グレンジャー夫妻とセシリーのスケジュールをすり合わせた結果、水曜日にダイアゴン横丁へ向かうことになった。ハリーとウィーズリー家の人々にもそれを知らせる。ウィーズリー家のフクロウはご老体だから、返事を待っていたら予定日を過ぎてしまう。会えることを期待するしかなかった。
ダンおじさんはドライブが好きだったが、「漏れ鍋」の近くにパーキングスペースはない。4人は電車とバスを乗り継いでロンドンに向かった。地下鉄でフクロウの入った籠を抱えて居心地悪そうに座る青年を見かけた。きっと”ご同輩”だろう。
懐かしの「漏れ鍋」で4人はセシリーと合流した。黒のライダースジャケットを羽織ったセシリーは上機嫌でジュリアを抱き上げ、続けてハーマイオニーにも同じことをした。香水で隠しているが、消毒液の匂いが抜けていない。つい先ほどまで職場にいたようだ。ジュリアは姉弟子がそのうち倒れるのではないかと心配でならなかった。
「まずはグリンゴッツだね、教科書代とか諸々引き出さなきゃ。ダンとアリソンはジェットコースターとか好き? そう、それはよかった。グリンゴッツはきっと気に入るよ、いいとこだもの。ジュリアちゃんの奨学金が返済免除になればなあ。呪文学と変身術、みっちり練習すること。スネイプ先輩だけじゃなくてマクゴナガル先生にも個人授業やってもらいなよ、ついでに礼儀作法も。ハーマイオニーちゃんはあんまり参考書を買いすぎないようにね、鞄がパンクしちゃう。そうだ、鞄! 拡大呪文のかかったのを買うといいよ。検知不可能拡大呪文つきのは高いけど、ただの拡大呪文ならワゴンセール品でも広いのが――」
「姉さん、たまには呼吸ってやつを思い出したらどうだ」
セシリーはいつにも増して饒舌だった。きっと仕事の疲れがたまっているのだろう。それでも先導はしっかりとしてくれて、混み合うダイアゴン横丁を進み、ノクターン横丁との交差点にそびえ立つ白亜の城、グリンゴッツに辿り着いた。
1年ぶりのトロッコでグリンゴッツを下り――ジュリアは匂いで確信した。ここにはドラゴンがいる――、ダンおじさんとアリソンおばさんの聞いたこともないような歓声に驚き、それからジュリアは「借金」を所定の金額まで引き出した。グレンジャー家はそこそこの額を魔法界の通貨に両替したと見えて、ハーマイオニーの金庫にはかなりの金貨が積まれていた。きっとこの大半が図書代に消えるのだろう。グレンジャー夫妻はハーマイオニーの教育に投資を惜しまない人たちだ。
グリンゴッツを出たところで、ジュリアの鼻がハグリッドとハリーを見つけた。あまりよろしい状況とは言えない。ドラゴンという前科を持つハグリッドはともかく、ハリーが魔法界の薄暗がり――ノクターン横丁にいる理由がジュリアにはわからなかった。
「姉さん、ハリーがノクターン横丁にいる」
「ハリー・ポッターが? 無事?」
「ハグリッドと一緒だ。まあ大丈夫だろ、何してたのかは知らねえけど。リータ・スキーターが嗅ぎつけねえといいな、明日の大見出しになるぞ――生き残った男の子、闇の魔術に傾倒か」
ハグリッドがハリーを抱えて明るい通りに出てきた。ハーマイオニーが駆け寄っていく。友人たちとの再会だ。ハリーがいるということは、ウィーズリー家の人々も来ているのだろう。
「ねえ、ジュリアちゃーん」
セシリーが物欲しげな甘えた声を上げてジュリアの体に腕を絡ませた。彼女の悪癖――ちょっと危ないショッピングへのお誘いだ。
せっかく休暇をもぎ取って誕生祝いとして買い物に同行してくれているのだから、多少のわがままには付き合いたい。そう考えて、ジュリアは小さく頷いた。
「わかってる。あとでノクターン横丁覗こう」
「やった! いやー、休暇取った甲斐があるってものよね」
「あたしの誕生祝いじゃねえのかよ」
「拗ねるな拗ねるなー」
「拗ねてねえからそのだらしねえ顔しゃきっとさせろ。ほら、行くぞ。ダンおじさん、アリソンおばさん、あそこででかくてごついのに抱えられてるのがハリーだ。今紹介する」
ほどなくして、ウィーズリー家の人々とも合流できた。ウィーズリーおばさんはハリーを無事ノクターン横丁から”回収”したハグリッドに心から感謝しているようだった。どうやらハリーは煙突飛行の事故で飛ばされたようだ。生きているのは幸いだった。
ウィーズリーおじさん、つまりアーサー・ウィーズリー氏はマグル界のことに興味津々のようで、目を輝かせてグレンジャー夫妻に「漏れ鍋」で是非一杯、と誘った。セシリーがハーマイオニーのことを請け負うと、夫妻は新しい友人と「漏れ鍋」に向かった。異文化交流の時間だ。
アイスクリームパーラーを通りかかったところでハリーがポケットから銀貨を取り出したので、セシリーはそれを制止して、4人にお揃いのアイスを買い与えてくれた。
