ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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大人の喧嘩に口を出してはいけない

 一難去ってまた一難。人だかりから少し離れた場所で、ハリーとマルフォイが睨み合っていた。いつも通りの争いが、少し場所を変えただけだ。ジュリアが不思議に思うのは、魔法界の名家、その跡継ぎであるマルフォイ少年が大衆の面前で生き残った男の子相手に喧嘩を売って、パパ・マルフォイに叱られないのかということだが、まだ少年の彼にそこまでの思慮深さはないのかもしれない。

 

 

「いい気持ちだろう、ポッター。書店で買い物するだけで一面大見出し記事だ」

 

「ほっといてよ!」

 

 

 勇敢なことに、ウィーズリー家の末妹――確か、ジニーといったか――がハリーを庇うように前に出た。身なりを整えれば映える顔立ちをしている。ジュリアは予想を立てた。あの子もグリフィンドールに来るだろう。

 

 これで2対1。無言で睨んでいるロンを入れれば3対1で、介入する気があまりないジュリアも入れれば4対1だ。今日はミニトロールのペアはボディーガードをしていない。しかし、マルフォイは余裕を崩さなかった。

 

 

「おや、ポッター。ガールフレンドかい? ……ああ、ウィーズリーか。まったく、君らがこの店にいるのを見て驚いたよ。あれだけの教科書だ、君らの両親は当分飲まず食わずだろうね」

 

 

 実にドラコ・マルフォイらしい、最低の挑発だ。家族と経済状況を引き合いに出すのは極めて無礼な行為だと言える。ハリーもロンもジニーの大鍋に教科書を放り込み、マルフォイめがけて飛びかかろうとしていた。しかし、喜ばしいことに、我らの良心、ハーマイオニーが2人の上着をしっかりと掴んでいたので、なんとか殴り合いに発展せずに済みそうだった。

 

 しかし、ますます厄介なことに、両陣営の大人が首を突っ込んできた。

 

 

「これは、これは――アーサーではないか」

 

「ルシウス」

 

 

 ルシウス・マルフォイのご登場だ。ジュリアはじっくりと彼を観察した。時代錯誤なステッキがやけに似合う、貴族然とした男。プラチナブロンドを長く伸ばし、優雅で冷たい雰囲気を纏っている。しかし、子どもの喧嘩に首を突っ込むあたり、そこそこの親馬鹿ではあるのだろう。

 

 ジュリアはルシウス・マルフォイという名前をどこかで聞いた気がしたが、どうにも思い出せなかった。

 

 

「お役所は随分とご多忙なようですな。なにせ抜き打ち調査を何度も。もちろん、残業代は……ふむ、もらっているようには見えんが」

 

 

 パパ・マルフォイは、ジュニア・マルフォイの肩に手を置くと、冷めた視線でジニーの大鍋を見下げ、そこからボロボロの『変身術入門』を引っ張り出した。

 

 

「役所が満足に賃金を支払わないようでは、わざわざ魔法使いの面汚しになる甲斐があるのか、私には見当がつきませんな」

 

「ルシウス・マルフォイ。魔法使いの面汚しの定義について、どうやら私たちの見解は異なるようだ」

 

「左様ですな、喜ばしいことに」

 

 

 ルシウス・マルフォイの視線が、ウィーズリーおじさんの後ろで心配そうに事態を静観していたグレンジャー夫妻に刺さった。

 

 

「ああ、アーサー……こんな連中と付き合っているのか。君の一族はもうすっかり落ちるところまで落ちたと考えていたが、どうやら君は、底を知らんらしい」

 

 

 声、目、空気。すべてに明らかな侮蔑の色を感じる。賑わうダイアゴン横丁の中で、ジュリアにはルシウス・マルフォイだけが見えていた。グレンジャー家への侮辱はジュリアという猟犬を猛らせるには十分な振る舞いだ。

 

