「このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、汽車の中じゃその話でもちきりなんだけど。それじゃ、君なのか? で、なんでドアの前でつったってるんだ?」
ジュリアはドアを勢いよく開けた。まずは衝撃音で牽制して、嫌な空気をストップする。
ジュリアは一瞬だけ相手を観察した。マダム・マルキンの洋装店でハリーと話していた少年だ。あまりに青白い顔をしているので貧血なのではないかと少し心配したのを覚えているが、この面倒くさい絡み方からして血の気は多い方だ。
お供は二人。極東のスモウ・レスラーを間抜けにしたようなミニトロールだ。列車の揺れに合わせて体が揺らめいていることから考えて、格闘技の心得はない。しかし、腕力は侮れないだろう。
ようやく青白と目が合ったので、ジュリアは口を開いた。
「なんで立ってるかって、そりゃあたしが着替え中だからだジェントルマン。なんなら半裸で出てきてやったほうがよかったか? え?」
ジュリアはどちらかと言えば一人の時間を大切にする人物だった。母が他界してから、癒やしの時間とは一人の時間を意味した。コンパートメントを独占して教科書を眺めながら様々なことに思いを馳せるのは、漏れ鍋の憂鬱なボロ宿生活から明けたジュリアにとって久々の癒やしだった。
そこにハリー。まだ許せる。ロン。ぎりぎりセーフ。ハーマイオニー・グレンジャー。そろそろアウト。青白。アウト。
つまるところ、このお坊ちゃんはタイミングが悪かった。
「な、君、礼儀というものを――」
「名乗りも上げずに礼儀を語ろうってか、笑わせるぜ坊や」
ハリーは完全に置いてけぼりを食らって、ジュリアとロンを交互に見やっている。ロンはロンでジュリアとハリーを交互に見やっている。随分と仲良くなったものだ。
「ぼ、僕は聖28氏族のドラコ・マルフォイだ!」
「ああ、左様で。あたしは名乗り返さねえし、名乗り返す必要もねえし、名乗り返すことを求められてるとも思ってねえ。だからちょっとだけアドバイスだ」
ホルスターから抜く。構える。撃つ。
衝撃呪文が青白の耳を掠めて、ホグワーツ行特急の壁面で火花を散らした。
「あたしのコンパートメントで騒ぎを起こすな、用件は手短に済ませろ、終わったらさっさと立ち去れ。わかったか青白坊や」
青白がもっと青白になった。
一方で、ジュリアも顔色を青ざめさせたい気分だった。かっとなってやった。別段後悔はしていないが、この青白坊ちゃんと同じ寮になった場合が厄介だ。告げ口されても厄介だ。ハリーとロンもおそらく引いているだろう。厄介だ。
「それじゃ、あたし着替えるからよ」
ジュリアはドアを閉じて、深呼吸した。やらかしたかもしれない。
しかし、呼吸が落ち着いて、学校用のシャツに着替え、ジーンズを脱ぎ、ローブを羽織るころには、だいぶ楽観的な思考が戻ってきた。
どうせ7年間も共同生活をするのだ。地は隠しきれない。だったら時間の問題だ。それに、一人は慣れている。何も問題は無い。
結論が出たところで通路に出ると、もう青白たちはいなくなっていた。微妙な顔をしたハリーとロンにコンパートメントを明け渡して、ドアにもたれかかる。
さっき見た栗色がまたやってきた。今度は一人だ。しかし、嵐は一人でも嵐。
「いったい何やってたの?」
「ハロー・グッバイくらい覚えたほうがいいぜ嬢ちゃん。ビートルズは聴かねえのか?」
「あなたは質問に答えるってことを知らないの?」
「知ってるさ、相手が礼儀正しいときはな」
この返答にハーマイオニー・グレンジャーは気分を害したようで、しかし、自分の礼儀知らずにも少しは心当たりがあるようで、「騒ぎを起こさないでよね!」と捨て台詞を吐いて去っていった。どちらがより騒がしいのかは言うまでもない。
そうしているうちに、汽車は速度を落とし、やがて停車した。もう少し車窓を楽しみたかったと思いながら、ジュリアはコンパートメントのドアをノックした。