「こういうのはね、大人の役割なのよ、少年少女」
彼女自身もラムレーズンのアイスをなめながら、上機嫌でジュリアの手を引いていた。
羊皮紙やインクといった買い物を片付け、「ギャンボル・アンド・ジェイプスいたずら専門店」を冷やかし、教科書を扱っている「フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店」に向かった。すさまじい人だかりだ。ジュリアはぶつからないように急いでアイスを平らげた。ほとんどが中年の魔女で、しかもきつい香水を浴びるようにかけてきている。暑さと悪臭でやられないうちに退散したいところだったが、教科書を買わなければならない。
セシリーを通りの向かいに待たせて、4人は群衆の中に飛び込んだ。やはり、ひどい臭いだ。ハーマイオニーが上階を指さして何か黄色い声を上げたが、ジュリアの目と耳は人ごみで埋め尽くされていた。
「彼に会えるんだわ!」
「彼って誰だよ。おいロン、そいつはあたしの足だ、踏むなら他のにしろ」
「ごめん、あいたっ! でも、この混み具合じゃママを見つけられない、あいたっ!」
4人は押され、踏まれ、潰されかけながらも、なんとか店内に入ることができた。『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』を人数分抱きかかえる。会計を済ませれば任務達成だ。しかし、そのために4人はまた人ごみをかき分ける必要があった。
ようやく発見することができたウィーズリーおばさんと一緒に列に並ぶ。彼女の頬が赤いのは暑さからだけではなさそうだ。
「もうすぐ彼に会えるわ……」
「だから、その彼って……ああ、なるほど」
ジュリアはようやく店内の貼り紙と目が合った。実にハンサムで、気障ったらしい笑顔。ギルデロイ・ロックハートのサイン会が開かれているらしい。なんとも見事なタイミングだった。
列がご本人まで進むのに、さほど時間はかからなかった。それでもウィーズリーおばさんは上気した頬を扇ぎ続け、ハーマイオニーは3回もコンパクトミラーを開き、ジュリアは適当な理由をつけて教科書と代金を預け抜け出そうかとすら考えた。
そして、ギルデロイ・ロックハートがもう目の前というところに来て、ふと彼が顔を上げ、その視線がハリーを捉えた。
「もしや……ハリー・ポッター!」
ああ、また厄介事だ。ジュリアはうんざりしながら代金を置いて早々に退散した。ああいう男に書かせるサインは連帯保証人の署名だけでいい。『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』を抱えて転がり出たジュリアに、セシリーは笑いかけた。
「あら、ジュリアちゃんはロックハートのサインもらわないの?」
「うんざりだよ、くそったれ。ほしけりゃ姉さんがもらってくるといい」
「私、ダンディなおじさまのほうが好みなのよね」
「姉さんの恋愛事情も性生活も知ったこっちゃねえが、あたしもああいうのは好みじゃねえな」
ギルデロイ・ロックハートはハリーと握手し、強引に肩を組み、写真を撮らせていた。明日の日刊予言者新聞の一面見出しだろう。魔法界のスターと魔法界の英雄。なんとも輝かしい組み合わせだ。
そして、ギルデロイ・ロックハートはハリーにサイン入りの自伝を無料でプレゼントし、とんでもない事実を公表した。
「ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたしましょう。この9月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』の教鞭を執ることとなりました!」
群衆から歓声が上がった。もう一度ホグワーツに戻りたいと嘆く魔女すらいる。ジュリアはうんざりして、気障なスマイルを見せる表紙にデコピンを食らわせ、ウェストポーチに放り込んだ。
今のところ、ジュリアのギルデロイ・ロックハートに対する印象は最悪だった。しかし、優れた戦士はオンとオフを切り替えるものだ。魔法戦士としての彼に期待するしかない。
「姉さん、どう見る」
「んー、まだ情報不足。同期から聞いた話なんだけど、あれだけの冒険を語ってるのに、聖マンゴには彼のカルテがないらしいの。全ての冒険を無傷で乗り越えたか、あるいは――」
「でたらめほざいてやがるか、か。できれば期待したいんだがな」
いずれにせよ、授業でわかる。ハリーが山積みの教科書を抱えて出てくるのを眺めながら、ジュリアは今年が実りある年になることを祈った。天にましますくそったれ永劫名誉チェリーボーイ。