 ホルスターに指を伸ばそうとして、止める。呪いは得策とは言えない。ドラコ・マルフォイの父親、聖28氏族だ。魔法界を代表する名家の当主に不意打ちで呪いをかけるのは、狭い将来をさらに狭める。

 

 普通の子どものように振る舞って殴りかかるか。悪くない。しかし、奴がどのような手口で反撃してくるかわからない。正面から攻めるのは愚か者のやることだ。

 

 いったん人ごみに紛れ込み、通りがけに急所を狙って一撃を食らわせてすぐ戻るか。これがいい。ジュリアは自分の小さな体格を自覚している。人ごみに隠れる程度はたやすいと判断した。

 

 そして、ジュリアが一歩踏み出そうとしたその時、

 

 

「――だめ、ジュリアちゃん。ルシウス・マルフォイに手を出してはいけない」

 

「うまくやる」

 

「だめ、冷静に。……あいつは聖マンゴに顔が利く。見ようと思えば”先輩の研究”を入手することもできるかもしれない」

 

 

 頭に昇っていた血が一気に散っていった。

 

 ドラコ・マルフォイを経由すれば名前と顔が一致する。役所、学校、病院は権力者にとっての情報源だ。もしかすると、ジュリアの出生に辿り着いてしまうかもしれない。

 

 ジュリアの肉体は「遺伝性獣筋骨格症」という表向きの病名がつけられており、母胎から離れてしばらくの間検査され、運動能力などに影響を及ぼす可能性はあるものの生活に支障はないと診断されたことになっている。もちろん、そのカルテも聖マンゴに保存されている。

 

 しかし、それとは別に、「ムーアクロフト・レポート」と呼ばれる資料が存在している。これも表向きはジュリアの母が聖マンゴを退職してから行った脱狼薬の研究データということになっている。ここにジュリアの”正体”が書かれているのだ。

 

 聖マンゴで「ムーアクロフト・レポート」を扱う人物はごく少数。その代表がセシリーで、彼女は長らく聖マンゴ研究棟に寝泊まりして解読を試み、ジュリアの本当の疾患、「先天性半人狼」の研究を進めていた。何もこれは私情からのみ行われたものではない。ジュリアの母、エレン・マリアットは脱狼薬の改良に短い生涯を費やした。そして彼女は未完成の研究と「ムーアクロフト・レポート」に、1つの可能性を残した。脱狼薬改良の到達点、その1つには、「人狼の呪いの完全制御」がある、と。

 

 無論、魔法省が知ればいい顔はしないだろう。人狼の多くは闇に身を潜め、犯罪に手を染めている。そんな「犯罪者の群れ」にわざわざ力を制御し人間に溶け込む薬を与えるなど、あまりに危険だ。その反応が予想できているために、「ムーアクロフト・レポート」の真実は秘匿され、ただ「脱狼薬の研究チーム」にのみ共有された。チームに参加している研究者の中にはジュリアを外に出すべきではないと考える者もいたが、誰が「先天性」の、しかも「半人狼」などという笑えないジョークを信じるだろうか。

 

 しかし、「ムーアクロフト・レポート」とジュリア・マリアットが合わされば、チームにもジュリアにも危険が及ぶ。

 

 

「……悪い、かっとなった」

 

「我慢できたね、いい子。あとでご褒美あげる」

 

 

 ご褒美をもらう資格なんてない。ジュリアは泣きたいくらいだった。

 

 ハーマイオニーに見せた情報ですら、個人、日時、場所を特定できる部分はすべて処理を施され、ただ「人狼の呪いが部分的にしか発現しなかった珍しいケース」として閲覧できる状態になっていた。これを取り寄せる名目も「闇の魔術に対する防衛術の参考資料」として届け出がなされている。そして読み終わった後は焼却処分までしてもらった。可能な限り疑われる要素がないように。

 

 なんという迂闊、なんという浅慮。

 

 ジュリアは「待て」ができる犬にならなければならない。

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