を挟むことはしないと見えて、総合的に中々の成績を確保していた。

 

 ジュリアは自分の成績表を見つめる。魔法薬学は学年でトップを取った。呪文学と変身術も平均には届いている。飛行術はどうせ今年しかやらないのだから見なかったことにしていい。上々だ。

 

 荷物をまとめて――ジュリアは相変わらずウェストポーチひとつだ。「借金」をいくらか消費したことを考えても、いい買い物をした――ホグワーツ特急に乗り込んだ。ジュリアは早々にローブから懐かしのマグル服に着替えて、少し丈が足りなくなっていることに歓喜した。そして、その様子を見られて3人に大笑いされた。

 

 

「夏休みに3人とも家に泊まりに来てよ。部屋が足りるかは怪しいけど、きっとみんな喜ぶ。ふくろう便を送るよ」

 

「ありがとう! これで貴重な楽しみができた。ダーズリー家は最悪なんだ」

 

 

 ジュリアはウィーズリー家に受け入れてもらえるか少し不安だったが、この調子だと長い付き合いになりそうだった。ジュリアは覚悟を決めた。この後、ロンの母さんに挨拶をしよう。

 

 マグル界のプラットフォームに出ると、赤毛の女の子が金切り声を上げてハリーを指さした。

 

 

「ママ、見て! 彼だわ、ハリー・ポッター!」

 

「ジニー、お黙り。人を指さしてはいけないと教えたでしょ」

 

 

 聞かなくてもわかる。あれがロンの母さんだ。ジュリアは緊張してハーマイオニーの手を握った。初めてバイトの面接に行ったときよりも緊張している気がした。

 

 

「忙しい一年だったみたいね」

 

「とっても。お菓子とセーターありがとうございました、ウィーズリーおばさん」

 

「どういたしまして。ああ、あなたがジュリアね。お手紙ありがとう」

 

「あー、いや、お礼を言わなきゃいけないのはあたしだ。ありがとう、ございます」

 

 

 ロンが「無理すんなよジュリア」と肘でつついてきたので、ジュリアは唸った。礼儀作法の本はちゃんと読んだが、どうにも肌に合わないようだ。ジュリアは諦めて、「ありがとう、ウィーズリーおばさん」と言い直した。

 

 しばらく歓談していたが、口ひげを生やした赤ら顔の中年男性がハリーに嫌そうな顔をして声をかけた。

 

 

「小僧、準備はいいか」

 

 

 これが例のダーズリーだろう。ジュリアは記憶と知恵を総動員して、久しぶりの「打算的なコミュニケーション」を画策した。ジュリアはまともな格好をしているし、ふくろうも連れていない。荷物はウェストポーチひとつ。杖はホルスターに隠れている。万全だ。

 

 

「――あの、ひょっとして、バーノン・ダーズリー社長じゃありませんか? グランニングズ社の。お目にかかれて光栄です、ジュリア・マリアットと申します。私、オフィスの向かいのカフェでアルバイトしてたことがあって、今でもたまに挨拶に行くんです。あなたがたがハリーを育ててくださったんですね、友人として心から感謝いたします」

 

 

 ジュリアは丁寧にお辞儀してみせた。ダーズリーは困惑した表情を浮かべている。

 

 ここだ、まくし立てろ。

 

 

「ハリーには生活面で随分助けられました。恥ずかしながら、私は家事がそれほど得意ではないので……。ご自宅ではハリーと奥さんが協同で家事を?」

 

「まあ、んむ、そうだ」

 

「素敵ですね。私は早くに家族が他界したものですから、家族と一緒に家庭のことをした記憶があまりなくて。その、ハリーに関する突飛で特殊な事情がご迷惑をおかけしているかもしれませんが……どうぞ、今後ともよくしてあげてください。ああ、いえ、私が申し上げるまでもありませんね、失礼しました」

 

「うむ、そう、そうだな、当然の義務は果たしている。……家族が他界したと言ったか。それは、その」

 

「父は”事故”で私がまだ赤ちゃんだったころに。母は薬品関係の仕事をしていたのですが、その薬品が悪さをしたようです。もう随分昔の話ですから、お気になさらないでください。私にはハリーのような素敵な友人がいますから。……随分長く引き留めてしまいましたね、失礼いたしました。それでは、ごきげんよう。……行こうか、ハーマイオニー」

 

 

 唖然としているハーマイオニーの手を取って、ジュリアはハリーにウィンクしてみせた。ハリーにはまともな友人がいて、口が上手く、そしておそらく会社の近くに住んでいる。そう思い込んでしまえば、ダーズリーは迂闊な行動を取れない。どこに目があり、どこに目と口があるのかわからないのだ。牽制としては十分だろう。

 

 

「あー、つっかれたわ。表情筋攣るんじゃねえかと思った。ハーマイオニー、あんたのご家族はどこだ。挨拶する」

 

「あっち。どこで覚えてきたのよ、あんなお作法」

 

「お優しいスネイプ先生のクリスマスプレゼントさ。あたしは最初からスネイプ先生の味方だったってわけ」

 

「もう……ちゃーんと全部話してもらいますからね。ジュリアって案外、秘密主義だわ。あっ、パパ、ママ、こっち!」

 

 

 ジュリアはもう一度緊張の時間がやってくると覚悟した。しかし、予想外の展開がジュリアを待ち受けていた。明るい茶髪を清潔感のある髪型にまとめた穏やかそうな夫婦と歓談しているのは、若白髪交じりの黒髪、銀のイヤリング、男物のジャケットにジーンズ、快活な笑顔――ジュリアの後見人、セシリー・オニールだったのだ。




次回、「ハリー・ポッターと賢者の石」完結。

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